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http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20100623-00000304-fsight-int
中国で賃金引き上げを求める工場労働者の“反乱”が燎原の火のように全土に広がっている。台湾系EMS(エレクトロニクス製品の受託製造会社)大手の富士康(FOXCONN)で起きた生産ライン労働者の連続自殺がきっかけだが、底流には急激な経済成長にもかかわらず低賃金と劣悪な環境にとめ置かれてきた中国の最底辺労働者の蓄積した不満がある。富士康や、同じくストライキが起きた広州ホンダは賃金引き上げに応じたが、この勢いで中国全土の工場労働者の賃金が急上昇すれば、「世界の工場」としての中国の競争力が揺らぐのは間違いない。中国は今、過去10年の無理な急成長のツケに苦しみ始めた。
■富士康が実現した中国の成長モデル
富士康は世界最大のEMSである台湾の鴻海精密工業が中国に工場展開する際に設立したグループ会社だが、実質的には鴻海グループそのものといってもよいほど大きな存在となっている。鴻海が受託する製品の8割以上は、富士康が中国全土に展開する工場で生産されているからだ。ノキア、アップル、デル、ヒューレット・パッカード、ソニー・エリクソン、任天堂、モトローラなど世界の大手エレクトロニクスメーカーでは、鴻海に生産を委託していない企業を見つける方が難しいほどだ。売り上げは7兆円前後と、委託するエレクトロニクスメーカーと肩を並べるどころか凌駕する規模だ。
中国にとっても富士康の持つ意味は大きい。富士康は広東省、福建省、江蘇省、山東省など沿海部はもちろん、山西省、重慶市など内陸にも工場を広く展開、82万人もの中国人を雇用しているからだ。中国に進出している外資企業のなかで売上高、輸出額ともに2005年以降、トップを維持している。
1978年にトウ小平氏が開始した改革開放政策によって中国は「世界の工場」にのし上がったが、その根幹は低コストの労働力を提供し、世界から生産拠点を集め、つくった製品をグローバル市場に輸出するモデルだった。その成長モデルを最も忠実かつ大規模に実現したのが富士康、すなわち鴻海だったといってよい。
それが意味するのは、富士康の給与、待遇が中国全土の工場労働者のベンチマークになっていたということだ。他の外資はそれぞれの地域にある富士康の工場の給与や待遇をみたうえで、自社の待遇を決めていた。富士康が中国の労働市場に与える影響はきわめて大きかった。
■新世代が直面する社会矛盾
発端となった富士康の深セン拠点の連続自殺の原因ははっきりしない。今年に入って13人もの自殺者(未遂を含む)があり、その大半が飛び降りというのも偶然というには無理がある。勤務の過酷さや行きすぎた管理体制が影響しているとみるべきだろう。そうした過酷さ、管理体制は「中国版女工哀史」として既に批判されている通りだ。だが、女工哀史的な労働現場なしには中国の輸出産業は成り立たないというのも間違いない事実だ。
重要なのは、中国全体が貧しく、現金収入のために農村から沿海都市部に出稼ぎに来るほかなかった90年代までなら我慢できたものが、中国全体の生活水準が急激に向上し、生活コストの上昇で出稼ぎの実質可処分所得が減った現在、多くの労働者は境遇に耐えられなくなっているということだ。トウ小平氏は「20世紀末までに1人あたりGDP(国内総生産)を1000ドルに出来れば中国社会は小康を得る」とした。この目標は、すでに2000年に実現し、中国は平均でみれば貧困段階を抜け出したが、その後の10年足らずのうちに1人あたりGDPは3700ドルに達し、中国は中進国にまで進化した。もはや外形的には女工哀史の段階ではない。
見落とせないのは農村からの出稼ぎも80年代末に始まった第1世代の子供の世代に主軸が移っている点だ。「80后(80年代以降)」「90后(90年代以降)」と呼ばれる「新世代農民工」たちだ。彼らは農村での生活経験が薄いうえ、農業の経験も少ない。一方、教育水準は親の世代よりもはるかに高く、海外の知識やITの能力も持つ。過酷な待遇にじっと我慢する世代ではない。同時に忍耐力は弱く、挫折しやすい繊細な面も持つ。富士康での連続自殺はまさにその繊細な面が原因になったともいえるだろう。
北京や上海などの都市部に生まれた若者が当たり前のように大学に行き、何不自由ない生活を送る一方、農村に生まれたばかりに中学や専門学校止まりで、工場で得た給与も親に仕送りしなければならないという境遇の矛盾に悩む新世代農民工も多い。今、起きている労働者の賃金引き上げ要求は、深刻な社会矛盾、経済構造の歪みが原動力になっており、経済欲求だけに突き動かされた過去の賃金引き上げストなどとは意味合いが異なっている。
富士康は6月1日に給与を30%引き上げ、さらに10月1日付けで業績が一定水準に達した社員についてはさらに66%引き上げると発表した。6月以前には900元(約1万2600円)だった基本給は10月以降、2000元(約2万8000円)になる。親会社の鴻海の創業者兼会長の郭台銘氏は「今後は社員に高賃金を払う企業として業界を先導する」と表明した。起業から30年余で売り上げ7兆円企業を築いた経営者の直感が賃金の大幅引き上げを決断させたとみれば、中国の製造業の流れが大きく変わったとみるべきだ。
■削がれる輸出競争力
ひとつは、中国はもはや低コストを売り物にした組み立て(アッセンブル)中心の製造業では立ち行かなくなるということだ。低コストの組み立て工場を必要とする外資や中国企業は今後、ベトナムやインドネシア、ミャンマーあるいはインド、バングラデシュなど、中国よりはるかに人件費が安く、労働力も豊富な国に生産を急速に移転していくだろう。
もちろん中国の強みは残る。部品や素材の調達で中国ほど多様な産業が集積し、調達に有利な国はないからだ。市場としての規模、魅力は言うまでもない。だが、そうした利点も中国から部品、素材を調達し、組み立てや加工した後に再び中国に輸入すれば済む話にすぎない。その生産モデルは90年代まで中国自身がやっていた。人件費の差が十分に大きければ、物流や在庫のコストを差し引いても成り立つ。工場を海外ではなく、相対的に賃金の安い中国内陸部に移転するという選択肢もあるが、今回の賃金引き上げの波は内陸にも確実に及んでおり、沿海部に比べた人件費の安さは早晩失われる。米欧が強く求めている人民元の切り上げは、言うまでもなく内陸部にも容赦なく襲いかかり、輸出競争力を削ぐ。
ふたつめは、今後、低賃金国に流出する産業を何で穴埋めし、雇用を確保するか、という問題だ。今より高い賃金を払い、大規模な雇用を提供できる産業が今の中国にあるのか、といえば難しい。広東省がトップの汪洋・共産党委員会書記の号令で「産業高度化」を進めようとしているのは、賃金高騰のなかで労働集約型産業の行き詰まりを最も早く実感しているからだ。だが、焦ったところで中国は競争力のある高度な産業を育てる努力を怠ってきた。進むべき道は見えにくい。
■「賃金引き上げ」が招く強烈な副作用
アジアで外資の製造業の誘致で中進国に成長したモデルにマレーシアがある。マレーシアの1人あたりGDPは7700ドル。3700ドルの中国とはまだ開きがあるが、中国は05年の1700ドルから5年足らずで2倍以上に伸びた。マレーシアの水準は決して遠いものではない。だが、両国の経済構造は似ているようで異なる。マレーシアの輸出品目でトップは電機・電子製品だが、2位は原油、3位はパーム油だ。液化天然ガス(LNG)の輸出も大きい。原油、天然ガス、鉄鉱石、大豆などを大量に輸入しなければ成り立たない中国経済とは逆に、1次産品輸出である程度経済を成り立たせられるのだ。資源を持つ人口2700万人の国の有利さであり、13億人の中国には真似ができない。
胡錦濤国家主席−温家宝首相の中国指導部は、経済成長に伴って起きた米欧との貿易摩擦を回避し、人民元切り上げ圧力を押し返すために、内需拡大の道を選択した。労働者や農民の所得引き上げはその目的に沿ったものであり、国内の経済格差を縮める目的にも適った。だが、それがもたらす強烈な副作用には目をつむったままだ。むしろ2011年からスタートする第12次5カ年計画で所得倍増を目指す方針も打ち出そうとしている。
共産党という看板を掲げ続け、「執政党」としての地位を維持するには、所得倍増は合理性のある政策だが、その所得に見合う付加価値を創出する産業があるのかは疑問だ。
最底辺の工場労働者の反乱におびえているのは富士康や広州ホンダの経営者ではなく、中国共産党なのかもしれない。中国経済の漂流がいよいよ始まる
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