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(回答先: コスタリカの積極的平和主義は「Positive Peace」。安倍の唱えるそれは「Proactive Contribut 投稿者 仁王像 日時 2018 年 3 月 05 日 20:00:09)
ソ連崩壊で独立した周辺国の中で、独立して良かったと評価しているのはウズベキスタンだけ〜この国は、教育、医療は無料、お酒も飲むイスラム/伊藤千尋
第三章 シルクロードの中心、ウズベキスタンーソ連後の中央アジアを探る
第1節 知の空白地帯へ
1.文明の十字路
中国が唐だった時代…シルクロードは首都の長安(現在の西安)、さらにはローマまでの9千キロを結んだ。その中心に位置するのがソグディアナだ。ソグド人が住む土地という意味。
さらにその中心がオアシス都市サマルカンドだ。旧ソ連から独立したウズベキスタンの古都である。東西貿易の中心というだけでなく、北のシベリアと南のインドを結ぶ南北の結節点でもある。つまりユーラシア大陸の文明の十字路だ。
第3節 ソ連からの自立
1.なんちゃってイスラム
サマルカンドの町。14世紀の古いモスクがそそり立ち伝統的な民族衣装を着た年配の女性が歩くかたわらを、モダンな洋装の若い女性が闊歩する。中世と現代が混在している。
若い女性は日本や欧米とまったく変わらない洋服でノースリーブで腕も脚もあらわにしたピンクや花柄のワンピースを着た女性がごく普通に歩いている。
サマルカンド市内には114のモスクがあるという。ロシア正教の教会は5つでカトリックは2つ、ユダヤ教会も2つ。圧倒的にイスラム教徒が多い。国民の8〜9割がスンニ派のイスラム教徒だ。
ウズベキスタンは、イスラムの教えで禁じられいるお酒も飲むし、ワインも地ビールさえある。厳しい原理主義のイスラム国家から見れば、ウズベキスタンは国全体が「なんちゃってイスラム」に見えるだろう。
何かにつけ、社会はきわめて開放的だ。人々は笑顔で接してくれる。居心地がいい。街はきわめて治安が良く、電灯が少なく真っ暗な中でも女性が独り歩きしている(カザフスタンでは市場で写真を撮っただけで、警官から咎められた)。
教育は、給食費以外はすべて無料だ。大学への進学率は7〜8割と高い。おまけに医療も無料だ。聞いていたよりもはるかにいい国のように思える。
もっとも女性の社会進出は遅れている。
3.「独裁者」とされたカリモフの実像
1991年にソ連が崩壊してウズベキスタン共和国が独立した。地元のベテラン記者(ナキブ氏)の話では、ソ連時代、モスクワの中央政府はウズベキスタンに綿花栽培のモノカルチャー経済を押し付けた。ところがある日、突然に独立が決まった。国民は途方にくれた。そこに翌年、トルコや韓国の企業が入りこんで「ぶったくりの経済」をした。(当時の)カリモフ大統領は日本やシンガポールの経済成長に学び、1996年みは自国に合う経済発展のためのウズベク・モデルを導き出した、という。
ここ5〜6年、国内総生産は毎年7〜8%の高い水準で成長している。生活水準も上がり、安心して子供を産むことができるようになった。
スプートニクの調査では、ウズベキスタン以外のすべての周辺国では過半数が「ソ連時代の方が良かった」と回答。独立して良かったと評価しているのはウズベキスタンだけなのだ。
カリモフ大統領が独裁者と呼ばれる理由についてナキブ氏はアメリカ陰謀説を語った。…
…とはいえ民主主義が遅れているのも事実だ。
≪ウズベキスタンの現在の大統領≫
リオ五輪で中央アジア一番のメダル数獲得に興奮し脳出血で急逝したカリモフ大統領(享年78歳)の後継者を決める大統領選挙が2016年12月行われた。得票率89%の圧倒的な支持で当選したのは大統領代行を務めたミルジョエフ氏だ。カリモフ路線の継承を表明した。
【出典】同前
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