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(回答先: ノーベル経済学賞、「弟子」が明かすハンセン教授の知られざる横顔 「合理的期待仮説」の限界を提示し、克服 投稿者 SRI 日時 2013 年 10 月 17 日 00:49:42)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131017/254717/?ST=print
ノーベル経済学賞2013
「実証ファイナンス」の偉大なイノベーター、ファーマ教授
効率的市場からファーマ=フレンチ3ファクターモデルへ
2013年10月21日(月) 竹原 均
2013年度のノーベル経済学賞(正確にはアルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞)が、ユージン・ファーマ、ラース・ピーター・ハンセン、ロバート・シラーの3教授に授与された。正直なところ「えっ、この3人の組み合わせで?」というのが最初の印象であったが、その後に「いや、 選考委員会は良く考えているのかも」と思い直した。
個人的に、これまでもファーマ教授の「効率的市場仮説」とシラー教授の「行動ファイナンス」について、実証ファイナンスを専門とする研究者としての意見を求められることが多かった。そしてほとんどの場合に、筆者はファーマ信奉者、現代ポートフォリオ理論支持、行動ファイナンス否定派と色が付けられていて「市場は効率的だ」と熱く主張することを求められていたように思う。
しかし、天動説と地動説のように効率的市場と行動ファイナンスとの関係を捉えるのは誤りであり、効率的市場も行動ファイナンスも、共にファイナンス論におけるパラダイムではあり得ない。ファーマvs.シラーを真偽、新旧という二値的視点から捉えることはほとんど無意味である。
弁証法の視点から見たファーマとシラーの立ち位置
これまで活字にすることは避けていたのだが、効率的市場仮説と行動ファイナンスの関係は、ヘーゲルの意味での弁証法の枠組みによって整理すべきではないかとここ10年ほど筆者は考えている。つまりはファーマの「効率的市場」がテーゼ、それを否定するアンチテーゼがシラーによる「行動ファイナンス」であり、新たなファイナンスの基礎理論としての「ジンテーゼ」に到達するためのアウフヘーベンに必須となるのがハンセンらによる一連の研究であったのではないだろうか。
ファーマの想定した投資家の合理性は、本来的に矛盾を内包しており、現実の市場では成立し得ない。一方、効率的市場仮説への実証的な挑戦からシラーは投資家の非合理性により資本市場の振る舞いを説明する行動ファイナンスへと至った。しかし行動ファイナンスは21世紀の‘new finance’ではあり得なかったし、実際のところ効率的市場と行動ファイナンスは互いを否定することによってこそ、共に存続している。しかし、例えばマクロ経済と資本市場とのリンケージが分析可能となれば、現実の資本市場を説明可能な資産価格モデルが存在する可能性は十分に残されている。そのために必要だったのが、ハンセン教授の一般化モーメント法 (Generalized Method of Moments, GMM)である。
残念ながら「合理的で、同時に非合理的であるような暗黙裡に矛盾した資本市場」を説明し、資本市場の将来を予測可能なジンテーゼにしたファイナンス研究者はいまだにいない。しかしこのような筋道で整理すれば、3教授の同時受賞を筆者自身は納得できるのである。
さて、以降では研究者としてのファーマ教授が果たした役割について、上述の弁証法的展開を念頭において解説することを試みよう。「行動ファイナンス」というアンチテーゼを生み出す土壌は、やはり「効率的市場仮説」と「ファーマ=フレンチの 3ファクターモデル」であろう。
「市場効率性仮説」再考
ファーマ教授は1965年に発表した論文で、市場効率性の概念を初めて打ち出した。同論文でファーマ教授は、既に起こったイベント、あるいは将来に起こると市場が現時点で予測できるイベントに基づく情報の影響を証券価格が完全に反映している状態が、「多数の知的投資家の競合」(‘competition among the many intelligent participants’) によって導かれるとしている。
ここで‘intelligence’を分析能力・判断能力などの多面的な能力の総合と考えた場合、当然のことながら全知全能足りえない人間の能力には限界があるはずで、‘intelligence’の限界は投資行動の合理性の限界につながる。従って、投資家の合理性をテーゼとしたことにより、生まれながらにして効率的市場仮説は矛盾を抱え、限定合理性、行動ファイナンスという「アンチテーゼ」を生み出してしまうのである。
次にファーマ教授がウィーク、セミストロング、ストロング、の3形式で効率的市場を定義した1970年の論文に関する議論に移ろう。数式が出てくるが、少々お付き合いいただきたい。ここで、ある証券の第t期の収益率をrt、特定の資産価格モデル(例えば資産価格モデルの代表格と言えるCAPM=資本資産価格モデル)のもとでの期待収益率をrt*、(t−1)期末で投資家が利用可能な情報の全体(情報集合)をFt-1とすれば、効率的市場においては、俗に言うアルファ、すなわちベンチマークを上回る異常な収益率(rt−rt*)と情報集合の間は、互いに関係がない「無相関」でなければならない。
というのも、逆にもし無相関ではないとすれば、Ft-1に含まれる情報を利用することで株式収益率を予測することが可能になり、そこから資産価格モデルでは説明されないアルファを獲得できることになるからだ。従って以下の(1)式が成立しなければならない。
この(1)式が成立するかどうか、計量経済学的に検証することは可能だが、そのためには期待収益率rt*を求めるための資産価格モデルがきちんと固定されていなければならない。仮にここでCAPMを使用してみて (1)式の関係が満たされない、つまりアルファが予測可能であったとしても、それは市場が非効率であることの必要条件であって十分条件ではない。なぜなら資産価格モデルはCAPM以外にも存在するので、CAPM以外のモデルを使用した場合に(1)式が成立している可能性が残されているからである。
つまり「真の資産価格モデルが何であるかを固定すること」(つまりは期待収益率rt*の正確な計算方法を突き止めること) と「予測可能性の有無に対する判断」の2つが結合して市場効率性の検証がなされるのだ。これが「結合仮説問題」であり, 市場効率性の検証を困難なものとしている最大の原因である。
分かりやすく言うと、統計学的な分析でアルファが獲得できそうに見えても、「いや、それはCAPMが本当のモデルではないからアルファが取れそうなだけで、どこかにある本当の資産価格モデルを使うと市場は効率的だという結果が得られる可能性も否定できないよね」と答え、続いて「でも本当の資産価格モデルが何かなど誰にも分からないのだから、市場の効率性なんて検証できないじゃない」と言っても間違いではないのである。
ここで結合仮説問題とは別に注意が必要なのは、70年の論文では情報取得コストと、大量取引が市場価格に与える影響を含む広義の取引コストが常にゼロであることを前提としていたことである。70年の論文のほぼ20年後にファーマ教授が発表した91年の論文では、市場効率性に関する分析対象を予測可能性、イベント・スタディー、私的情報(private information)という新たな3つのカテゴリーに分類して、70年に発表した論文以降の実証研究の進展について総括した。ここで重要なのは、ファーマ教授が情報コスト、取引コストと市場効率性の関係について言及したことであろう。
変化する「効率的市場」の定義
ファーマは情報取得コスト、取引コストが一切存在しない状況で(1)式が成立する状況を、“extreme version”の効率性仮説と呼んでいる。仮にアルファがゼロでないとしても、期待されるアルファが情報コスト、取引コストの範囲内に納まるのであれば市場は効率的であり、そのことは研究者、市場参加者が自ら判断すれば良いと述べている。
平たく説明すると, 「3%のアルファを獲得するために、情報の取得と取引コストの合計で5%かかるのなら、投資戦略としてはコスト倒れするから実行しない。その時には情報は利用されずに放置される。だからこそすべての情報が即時、かつ完全に株価に反映などすることはない」のである。これを91年にファーマ教授が再定義した市場効率性のもとで考えれば、情報取得と取引に要する追加の費用と、独自の投資戦略から得られる追加の便益がちょうど等しくなるまで、投資情報が株価に織り込まれることになる。
筆者は、情報取得コスト、取引コストの分析から情報リスク、流動性リスクといった追加的リスクファクターを捕捉し、CAPMに代表される既存の資産価格モデルを改良する研究に個人的に取り組んでいる。市場効率性の検証においては、結合仮説問題よりも、情報・取引コストの実証研究の方が重要ではないかと考えている。実際のところ、株式市場の構造的な仕組みを詳細に分析しようとする近年の「マーケット・マイクロストラクチャー」分野の実証研究の急速な進展は、市場効率性の検証や資産価格モデルの改良に大きな影響を与えている。
一方でファーマ教授自身は「効率的市場仮説」の検証が困難となる理由として、先に述べた「結合仮説問題」と「情報・取引コストの存在」の両方を指摘した上で、結合仮説問題の方が効率的市場仮説の検証においては深刻であり、結合仮説問題が解決不能であるとすれば、効率的市場仮説は検証不可能であるとの立場を取っていた。
ファーマ=フレンチ 3ファクターモデルとは?
さて、効率的市場仮説の検証が困難であるのが結合仮説問題のせいであるとしても、 新たな資産価格モデルを使って超過リターンが存在しないことを示すことができれば、市場が効率的であると主張することはできる。そこでファーマ教授自身がCAPMに代わる新たな資産価格モデルとして提唱したのが、93年のファーマ=フレンチ3ファクターモデルなのである。
この共同論文でファーマ教授とフレンチ教授は、CAPMにおけるマーケットファクターにSMBファクター、HMLファクターと呼ばれる2種類のファクターを追加した3ファクターモデルを提示し、その有効性を以下の回帰モデル(2)により検証した。
ここで Rj,t は第j銘柄の第t月実現収益率、Rf,t は一か月物の米国債利回り、RM,tは分析対象全銘柄の時価加重平均ポートフォリオの第t月実現収益率である。
モデルの背後にあるアイデアとしてはシンプルで、SMBファクターとは、ファイナンスの教科書に必ず出てくる代表的アノマリー(理論やモデルでは説明できない株価の例外的な動き)としての「小型株効果(株式時価総額が小さい小型株と規模が大きい大型株では、小型株の収益率の方が大型株より高い傾向があること)」を、「小型株ポートフォリオと大型株ポートフォリオの収益率の差」として表現しているに過ぎない。同様にHMLファクターとは、割安株によるアノマリーを、割安株ポートフォリオと成長株ポートフォリオの収益率の差で捕捉したものである。
CAPMでは説明不可能であった小型株効果と割安株効果という2種類のアノマリーを、 両者に対応するSMB, HMLという擬似的なリスクファクターを追加することで、CAPMを拡張しつつ、同時に資産価格モデルとしての説明力を飛躍的に高めたのがファーマ=フレンチ3ファクターモデルである。実証分析の結果でもモデルの有効性が確認され、結果としてCAPMに代わるデ・ファクトスタンダードとしての地位を確立していくことになる(日本市場におけるファーマ=フレンチ3ファクターモデルについては, 拙著, 久保田・竹原(2007)をお読みいただければと思う) 。
実際のところ、ファーマ=フレンチ3ファクターモデルの登場に先立ち、両教授が92年の論文においてCAPMを実証的に否定し、その後も90年代のファーマ=フレンチ 3ファクターモデルをめぐる議論が続くなか、筆者を含む多くのファイナンス研究者は熱狂状態に置かれていた。学術誌以外の経済紙などでさえ、‘death of CAPM’、あるいは‘last nail in the coffin for CAPM’ といったフレーズを見かけることが多く、実務家の関心も間違いなく高かった。64年以降、投資家の株式に対する期待収益率を読み解くうえで不動の地位にあるかと思われたCAPMが、少なくともモデル説明力という点では頂点から滑り落ちたからだ。
実証ファイナンスで2度もイノベーションを起こす
「研究者」と呼ばれる人は世の中に掃いて捨てるほどいるが、 真にイノベーティブな研究成果を残しているのはほんのわずかな人達だけだ。筆者を含めた「その他大勢」は、誰かが引き起こしたブレークスルーの後方で、自分なりの研究活動を続けているに過ぎない。そう考えた時、ファーマ教授が実証ファイナンス研究者に与えた影響はあまりに大きい。ユージン・ファーマという研究者は1970年代においては効率的市場仮説により、そして90年代においてはファーマ=フレンチ3ファクターモデルにより、1度ならず2度もファイナンスの実証研究で新潮流を生み出したのだから。
筆者が子供だった70年代のファイナンス研究者がどうであったのかは知らない。しかしファーマ=フレンチ3ファクターモデルを巡る論争が、その後の多くの理論・実証研究への道を開いたことを筆者は肌感覚として知っている。そして市場効率性とファーマ=フレンチ3ファクターモデルの「否定」としての行動ファイナンスの成果として、非合理的投資家の存在を仮定し、「割安株アノマリー」や「モメンタムアノマリー」(証券アナリストの情報が市場に伝播していく過程に非効率性があり、それが株価に影響を与えているとするもの)を説明するモデルが多く提案されてきた。
さらに「否定の否定」として、行動ファイナンスにおける非合理的投資家を仮定しない新しいモデル群が、既存アノマリーの説明に成功しつつある。「ファーマ=フレンチ3ファクターモデルを頂点から引きずり下ろす」ようなジンテーゼとしての理論・モデルが今後登場しないとは言い切れない。そのようなモデルが近い将来に現れ、それに挑戦するファーマ教授の姿を見たいものである.
■参考文献
Fama, E. F. (1965), “Random walks in stock market prices,” Financial Analysts Journal, 21 (5), September-October, 55-59.
Fama, E. F. (1970), “Efficient capital markets: A review of theory and empirical work,” Journal of Finance, 25 (2), 383-417.
Fama, E. F. (1991), “Efficient capital markets: II,” Journal of Finance, 46 (5), 1575-1617.
Fama, E. F. and J. MacBeth (1973), “Risk, return and equilibrium: Empirical tests,” Journal of Political Economy, 81, 607–636.
Fama, E. F. and K. R. French (1992), “The cross-section of expected stock returns." Journal of Finance, 47 (2), 427-465.
Fama, E. F. and K. R. French (1993), “Common risk factors in the returns on stock and bonds,” Journal of Financial Economics, 33, 3-56.
Hansen, L. P. and R. Jagannathan (1997), “Assessing specification errors in stochastic discount factor models,” Journal of Finance, 52, 557-590.
久保田敬一, 竹原 均 [2007], 「Fama-Frenchファクターモデルの有効性の再検証」, 『現代ファイナンス』, 22, 3-23.
このコラムについて
ノーベル経済学賞2013
2013年のノーベル経済学賞は、ラーズ・ハンセン米シカゴ大学教授、ユージン・ファーマ米シカゴ大学教授、ロバート・シラー米エール大学教授の授賞が決まった。このコラムでは、各教授の研究に詳しい第一線の経済学者の方々が、授賞した研究内容についての詳細や、3人の教授の人となりなどについて解説します。
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