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ノーベル経済学賞、「弟子」が明かすハンセン教授の知られざる横顔 「合理的期待仮説」の限界を提示し、克服
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投稿者 SRI 日時 2013 年 10 月 17 日 00:49:42: rUXLhToetCnYE
 

(回答先: ノーベル経済学賞、シラー氏ら米国の3氏に 経験論者と効率的市場仮説 ユージーン・F・ファマ 投稿者 SRI 日時 2013 年 10 月 14 日 22:47:10)

ノーベル経済学賞2013
ノーベル経済学賞、「弟子」が明かすハンセン教授の知られざる横顔

「合理的期待仮説」の限界を提示し、克服

2013年10月17日(木)  大垣 昌夫

 2013年のノーベル経済学賞は、ラース・ピーター・ハンセン米シカゴ大学教授とユージン・ファーマ米シカゴ大学教授、ロバート・シラー米エール大学教授の3人に、彼らの資産価格に関する実証研究に対して授与された。筆者はシカゴ大学でハンセン教授に直接師事したので、ハンセン教授の学術的貢献とその社会的意義についてだけでなく、人柄についても具体的なエピソードを交えて本稿でご紹介したい。

 資産価格を研究する経済学の主な分野はファイナンスとマクロ経済学である。その実証分析に用いられる手法のうち、ひとつの重要な部分が計量経済学の分野に属している。ハンセン教授は主にマクロ経済学の視点から、計量経済学などさまざまな手法を開発しながら応用して、資産価格を実証的に研究した。ハンセン教授の学術的貢献は、資産価格の研究だけではなくファイナンス、マクロ経済学、計量経済学のさまざまな分野に広く及んでおり、多くの研究分野に大きな影響を与えてきたが、本稿では特に資産価格の実証分析に関する部分に焦点を当てる。

密接な関係を持つマクロ経済と資産価格

 ハンセン教授の業績は、大きく言って2つある。1つは教授がまだ大学院生のころから携わってきた、投資家の予測に関わる合理的期待モデルの実証分析に関する貢献である。もう1つは、合理的期待モデルと整合的ではない多くの証拠が得られたことを踏まえ、合理的期待を超えた「行動経済学」の方向性を備えた、経済を描写する真のモデルが分からないというモデル不確実性の下での予測を、モデル化したことである。

 資産価格の研究で重要な点は、資産市場だけではなく、さまざまな市場での人々の予測が価格決定に影響することである。例えば近い将来、経済全体に金融財政政策の変化や新技術の発達による好況が予想され、企業の利益が増加すると投資家たちが予測するとしよう。すると、その予測によって企業の株式価格は上昇する。このようにマクロ経済と資産価格は予測を通じて密接な関係を持っている。

 しかし1960年代の主流派マクロ経済学では、人々の予測について、予測に使う変数の過去と現在の値だけから予測が形成される、という恣意的な仮定が用いられてきた。そのため、この予測を通じたマクロ経済と資産価格の関係を分析することは、ほぼ不可能であった。そして70年代初頭に「合理的期待革命」と呼ばれる大きな変革がマクロ経済学で起こった。

「合理的期待革命」初期の実証分析と理論研究

 合理的期待モデルでは、「人々の予測がモデルと整合的である」という仮定と、「予測が人々にとって入手可能な情報の、条件付き期待値に等しい」という仮定が置かれる。ファイナンスの分野では、今回同時に受賞したユージン・ファーマ教授が、後者の仮定を中心に置いた「効率市場仮説」を提唱して、重要な実証分析を発表していた。マクロ経済学の分野では、ロバート・ルーカス教授(1995年にノーベル経済学賞を受賞)、トマス・サージェント教授(2011年にノーベル経済学賞を受賞)らが、前者の仮定と後者の仮定の両方を置いた理論モデルの構築に大きな貢献を始めていた。

 1974年にハンセン教授がミネソタ大学の大学院に入学した頃は、理論的に発展した合理的期待モデルをどのように実証分析していくかが、マクロ経済学とファイナンスの大きな課題であった。ハンセン教授は指導教授のクリストファー・シムズ教授(2011年に上記のサージェント教授とともにノーベル賞受賞)の助言を受け、後に一般モーメント法(generalized method of moments, 以下GMM)と呼ばれる新しい計量経済学手法の研究プロジェクトを始めた。それと同時に、サージェント教授と既存の計量経済学の手法を合理的期待モデルにどのように応用していくかについて、共同研究プロジェクトも始めた。

 この共同研究プロジェクトはハンセン教授の卒業後にさらに発展し、2人のいくつかの共著論文として学術雑誌に発表されていった。例えば、線形合理的期待モデルから制約を導き出し、伝統的な計量経済学の「最尤法」(さいゆうほう)というやり方を応用する手法を開発した1980年の論文や、GMMを応用する手法を開発した1982年の論文がある。これらの線形合理的期待モデルに関する手法については、その後現在まで、実際のデータに当てはめた実証分析では最尤法が多く用いられ、GMMの応用は数が少ない。後述するように、GMMの応用は非線形合理的期待モデルの実証分析で多くの研究者に用いられるようになった。

 純粋な計量経済学的手法としてのGMMの研究は、82年に学術誌に単著論文として発表された。最尤法は経済変数が正規分布に従い、分散が情報に依存せず一定であると仮定すれば、比較的容易に合理的期待モデルの実証分析に応用することができる。そのため仮定が正しければ、GMMよりも効率的にデータの情報を用いることができる。しかし資産価格の研究では、資産収益率のデータを用いる。ところが資産収益率は正規分布に従っておらず、分散が情報に依存して大きく変化することが実証分析で示されている。そのため最尤法の応用では困難な面があり、GMMの応用によってこの困難を克服することができる。

 1978年のハンセン教授の博士論文は、その時点におけるこれらの成果を非鉄金属市場に応用した研究であった。この博士論文は当時それほど高い評価を受けたとは言えない。米国の経済学部でその次の年に博士号を取得する予定の大学院生たちは、ジョブ・マーケットと呼ばれる制度のもと、アメリカ経済学会の年次大会開催中に面接を受け、キャンパスに招待を受けて競争し、助教授のオファーを受ける。スターと呼ばれる候補者たちは、ジョブ・マーケットでトップ学部と呼ばれる10位以内にランキングされるような学部のほとんど全ての学部から招待を受けオファーをもらう。

新人時代のジョブ・マーケットでは人気がなかった

 しかしハンセン教授によると、ハンセン教授はジョブ・マーケットでは数校から招待を受けただけで、唯一のオファーは当時20位以内のランキングには入っていなかったカーネギー・メロン大学からだけであった。当時はまだ合理的期待モデル革命が進行中で、トップ学部での人事に大きな発言権を持っていた多くのマクロ経済学者は合理的期待モデルによる実証分析に興味を持っていなかったということが、ハンセン教授の博士論文研究がジョブ・マーケットで高い評価を受けなかったひとつの要因だったと思われる。

 この時期、カーネギー・メロン大学は、ハンセン教授だけでなく合理的期待モデルの実証分析に興味を持つ多くの気鋭の若手研究者に助教授のオファーを積極的に出して、人材を獲得していた。彼らの多くはカーネギー・メロン大学で重要な研究を発表し、その後にトップ学部に引き抜かれて世界的に影響力のある経済学者となっていった。ハンセン教授はカーネギー・メロン大学でそのような若手の同僚たちと重要な共同研究を開始した。

 それらの共同研究の最初の果実は、国際金融のロバート・ホドリック教授(現在コロンビア大学)との80年の(カバーなし)金利平価説の実証研究に関する研究である。金利平価説は為替先物市場での効率市場仮説の応用のひとつであり、為替レートは自国通貨と外国通貨の名目金利の差によって決定されるという説である。70年代の研究では、為替先物市場のデータに3ヶ月物が多く、従来の計量経済学手法では3ヶ月物にあわせて3ヶ月ごとの四半期データを用いる必要があり、金利平価説は四半期データでは棄却されないという実証結果が多く発表されていた。

週次データを使い、金利平価説を統計的に棄却

 そこでハンセン教授は、GMM(ただし当時はまだ非線形モデルへの拡張がされていなかった)を応用することで、1週間ごとの週次データで実証分析をすることが可能にした。当時、系列相関(注:回帰式の誤差項が互いに相関していること)があるときに良く用いられた計量経済学の手法は一般化最小二乗法だったが、移動平均の系列相関があるときは、一般化最小二乗法を用いるための仮定が満たされないため、一般化最小二乗法が使えなかったのだ。ここでGMMを応用して週次データを用いることにより、標本数を大幅に増やすことができ、金利平価説を統計的に棄却したのである。

 この研究以後、データによると金利平価説は成立していないことを、多くの研究者がさまざまな手法で示すこととなり、ハンセン教授の研究は、一連の流れを作る金字塔となった。筆者も、大阪大学で修士論文のテーマとして金利平価説を研究していた1983年、この論文を通してハンセン教授の名を初めて知った。

 GMMが一躍有名になったのは、81年にハンセン教授がシカゴ大学に移る前、カーネギー・メロン大学で同僚だったケネス・シングルトン教授(現在スタンフォード大学)と発表した82年の論文である。非線形合理的期待モデルにGMMを応用した研究である。初期のGMMの実証分析の多くは、さまざまなモデルのオイラー方程式への応用であった。オイラー方程式とは、時間を通じて消費配分を最適化するための、消費の組み合わせと利子率などの資産収益率の関係についての条件である。その後にGMMはミクロ経済学を含むその他の多くの分野の実証分析に応用されるようになり、計量経済学のGMMに関する理論的研究も多くなっていった。

合理的期待仮説では、データを説明できない

 このハンセン・シングルトン論文の実証結果に、より深い解釈を加えるためには、資産価格決定の一般的でかつ新しい理論的フレームワークが必要であった。カーネギー・メロン大学にハンセン教授が在籍したときにすでに准教授に昇進していたスコット・リチャード教授(現在ペンシルバニア大学)と著した1987年の共同論文では、ハンセン教授は一般的な仮定のもとで、資産価格が、「異時点間限界代替率(intertemporal marginal rate of substitution, 以下IMRS)」と「資産が保有者に与える収益」の積の、条件付きの期待値になっていることを示す理論的フレームワークを発表した。ここでいう異時点間限界代替率とは、将来に起こり得る状態のそれぞれについて、現在の満足度と将来の満足度がどの程度置き換え可能か、を示す数字であり、確率で変動する確率変数となっている。つまり現在の資産価格は、資産が将来に変動する確率変数としての収益を、この異時点間限界代替率で割り引き、現在使える情報に基づいた「条件付き期待値」の数字になるという意味である。

 ハンセン教授にカーネギー・メロン大学で師事したラビ・ジャガナサン教授(現在ノースウェスタン大学)との91年の共著論文では、この理論的フレームワークを用いて、さまざまな株式と債券の収益率のデータを使って、IMRSの変動の度合いを表すボラティリティの下限値を計算する方法を開発した。しかし現実的と考えられる投資家の相対危険回避度の値では、消費データに基づいたIMRSのボラティリティは下限値よりかなり小さくなってしまうことが示された。詳細は割愛するが、IMRSのボラティリティが小さすぎると、株式と債券両方の収益率を同時には説明できない。特に株式資産の収益率はボラティリティが大きい。ハンセン・シングルトン論文などの合理的期待モデルでは、この変動の大きさを、消費データに基づくIMRSの変動で説明しようとする。しかし消費のボラティリティが小さ過ぎるため、説明ができないのである。例えば、消費が完全に一定でIMRSのボラティリティが0であれば、株式収益率のボラティリティを全く説明することができないことになる。実際には消費はある程度変動するのでボラティリティは0ではないが、株式収益率のボラティリティを説明できるほどには大きくないのである。

 合理的期待仮説に基づく資産価格決定モデルでは実際のデータを説明できないことのひとつの有力な説明は、投資家が真の資産価格モデルを知っており、そのモデルに基づいて予測形成をしているという合理的期待仮説の強い仮定が、現実には成立していないことが考えられる。真のモデルについての不確実性が現実に存在することは合理的期待革命の初期からよく理解されていたが、実際に不確実性を理論モデル化するのは、数学的にも経済学的にも多くの困難があった。

 そこでハンセン教授は、サージェント教授とトマス・タラリーニ米カーネギー・メロン大学助教授(当時)との1999年の共同論文で、これらの困難を克服していく基礎的な理論フレームワークを提示した。合理的期待仮説と、期待効用理論から乖離しているという意味で行動経済学に分類することもできる、画期的な研究になっている。ハンセン教授はその後の多くの共同研究者たちとの研究で、この理論フレームワークに基づくさまざまな研究を発展させてきた。

謙虚な人柄と、無私の「サーバント・リーダーシップ」

 さて、以上のようにそれまでの研究の流れを大きく変える業績を発表し続けてきたハンセン教授だが、そのお人柄についても少々ご紹介したい。ハンセン教授と聞けば、まず「謙虚」という言葉が浮かぶ。2006年にハンセン教授は米ノースウェスダン大学から経済学の賞を受賞しているが、その受賞記念コンファレンスでマーティン・アイケンバウム米ノース・ウェスタン大学教授が「ハンセン教授にノーベル賞を取ってもらいたい」と話し、ローレンス・クリスティアーノ米ノース・ウェスタン大学教授が「ハンセン教授は謙虚だが、彼が謙虚でなければならない理由は全くない」ということを言っておられたことが印象的であった。驚くばかりの才能を持ちながら、決していばることがなく人の意見をよく聞く謙虚さを持っているハンセン教授にじかに接すると、多くの経済学者はついつい応援したくなるのだろう。

 もう1点、ハンセン教授で思い浮かぶのは、フォロワーが研究を推進できるように無私の精神で助けてくれる徹底した「サーバント・リーダーシップ」である。筆者がシカゴ大学で博士論文研究を進めていた時、ハンセン教授はボランティアで毎週のように我々弟子たちの発表を聞いてくれ、様々な助言をするための集会を開いてくれた。筆者と、学友であるジョン・ヒートン米シカゴ大学教授(現在)が大学院生の時、光栄にもハンセン教授から共同研究に誘われ、88年の3人の共著論文が筆者にとっての最初の学術誌発表論文となった。

 また、大学院生のときから折々に筆者の妻や息子とも他の大学院生たちとともに家や別荘に招いてくださり、奥様とともに歓待してくださった。博士号を受け取る卒業式の後には妻と息子だけでなく日本からかけつけた両親までも、ホーム・パーティに招いてださった。

 お世話になった弟子の1人としてハンセン教授のノーベル賞受賞を喜ぶとともに、ハンセン教授の共同研究者たちや学生たちとの研究が今後もますます祝福され、その祝福を通して世界経済と多くの人々が祝福されるように祈りたい。

このコラムについて
ノーベル経済学賞2013

2013年のノーベル経済学賞は、ラーズ・ハンセン米シカゴ大学教授、ユージン・ファーマ米シカゴ大学教授、ロバート・シラー米エール大学教授の授賞が決まった。このコラムでは、各教授の研究に詳しい第一線の経済学者の方々が、授賞した研究内容についての詳細や、3人の教授の人となりなどについて解説します。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131016/254670/?ST=print  

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01. 2013年10月18日 01:18:48 : e9xeV93vFQ
「合理性」「市場の効率性」に疑問投げ続けたシラー教授

数式よりもデータ重視、トップクラスの「行動経済学者」

2013年10月18日(金)  渡部 敏明

 米エール大学のロバート・シラー教授が米シカゴ大学のユージン・ファーマ教授、ラース・ハンセン教授と共に2013年度ノーベル経済学賞を受賞された。シラー教授は私のエール大学時代の指導教官であり、大変お世話になった。自分のことのように嬉しいし、心からお祝いを申し上げたい。私は学生時代からシラー教授のことをボブと呼ばせて頂いているが、ノーベル経済学賞受賞者をボブと書くのはいささか気が引けるので、ここではシラー教授と書くことにする。

 シラー教授は1972年に米マサチューセッツ工科大学(MIT)で経済学博士号(Ph.D.)を取得された後、米ペンシルバニア大学、米ミネソタ大学で教鞭を取られ、82年から現在までエール大学に在籍されている。シラー教授の著書『Market Volatility』(MIT Press)を読んで資産価格のボラティリティ(変動性)に興味を持った私は、エール大学で2年間のコースワークが終わるとすぐにシラー教授の研究室を訪ね、指導教官をお願いし、快く引き受けて頂いた。

「投資家の合理性」「市場の効率性」を反証

 今回のノーベル経済学賞は資産価格の実証研究に対して与えられたものであるが、シラー教授の専門はマクロ経済学、金融論、計量経済学と多岐に渡っており、それぞれの分野で素晴らしい業績を挙げている。若い頃はまず計量経済学者として頭角を現し、シラー・ラグと呼ばれる今でも使われている分布ラグの定式化を開発している。

 その後、シラー教授を学界で有名にしたのは、間違いなく、81年にAmerican Economic Review(AER)誌に掲載された論文“Do stock prices move too much to be justified by subsequent changes in dividends?”(参考文献[6])であろう。投資家が合理的で、市場が効率的であれば、株価は将来の配当の割引現在価値の期待値として決まる。将来の配当の割引現在価値はその期待値の周りをさらに変動するので、将来の配当の割引現在価値の方がその期待値より変動(分散)が大きくなる。

 そこで、株価が将来の配当の割引現在価値の期待値に等しいなら、将来の配当の割引現在価値はその期待値である株価よりも分散が大きくなるはずである。シラー教授は上記のAERの論文で、株価の方が配当の割引現在価値より分散が大きいことを示した。この結果は、投資家の合理性や市場の効率性の反証として学界で大きな反響を呼び、その後、株価の非定常性やリスクプレミアムの変動を考慮して再検証しようとする試みが多くの研究者によって行われた。シラー教授自身も弟子のジョン・キャンベル現ハーバード大学教授と共に統計手法を改良して再検証している(参考文献[4], [5])。

 通常、経済学では、人々の合理性や市場の効率性を仮定して議論をするが、上記論文以降、シラー教授は一貫してそうした仮定に疑問を投げかけている。市場が情報に関して効率的であるとする効率的市場仮説を提案したのはファーマ教授であり、そのファーマ教授が今回、ノーベル経済学賞を共同受賞しているのは興味深い。2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマン教授とヴァーノン・スミス教授に代表される行動経済学と呼ばれる分野では、人々の合理性や効率的市場仮説に疑問を持ち、心理学の観点から人々の行動を分析する。

 ノーベル経済学賞の選考にけちをつけるわけではないが、シラー教授は確かに資産価格に関して重要な研究を行っているものの、考え方は行動経済学者であり、行動経済学の論文も書かれている(参考文献[5])。そこで、ダニエル・カーネマン教授やヴァーノン・スミス教授と共にノーベル経済学賞を授与してもよかったのではないかと思う。ちなみに、今回のもう1人の受賞者であるハンセン教授もConsumption CAPMと呼ばれるモデルを用いて資産価格の研究を行っているが、最大の貢献は一般化モーメント法(GMM)と呼ばれる計量手法を開発したことだと思う。

ITバブルの崩壊を予言しベストセラー著者に

 シラー教授を学界で有名にしたのが上記のAERに掲載された論文であるならば、一般の人々がシラー教授の名前を知ったのは著書『Irrational Exuberance』、(Princeton University Press)ではないかと思う。この本の中で、シラー教授は、米国の1990年代末期のIT(情報技術)バブルが、まさにファンダメンタルから乖離したバブルであることを指摘し、政府にバブルを助長する政策を直ちに変更するよう主張している。本書が出版されたのが2000年3月で、その後、ITバブルが破裂したことから、ITバブルの崩壊を予言した本としてベストセラーになった。

 シラー教授の研究の特徴は、あまり難解な数式は使わず、データを重視することである。自ら作ったデータもあり、特にカール・ケース教授と共同開発したケース・シラー住宅価格指数は有名で、住宅価格の分析によく使われていると共に、アメリカの景気指標としても注目されている。また、アメリカの投資家に対してアンケート調査を行い、その結果を使ってstock market confidence indexを計算し、エール大学のYale School of Management International Center for Financeのホームページで公開している。日本に関しても、筒井義郎教授(大阪大学)、紺谷典子氏(日本証券研究所主任研究員)と共同で同様のアンケート調査を行い、同じくstock market confidence indexを計算し、上記ホームページで公開している。1987年のブラック・マンデー時のアンケート結果を用いて、株価暴落時の投資家の行動も分析している(参考文献[8])。

子供に「日本のジュカに行かせるぞ」

 シラー教授は大変温厚な方で、研究室で研究の話以外に雑談もさせて頂いた。雑談の内容は忘れてしまったが、1つだけ覚えているのは、お子さんが言う事を聞かない時に「日本のジュカに行かせるぞ」と言っていたと話されたことである。「ジュカ」の意味がわからなかったので、何度か聞き返したら、「塾」のことだとわかった。どうやら、日本の塾がとても厳しい所だと思われていたようだ。

 エール大学の最終年度には、シラー教授が所属するエール大学コールズ・ファンデーションのCarl Arvit Andersen Prize Fellowshipに推薦して頂き、それをいただいたおかげで、最後の1年間を博士論文に集中できた。また、この奨学金に採択されると、コールズ・ファンデーションの図書館の鍵がもらえたので、夜でも本や論文を閲覧することができ、当時は、本や論文をインターネットで見られる時代ではなかったので、大変助かった。もっとも、当時のエール大学キャンパス周辺は治安が悪く、コールズ・ファンデーションの前の通りで学生が射殺されたこともあり、行き帰りには気をつけなければならなかった。

シラー教授とシムズ教授、2人のノーベル経済学賞受賞者

 実は、2011年度のノーベル経済学賞受賞者であるプリンストン大学のクリストファー・シムズ教授もエール大学で私の指導教官だった(シムズ教授について詳しくは、参考文献[3]を参照されたい)。私の現在の研究にシムズ教授の影響が色濃く出ているせいか、私がシムズ教授の弟子であることは知られていても、シラー教授の弟子であることはあまり知られてないようである。一昨年、シムズ教授のノーベル経済学賞受賞が発表された時には多くの人からおめでとうと言われたが、今回はそうしたことはあまりなかった。ただ、イエール大学での指導教官は、シラー教授が筆頭で、シムズ教授は2番目だった。

 Ph.D.論文では、確率的ボラティリティ変動モデルの研究を行い、このモデルは通常の方法では推定できないので、シムズ教授から当時経済学に入ってきたばかりの分析手法であるマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)を教えていただき、それを使った(確率的ボラティリティ変動モデルとそのMCMCを用いた推定については、参考文献[1], [2]を参照されたい)。そこで、シラー教授には指導をしてもらうというよりも、シムズ教授に教わったMCMCを説明することが多かったが、シラー教授は私の拙い英語による説明でもすぐに理解されて、有益なコメントをたくさん頂いた。また何よりも、データを重視するというシラー教授の姿勢は私の中にも息づいている。

 ノーベル賞受賞者を2人も指導教官に持つというのは光栄なことだと思う。この2人にはとても及ばないが、せめて2人の名を汚さぬよう、私も今後より一層研究に精進したい。

■参考文献
[1] 大森裕浩・渡部敏明 (2008)「MCMC法とその確率的ボラティリティ変動モデルへの応用」国友直人・山本拓 (監修・編)『21世紀の統計科学I 社会・経済と統計科学』東京大学出版会, 第9章, pp.223-266[2] 渡部敏明 (2000)『ボラティリティ変動モデル』朝倉書店[3] 渡部敏明 (2012)「2011年ノーベル経済学賞 クリストファー・シムズ VARモデルへの貢献を中心に」『経済セミナー』No.664, pp.48-51[4] Campbell, J. Y. and Shiller, R. J. (1987), “Cointegration and test of present value models,” Journal of Political Economy, 95(5), pp.1062-1088[5] Campbell, J. Y. and Shiller, R. J. (1988), “The dividend-price ratio and expectations of future dividends and discount factors,” Review of Financial Studies, 1, pp.195-228[6] Shiller, R. J. (1981), “Do stock prices move too much to be justified by subsequent changes in dividends?” American Economic Review, 71(3), pp.421-436[7] Shiller, R.J. (2005), “Behavioral economics and institutional investor,” Southern Economic Journal, 72(2), pp.269-283[8] Shiller, R. J., Konya, F. and Tsutsui, Y. (1991), “Investor behavior in the October 1987 stock market crash: The case of Japan,” Journal of the Japanese and International Economies, 5(1), pp.1-13

このコラムについて
ノーベル経済学賞2013

2013年のノーベル経済学賞は、ラーズ・ハンセン米シカゴ大学教授、ユージン・ファーマ米シカゴ大学教授、ロバート・シラー米エール大学教授の授賞が決まった。このコラムでは、各教授の研究に詳しい第一線の経済学者の方々が、授賞した研究内容についての詳細や、3人の教授の人となりなどについて解説します。
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