http://www.asyura2.com/13/senkyo155/msg/314.html
Tweet |
“解雇特区”をごり押しする政治の論理と常識への疑念
米SASインスティチュートに見る長期雇用の価値
2013年10月22日(火) 河合 薫
このコラムが掲載されるときには、いったいどんな議論がなされているのだろうか?
キーワードは、「解雇」。それとペアで登場しているのが、成長であり、流動性。
はい、そうです。臨時国会が開幕してから、毎日のように賛成派と反対派の、全くかみ合わない議論が報道された「雇用特区」構想についてである。
雇用特区を巡っては、一部メディアの記者は、「こんなものを許したら、『遅刻をすれば解雇』といった条件で契約し、実際に遅刻をすると解雇できる」と攻撃。民主党の海江田万里代表も、「働く者を使い捨てにする企業を大量生産する『解雇特区』など断じて認められない」と、“解雇”にこだわった。
一方、安倍晋三首相は、「『解雇特区』といったレッテル張りは事実誤認で、不適切。基本方針は成熟産業から成長産業への失業なき円滑な人材移動」と反論。自民党副幹事長の河野太郎衆院議員もブログで、「解雇のルールを明確にすれば、新産業の育成や海外企業の活動がすすむ。『強い立場の企業が、弱い労働者に不利な条件を強要する』と懸念する声があるが、限定された専門的な人材が対象であり、こうした人材がそもそも弱い立場の労働者だろうか」と記している。
そもそも前者は「人」を、後者は「カネ」、いや「経済」を見て、いやいや、「企業」か? いずれにしても「人」を中心には置いていない。違う景色を見て、あーだこーだと言い合ったところで、建設的な議論になるわけがない。むしろ感情的になって、泥沼化するばかりだ。
そんな中、10月18日、日本経済新聞が朝刊の一面で、「雇用 大幅緩和見送り」との見出しで、その概要が固まったことを報じた(詳細は後ほど)。
その内容は、一見「大幅見送り」だが、構想の根幹は大して変わってない。つまり、今後も企業の成長は、解雇と流動性がセットで進められていく可能性が高いということだ。
でも、私の頭の中には、「?」が満載なのだ。だって、「企業の成長にとっては、長く雇い続けることに価値はなく、流動化させることだ」という主張が数多く見受けられるけれど、「それってホント?」と、どうにも素直に受け入れられない。あちらこちらで飛び交う意見に耳を傾ければ傾けるほど、“あまのじゃく的思考”が強まってくる。
そこで、今回は「雇用と成長」について、考えてみます。
まずは、議論になった「雇用特区」の基本情報から整理しよう。
これは言うまでもなく、アベノミクスの3本目の矢で、首相が規制改革の突破口と位置づけてい「国家戦略特区」。その中の1つが、雇用に関する「雇用特区」である。
具体的には大きく分けて、次の3つだ。
(1)解雇ルールの明確化
(2)非正社員のままの継続雇用
(3)労働時間規制の適用除外制度
ただし、このルールをすべてに適用するのは非現実的。
そこで政府案では対象を、
(1)雇用特区に指定された地域に限定
(2)起業後5年以内の企業や、外国人従業員比率が一定以上(例えば3割)に限る
(3)対象となる労働者は、修士号・博士号や弁護士・公認会計士といった高度な技能、知識を持つ人
の3つの条件を満たした場合のみとした。
結局は雇用形態を世界標準に合わせたい?
まぁ要するに、「日本が世界で戦っていくためには、雇用形態もグローバルスタンダードにしなくちゃいけないでしょ」ってこと。
「アメリカじゃ、契約業務は当たり前。そもそも企業って、その人の仕事におカネを出しているんだから、短時間で終わろうと、長時間働こうと知ったこっちゃないし〜。その人にやってもらいたい仕事が終われば、それ以上会社にいてもらう必要ないじゃん」と。そんな思いがあるのだと思う。
恐らく、そうした方が海外から企業を誘致しやすいに違いないし、グローバルスタンダードにすれば新産業の育成にもなるかもしれない。なので、特区を作ろうとする趣旨は理解できる。
だが、国会での議論を通じ政府が固めた内容を見ると、「えっ、そっちなのか?」と。政府はいろいろとメリットを強調したり、条件を付けてはいるけれども、解雇規制緩和の突破口にしたい思惑がやはりあるのではないかという疑念がぬぐえなかったのである(以下、日経新聞10月18日付朝刊の記事を要約)。
(1)解雇ルールの明確化
「雇用労働相談センター」を設け、労使紛争の判例を整理した指針をもとに解雇条件の決め方を助言する。
(2)非正社員のままの継続雇用
現在は5年を超えて働く非正規社員は、無期雇用に転換できるが、それを10年に延長。まずは特区で実施し、その後全国に広げる
(3)労働時間規制の適用除外制度
今回は見送るが、「年明け以降に議論を詰めている」としている(首相周辺談)。
さて、これはいったいどういうことか?
「有期雇用10年延長」って??? これは手を付けるべきところが、完全に間違っている。だって、そもそも「5年」という期限を設けたのは、「正社員へ」との道筋を示すのが目的だったはず。
「5年での雇い止めを防ぐ目的もある」との意見もあるようだが、なぜ厚生労働省の労働政策審議会などを経て議論されることなく、正社員化が遠のく方向に進めてしまうのか。
日経新聞では、10月17日付の朝刊で、その背景を次のように報じている。
「例えば2020年の東京五輪に向けて企業が施設整備などのプロジェクトを手がけた場合、現行では有期の契約社員やパートを雇っても5年超で無期雇用に転換するか、新たな人材に切り替える必要がある。10年間に延ばせば、企業は同じ人材でプロジェクトを進められる。政府は企業の投資を呼び込む規制緩和になると期待している」
つまり、「正社員化」を進めるために作られた法律を、「正社員化しなくて済むように」変えようとしている。これはさすがにおかしいと思う。
スペシャリストは特区でなくても雇えるはず
「いやいや、何をおっしゃる。これって、働く側にとっても決して悪い話じゃないですよ。だって、延長すれば雇い止めに遭う可能性は減るし、むしろ 労働市場が増えるってことでしょ。望ましいじゃないですか?」と言われたところで、納得できるわけがない。
それに、雇用特区構想では、「対象となる労働者は、修士号・博士号や弁護士・公認会計士といった高度な技能、知識を持つ人」という限定を加え、企業がスペシャリストや優秀な人材を雇いやすくなることが利点だと強調されているが、何も特区など設けなくとも今の状況で雇えるはずだ。
業務委託という形さえ取れば、フリーのスペシャリストは雇える。
大抵の場合、 “これ(右腕を左手でポンポンとたたく)”で食っている人たちは、企業にずっと拘束されたいなんて毛頭考えていないし、短い労働時間で成果を出した方が自らの生産性が高まるので、解雇のルールも労働時間規制の適用除外制度なんてものも必要ない。
私も僭越ながらフリーの端くれなので、企業のプロジェクトのメンバーとして、3年ほど業務に関わったことがある。今の法律に何1つ違反することなく、ちゃんと働けましたけど……。わざわざ特区を作らなきゃ、ダメなのだろうか?
「いや、フリーでやっている人は業務委託って形を取れば、仕事を任せることができる。でも、組織の中で求められるスペシャリストって、ちょっと違うんですよ。要は中途採用だと考えればいいんです」
「企業も教育する手間が省けるからね。そういう意味でもコスト減になるんで、企業には好都合」
「それに業種によっては、スペシャリストを雇うには、サブがいるんです。例えばテレビ業界だったら、フリーのディレクターを雇ったとするでしょ。するとそのディレクターのサポートをするアシスタントが必要になる。アシスタントは、会社に属している場合の方が多いわけ」
「だから、何やかんや言ってこの制度が広がると、内心喜ぶ経営者って多いと思いますよ」
実はこれらは、経営層クラスの方たちがくださった意見だ。
今回の雇用特区構想のあれこれがちっとも合点がいかなかったので、知り合いの経営層クラスの方々が数人に意見を聞いときにこう話してくれたのである。
彼らの意見には、「まぁ、確かに」と思う節もあったけれど、いずれにしても、「雇い続けることに価値はない」、「契約業務にすべし」「雇用の流動化が、企業の成長には必要不可欠だ」と、何の疑いもなく信じている人たちがこの構想を練り、それを「ありがたい!」と喜ぶ経営者も少なくないということなのだろう。
雇い続けることにホントに価値はないのか?
でも、改めて問う。
雇い続けることはホントに価値はないのか?
契約業務にした方が、企業には好都合なのか?
雇用の流動化がないと、いい人材を獲得することができないのだろうか?
これだけ不安定な世の中で、いかに勝ち残っていくか、生き残っていくかは、経営者にとっても最大の課題で、「何か変えなきゃ」という気持ちになるのだろうが、ホントにこれらが可能な社会になれば、企業は成長するのだろうか?
米SASインスティチュート――。同社は世界最大規模の統計解析ソフトウェア開発企業で、全世界で約6万サイトで採用され、日本においては 1500社2300 サイトの導入実績を誇る正真正銘の大企業である。米ビジネス誌「フォーチュン」が毎年発表する「最も働きがいのある会社ベスト100」の2010年版でグーグルなどを退けて1位となった会社としても、広く知られている。
競争の厳しい米国のソフトウェア企業では、若手の技術者を互いに引き抜き合い、頻繁な転職は当然。成長が著しかった2000年のソフトウェア企業の年間の離職率は、20%を大きく超えていた。
ところが、SASの年間離職率は4%以下。創業以来、警備員以外はすべて「正社員」で、社員を長期にわたって雇い続けている。にもかかわらず、1976年に、ジム・グッドナイト氏が米ノースカロライナ州立大学の仲間らともに創業して以来、成長を続け、現在は従業員1万人以上、売上高23億ドル(約2300億円)超の企業になっているのだ。
グッドナイト氏は常々、「会社の成長に必要なのは、全社員を雇い続けること」と説き、安定した長期雇用に価値を置いた。
そして、「経営にとって最も重要なのは、社員を信じること。会社が社員を信じれば、社員も会社に忠実になる」と自らの経営哲学を貫いている。
社員を信じているから、勤務時間は原則自由。何時に出社してもいいし、何時間ランチを取ってもいい。働く時間は社員のものとして、社員を信じる。
「何をしていても、ちゃんとやってくれるだろう」と経営者が信じれば、社員も「期待通りの仕事をしよう」と思うようになる。そう彼は説いているのだ。
しかしながら、中には会社を裏切る人たちもいる。そうなったときには、「すぐに退職するか、90日以内に行動を改めるか。あなた自身が決めなさい」と迫る。
でもこれは、何も「辞めてくれ」と、退職を迫るものではない。「私たちはあなたが、我が社の社員として振舞ってくれると信じています。でも、そうしたくないとあなたが思うのであれば、縁がなかったということでお別れしましょう。お互いのためにね」というメッセージだ。すると90%以上の確率で、後者を選び、しっかりと働くようになるのだという。
米国の常識を覆してSASが成長し続ける理由
また、この会社では、「流動化」を社外の現象としてではなく、社内のものととらえている。
社内では常にいくつものスキル研修が行われていて、社員は自分の仕事以外のスキル研修を、年に最低2つは取るように義務づけられている。そして、半年以上1つのポジションに就いた後は、ほかのポジションに応募できる。そのスキルを生かすためのいくつものプロジェクト作りも、同時に行われているのだ。
いわば、社内転職制度。1つの職場で安定してしまうと、士気が落ちたり、視野狭窄になったり、社員自身の成長願望がなくなってしまうことがあるが、それを防ぐために、社員がいくつものキャリアを社内で経験できる教育を施す。さらに、その教育の成果が、会社の生産性につながる仕組みをトップが考え、実践しているのだ。
繰り返すが、これは解雇や契約業務が当たり前と“思われている”米国のソフトウェア企業の話である。
なぜ、その常識を覆し、「社員を雇い続ける」ことで、SASは成長できたのか?
私なりに理解すると、それは「1人ひとりの社員の専門能力や経験としての、「個」の力に対する価値だけではなく、社員同士のリレーションシップがもたらすメリットを重視した」からなのだと思う。
「1+1=2」ではなく、「1+1=3、4、5…」となる力。それは、つながりが持つ力でもある。
人間というのは不思議なもので、個が集合体になったときに思いもしなかったような“力”を発揮することがある。私自身が、フリーで仕事をしているから余計に感じるのだが、組織で働くことの最大のアウトプットは、自身の「個」としての能力の結果ではなく、「個」と「個」がつながったときに初めて発揮される力なんじゃないかと思ったりもする。
“つながり”はお互いに「生涯のパートナー」として、深く関わろうとする意志なくして育まれることもないし、そのためには長い付き合いが不可欠である。
優秀な人材が集まるのは「人の尊厳を大切にする会社」
その価値は、「人」から見れば、分かりやすい。
独りきりでやるよりも、誰か一緒にやる仲間がいる方が、心強い。一緒に同じ方向を向いて踏ん張ってくれる人がいると、「自分も頑張ろう」と思えたり、ときには「負けたくない」と勉強したりすることだってある。
仕事がうまくいったときには、一緒に喜びを分かち合える他人がいると、気持ちが共有ができて心地がいいから、ますますモチベーションが上がり、つながりも強化される。
この人間の心の動きこそが、社員同士のリレーションシップがもたらす最大のメリットなのだ。
人の集合体=チームが、決して個人の力では発揮できない力をもたらすことを重要視すれば、解雇することが前提になったり、「雇用の流動化だ」、「契約業務だ」といった議論になったりはしないはず。
組織を「人の集合体」と捉えれば、社員を長く雇い続けることは、決してマイナスではなく、むしろ生産性の向上につながる価値あることなんじゃないだろうか。
そういう「人の尊厳を大切にする会社」には、たとえ賃金が他社よりも低かろうと、優秀な人材が集まる。できる限りいい仕事をしたいと願う人は、それが可能な会社を選びたくもなる。
一方、賃金の高さの魅力だけで企業を選ぶ人は、「今以上に払いまっせ」というほかの企業からオファーがあれば、さっさと見切りをつけて会社を離れる。
「会社が社員を信じれば、社員も会社に忠実になる」。「カネこそがすべて」と考える会社には、「カネこそがすべて」としか考えない社員しか集まらない。
もちろん物事にはいい面があれば、悪い面もあるかもしれないので、きれいごとだけで終わることはない。
不安定な世の中になると、マイナス面ばかりが目につくようになり、そのマイナス面を変えたくもなる。でも、こんなときだからこそ、違う視点で会社を見渡してみると、目に見えないプラスがもっともっとあるのではないだろうか。
このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20131020/254790/?ST=print
自民党が「聖域」検証を急ぐ理由
「強い官邸」が主導する「2014年農業・農協改革」シナリオ
2013年10月22日(火) 安藤 毅
政府・自民党がTPP(環太平洋経済連携協定)交渉で関税維持を目指す品目の縮小に向けた調整を急いでいる。コメなど重要5分野を含む貿易品目について関税撤廃の可否の検証を進め、11月中旬をメドに結論を出す構えだ。
11月中旬にも「聖域」絞り込み
今月10日の自民TPP対策委員会などの合同会議。政府・自民執行部は検証作業開始への了解を得るため、石破茂幹事長や甘利明経済財政・再生相らも出席する異例の布陣で臨んだ。
「12月中旬に交渉妥結に向けた閣僚会合が開かれる可能性が高い。その1カ月前には自由化率の数字を出さないといけない」。同委員会の西川公也委員長が検証開始を了承するよう呼びかけたのに対し、出席した議員からは「今まで守ってきた関税はTPPでも守るのが必然だ」「自民党への信頼の失墜は計り知れない」といった異論が噴出した。
自民党は先の参院選で、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の重要5分野の関税維持を公約に掲げた。衆参両院の農林水産委員会もこの5分野の関税撤廃に応じないよう求める決議を採択している。地方選出議員らから批判が相次いだのは、こうした公約や国会決議との整合性に疑義が生じ、地元の有権者に説明しにくいためだ。
それでも、会合では石破氏が「公約を破ることはない。有権者に説明できないようなことはない」と明言。西川氏も「党の決議を守るために努力する」と強調したため、検証作業に入ることが了承された。
5分野の関税分類上の品目数は合計586。関税品目は全部で9018あり、5分野の関税をすべて維持した場合の品目ベースの自由化率は93.5%になる。だが、政府・自民内ではTPP交渉では最終的に95%以上の自由化率を求められるとの見方が広がっており、「聖域」の取り扱いが焦点になっていた。
「今後の検証では、5分野のうち精米や小麦といった農産物そのものは死守し、原料を混ぜた調製品や加工品の関税を無くせるかが主眼となる」。自民幹部はこう明かす。農産物そのものの関税をなんとか維持できれば、公約や国会決議を守ったと説明できるとの読みがある。
見直し対象には加工用米、牛タンなどが含まれ、リゾット用のコメやくず肉など輸入実績が少ない品目も。仮にこうした5分野の調製品や加工品の関税をなくした場合、自由化率は96%まで引き上げられる計算だ。
だが、5分野以外でも水産品や革製品など生産地や国内産業に大きな影響を与えかねない品目もあり、調整は難航必至だ。
政府側は表向き自民の作業を見守るとしている。だが、関係者によると、既に農林水産省、経済産業省、財務省などの担当者が内々に関税撤廃の影響分析作業を進めている。TPP交渉には秘密保持義務が課されているため、今後は自民の一部の農林族幹部と政府担当者の間で検証作業が進む見通しだ。
背景に「強い官邸」の意向
今月8日のTPP首脳会合では知的財産権や関税の撤廃・削減交渉などが難航し「大筋合意」が見送られた。年内妥結へのハードルが高まったとの受け止めが広がる中、どうして政府・自民は聖域検証へとアクセルを一気に踏み込んだのか。安倍晋三首相に近い自民議員は「安倍さんと菅義偉・官房長官の強い意向を受けての事だ」と指摘する。
首相官邸が早期の聖域見直しにこだわった理由の1つは、TPP交渉の年内妥結の可能性が依然としてある以上、最大の懸案に早めにメドをつけ、交渉全般を優位に進めるカードを保有しておきたいためだ。
実際、今月8日にまとまった首脳声明には交渉加速につながる仕掛けが盛り込まれている。例えば、TPPを各国の「発展段階の多様性に配慮」し、「バランスの取れた」地域協定に仕上げるとの一節がそれだ。
菅原淳一・みずほ総合研究所上席主任研究員は「元々、米国などはTPPではこうした交渉参加国の経済格差などに特別な配慮はしない立場だった」と指摘する。
外務省幹部によると、これまでの交渉の中で、鉱工業品の関税撤廃に慎重なベトナムなど一部関係国は、20年以上の長期間の猶予があれば、100%近い関税撤廃に応じる意向を示しているという。この間に、自国の産業を育成しようというわけだ。
関係国はTPP交渉で、高い自由化の早期達成に向け、関税撤廃は原則10年以下のできるだけ短期間に実施することを目指していた。菅原氏は「協定の質は維持する代わりに新興国に時間的猶予を与える。そんな妥協のタネができたということ。交渉加速の1つのきっかけになり得る」と分析する。
自民の農林族議員の間でも10年以上の長期間をかけた農産物の段階的な関税削減・撤廃を落としどころとして歓迎する向きがある。「関税以外の分野で攻め、日本により有利な協定内容に持ち込む」(外務省幹部)狙いのためにも、政府・自民で早期に腹合わせをしておくべきとの判断がある。
官邸が対応を急ぐもう1つの大きな理由は、今後の政治日程をにらみ、2014年中にTPP交渉と、裏表の関係にある国内農業・農協改革に道筋を付けることを狙っているためだ。
「地方選・総裁選への影響を軽微に」
「安倍さん、菅さんの視線の先には2015年春の統一地方選、同年9月の自民党総裁選がある。できるだけ早くTPP、農業問題に片を付け、地方選や総裁選への影響を最小限にとどめる思惑がある」。安倍首相の周辺はこう舞台裏を明かす。
しかも、TPP交渉の進展の有無に関わらず、日本農業の衰退に歯止めをかけ、成長産業に変えていくために農業改革は待ったなしだ。アベノミクスの好循環を維持するには海外投資家の期待をつなぎ止める必要があるが、そのためには「岩盤規制」の1つに挙げられる農業改革に踏む込む姿勢を示すことが欠かせない。
官邸主導による環境整備は着々と進みつつある。その1つが7月の農水省幹部人事。関係者によると、菅氏がTPP推進や農業改革に前向きで安倍首相も高く評価する針原寿朗食料産業局長(当時)を次官に抜擢するよう農水省幹部に要請。渋る農水省側との調整の末、TPP交渉で省内の司令塔となるナンバー2の農林水産審議官への起用で落ち着いた経緯がある。その針原氏は菅氏の威光をバックに、政府内の改革論議のけん引役になりつつある。
さらに、政府は農業分野に関する規制改革や農協組織の在り方などに関する論議にも注力しつつある。
政府の産業競争力会議では農業分科会を中心に、農業生産法人の出資要件や法人役員に一定期間の農業従事を定めた規定の見直しや、競争力強化・農地集約につなげるための補助金の見直し論議などに着手。規制改革会議も足並みを揃え、農地の売買・賃貸に影響力を持つ農業委員会や農協組織の在り方に関する検証を急ぐ構えだ。
菅氏に近い政府関係者は「安倍首相も菅さんも、地方選出議員の判断や行動を縛り、改革を阻む農協を弱体化させようと目論んでいる」と漏らす。
農水族の有力ベテラン議員が相次いで引退する一方、向こう3年は国政選挙がない「黄金の3年」を手中にしたとされる安倍首相。安倍首相の側近議員は「今の力関係なら、長年の懸案にケリを付けることができる」と意気込む。
臨時国会の幕開けと同時に一気にヒートアップするTPP交渉対応と農業・農協改革。党内外の抵抗を抑え、政府・自民は構造改革への明確なメッセージと行動を示すことができるのか。アベノミクスの行方を左右する重大局面を迎えた。
このコラムについて
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131017/254702/?ST=print
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。