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首謀者・麻原、真相を語らぬまま死刑執行 ! 識者の視点・主張は ?
http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/10412.html
投稿者 青木吉太郎 日時 2018 年 7 月 08 日 21:51:05: jobfXtD4sqUBk kMKW2Itnkb6YWQ
 


殺人許す教義を生んだ首謀者・麻原 !  真相を語らぬまま死刑執行 !

   識者の視点・主張は ?

   オウム真理教とは ?

T オウム真理教元代表ら7人の死刑執行 !

(headlines.yahoo.co.jp:2018年7月6日10時57分より抜粋・転載)

朝日デジタル:

逮捕され、警視庁へ護送のため、警察車両で出発するオウム真理教の松本智津夫(麻原彰晃)代表=1995年5月16日、山梨県上九一色村(当時)

 13の事件で計27人を死なせたとして死刑が確定した、オウム真理教元代表の松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63歳)の死刑が執行された。日本を震撼(しんかん)させた、テロ事件の首謀者は、事件の真相について語らぬままだった。

◆松本智津夫死刑囚ら7人の死刑執行 !

オウム真理教元代表

「金曜に執行言われなければ」オウム死刑囚、移送3カ月

 松本死刑囚は、1955年、9人きょうだいの四男とし、て熊本県八代市で生まれた。確定判決などによると、目が不自由だったため、県立盲学校に通い、卒業後は、鍼灸(しんきゅう)師として働き、千葉県船橋市で、薬局を経営していた。
1982年ごろから宗教活動を始め、「麻原彰晃」を名乗って、都内でヨガ教室を開いた。1984年には、教団の前身となる「オウム神仙の会」を発足させ、1987年には、オウム真理教に改称した。

 当時は、バブル景気のまっただ中だった。オウム真理教・教団は、社会のあり方に疑問を感じる若者をひきつけ、急速に拡大した。松本死刑囚は、自らが「ヒマラヤで悟りを得た、最終解脱者」だと主張し、「精神的な進化こそが、人類を救済する道だ」と、信徒に絶対的な帰依(服従)を求めた。

U オウム真理教、真相究明が遠く !

(共同通信の報道より抜粋・転載)

○江川紹子(えがわ・しょうこ)氏:

◆教団による神格化を懸念 !

オウム真理教の教祖であり、一連の組織犯罪の首謀者である、麻原彰晃こと松本智津夫死刑囚の執行は当然だ。

しかし、6人もの弟子を同時に執行したのには、衝撃を受けた。

今の教団が、「麻原尊師と一緒に転生した高弟」として彼らを神格化する物語を作り上げ、教祖への忠誠心をあおることに利用されるのでは、と懸念する。

また、彼ら“高弟”たちは、カルトによる未曾有のテロ事件の生き証人であり、今後のカルト問題やテロ事件の防止のために格好の研究対象だった。

真面目な若者が心をからめ捕られ、殺人の指示まで唯々諾々と従った心理状態などを専門家が研究するなど、将来に向けての教訓を学び尽くす必要があったのではないか。

米国からは、テロの研究者が来日して死刑囚に面会したこともあった。

肝心のにほんでそのような動きがないまま、死刑執行により生き証人が失われるのは残念だ。

現教団などには、一連の事件を「でっち上げ」などとして、事実を否定する動きがある。

今後、全ての死刑が執行され、生き証人が失われれば、そのようなデマや陰謀論がますます出回り、事件を知らない若い世代に影響を及ぼす懸念もある。

○青木理(あおき・おさむ)氏:

◆審理尽くされず苦味が残る !

途方もない苦い後味しか感じない。逮捕から数えれば、約23年、オウム真理教の松本智津夫死刑囚ら7人の死刑が執行された。果たしてこれでよかったのか。

事件から私たちは、何を見いだせたのか。日本社会は、痛切にそのことを顧みるべきだろう。

まずは警察捜査の問題点である。

1989年の坂本堤弁護士一家殺害事件は、早期解決のチャンスが確実にあった。

坂本一家の失踪現場には、オウム真理教教団のバッジが残され、犯行に加わった教団幹部が重要情報を警察に通報もしていた。

この坂本事件を解決していれば、松本、地下鉄両サリン事件もなかったのだから、徹底して原因を洗い出すべき痛恨事だった。

また多数の若者が、なぜ教団に引き寄せられ、未曾有の犯罪に手を染めたのか。

マインドコントロールという単語でもっともらしく解説されたが、全ての事件は、教祖の一方的命令で起きたのか。その重要部分を解き明かす場となる松本死刑囚の公判は、一審しか行われていない。

戦後最大級の事件の、首謀者と目された男の裁判だというのに、二審は、書類未提出を理由に、公判を開かないまま控訴を棄却した。

松本死刑囚は、公判中から奇異な言動を繰り返すようになり、弁護側は心神喪失状態で治療が必要だと訴えた。

一方、裁判所や検察は、詐病だと断じたが、本当にそうだったのか。

仮に心神喪失が事実なら、今回の執行は、心神喪失状態にある者の執行停止を定めた、刑事訴訟法に違背する。

それ以前の問題として、松本死刑囚の心身がどういう状態かを真剣に見極め、真相解明や公判継続のために尽くすべき努力を、刑事司法は尽くしたと言えるのか。

少なくとも、私は、とても尽くしたとは言えないと思う。

もう一点、先進民主主義国の大半が死刑を廃止する中、これほどの大量同時執行は、世界の潮流に逆行する。

まして日本の死刑は、密行性が際立つ。今回の7人はどういう基準で選ばれたのか。

執行日は、なぜ7月6日か。

国家の名の下に人命を奪う死刑は、究極的な国家権力の行使だが、これほどの密行下では、手続きの適正性が担保されない。

いずれの面から眺めても、耐え難いほどの苦味だけが残る執行劇である。

(参考資料)

   オウム真理教とは ?

(ウイキペデリアより抜粋・転載)

青山総本部(東京・南青山、1994年、2015年4月解体)

オウム真理教(おうむしんりきょう)は、かつて存在した麻原彰晃を開祖とする新興宗教。日本で初めて化学兵器のサリンを使用し、無差別殺人を行ったテロ組織でもある。

○概説

教祖である麻原彰晃(本名:松本智津夫)はヒマラヤで最終解脱した日本で唯一の存在で空中浮揚もできる超能力者であり、その指示に従って修行をすれば誰でも超能力を身に付けることができるなどと言って若者を中心とする信者を多く獲得した。
マスメディアではオウム真理教出家者が理系の高学歴者ばかりで構成されていたかのようなイメージで報道されたが、多くの宗教団体にありがちなように、実際は社会で普通に生きてゆくことに疑問を感じたり社会に居場所をなくした人たちや、DV被害者、被虐待児、精神疾患、発達障害、パーソナリティ障害を持つものなども多く、こうした社会的弱者の構成員も多かった[5]。

教義的にはヒンドゥー教や仏教といった諸宗教に合わせ、ノストラダムスの予言などのオカルトもミックスした独特のものとなっていた。
当初はヨーガのサークルに過ぎなかったものの次第に常軌を逸した行動が見え始め、出家信者に全財産を布施させたり、麻原の頭髪や血、麻原の入った風呂の残り湯などの奇怪な商品を高価で販売するなどして、多額の金品を得て教団を拡大させた。
内部では懐疑的になって逃走を図った信者を拘束したり殺害するなどして、1988年から1994年の6年間に脱会の意向を示した信者が判明しているだけでも5名が殺害され、死者・行方不明者は30名以上に及び、恐怖政治で教祖への絶対服従を強いていた。
当初より奇抜、不審な行動が目立ったため、信者の親などで構成される「オウム真理教被害者の会」(のちに「オウム真理教家族の会」に改称)により、司法、行政、警察など関係官庁に対する訴えが繰り返されたが、取り上げられることなく、その結果、坂本堤弁護士一家殺害事件をはじめ松本サリン事件、地下鉄サリン事件などのテロを含む多くの反社会的活動(「オウム真理教事件」)を起こした[6][7]ほか、自動小銃や化学兵器、生物兵器、麻薬、爆弾類といった教団の兵器や違法薬物の生産を行っていた[2]。

1996年(平成8年)1月に宗教法人としての法人格を失ったが活動を継続。
2000年(平成12年)2月には破産に伴い消滅した。同時に、新たな宗教団体アレフが設立され、教義や信者の一部が引き継がれた。アレフは後にAlephと改称され、また別の仏教哲学サークルひかりの輪が分派した。

○教団の再武装化

「麻原彰晃#マハーヤーナとヴァジラヤーナ」も参照

1993年(平成5年)前後から再び麻原は教団武装化の「ヴァジラヤーナ」路線を再開[30]。武力を保有するため、オカムラ鉄工を乗っ取りAK-74の生産を試みたり(自動小銃密造事件)、NBC兵器の研究を行うなど教団の兵器の開発を進めた。
1993年以降は麻原がオウム真理教放送等を除くメディアに登場することはなくなり、国家転覆を狙った凶悪犯罪の計画・実行に傾斜してゆく。

この中で土谷正実、中川智正、滝澤和義らの手によってサリンなど化学兵器の合成に成功。1993年より、これを利用した池田大作サリン襲撃未遂事件、滝本太郎弁護士サリン襲撃事件を起こし、敵対者の暗殺を試みた。
さらに第7サティアンにおいてサリン70トンの大量生産を目指した(サリンプラント建設事件)。

また生物兵器の開発も再開し、遠藤誠一、上祐史浩らが炭疽菌を用いて亀戸異臭事件などを起こしたが、こちらは成功しなかった。

この頃には、アメリカから毒ガス攻撃を受けていると主張するようになり、車には空気清浄機を付け、ホテルでは大真面目に隙間に目張りをしていた。
ヘリコプターが通過する際には、毒ガスだと言って車に駆け込み退避するよう命じる有り様だった[5]。
中川智正によると、この被害妄想は1993年10月頃に第2サティアンの食物工場から二酸化硫黄を含む煙が出た事故を、毒ガス攻撃と思い込んだことから始まったという[39]。

○洗脳の強化

過激化とともに布施の強化が図られ、社会との軋轢が増すにつれ、教団内部に警察などのスパイが潜んでいるとしきりに説かれ、信者同士が互いに監視しあい、密告するよう求められるようになる。麻原は信者に対して「教団の秘密を漏らした者は殺す」「家に逃げ帰ったら家族もろとも殺す」「警察に逃げても、警察を破壊してでも探し出して殺す」と脅迫していたという[40]。
教団内の締め付けも強くなり、薬剤師リンチ殺人事件、男性現役信者リンチ殺人事件、逆さ吊り死亡事件などが発生した。

1994年からオウムでは違法薬物をつかったイニシエーションを次々と実行するようになり、LSDを使ったイニシエーションが在家信者に対しても盛んに行われた(LSDは麻原自身も試している)[41]。
費用は100万円であったが、工面できない信者には大幅に割引され、5万円で受けた信者もいる[42]。
LSDを使った「キリストのイニシエーション」は出家信者の殆どに当たる約1200人と在家信者約200〜300人、LSDと覚醒剤を混ぜた「ルドラチャクリンのイニシエーション」は在家信者約1000人が受けた[43]。

また、林郁夫によって「ナルコ」という儀式が開発された。
「ナルコ」は、チオペンタールという麻酔薬を使い、意識が朦朧としたところで麻原に対する忠誠心を聞き出すもので、麻原はしばしば挙動のおかしい信者を見つけると林にナルコの実施を命じた。麻原は林に、信者達の行動を監視するよう命じ、信者が自分の仕事の内容を他の信者へ話すことすら禁じていた。
[要出典]林郁夫はさらに「ニューナルコ」と呼ばれる薬物を併用した電気ショック療法を使い始め、字が書けなくなったり記憶がなくなっている信者が見つかっている。
他にも、村井秀夫によりPSIという奇妙な電極付きヘッドギアが発明され、教団の異質性を表すアイテムとなった。

洗脳は出家信者の子どもにも及び、PSIを装着させたり、LSDを飲ませたり、オウムの教義や陰謀史観に沿った教育をしたりしており、事件後に保護されたオウムの子どもたちが口を揃えて「ヒトラーは正しかった、今も生きている」などと語っている光景も目撃されている[44][43]。

 

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