01. 2010年11月11日 07:18:22: Pj82T22SRI
今後、チャイナ外しが加速する?日経ビジネス オンライントップ>投資・金融>統計学者吉田耕作教授の統計学的思考術 確率的思考で考えるチャイナリスク リスク分散の視点からも企業はインドに目を向けるべき * 2010年11月11日 木曜日 * 吉田 耕作 確率 統計 分散 現在、日本と中国は「戦略的互恵関係」を標榜している。中国は確かに成長可能な非常に大きな市場を有する。少子高齢化によって消費が縮小していく日本企業にとっては、多少のリスクを払っても中国で利益を上げたいと願い多額の投資が行われている。しかし、私は、日本の経済成長を中国の成長にあまりにもべったりと依存する構図に危機感を覚え発言してきた。領土問題、歴史感覚のずれ、反日教育など、国民感情に深く根差した多くの問題を抱えている中国に対して、すべての卵を預けてしまって良いのかと。 日中関係の政治的基盤はあまりにももろい。ささいな出来事が進出企業の存立を危うくするような事態に発展する可能性を常にはらんでいる。大国であり、深いつながりのある隣国である中国とは今後ますます賢明な外交や民間の友好を活発にし、これらの問題を改善していく努力を根気よく続けていかなくてはならないのは言うまでもない。 しかし、尖閣諸島の問題を契機として、経済界の中でも日中の関係を再評価する動きがみられる。 その損得を長期的展望に立って徹底的に検証してみる必要がある。 日中間に見られる経済的な問題点 1)日本の技術援助 多くの日本企業が中国に投資をした時、中国はその条件として日本の技術を開示する事を要求した。しかし、日本は国土も狭く、マーケットも小さく、資源も乏しい。中国にとって日本の利点はその卓越した技術だけだった。その技術を習得した中国企業にとってはもう日本企業の価値は半減したのである。最近では高度のソフトの開示を要求して来る中国への対応に日本の民間も政府も苦慮している。 中国には最先端の技術を持ち込まないようにする事が肝心である。あまりにも多くの日本のビジネスマンが短期的な利益のために、長期的な利益を台無しにしてしまっている状況を極めて残念に思う。また、日本人の努力によって築きあげた科学技術が、中国に軍事的に用いられるのを防ぐために、このような恐れのある分野において留学生受け入れについては慎重になるべきである。そして、日本企業の技術系の退職者が高給で海外で雇われ、彼らとともに日本のハイテク技術が流出しているという問題を早急に解決するべきである。 2)中国の模造品の問題 世界中の多くの国々で中国製の模造品の被害に悩まされているようである。 一年間に世界に出回る模造品・海賊版の貿易額は推計で約20兆円を超えるといわれている。 3)中国の環境問題 中国の急速な工業化に伴って、中国の環境汚染の問題が深刻になって来ている。2008年における世界のCO2排出量の中で、中国の排出量は22%で2位の米国の19%との差が広がった事が国際エネルギー機関の発表でわかった。 4)レアアース問題 中国はレアアースの輸出規制を強めており、メーカーや商社は脱中国の選択肢をあわてて模索し始めた。これだけ重要な機能を果たす鉱物をたった一つの供給国に頼るという事に、これまで何の危機感も持たず放置してきたとすると、これは日本の政府及び商社の指導者達の重大な失策なのではないだろうか。似たような事は石油についても、鉄鉱石についても言える。 5)人民元切り上げの問題 周知のように中国は人為的に安く抑えられた元の価値で貿易上有利な立場に立ち、輸出を伸ばし、巨額の外貨を蓄積した。その結果、日本の繊維、縫製産業は壊滅的打撃を受け、日本の景気低迷をさらに悪化させた。 数年前に三角合併法が成立した。三角合併では吸収合併される企業の株主は、吸収合併する会社の親会社の株式を与えられる。つまり、外資系の親会社が日本に進出する時、多額の現金を支払わなくて済む合併方法なのである。この方法は規模の大きな会社が、規模は比較的小さいが将来成長しそうな会社を、現金を使わずに支配下に収める事を容易にする事を意味している。 元々は小泉政権の時グローバル化を進める意味で、米国の企業が日本の企業を買収するという事を想定していたようだ。かなりの数の業界で、日本の企業のサイズと中国のトップ企業のサイズとでは極めて大きな差ができつつある。このままでは、知らず知らずのうちに多くの優良日本企業が中国企業の傘下に収められてしまう可能性がある。早急に対策を講じないと手遅れになるだろう。 6)東シナ海の石油掘削問題 中国は日本と共同で開発すると約束したにもかかわらず、いつまでも実行に移されない。 7)日系企業におけるストライキ 朝日新聞は中国で5月中旬から約2カ月間にストライキが発生した外資系企業がすくなくとも43社になり、その内日系企業が32社を占めると報じた(朝日新聞2010年7月30日「中国スト7割日系企業で」) 8)戦略的互恵関係 「戦略的互恵関係」とは利益が対等であることを意味する。友好関係とは違うレベルの関係である。確かに現在の日本は、世界の多くの国と同様、中国の経済成長なしに成長が見込めない状態である。その弱みのため、あまりにも短期的思考に陥り、長期の利益を見失っているのではないか。企業戦略としては、投下資本や、人材や、技術が安全に守られることが、進出先の国に対して最も要求するべきことだと思う。それが保障されることが対等な利益の基盤であろう。 海外市場開拓、海外投資において必要なリスク分散 以上のように様々な問題を抱える日中関係において、企業の統計的行動としては、まず何よりもリスクの分散が考えられる。原材料は、一国からだけの供給に頼らず、複数の国から輸入するべきである。それはレアアースだけではなく、鉄鉱石、石油も含め、日本が必要とするすべての原材料である。 官民一体となって、原材料の確保をするべきである。 商社がお互いに競争して動く時代は過ぎた。全員協調して動かねばならない。 リスクの分散は原材料だけの問題ではない。海外市場開拓においても、また、海外投資においても非常に重要なことだ。 表1 日本のアジアにおける3大貿易圏 日本 ASEAN 中国 インド 人口 1.3億 5.7億 13.3億 11.9億 GDP 4.9兆ドル 1.5兆ドル 4.5兆ドル 1.1兆ドル 一人あたりGDP 38,443ドル 2,546ドル 2,912ドル 1,021ドル 貿易(輸入+輸出) 1.5兆ドル 2.1兆ドル 2.5兆ドル 0.5兆ドル 日本との貿易(全世界の%) ー 13.60% 17.40% 1.00% 日本の投資残高 ー 6.1兆円 4.4兆円 0.9兆円 成長率(2000年以降概算) 1〜2% 5〜6% 10%前後 10%以上 表1はアジアにおける日本の三大貿易相手圏である。リスクの分散という意味ではこの三地域に同じように分散して投資するのが良いようである。現状では投資残高でみる限り、ASEANに対する投資が一番多く、中国に対する投資が二番目であり、インドは遠く離れた三番である。日本との貿易に関しては中国が一番で、ASEANが二番、そしてインドがずっと離れた3番である。 中国は歴史的にもかかわり合いが深く、地理的にも近いし、同じ漢字を使うので文字をはじめとした文化圏としても近いと考える日本人が多い。また、一人当たりのGDPも一番高く、人口も多ければ一番良い市場のように見えるのは、これまた当然の事である。しかしながら、今回の尖閣諸島の問題で、この点に関してかなり多くの日本人は疑問を持ち始めたのではないだろうか。 ここで、筆者はインドに関して、少々述べてみたい。ご承知のようにインドは中国程ではないにしても広大な大陸を占めている。その人口も2030年前後には中国を抜くと言う事が予想されている。現在一人当たりのGDPは約中国の3分の1。日本との貿易も非常に少ないし、投資残高もASEANや中国と比べると非常に少ない。つまりかなり伸び代があるという事である。 インドは民主主義国家であり、日本と領土問題や歴史問題も持たない。 そして何よりも大事な事は、インドは極めて親日的な国だということである。 インドは第二次大戦後に至るまでの2世紀にわたってイギリスの植民地であり、イギリスの収奪にあい、インド人達は苦難の生活を強いられていた。しかし、 1905年に起きた日露戦争では、非白人種である小国日本が白人国の大国ロシアにまさかと思われた勝利を得て、インド独立に大きな望みを与えたのである。私はインドの経団連(CII: Confederation of Indian Industries)に呼ばれてセミナーをした時、インド人から聞いた話では、インド人にとって最も好まれる外国は日本であり、昭和天皇が崩御された時、多くの国民が国旗を半旗にして哀悼の意を表したという事である。私は世界で他の国でこういう話を聞いた事がなく、大いに感激したものだ。 日本の企業ではスズキが早くから進出し、マルチという、その製造する自動車はほとんどインドの国民車と言っても良いぐらいの地位を築いている。スズキの成功の裏には、インド人の日本に対する好感情が大きく物を言っているのではないかと考えている。日本はこれからインドを大事にしていかなければならない。 アジアで取るべき行動を確率的考察で考える 以上、日本がアジアで置かれた状況を、特に中国との関係で見て来たが、ここで、モデルを使って、企業人はどうすればよいかを考察してみたい。 まず、ある企業が現在日本で1000万円の投資を行っていると仮定しよう。その投資は全部自己資本で行われていると仮定し、その投資の結果は成功する確率が50%で失敗する確率が50%としよう。成功するという事は30%のリターンをもたらす事とし、失敗は10%の損失をもたらすものとする。つまり期待される収益率は10%となる。そして、海外に投資する時もこの状態は全く同じとし、国内の投資との違いは、すべて銀行借り入れでおこなうとして、その金利は5%とする。最後にもう一つ条件を付け加えるならば、各地域での投資の成否は統計的に独立であると仮定する。 このような状況で中国に1000万円投資し、その次はASEANに1000万円投資し、最後にインドに1000万円投資する事を考えよう。ここで投資の順序は全く重要ではなく、説明の便宜のためだけである。 そうすると全体の投資のあらゆる可能性は図1のツリーで示される。図1では成功はS(=success)で表され、失敗はF(=failure)で表されている。例えば 右端の番号に従ってたどると、第一枝ではSSSSとなり全部の投資が上手くいった事を示している。また、反対に第十六枝ではFFFFとなり全投資で失敗した事を示している。 図2は図1の結果を成功件数の分布として表したものである。例えば図2におけるAは日本における1件の投資の結果の分布だけを示したものである。投資が1件だけなので1件成功する確率は1/2で、同じく失敗確率は1/2である事を示している。 図2のBでは日本と中国に1000万円ずつ投資した状況を示しており、両方とも成功する確率は1/4(SS)である。しかし、2件のうち1件成功する確率は2/4(SFとFS)となる。 なぜなら、日本が成功で中国が失敗の場合の確率が1/4で、日本が失敗で中国が成功の場合の確率が1/4であるから、両方を足すと2/4となる。以下同様に計算された。この図から、分散投資が増えると、完全に成功か完全に失敗の両極端の間に、そこそこの成功割合いを期待する事が出来、リスクが減少する事が直感的に分かって頂けると思う。 レバレッジをきかせて高度の効用を得るには ここで、少々テクニカルになるが、統計手法を使って平均値とリスクを計算してみよう。 図2のAからDまでの投資の分布を平均成功件数(μ)とリスクを変動係数(υ)で測った物を図示したのが図3である。以前、「『毎日株価をチェックする事は時間の無駄』である理由」の投資決定に関して述べた時は、リスクの計測値として標準偏差を用いたが、今回の場合は投資数が一定ではないものを比較するので、平均値でそのリスクの度合いを修正する必要がある。 つまり変動係数は標準偏差を平均値で割ったものである。つまり変動係数は1単位の成功を得るためにどれだけのリスクを取らなければならないかを表している。式では υ=σ/μ と表す。縦軸を標準偏差(σ)から変動係数(υ)に変えた以外はこの記事の図1とほとんど同じ考え方である。 この図から明らかなように、借入金の比率(レバレッジ)を高めると一般にリスクが高まるとされているが、分散投資と組み合わせると投資無差別曲線でより高度の効用が得られる(よい高い満足度)という事が分かる。 これを平易な言葉で言い直すと、一つの投資に全財産を投入すると危険だが、分散投資するとリスクを軽減する事ができるという事である。しかし、前にも述べたように、この投資の順位は特に意味のあるものではなく、現在の日中関係や日印関係を考慮すると、もし一つだけ海外投資する所を選ぶなら、私は断然インドだと考える。 それに、現在日本の通貨、円、はアジア諸国の通貨に対して非常に高い状態にあり、しかも、日本の借入金利は非常に低い。銀行借り入れをできるだけして、即ち、レバレッジをきかして、海外投資する絶好の機会だと理解するべきである。日中の関係が微妙になっている現状を考えると、インドに長期的な投資をするべき時のように思えるのである。 吉田語録 米国には「すべての卵を一つの籠に入れてはいけない」ということわざがある。籠がひっくり返ればすべての卵は割れてしまう。分散投資が必要だという事だ。近年のように国際化してきている時は、国際的に分散投資する事を差す。 その時のもう一つ重要な判断基準は、その国の国民感情が日本及び日本人に対して友好的かどうかという事である。 このコラムについて 統計学者吉田耕作教授の統計学的思考術 「統計学」と聞くと、難しい数式とグラフを思い浮かべ、抵抗感を持っている人が多いでしょう。とくに文科系の人であればその思いは強いはず。でも、一度、統計学の視点で世の中を見渡してみると、物事は大きく違って見えてきます。数学が苦手だった人でも吉田教授の“講義”なら大丈夫。難しいことはありません。経営とビジネス、そして人生に役立つ統計学です。 ⇒ 記事一覧 著者プロフィール 吉田 耕作(よしだ・こうさく) カリフォルニア州立大学名誉教授、ジョイ・オブ・ワーク推進協会理事長。経営学博士。1938年東京生まれ。1962年早稲田大学商学部卒業。68年モンタナ大学で修士号(ファイナンス)を取得。75年ニューヨーク大学でデミング博士、モルゲンシュタイン博士に学び、博士号(統計学)を取得。75年からカリフォルニア州立大学で教鞭をとる。99年青山学院大学国際政治経済学部教授。2001年から2007年まで同大学院国際マネジメント研究科教授。86年から93年まで、デミング4日間セミナー「質と生産性と競争力」でデミング博士の助手を務めた。統計的な考え方をベースとして、米国連邦政府、ヒューズ航空機、メキシコ石油公社、NTTコムウエア、NTTデータ、NEC などを指導。著書に『国際競争力の再生』『経営のための直感的統計学』、『直感的統計学』、『ジョイ・オブ・ワーク――組織再生のマネジメント』、『統計的思考による経営 』など
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