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ソブリン危機――歴史的難局の選択肢
【第3回】 2011年7月28日
米国デフォルトでリーマンショック再来は本当か 元クリーブランド連邦準備銀行総裁
W・リー・ホスキンス氏に聞く
連邦債務の法的上限引き上げを巡る与野党の協議が難航し、米政府が一時的なデフォルト(債務不履行)に陥る懸念が高まっている。そのとき、マーケットや経済にどのような影響が及ぶのか。一部で指摘されているようなリーマンショック並みの信用収縮は起こるのか。現在はエコノミストとして活躍するクリーブランド連銀の元総裁、リー・ホスキンス氏に聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト 瀧口範子)
――債務上限の引き上げがなければ、米国債の元利払いに支障が生じるといわれる8月2日が目前に迫っている。オバマ大統領と民主・共和党の議会指導者の協議がまとまらず、デフォルトに陥る危険性はどれくらいあるのだろうか。
W・リー・ホスキンス(W. Lee Hoskins)
元クリーブランド連邦準備銀行総裁。フィラデルフィア連邦準備銀行のエコノミストなどを経て、1987〜91年クリーブランド連銀総裁。当時より熱烈なゼロインフレ(物価安定至上主義)論者として知られる。現在はシンクタンク、パシフィック・リサーチ・インスティテュートに在籍。全米企業エコノミスト協会(NABE)の会長を務めた経験もある。
債務上限の引き上げ協議に限って言えば、民主党と共和党の今回の対立は(来年11月の大統領選をにらんだ)政治的なショーにすぎず、ギリギリになったとしても期限までに何らかの合意に至るか、合意に向けてはっきりとした見通しが立つだろうと楽観している。ただ、そうは言うものの、与野党間に存在する怒りが制御不能なレベルまでエスカレートし、債務上限を引き上げるという合理的な行動に期限までに出ない可能性は、10%ほどはあると思う。
そもそも、政治的なショーとは言え、背景には、政府の大きさ、財政赤字の規模、経済構造改革のあり方といった“本物の争点”がある。債務上限を巡る与野党の対立は過去に何度もあり、最終的には上限が引き上げられて、大事には至らなかったが、今回ほど争点が鮮明化していたわけではない。
だが、昨年の米議会中間選挙の際に、民主党の“大きな政府”路線に噛みつき、共和党の勝利に貢献した保守派の草の根運動「ティーパーティー」の存在感に象徴されるように、財政赤字問題は国民注視のテーマとなっている。そのことが共和党を勢い付けている。今回ばかりは予断を許さない。
――与野党両党がそれぞれ提案している妥協案をどう評価するか?共和党は債務上限を2段階で引き上げる案を出し、オバマ政権は1回で実施すべきだと反論している。
繰り返すが、債務上限引き上げ協議自体は、もはや政略以外の何ものでもない。オバマ大統領と共和党のベイナー下院議長の当初の話し合いが決裂して以降は、両党ともなんとかして政治的に勝てるように画策しているだけだ。
共和党の場合は、債務上限の段階的引き上げで、民主党が来年の大統領選挙までに少なくともあと1回、国民に見えるかたちで同じ問題に直面するように仕向けたい。膨れ上がる財政赤字という問題を解決できないオバマ政権の立場を国民に対して繰り返し印象付けることができるからだ。
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一方、オバマ政権や与党民主党は、大統領選挙までこの問題から国民の目を逸らしたい。財政赤字削減議論を優先すると、有権者の不評を買う覚悟で、セーフティネットのミスマッチ解消、なかでもメディケア(高齢者向け公的医療保険)やメディケイド(低所得者・身障者向け公的医療保険)といった福祉プログラムの削減に自ら大きく踏み込まなければならなくなるからだ。
共和党はそこを突いている。共和党は何度もこの問題に国民の目を向けさせるつもりなのだろう。
――仮に債務上限引き上げで合意できず、米国債がデフォルトした場合、何が起こるか。米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長は6月、「米国債の元本償還や金利支払いが短期間停止しただけでも、金融市場と決済システムに深刻な混乱をもたらす恐れがある」と述べている(フィナンシャル・タイムズより引用)。
私も同感だ。カタストロフィ(大惨事)になるとは思わないが、世界の債券市場のベンチマークとなっている米国債がデフォルトすれば、各国の債券だけでなく、株式やそのほかのリスク資産にも売りが広がるだろう。
銀行やディーラーが日常的に短期資金調達に活用しているレポ市場への影響も懸念される。米国債がデフォルトすれば、それを担保として貸し出す資金の金利は跳ね上がる可能性がある。ちなみに、リーマンショックのときは、レポ市場は一時期、機能不全に陥ってしまい、多くの金融機関がこの大切な資金調達源を断たれた。財務省もFRBも、国民に向けては、与野党の合意が成立する見通しを述べているが、本音ではかなり動揺しているはずだ。デフォルトの場合、レポ市場に何が起こるかを今気が狂ったように調べているはずだ。
――しかし、議会が8月2日までに債務上限引き上げを認めなかった場合でも、政府が他の支出を調整し国債利払いを最優先すれば、理論上はデフォルトは回避できるのではないか。
次のページ>> デフォルトより心配な米国債の格下げリスク?
もとよりその場合は、財務省もFRBもあらゆる手段を尽くすことだろう。たとえば、財務省には、利払いを続ける代わりに政府との取引業者らに対する支払いを一時的に調整する選択肢もある。
ただ、いうまでもないことだが、他の支払いの延期が長期化すれば、経済への悪影響は拡大する。また、支払いの優先順位付けを変えて対応すると言っても、どこかで足を滑らせないとも限らない。こんな事態に備えた便利なコンピュータプログラムなどは用意されていないからだ。
――となると、リーマンショック並みの金融危機が起こる可能性もあると言うことか。
合理的に考えれば、そこまでの懸念を持つのは大げさだと思う。レポ市場への影響は先ほど述べたように心配だが、一時的なデフォルトならば、市場の混乱は短期間で収まるだろう。そもそも銀行業界は(リーマンショックの)前よりも健全であり、いまでは互いを疑いの眼で見ていたりはしない。どの銀行が堅固なのか、よくわかっているはずだ。レポ市場が若干収縮しても、銀行間取引には支障は生じないだろう。
もちろん、その大前提は、まさか与野党のリーダーたちがいつまでも合理性を欠いた行動を続けたりはしないだろうという点に尽きる。仮にデフォルトしても、市場が懲罰的な動きに出れば、与野党もさすがに債務上限引き上げで妥協するはずだ。そう考えると、むしろ、われわれが本当に影響を心配すべきは、この騒動の先に見える米国債の格下げリスクなのかもしれない。
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