洗礼 - ストーリーを教えてもらうスレ まとめ Wiki 若草いずみ。 幼い頃からその美しさでスターとして生きてきた大女優。 美しさは彼女の誇りだが、同時に美しさをなくすことを恐れ、その事で熱を出すほどであった。 その度に主治医に慰められ、恋もせず一筋に生きてきたが、そんなある日、その美しい顔にシミやシワが……! それを隠すためにした化粧のせいでますます酷くなってゆく。 仕事を終えた後、いずみ はばあやを追い払ったマンションでたった一人で泣き苦しんでいた。 …その夜、数年ぶりに電話で主治医を呼ぶいずみ。 主治医がどのように、どんな言葉でいずみを慰めたのかは誰にもわからない。 だがその後、いずみは事あるごとに「自分の子供が欲しい」と言うようになった。 そしてある夜、誰とも知らぬハンサムな男と一緒のところを目撃され話題となった。 やがていずみは病院で彼女によく似た可愛い女の子を産む。 父親はどこの誰なのかも知らない、自分はただ可愛い子供が欲しかったのだと言う。 そしてある日、突然あっさりと芸能界を引退、ばあやがマンションを訪れると もぬけの殻で、いずみは娘と共に行方をくらましてしまった―――。 数年後。 ある町はずれにとても仲のよい母娘が住んでいた。 顔に大きな痣のあるでっぷりとした母と、とても可愛らしい小学生のさくら。 母は生まれた時から痣のせいで誰にも相手にされず、ずうっと世間から隠れて生きてきた。 だから一度も結婚ができなかったのだが、どうしても子供が欲しかったから誰とも知らない人との間にさくらを産むしかなかったと言う。 だから娘のさくらには美人に育って欲しい。それが母の生きがいだった。 ある日、さくらが額に小さな傷をこさえて帰ってくる。 バレーの練習でクラスメイトの良子さんの手がぶつかったのだと言う。 「これくらい別になんともないわ」 「傷を!!良子さんが私の可愛いさくらの顔に傷を!!」 ものすごい形相で家を飛び出してゆく母。 良子の家に行くと、出てきた良子を何度も何度も殴りつけた。 良子の母と追いかけてきたさくらが必死に止めると、母はやっと正気に戻った。 自分のした事に気付き、良子と良子の母に平謝りする母。 とぼとぼと帰宅するさくらと母。 「お母さんはいつもそうよ。私があんまり大切すぎてこんな風になるのよ」 私は普通でいいのよ、と言うさくら。 が、母は自分の顔を見せ、お前だけはこんなにしたくない、お前は私の望みのすべてだと言う。 突然やってきた大型トラックから さくらをかばい、撥ねられてしまう母。 「さくらが車に撥ねられるっ!!わたしのさくらがっ!!あーっ!!」 病院でさくらの名を呼びうなされる母。 飛び起きた母は さくらを見て「無事だったんだね」と抱きしめるのだった。 「上原さくらさんの作文『わたしのやさしいおかあさん』が文部大臣賞を受賞しました」
さくらの担任の男の先生が、みんなの前で報告する。 さくらの誕生日には必ず帽子を買ってあげる母。 そして母もその帽子を被り、「お前もずいぶん大きくなったね」というくだりが 深い親子のつながりを感じさせる、と。 「おかあさんと2人テレビに出てもらいたいということです」 良子と仲良く帰宅するさくら。先日の母の失礼を心から詫びる。 良子は全然気にしていなかった。さくらちゃんがよっぽど可愛いのねと逆に感心している。 良子はまださくらの家に遊びに行った事がない。母が他人と話をするのが好きじゃないからだ。 「でもいつか遊びに来てね良子さん」 帰宅してさっそくテレビに出ることを報告するさくら。 顔の痣に手をやり、「おかあさんは出ないわ!」と叫んでしまう。 「おかあさんがダメなら私一人でもいいんだって」 「お断りしなさいっ!!テレビなんか絶対に出てはダメよ!いいわねっ!!」 必死に止める母だった。 ――その夜。ふと目を覚ましたさくらは、隣のベッドで寝ているはずの母がいないことに気付く。
玄関の戸が開いている。 そこからこっそり覗くと、母が昼間作ったダンゴを皿にのせて地面に置き、玄関でそれを見つめていた。やがて野良犬がそれを食べに来ると、いきなり犬を捕まえる母。 犬は母の手に噛み付くが、ぐったりとしてしまう。「眠り薬が効いてきた」 腕から血を流したまま、犬を引きずって2階へ行く母。 「2階の先生のところへいくのだわ!」 母の子供の頃からの主治医である先生は、ずっと2階に閉じこもって研究をしているらしい。 さくらは一度も会ったことがないその主治医の存在を不気味に感じていた。 2階から聞こえる犬の悲鳴に、恐ろしくなってベッドに潜り込む。 が、天井から さくらの布団に血が落ちてきた! 「ギャッ」悲鳴をあげて気絶してしまう…。 翌朝、目を覚ましたさくらは真っ先に布団の血の跡を確認する。
が、どこにもそんな跡はない。 「目が覚めたかい ずいぶんよく眠ったねえ」 穏やかな顔で母が挨拶をする。 肩に置かれた右手には包帯が巻かれている。 「おかあさん、その手は…」 「ちょっと手入れをしていて怪我したのよ。 お母さんの身体なんかどうだっていいの、お前さえ健康なら」 これからお祝いをすると言う。お母さんのためのお祝いを。 「今までよくないお母さんだったわね。すぐカッとなったり良子さんをぶったりして… でももうあんなことしなくても済むようになるの。心から優しい人になれるのよ。 ――先生の実験が成功したの」
キッチンには豪華な料理。「もうすぐ先生もおいでになるわ」 2階から迫ってくる不気味な足音に耐えきれず、学校へ行くと飛び出してしまった。 図画のカバンを忘れたことに気付き、引き返すさくら。 自分の部屋にカバンを取りに行くと、カレンダーに印がついていた。 「おかあさんがつけたんだわ。15日っていえばもうすぐだわ」 1階では母が先生に何やら話しかけている声がする。 思いきって2階の部屋を確かめてみよう、とこっそり忍び込むことにした。 ……部屋には、一面に猫や犬、サルや蛇などの動物が血まみれのバラバラで散乱していた。
脳をくりぬかれている夕べの野良犬。思わず後ずさった足に当たるサルの頭。 「ヒイッ」とっさに飛びついた布がめくれ、山と積まれた犬の首は、すべてに脳がない。 転がってくる首の山に慄き手を伸ばした先にテーブルのような物がある。 よく見ると、それは人の形にくりぬかれた拘束台だった。 「私にちょうどぴったりだわ」 隣にはふたまわりは大きい人の形にくりぬかれた台が……。 「もしやこれは私の……そしてあっちのは……ゲエッ」 恐怖に顔を歪め、嘔吐するさくら。 研究室の電話が鳴る。ベルの音にせかされるように受話器を取ってしまう。 「先生、さっきのお話ですけど…予定の日まではとても待てません。 さくらの頭の中へ私の脳を移しかえても大丈夫です!! さくらの顔に傷ひとつつけずに育て上げたのも何もかも私のものになると思えば…… そのためにさくらを産んだのよ!!」 「そのためにわたしを………産んだ」 「さくら!!」 受話器を取り落とすさくら。 実験室の二つの台、手術道具……たまらずさくらは飛び出した! 切れた電話に2階へと走る母と、階段を挟んで鉢合わせる……。 「さくら!!」 「お………おかあさん」 涙ぐみながらすがるように母の元へ飛びつくさくら。 「ふん!!」 「あっ!!」 そのさくらの腕を思いきりつかみあげた! 「今のはすべて本当のことだよ そのためにお前を産んだのだよ!!」 絶叫し、気を失うさくら。 「ホッホッホッホッホッ……」 母の高笑いが屋敷に響く…。 自室のベッドでうなされるさくら。目が覚めると、母が自分の額に手をやっていた!!
「おやさくらお前熱があるねえ。勝手に2階にあがるからだよ」 学校へは風邪で休むと連絡しておいた、麻酔の注射をして眠ってしまえば終わりだからね、 頭の手術をする時に着る服ももうすぐできあがるよ、と縫いかけの手術着を見せる母。 「おかあさんは気が変になったのねっ!!」 「何もかも昔からの計画通りよ。あなたはそのために産んだのよ。 悪いけどあなたには人生なんてないのよ。わかった?」 真面目に、笑顔で答える母。「おかあさん!!」泣き叫ぶさくら。 逃げるといけないから、と身体を紐で結わえられていた。 紐がきつくて痣ができたら大変、と気を遣う。 嬉しそうに身体のサイズを測ってゆく。 「毎年まだかまだかと思いながら測ったのよ」 「今まで帽子を買ってあげてその後おかあさんが被ってみて お前の頭が大きくなったかどうか調べたものよ」 でももう芝居はごめんだわ、お前に知られてスッキリしたと話し出す母。 「2階にあった美しい女の写真を見なかったかい? あれはおかあさんの若い頃の写真なのだよ。 若い頃から痣があって醜かったというのは嘘よ! お前には信用できないだろうから見せてあげるわ」 歌いながら部屋を出てゆく母。必死に紐を噛み切って玄関に通じるドアを開けた! 「やっぱり逃げるつもりだったんだねさくら 外で立って待ってたんだよ」
バラの華やかな模様の膨らんだ袖のワンピースをピチピチに着こなし、 ごつい輪郭に痣の目立つ顔にはけばけばしい化粧、 似合わぬかつらにリボンをつけた おぞましい姿の母が、同じ格好をした若草いずみのパネル写真と共に立っていた。 「これがかつてのおかあさんなのだよ。似てるだろう そら そら」 さくらの目の前に自分とパネルとを見せつける母。 「よして〜〜っ!!」 「信じないのだね!!おかあさんがおかしくなったと思っているのね! 無理もないわすっかり太って醜くなってしまったんだもの」 パネルを割り、足で踏みつける母。 「でもまもなくこんな過去とはさよならできるのよ。 人生をやり直すの。お前のこの身体で」 わめいても外へは聞こえない、この家を買う時にちゃんと調べて買ったのだと言う。 さくらをベッドに連れて行き、今度はもっと丁寧に紐で結わえ、麻酔薬を注射する。 動けないさくらの前で、歌いながら姿見の前で踊る母。 かつらを外し、鏡にうつる自分の顔に別れを告げる母。 「今度は誠実な男の人と結婚して幸せな女の一生を送るわ」 ピンポーン。見舞いに来た良子がさくらの家のインターホンを鳴らす。 ちょうど遺産相続の件でやってきた男と共に、母はさくらの部屋へと招き入れる。 良子に「声をかけないでくださいね」と釘を刺し、その場で遺産相続の話を進める母。 自分の名義になっている財産をすべてさくらのものに書きかえて欲しいと言う。 近々さくらを置いて外国へ行く、そのわけはこの顔を見ればお分かりいただけるでしょう…。 さくらが目を開け、何か言っているようだ。注射をしそのまま眠らせる母。 良子に「よくなったらすぐに行くから、その時はよろしくね」と言い、良子を帰らせる。 帰り道、良子はちょっと不思議がる。 「まるでおばさんが学校に来るような変な言い方ねえ。 それにさくらちゃんの唇の動きが助けてって言ってるみたいだったけど… でも熱があるから苦しくてそれで助けてって言ってんだわ……」 2階で先生が歩き回る音がする。手術を承知してくれたのだそうだ。
さくらはもう3日も何も食べていない。美しい顔がやつれたと嘆く母。 無理やり食べさせるが、さくらは吐き出してしまう。 「脳を入れかえるってどういうことなの 脳を入れかえたらどうなるの」 さくらを安心させるために優しく説明する母。 「お前はちっとも変わりゃしないのだよ。このままの美しい姿でまた学校に通うんだよ。 この身体で……そしておかあさんの身体はいらなくなって捨てるの…。 だっておかあさんの脳みそがお前のこの頭の中に入るんだもの。 でもお前の脳みそは捨ててしまうのよ」 「いや〜〜〜っ!!」
手術着を着せるために紐を解くと、すぐに逃げようとした。 が、少しも食べていないし結わえられてて体が痺れてロクに動けない。 研究室へ連れて行かれる途中、思わすつかんだドアのノブがとれ、2本の鋭いとげがむき出しになった。 さくらはそれを自分の顔につきたてると脅して外へ逃げ出した! が、結局連れ戻されてしまう。 ぐったりとしたさくらは運ばれながらも家の敷地で大きな石をこっそり拾う……。 研究室の拘束台に乗せられ、手術のために髪の毛を剃られてしまう。 再び逃げようと抵抗するさくらは、はずみで母を石で殴りつけてしまう。 倒れたまま動かぬ母。 「いかん!!すぐはじめなくては」 先生の声が遠くで聞こえる…。 いつの間にか意識を失っていたさくらが気がつくと、母と共に拘束台に乗せられていた。 先生が菜箸のように長く太い針をたくさん持って立っていた。 「この針を身体中のツボにつき立てて麻酔をする。これが私の方法なのだ」 「私から先にやってください。さくらの身体に針が突き刺さるところはとても見ていられないから」 太い針が母の身体のあちこちに突き立てられてゆく。 ブスッと音を立て、たらりと血が流れる。 「平気だわ 若く美しくなれるんだもの…」 母は笑みさえ浮かべているが、さくらは恐怖に打ち震えている…。 目を見開いたまま、意識を失う母。 頭皮をめくられ、剥き出しになった頭蓋骨に穴があけられる。 円を書くようにいくつもあけられた穴同士を糸ノコでガリガリと削り、頭蓋骨を丸く切り取った。 脳を剥き出しにされた母を放置し、さくらの手術が開始される。 何本も刺される麻酔針。ところが恐怖のせいか、さくらの意識は残ったままだ。 「いいかげんに意識をなくした方がいい。 頭の骨に穴をあけるところまで自分で味わうことになる」 頭皮にメスが入る。ガリガリと嫌な音がする。 めくった頭皮を針で固定し、ドリルのような物でいくつも穴をあけられる。 そして糸ノコでガリッガリッと骨を削られ脳を出される…。 そのひとつひとつを味わうさくら。 ペシャッ。床に落とされるさくらの脳。 母の脳を取り出し、さくらの頭に入れる。 神経をひとつひとつ結束させるという、難しい手術がはじまった……。 ………一週間後、「さくら」が目を覚まし、よろよろと起き上がる。 近くの台に乗せられたコップの水を一気に飲み干し、再びぐったりと横になる。 「もう大丈夫だ。それでは私は行くよ。 どうか悔いのない人生を送ってくれ。影で祈っているよ」 先生が去ってゆく。カツン、カツンと遠ざかる足音を、さくらはただ聞いていた…。 置いてあったサンドイッチをむさぼり食い、やっと一息つくさくら。 視界に入った鏡に飛びつき、自分の姿に笑みを浮かべる。 後頭部には大きな傷跡が残ったが、そんなものはどうにでもなる。 鏡に映し出される、床に放置されたさくらの脳みそ。 それをブチュッと踏み潰し、笑う「さくら」。 「これでもうさくらはこの世のどこにもいないのよ!! ハハハ…ホホホホホ… もうこんな醜い身体を毎日見ながら暮らさなくてもすむのよ!」 拘束台に横たわる母の顔に、ペッと唾を吐きかける……。 ――その夜。さくらは母の身体を引きずって庭に出る。
事前に掘られていた大穴に母を入れ埋めてしまうが、見ていた野良猫をスコップで殴り殺す。 「どうかみんな私を邪魔しないでおくれっ!! 私はこれから普通の人生を送りたいのだから」 映写機に映し出されるかつてのさくら。 テープに録音されたさくらのおしゃべり。 それを見て癖やしゃべり方を記憶する「さくら」。 学校のことや友だちの名前なども調べてはいたが、自分が知らずに他のみんなが知っている「さくら」の記憶や行動まではわからない。 「特に良子さんには気をつけなくちゃ。私の知らない約束や秘密があるかもしれない」 翌朝、かつらを被りさくらの服を着て家を出るさくら。町の人は普通に歩いている。 「誰も感づかないわ。そうよ感づくはずがないわ」 「あれはさくらちゃんだわ。病気がよくなったのだわ」 学校へ向かう良子は前の方を歩くさくらに気付き、驚かそうとこっそり近寄る。 「変だわ。歩き方や後姿が何となく違うみたい…。 でもさくらちゃんならこの次の花屋さんの前で必ず立ち止まるわ」 しかし花屋を素通りしてゆく。追い越して何気なく振り返る。やはりさくらだ。 「後ろから見たら別の人かと思っちゃったわ。きっと病気をしたせいだったのね。 さあ早く学校に行きましょう!みんな大喜びするわよ」 手をとって走り出そうとする良子をさくらが止める。 「私まだ走ることができないの。まだ熱がすっかり戻ってないの。 だから時々変なことがあるかもしれないけど気にしないでちょうだい」 「ええ。私気になんかしないわ」 ゆっくり歩き出す2人。 「でも何だかさくらちゃんのしゃべり方ったらお母さんそっくりねえ」 さくらの眉がピクリと動く……。 「学校に着いたわ」 見当違いの下駄箱をあけるさくら。「こっちよ」と良子が教える。 「ちょっとお休みしてる間にカンが狂っちゃったみたい」 「さくらちゃーん!病気がよくなったのねー」 廊下にいた女子たちが我先にと走り寄る。それをかばって良子が言う。 「だめよ乱暴しちゃ。さくらちゃんはまだすっかりよくなってないのよ」 「まさか自分の席まで忘れてるなんてことないでしょうね」 笑いながら冗談を言う女子。 「あの、私ちょっと先生に挨拶してくるわ」 だから私の机においといてくれない?とカバンを良子に渡して職員室へと向かうさくら。 職員室に入ると、担任の谷川先生はすぐに気付いてくれた。 「さくらじゃないかっ!学校に出てこれるようになったか!」 「せ 先生!!」 ひしと抱き合う先生とさくら。一見感動的な光景だが、さくらの目は見定めるように光り、 先生の背中に回された手はしっかりつかんで離さない……。 お母さんはどうした、との問いに「ヨーロッパへ行きました」と手紙を渡すさくら。 さくらをくれぐれもよろしくと書いてある。どうしてさくらを残してまで、と不思議がる先生。 「お母さんは醜い自分の姿を気にしなくてもすむところへ行きたいといつも言っていました」 「さくらはお母さんをそんなに醜いと思うかね?」 「それでは先生は醜くなかったとお思いですか 顔のこんなところに大きな痣があったのですよ それに太っていてシワだらけで!! 年よりもうんと老けて見えるんです!! きっと先生は人ごとだからそんなことを平気でおっしゃるのです!!」 熱弁するさくら。いつの間にか泣いていた。
「もしいくら若くてもそんな女が先生のお嫁さんになりたいと言ったら先生は断るでしょう!!そうでしょう!!」 慌てて慰める先生。 「日曜に先生の家でお祝いのパーティーをやろう」 「は はい………」 パッと笑顔になる。 「さあ、教室に戻りなさい」 教室に戻ったさくらは自分のカバンの置かれた座席に座る。途端にまわりが笑い出した。 「さくらちゃんたらやっぱり自分の席を忘れているんだわ」 隣の席の女子が笑う。 「そこは私の席なの。わざとさくらちゃんのカバンを置いといたのよ……」 みんなが笑ってる。他愛のない子供の悪戯だ。 「ひどいじゃないのっ!!」 だがさくらは真剣に怒り出した。 「ごめんなさい、そんなに怒るとは思わなかったの。みんながやれって言うから…… あなたの席はこっちよ、すぐに変わるわ」 自分の座っていた席を空ける女子。 「あら フフフ」コロッと笑顔になるさくら。 「あーあ、ずいぶんお休みしているうちに私ってぼけちゃったのね。 早くもとに戻らなくっちゃ」 みんなと一緒に微笑むが、目が笑っていない…。 「さあみんな勉強をはじめよう。それではまずさくらにやってもらおうかな」
社会科の第4章の勉強するテーマ、前に習ったことだから教科書を見てはだめだと言う。 「さくらのことだからちゃんと覚えているはずだ」 「ウウ、ウウウッ!ちょっと頭が……じっとしていればすぐによくなります、大丈夫です」 机に突っ伏するさくら。先生は質問を他の人に答えてもらうことにする。 隣の女子が手を上げた。 「中島か……よし、言ってみろ」 正しく答えた中島が逆に質問を返す。 「先生はいつお嫁さんをもらうんですか?」 むせて真っ赤になる先生。冷やかされてますます赤面する。笑う生徒たち。 「私大きくなったら先生のお嫁さんになろうかしら」 みんなの笑い声の中、突っ伏したままのさくらの目がぎろりと光る……。 放課後、先生にまとわりつく女生徒たち。 「先生は私たちのクラスの女子で誰が好きなの? 言わなくても知ってるわ! 中島さんでしょ、………それから最後に上原さくらさんよ。 女の子って敏感なんだから」 そんな先生と女生徒たちを、さくらは遠くで見つめていた。 「あなたは誰にもあげないわ、私だけのものよ! そして私の女としての幸せをはじめるのよ。これが私の第2の目的よ!!」 そこへ良子がやってくる。 「島くんが帰り道で待ってるって」 「島くん……?」 中島が今日はにわとり小屋の掃除当番の日だとさくらを引き止める。 「にわとりのピコはさくらちゃんにしか馴れないんだから」 掃除に行くさくらを追いかけようとした良子を中島が引き止める。 「さくらちゃん少し変だと思わない?さくらちゃんじゃないみたいな感じよ」 後をつけて様子を見ると言う中島を追って良子も走り出した…。 にわとり小屋に入るさくらに、にわとりが飛び掛ってきた! さくらの顔や手を傷だらけにするにわとり。カッとして思わずひねり潰してしまう。 小屋を出た傷だらけのさくらを見て、どうしたのと驚く中島と良子。 震える手で顔に手をやるさくら。 心配する良子をよそに、1人で帰ると歩いてゆく…。 1人で歩く帰り道、突然男子生徒が声をかけてきた。 「ぼくだよ。今朝廊下ですれ違ったのに知らない顔してるんだから。 声をかけようとしたけど、クラスの奴がいたから冷やかされるだろ…」 「なんですって?」 「きみ病気だったからずいぶん心配してたんだ…… でも僕のこと きみのお母さんも知らないだろ?」 そうか、彼が「島くん」で、「さくら」はこの少年と……。 「ホホホホホ」高笑いするさくら。 「あんたなんかもうなんとも思ってやしないわ! 子供なんて相手にしないわ。私の欲しいのは大人の愛よ」 呆然とする島くんを置いて、さくらは去ってゆく。 「何としても先生を私のものにしてみせるわ。あの人は前から私の理想の人だった!! あの人は独身だし、今の私ならあの人をものにするのは簡単だわ」 若く美しい女性の身体を手に入れ、暴走するさくら。 「あの人のあたたかい胸は私に幸せを与えてくれるわ! 私もあの人に心から仕えてきっときっといい奥さんになるわ!」 日曜においでと言われたけどとても待てやしない、今夜行ってみよう。 あの人の大好きなのり巻きを持って先生の家へと向かう。 「あの家だわ。きっと1人で本でも読んでいるわ」 開いていた窓からこっそり様子を見ると……… 「あなた、お食事の用意ができましたわ」 赤ん坊を抱いた女性が、先生を「あなた」と呼んでいる! 「和代、今度の日曜に上原の退院祝いパーティーをやろうと思うんだ。 その日は実家に行っててくれないか?みんなは俺を独身だと思ってるんだ」 あきれた和代が真実を言えばいいと言うが、どんなデマが広がるかわからない、 ウチのクラスにはすごく口の悪い女の子がいるんだと先生は必死に頼む。 じゃあせめて料理の下ごしらえだけはしておきますと実家に帰ることを承諾する和代。 2人の笑い声を背に、さくらはある決意を秘めた顔で去ってゆく……。 翌日、さくらの家に良子が迎えに来た。 日曜のパーティーのメンバーに良子や島くんも加わっていると言う。 話ながらさくらの腕をとる。さくらはそれを振り払った。 「さくらちゃんのことお母さんに話したら家へ来たらどうかしらって」 「いいのよ気を遣ってくれなくても」 「昨日島くんとてもがっかりしていたわ、なにかあったの?」 「なんでもないわ」 今日も授業が始まる。憲法の話になる。 「女子は16歳になると結婚してもよいことに……」 「フフフ……」中島が笑う。ギクリとする先生。先生は彼女に悩まされているようだ。 「先生は何歳でしょうかー」 「そんなくだらないことを大きい声で聞くな!」 「だって日本の法律によると先生はあと7年は結婚できないことになってるわ」 「えっ!?な……なぜ……」 「あらにぶいのねえ……だってあと7年経たなきゃ私16歳にならないじゃない」 こんなやり取りはいつものことらしく、みんな大笑い。 放課後、当番の良子はさくらを先に帰す。 そこに話しかけてくる中島。彼女はさくらを怪しんでいるようだ。 「今日の書き取りのさくらちゃんの字、大人びた書き方だったわ。 これには絶対秘密があるのよ。私絶対突き止めてみせるわ。」 日曜日。今日はパーティーの日だ。 放置して腐らせた残飯を小瓶につめて持参するさくら。 先生の家はとても手入れが行き届いていた。きれいに飾り付けもされている。 食事の用意もできてるとの言葉に、大喜びでキッチンへ行く生徒たち。 鍋にはスープ、冷蔵庫にはアイスクリーム。 隙を見てさくらは小瓶の中身を鍋に入れる…。 「さくらの病気全快、おめでとう!それではスープで乾杯といこう!」 「先生がこんな美味しそうなスープを作ることができるなんて夢にも思わなかったわ。 一刻も早く私が先生のお嫁さんにならなくちゃ…このままじゃ妻になってもすることがなくなっちゃう」 中島は今日も相変わらずだ。 「スープで乾杯!」 みんなでスープを飲むが、中島だけは飲まない。
「実はあたしケーキの方が目当てなんだ」 「おいおい、そんな食い意地の張った嫁さんはもらわないぞ!」 「まあ……ということは先生ったら私を………」 真っ赤になって照れる中島。 「おいおい、そんな意味で言ったんじゃないぞ、変な中島…」 大笑いするみんなの中、1人静かに座ってるさくら。 「おや、どうして さくらだけ笑わないのだね」 「なんでもないの、ちょっとつまらないことを考えていたから」 思わせぶりなことを言う。 中島がみんなと一緒に聞きだした。 「じゃ言うわ。もしかしてほんとは先生に奥さんがいるんじゃないかしら。 もしそうなら中島さんは先生の奥さんにはなれないわね」 「まあっ、なんてことを言うの」 「ふふふただの空想よ。だからちゃんともしかしてって言ったでしょ。 もしかして先生には奥さんやお子さんがいてそれで今日のパーティーのために どこかに行ってもらったりしてたら……」 「まあ!さくらちゃんったら失礼ねえ。そんなバカなことがあるわけないわよねえ先生」 「うっうん……さ、さあレコードでもかけよう」 楽しい音楽で盛り上がるみんな。 島の様子が何だかおかしい。
「なんだかお腹が変なんです……」 「そういえば私も……良子さんはなんともない?」 他の女子も苦しそうだ。 「ええ……ほんとは私もさっきから我慢していたの………」 「変ね私はなんともないわよ」 ケーキをぱくつきながら平然としている中島。 「お腹が痛い!」「あーっ苦しいっ!!」 一斉にテーブルに突っ伏し苦しむ生徒たち。 先生と中島が慌てて介抱するが、先生も腹痛に襲われた! 「中島、病院へ電話してくれっ! それから女房の和代に電話して帰るように言ってくれ……」 「えっ!?女房 それじゃ………」 動揺しながらも病院と和代に電話する中島。 医者はすぐ来てくれたが、和代は近所のお宮に行っているとのことだった。 生徒たちの家族が子供を連れて帰りに来た。女房の作ったスープが悪かったようだと謝る先生。 大半の生徒が帰ったあと、和代はやっと帰ってきた。 良子の母がさくらも一緒に連れて帰ろうかと言うが、先生は自分の責任だからとそのままにしておく。 和代に 「俺のことはいいから さくらの面倒を見ろ、お前のスープにあたったんだ」 と怒る。 寝ているさくらの元に、赤ちゃんを抱いたままやってくる和代。 「大丈夫ですか…?」 大袈裟に苦しむさくらに驚き、赤ちゃんを放り出してさくらの背を撫でる和代。 「先生!先生!」 必死に手を伸ばし苦しむさくら。 「あなた!」 やってきた先生が背中を撫でてやると、やっと静まった。 あなたは休んでてくださいと止める和代。 さくらは「ここにいて、私怖いっ」と引き止める。 先生はさくらの隣に布団を敷いてもらい、さくらに手を握られて横になった。 泣いてる赤ちゃんを放ったまま和代は悩む。 「なぜこんなことになったのかしら……私が疑われているような様子だったわ!」 「私はわかっているわ。先生の奥さんがそんなことをしたんじゃないって…ちゃんと知っているんです」 弱々しく答えるさくら。先生はさくらにお礼を言う。 「なぜ中島さんだけスープを飲まなかったのかしら……私、眠くなったわ………」 和代は生徒の家に見舞いに行き、帰宅する。 2人とも落ち着いたのか、ぐっすり眠っていた――。 翌朝。先生は学校へ行くと言う。さくらはまだ具合が悪いようだ。 和代は治るまで家で預かるのかと不満そうだ。
「さくらは誰も身寄りがないんだ、ちゃんと治るまではな」 「私スープを作る時ちゃんと確かめました」 泣く和代をなだめる先生。 先生もまだ具合はよくない。中島の他はみんな休むそうだ。 が、自分まで休むわけにはいかない、みんなの家にも様子を見に行かねばと無理して出かけた。 学校では、中島が昨日の騒動をみんなにしゃべっていた。 「先生に奥さんがいたのよ!赤ちゃんまでいるんだから!! 夕べ先生の奥さんが訪ねてきたのよそれでなんて言ったと思う? 私がスープに何か入れたみたいな言い方をするのよ! ウチのお父さんもお母さんももうカンカンよ!」 「もしかして奥さんがわざとやったんじゃない?嫉妬して」 先生が来たので話はいったん中断された……。 夕方、帰宅した先生は和代を責める。 「お前が変なことを言うから生徒たちの様子が変だ、お前がやったって噂が広まってしまった」 さくらは「具合が悪い」と何も食べないでいたと言う。 医者にはもう大丈夫と言われているのだが…。 「先生、今夜はついていてくれなくてもいいわ」「どうして?」 「だって奥さんに悪いもの。先生の奥さんって優しくて本当にいい人ね。 私先生の奥さんが大好きよ。私ずっと先生のおうちにいられたらどんなにいいかしら。 でもよくなったらすぐに出て行くわ」 2人の話を、和代は障子越しに聞いていた……。 翌日。「ハアハア」と苦しそうにしているさくら。 おかゆを持って和代がやってきた。 「いいの。まだ具合が悪いの」 先生はまだ学校にいる。他の人たちももう登校しているそうだ。 「気分がよくなったら一口でも食べてちょうだい」 とおかゆを置いて、 息子の貢が寝ているうちにとマーケットへと出かけて行く。 買い物かごを手に急いで戻る。ドアを開けるとガスの臭いが充満していた! 「貢!!」 買い物かごを放り出して家中走り出すが、階段を踏み外して落ちてしまう。 よろけながら子供部屋に行くが、貢はいない。 ガスの苦しさに耐えられなくなり、外に出ると、そこに貢を抱っこしたさくらがいた。 「赤ちゃんは私が助けました。ガスの元栓もちゃんとしめておきました」 安心して倒れる和代。手と足をくじいてしまって動けない…。 「私、いろんなことを考えていてそれで元栓をしめ忘れたのだわ…」 「私がお掃除やらお洗濯やら赤ちゃんの世話やらなんでもするわ。いいでしょう? だって奥さんが動けないのですもの、それくらいするの当たり前だわ。 今まですっかりお世話になったんだもの、恩返ししなくちゃ」 「さ さくら………」 「いいでしょ。もう決めたっと。奥さんがよくなるまでそうするわ。 ああよかった。私これで少しの間ここにいられるわ!ねっ貢ちゃん!!」 赤ちゃんを抱っこし、返事を待たずに決定する さくらだった。 翌朝。先生がキッチンに行くと、もう朝食ができていた。 「私お料理は得意なの」「ほう、これはうまい……」 先生を先に学校へ行かせ、奥さんに食事を持ってゆくさくら。 「奥さんのお食事はここへ置いておきます。私は学校に行ってきます」 ベッドの上で小さい土鍋のふたを開ける。 中にはゴキブリだらけのおかゆが入っていた………! 「ギャーーーーーッ」 慌ててふたを閉め、「誰か!!」と叫ぶ和代。そこにさくらが入ってくる…。 包帯の巻かれた手を思いきりつかみ、「横になっていなくちゃ」と押さえつける。 貢はビックリして泣き始めた。 「私のこしらえたおかゆをどうして食べないの。食べさせてあげるわ」 口をあけないとこぼして火傷する、あけないと怪我したところをひねるわよと脅し、ゴキブリがゆをすくったスプーンを口に持ってゆく。 強引に口に入れられ、背中を押されて飲み込んでしまう。 必死に抵抗しておかゆを床に落とすが、自分もベッドから落ちてしまった。 「ふん!ずっとそうやっているといいわ。」 泣いてる貢をよしよしと抱っこする。 「貢ちゃん、あなたのママは今日からこの私よ。先生によく似ていてなんて可愛いのかしら」 「よしてっ!!」 泣き止むのよ、と大きく放り投げて高い高いをする。 「やめて!!」 「おっと」 受け止めそこなって落としそうになる姿を見て、和代は気絶してしまう……。 高らかに笑いながら学校へ行くさくら。 みんなにずっと先生のうちにいることを報告する。 「それに先生の奥さんが怪我して動けないから代わりに私が色々してあげなくては」 「怪我!!いったいどうしたの?」「なんでもないの」 「奥さんが怪我して動けないって言ったじゃないの」「あら私そんなこと言ったかしら」 「言ったわよ、なぜ動けないほどの怪我をしたのよ」 「じゃあ言うわ……ガスの元栓をしめ忘れたらしいのよ」 「まあっ危ない それで奥さんはどこにいたの?」「買い物に行ってて家にはいなかったわ」 「まあ無責任ねえ、家には誰もいなかったの?」 「私がまだ具合が悪くて寝ていたわ……それに2階には赤ちゃんがいたの」 「まあっ!!もしかしたら奥さんはさくらちゃんと赤ちゃんをガス中毒にさせるつもりだったんじゃないの?先生との仲が上手くいってなかったのよ!」 奥さんを責める女生徒たちを必死に止めるさくら。 「みんなそんな風に言わないで、お願い!!先生の奥さんはとってもいい人なのよ。 先生とも仲がいいし私にも優しいわ。奥さんは他のことには目もくれず赤ちゃんを助けようと駆けていってそれで階段から落ちて怪我をしたの」 「それじゃさくらちゃんはどうでもよかったのね」「い いえ そ そんな……」 「そうに決まっているわ、それで誰が赤ちゃんとさくらちゃんを助けたの?」 「私が助けたの。気付いたらガスが充満していて……でも必死に元栓をしめて 赤ちゃんを抱いて外に出たわ。外へ出たら力尽きてしまって………」 「まあ酷い………先生もよく我慢できるわねえ………」 そっと顔を背けるさくらをよそに悪口に花を咲かせる女生徒たち。 さくらはこっそり舌を出した……。 先生が家に帰ると、さくらが晩御飯の用意もできていると出迎えた。
「おや まるで主婦のようだ」 玄関脇に荷物が置いてある。さくらの布団と洋服で、後から机やイスも届くそうだ。 「あの……奥さんがさっきから先生の帰りを待っておられます」 さくらとともに和代の部屋に行くと、和代は半狂乱でさくらを追い出せと叫んだ。 「私にゴキブリを食べさせたのよ!それに貢を放りあげたりしたのよ」 きょとんとする先生の後ろから腕にしがみついたさくらが顔を出した。 「よしてっ、うちの人に触らないでっあなたそいつを追い出してっ」 「いったいどうしたというんだっ!!」 嬉しそうに笑うさくら。 「あっ笑ったわ!!」 先生が振り向くが、さくらは硬い表情のままだ。 「今笑ったのよほんとよ!!」 「私にゴキブリ入りのおかゆを食べさせたのよ、ほらおかゆのこぼれた跡が!! それに貢をバスケットボールみたいに放り投げたのよほんとよ!」 ワッと泣き出すさくら。 「私……赤ちゃんをあやしただけですそんなことしません。 それにゴキブリだなんてあんまりです」 「嘘よっあなたでたらめよ信じては駄目よ! あなたっあの子は悪魔よっ!!すぐに追い出してっ今に殺されるわっ」 「あんまりですっ」 1階に駆け下り、キッチンで泣くさくら。 「和代は少し頭が混乱しているんだ」 「私……やっぱり先生のお家にいてはいけないんだわ」 出てゆこうとするさくらを必死に止める。そこに運送屋がやってきた。 「こっちへ運んでください、ここをさくらの部屋にしよう」 「先生!あ ありがとう」 運送屋が荷物を置いて帰っていった。さくらは先生に着替えるように言う。 肌着もちゃんと取り替えるように言うが、先生は脱衣所でそのままズボンだけ履き替えようとする。 そこへさくらが入ってきた!
「だめよ そのパンツを脱いでちょうだい」 パンツに手をかけるさくら。そこへ和代が乱入してきた! 「なぜこの子がこんなところにいるの、よく恥ずかしくないものね……」 「さくらはまだ4年生だっまだ子どもだっ」 「ごめんなさい私洗濯をしようとしてそれでそれで」 さくらを突き飛ばして制止する和代に、先生は手を上げる。 悲鳴をあげて自分の部屋に逃げ込むさくら。 追おうとする和代をみっともないと怒り、2階に連れてゆく。 その声を聞きながら、さくらは歌って踊る……。 「あの子は悪魔だ、大人のような口のききかたをする」 と主張する和代。だが先生は信じない。 「もういいわほっといてっあなたは向こうへ行ってっ」 「そうか俺も疲れたから書斎へ行く、書斎で寝る」 そして夜。先生の書斎にさくらが訪れる。 「お勉強を教えて欲しいの」 2人で楽しそうに勉強するさくらと先生。 「いやだっ先生のおひげくすぐったい!くすぐったいわ!!ハハハハ」 楽しそうな笑い声が和代の寝ているベッドにまで響きわたる。和代は悔し泣きをした……。 こっそりと起き出して1階に降り、電話をかけようと受話器をとる和代。 ダイヤル(昔懐かし黒電話)を回すが、間にカッターの刃が仕込まれていて右指を切ってしまう。 「あの子だわ!」 刃を取り除き、ダイヤルを回す。 実家の母に明日来てもらう約束を取り付け、受話器を置く。 そこへいきなり電話のベルが! 降りてきた先生と鉢合わせて焦る和代。 「おトイレにきたのよ」 学校の教頭から、生徒が警察に保護されているからすぐ来て欲しいとのこと。 行かないでと和代は止める。 電話のダイヤルの刃のことを言うが、「早く薬をつけるんだ」と取り合ってくれない。先生は行ってしまった。 和代の包帯の巻かれた足を思いきり蹴るさくら。痛みにうずくまる和代を無視して 「用心が悪いから」とノブに紐を結わえつけてまで戸締りをし、「おやすみなさい」と行ってしまった。 「手を怪我してほどけないのを知っていてわざとやったのね!!」 2階で貢の泣き声がする。 「またなにか酷いことをっ……」 慌てて2階に這って行くと、貢がベビーベッドで泣いていた。 布団を剥ぐと、脳をくりぬかれた猫の死体を紐で身体に結わえられていた! 紐を歯で噛み切り、死体を投げ捨て貢を抱きしめる。 「なんて酷いことを!!」 突然明かりが消える。目の前にさくらのシルエット。 しかし頭に獣のような耳がついている。 「いったい何が目的なのよ!私のうちに入り込んできて」 暗闇に目が慣れてきた。脳をくりぬかれた犬の首をかぶったさくらだった。 「ギャーーーッ」火がついたように貢が泣き喚く。 「貢がひきつけを起こしてしまう、やめてっ!!」 逃げる和代の行き先に立ちふさがり、「そっちへ行くのよ」と誘導してゆく。
窓を開け、ベランダに出る。…と、首にロープがかかった。輪になっている…。 「そのまま手すりの外へぶら下がるのよ。みんなはきっとノイローゼで自殺したと思うわ」 不自由な手で必死にロープを首から外すが、あまりのショックに気絶してしまう。 「ふん。倒れても自分の子どもだけはしっかり抱いているわ」 和代を室内に引きずり込む。 「あんたには別に怨みはないけど一緒に住んでるうちに憎しみでどうしようもなくなってくるわ! 睡眠薬を飲ませておけば朝まで何にも知らずにぐっすりよ」 口にコップで流し込み、背中を叩いて無理やり飲ませた。 ――深夜、先生が帰ってきた。さくらが貢をあやしながら出迎える。
「貢ちゃんが泣いてどうしても眠らないからあやしているの。留守中変わりはなかったわ」 和代は眠っていると言う。きっと疲れたのだろう。 さくらにも寝るように言い、寝室に行くと、和代はいびきをかいて眠っていた…。 ――翌朝。先生が起きると家中ピカピカになっていた。靴も磨かれきれいになっている。
「今日はゴミの日だから台所のゴミを出しておかなくちゃ」 バケツを持って外に行こうとするさくらを止める和代。 「その中に猫の死骸と犬の頭が入っているのよ!こっそり捨てる気なのね!」 バケツを奪い取ろうとする和代に悲鳴をあげてていこうするさくら。 「なによわざと悲鳴なんかあげたりして。夕べはあんなに恐ろしいことをしたくせに」 もみ合ってるうちにさくらが倒れ、バケツの中をぶちまけてしまう。 「ない!!ないわっ!!だだましたのねっ!!」 先生に他のゴミの中を探すように訴える和代。夕べのことも話すが先生は取り合わない。 「夕べはぐうぐういびきをかいて寝ていたくせに、それに朝は朝でいつまで寝ているんだっ」 「あなた!!そそれは違いますっ」 和代を責める先生をさくらが止め、一緒に学校へ行ってしまう。 和代はゴミの散乱した廊下で泣き続ける…。 先生と別れ、教室に入るさくら。 「さくらちゃんがきたわよ」 中島が女生徒たちと何やらたくらんでいる。 「あれがほんとのさくらちゃんならビックリするはずよ。 だってこの中にはさくらちゃんの大嫌いな物が生きたままではさんであるんだもの」 さくらに1冊の絵本を差し出す中島。 「前に読みたいって言ってたでしょ」 「ありがとう。私この本読みたかったの」 みんなの前で席につき、絵本を開く。 「あっ!!キャーーーッ!!」 大きなムカデが1匹はさまっているのを見て、さくらは本を投げ出して廊下へ駆け出した! 逃げるムカデを瓶に詰める中島。 「さくらちゃんの驚く様子見た?」 「廊下で震えているわよ、やっぱりあれはさくらちゃんよ、思い過ごしよ」 「ますます変だわ。私でたらめ言ったんだもの。この本さくらちゃんはとっくに図書室で読んでたの私知ってるのに、「これ読みたかったの」だって……」 「それなら読んだの忘れちゃったのよ、私たちしょっちゅうだもんねえ!」 大笑いする女生徒たち。さくらは廊下で「いけないいけない」と舌を出す……。 放課後。ムカデの瓶がないと騒ぐ中島を尻目に下校するさくらと良子。 「中島さんがあんなにいじわるするのは、先生のお家にいるからヤキモチやいてるのよ。 ところでお母さんからは連絡ない?」 「ないわ。お母さんは可哀想な人なの…。今まで普通の人が味わう幸せを知らずに年をとったの。 だからあの人を自由にさせてあげたいの。……それじゃ良子さんここでさよならするわ」 「そうよ。私はただ幸せになりたいだけよ。何としても平凡な女の幸せをつかんでみせるわ!!」 実家の母を招いてさくらの事を話す和代。だが母はなかなか信じてくれない。 そこへさくらが帰ってきた。来客に挨拶をする。 和代は母を廊下へ連れ出す。 「おとなしそうな可愛い女の子じゃないの」 「あれは見かけだけよ」 「様子を見てみないとわからないから明日から来てみるわ」 応接室に戻る二人。さくらはコートかけの近くに立って待っていた。 コートを羽織って車で帰ってゆく母。運転中、コートの中から首筋にムカデが這い出てくる……。 ムカデに驚きハンドルから手を離してしまい、事故を起こしてしまう…。 電話のベルが鳴る。和代より早くさくらが受話器をとった。 「えっ奥さんのお母さんが交通事故で 亡くなられた!!」 「なんですって!?」 「市立病院ですねすぐ行きます」 そのまま電話を切ってしまう。 頭を抑える和代にさくらが話しかけてくる。
「奥さんのお母さんが交通事故で…」 「わかってるわよ今聞いたわっ!!」 家を飛び出してゆく和代。 さくらはピアノを指で一音一音鳴らす。悲しい音色が部屋に響く……。 「おや今のピアノはさくらだったのか。聞いたこともないとても悲しいメロディーだった」 「先生!!」 帰宅した先生にしがみついて泣くさくら。 「どうしてだかわからない…とても悲しいの。先生!私が好き?」 「ああ好きさどうして?」 「私をどこへもやらないでね」 「もちろんさ……」 そこへ和代が血相を変えて飛び込んできた! 二人を無理に引き剥がし、さくらの首を締め上げる。 必死に止める先生。 「お母さんが亡くなっただなんてよくも嘘をついたわねっ」 「先生!!奥さんは私の言うことをなんにも聞かないで飛び出して行ったんです」 「こいつがお母さんまで殺そうとしたのよっ 怪我はたいしたことなかったけど入院しなくてはならなくなったのよっ みんなこいつのせいよ!」 「俺がいない時にお母さんが来たのか!」 明日から来てもらうことになっていたと聞き、勝手なことをと怒る先生。 「さくらは気にせず部屋に行って勉強しなさい」 深夜。包帯の取れた和代がさくらの部屋に忍び込む。
寝ているさくらの鼻と口に濡れタオルを被せ、窒息死させようとする! 目を覚まし唸るさくら。力を込めるためにさくらの上に覆いかぶさった。 「ギャッ」胸を押さえて布団から離れる和代。布団から何本も突き出ていた針が刺さったのだ。 「ふん、たぶんこんなことだろうと思って待っていたわ」 呼吸を整え、アイロンを和代の前にかざす。 「熱を最高にしてあるのよ。大きな声を出したければ出せばいいわ。 でもそうしたら先生が目を覚ましてやってくるわ。それとも私が悲鳴をあげようかしら… どっちにしてもこんなところにいるあなたが責められるだけね」 裸になるのよ、と頭にアイロンを押し付ける。 「ジュッ」髪の毛が焦げる音がする。 熱さによろける和代に馬乗りになり、ネグリジェを裾からまくり上げた! 茶巾絞りのように首から上をネグリジェに覆われて動けない和代に机を乗せ、重しにイスを乗せた。 「あなたの一番大事なところを焼きつぶしてやる!」 和代のショーツに手をかけ、思い切り引き下ろす。 そして馬乗りになったさくらが足を開き、股間にアイロンを押し当てた! 「ウ〜〜〜〜ン」 「ホホ……残念ねえ……コードがはずれていたわ。 どう?まだここにいる気? 今度は私が悲鳴をあげてみましょうか?」 裸の胸を揉み、顔を寄せる。おぞましさに和代がうめく。 「先生がこんなところを見たらどうなるかしらねえ。先生は今に私のものになるわ。 私は先生を愛しているわ。先生も私を愛しているのよ」 部屋を出て行く和代。さくらは笑いながら布団に入りなおした――。 早朝。和代は話があると先生をキッチンに呼び出した。 「あなた!あの子と私のどちらを愛しているのですかっ!!」 その様子をさくらは陰で見ている………。 「なんというくだらないことを!こんな話がさくらに聞こえたらどうするんだっ! さくらの純真な心をキズつけ汚すだけだっ」 「あの子が純真ですって?」笑い飛ばす和代。 「私が愛しているのは残念ながらお前だっ!!」 「あなた……」 愛だのなんだのと薄汚い言葉を言わせてくれたなと怒る先生。 「愛という言葉を利用してお題目にしているだけじゃないかっ!!」 「私を愛してくれているのはわかったわ。それじゃあの子をどう思っているの?」 「もちろん愛している。教え子として……」 「教え子として……」さくらは涙を必死に堪えた。 「こんなことをしゃべらせたお前とは口もききたくない!」部屋を出る先生。 「さくら!今のを聞いてしまったのか」「いいえ私今起きてきたの…」 「人事みたいな言い方しないでよ!何もかも自分が仕掛けたくせに!! 何が純真よこいつは子どもじゃないわ!そうよ子どもの皮を被ったおとなのバケモノよ!」 「おはようございまーす」 勝手口の方から声がする。出てみるとずんぐりとした男が立っていた。 「まん丸商店です。今日はお入用の物は?美味しい干物が入っていますよ」 朝早くからと思ったが通りかかったものだから…と照れる御用聞き。和代に気があるらしい。 和代はそれに気付かない。 「夕方2人分だけ届けてちょうだい」 「たしか女の子がいるのじゃ……」 「いないわよ、私と主人と2人よ。貢がいるけどまだ小さいから」 それじゃあ、とドアを閉める和代。御用聞きはその閉まったドアをいつまでも見つめていた――。 「また私のことで何かあったのね」
先生と登校中ぽつりとつぶやくさくら。 「勉強が終わったら一緒に遊ぼう」と先生は誘う。 放課後、喫茶店で飲み物を飲む。 「こんなところへ入るの初めて……」 デパートで可愛いブローチを買ってもらって涙を流して喜ぶさくら。 「今日は楽しみに来たのだぞ!」 「これは嬉し涙です。こんな幸せは初めてだから……」 「映画を見よう」と映画館の入口に立つ2人。 「あっ!!」 看板に書かれた「若草いずみ」の文字。いずみの似顔絵。 「永遠の美女と言われたかつての大女優のリバイバル映画だ」 家中の鏡を叩き割り、どうか私に美しさを返してくださいと泣くいずみ。 泣きながら主治医を電話で呼び出すいずみ。 でっぷりとした身体にいずみの服を着て、さくらに「これがお母さんなのだよ」とパネルを見せつける…。 手術から逃げるさくらを追いかけ、「もう離さない」とつかまえる。 逃げようとしたさくらを追うが石で頭を殴られ、意識を失う……。 やがて、恐ろしい手術の風景。取り出された脳がさくらの頭の中に入れられる……。 次々浮かぶ光景に、強張った顔で頭をおさえるさくら。 「私この映画見たくないんです」 「色々まわって疲れたんだな。公園へ行って休もう」 公園につく。さくらは「良子さんに電話をかけたい」と10円を借り、近くの電話ボックスへ入った。 「もしもしまん丸商店さん、あーらあなたね。私よ谷川よ今朝はどうもありがとう。 例の干物のことだけど今すぐ持ってきて欲しいの」 声色を変え、御用聞きと話し出すさくら。 「今朝あなたに会った時の私の目の合図がわかった? 主人は今日は遅くなるって言ってたから大丈夫よ。 私前からあなたのこと好きだったのあなたに滅茶苦茶にされたいの。 お勝手口の鍵は壊してあるわ。待っているわ」 電話を済ませ、先生の元に戻るさくら。 「ずいぶん楽しそうに話していたな」 「ええ良子さんったら冗談言うんだもの」 さっそく遊具で遊びだすさくら。照れる先生も強引に滑り台を滑らせる。 「次はブランコよ」2人楽しく遊びはじめる――。
干物を手に、勝手口から中に入って和代のいる2階へ行く御用聞き。 物音に出てきた和代にいきなり抱きついてきた! 「奥さん、好きだ」「よ よしてっ、ああっ」 いきなりスカートの中に手が入ってくる……。 無邪気に笑いながらブランコをこぐさくら。先生も一緒になって笑っている…。
「やめてっ!!」 腕に噛み付き、慌てて部屋に逃げ込む和代。追ってくる御用聞きの指がドアにはさまった! 血が流れるのも構わず思いきりノブを引っ張る。 「早く出て行ってちょうだい、警察を呼ぶわよ」 「自分で電話して呼んだくせにっ」「電話なんかしないわっ!!」 「間違いなくあんたの声だったっそれに今朝は目で合図をしたじゃないかっ!!」 「そんなものしないわっ!!早く早く出て行ってっ」 御用聞きはやっと諦めて出て行った。貢を抱き怯える和代。 「あなた!早く帰って来て!!」 ブランコに乗ったまま、夕焼けを眺める2人。 「これでとうとう昼は終わったのね。今日はとても楽しかったわ」 帰宅すると、誰もいない。 「貢を連れて病院の母のところで泊まります」 とメモがあった。 迎えに行ったらどうかと言うさくらにクセになるからと無視する先生。 「今日はご馳走にしよう、おかずを買ってくる」 「私はご飯の支度をするわ」 先生が出かけ、家にはさくら1人だけ。 「もうすぐもうすぐこの家は私のものになるのよ。先生と私とここで暮らすのよ」 ラララとキッチンで踊りだす…。 先生がたくさん食材を買って帰って来た。先にお風呂に入るよう言われて浴室に行く。
身体を洗い出すと、そこに全裸のさくらが入って来た! 「先生 背中を流すわ」 広い背中をごしごしこする。 背中にぴったり顔を寄せる。 「こうしていると先生じゃないみたい……まるでお父さんみたい」 泡だらけになりながら身体中を洗うさくら。 「あっよせっくすぐったい」 ハハハと笑いながら立ち上がる先生。 「先生って意外と毛深いのね……」 「えっ……」 さくらが下半身をまじまじと見ていた。 「あらどうして隠すのへんねえ。平気よ」 ちょっと見るだけだからと隠す手を外す。 「こんな風になってたの……私もう先生のこと誰よりも一番よく知っているのね」 ふふふと喜ぶさくら。 「ハアハア」(←原文ママ)汗をかき動揺する先生。 「今度は先生がさくらの背中を流してあげる……よし、これで終わりだ」 お風呂から出て、食事を食べる2人。 「何だか私先生の奥さんになったみたい」 「ごちそうさま。……先生はちょっと外へ出てくるよ」 「奥さんのところへ行くのね」 ばつ悪そうにうなずく先生に「奥さんを連れて帰ってあげてね」と見送るさくら。 「ここの奥さんだけどねえ……だんなさんの留守の間に他の男の人と浮気してるってもっぱらの噂よ。………あら、ご主人よ」 近所の主婦が噂話をしている。先生は横目で睨み、病院へ向かった――。 「奥さんは帰らないわ」 自分の部屋をきれいに飾りつけ」、布団のカバーを取り替えて部屋中に香水をふりまく。 ネグリジェを着て先生の帰りを待つさくら。 ……酔っ払った先生が帰って来た。玄関先で倒れ込んでいる。 「お酒を飲んできたのね。和代さんとケンカをして、バーでお酒を飲んで…… たぶんこうなるんじゃないかと思っていたわ」 妖しく微笑むさくら。 「あなた………しっかりしてちょうだい、ここで寝ちゃ駄目よ」 「さくらか………」 先生を自分の部屋へと連れてゆく。 「おっ!!いいにおいが……」 布団の上に倒れこんで眠る先生の服を脱がし、口付ける。 「好きよ 愛しているわ……やっとつかまえたわ もう私のものよ!」 ズボンの中に手を伸ばすさくら。 森の中。さくらがチョウチョをつかまえる。
寝返りを打った先生がさくらを抱きしめる。 「抱いて!もっと強く!もう離さないわ!」 素裸のさくらが森の中を自由に駆け回る。 咲いている一輪の花を、幸せそうにその胸に抱きしめる――
翌朝。目覚めた先生は腕の中で寝ているさくらに気付く。
さくらの胸に乗っている手を慌てて離す。 ネグリジェを着ているが、その裾は乱れている…。 「さくら!!」ゆっくりと目覚めるさくら。 「おはよう」 「先生は夕べお酒を飲んで酔っ払っていたんだ、夕べのことはよくわからないんだ」 「それじゃ先生が私の寝ているところへ入って来たことも……」 「さくら……もしやお前に何かしたのでは………」
しばしの間。 「いいの。私は平気よ」 「そ それじゃ…やっぱり」 ガクガクと震え、うずくまって苦悩する先生。 「そんなに気にすることないわ。だって私先生が好きだもの、先生も私が好きでしょ。 それに私今はまだ子どもだけどすぐにおとなになるわ。そうしたら何も気にすることなくなるわ」 軽く慰め、さあ朝ごはんを作らなくちゃ、と立ち上がった……。 楽しそうに朝食をテーブルに置くさくら。 「いっぱい食べなきゃ駄目よ」 先生はテーブルに着いてはいるが、暗い顔でうつむいている。 「今日は奥さんが帰るわね。奥さんと別れるのよ。そして私たちで暮らしましょう」 先生の肩に手を置き、耳元で話しかけるさくら。 「私きっといい奥さんになるわ。今の奥さんよりもっともっといい奥さんになるわ。 そうだわ、奥さんの物を全部私の部屋に入れて私は2階で先生と一緒に生活するのよ」 2階へ行き、和代の服や持ち物を自分の部屋に放り込む。 「あなたも手伝ってちょうだい」 「さ さくら………」 「いいわやっぱり私が1人でやるわ」 あとは自分の物を2階へ運べばいいだけの状態で、二人は学校へと向かった――。 「いいわねきっと奥さんと別れるのよ」 別れ際にそういって、さっさと教室へ走って行くさくら。 集まっている中島たちに「また何か私の噂をしていたの」と声をかける。 焦る中島に軽く笑い、「もう恐れる物はなくなったの」と言い、席に着いた。 「やっぱり変よ…なんか急におとなびたみたいで薄気味悪いわ」 ほんとのさくらは殺されて、誰かがさくらになりすましてるのだと言う中島。 それを聞いた良子はたしなめるが、中島は昔さくらが押した手のスタンプを持ってきて、こっそり手に入れてきたアルミ粉で今の指紋をとって調べようと言う…。 わざとらしくさくらの前に三角定規を落とし、それを拾わせることで指紋の採取に成功した。 休み時間に集まって調べるが、指紋はすべて一致した。 「指紋が同じだからって疑いが晴れたわけじゃないわよ! 何者かがとりついているということだってあるわ!」 必死に主張するが、他の女子たちはあきれて去ってゆく。 「私さくらちゃんを疑って悪いことしたわ」 他の女子に慰められながら良子も去る。 「見てるといいわ。絶対に私1人で正体を暴いてあっと言わせてやるから」 放課後、良子や他の女子がさくらを追いかける。 「ごめんなさいさくらちゃん、なんだか仲間はずれみたいにしちゃって」 「いいのよ。私仲間はずれの方がいいの、ほっといて」 スタスタ去ってゆくさくら。 「機嫌を悪くしただけだからすぐに戻るわよ」 泣き出した良子をみんな慰めた。 「ふん!もう元には戻らないわ。誰があんな子どもなんかと……」 先生の家とは違う方向へ行くさくらを、中島が怪しんでつけていた。 時々立ち止まり、壁に矢印を書き込んでいる。 「何のために……?ますます怪しいわ」 見失ってしまったが、矢印が残っていたのであとを辿ることができた。 「だんだん寂しいところに行くわ……地下室の跡だわ」 まわりを砂利の山に囲まれた、建物の残骸。その地下室へと向かうドアに矢印があった。 中に入ってみるが、中には誰もいない。「さくらちゃーん」 突然ドアが閉じられた! 「あけてっ助けてーっ」 必死に叫び、ドアを叩く中島。 外ではさくらがコンクリの塊を置いてドアを開かないようにしていた。 そのまま立ち去り、砂利の山の上から建物を見下ろすさくら。 「トラクターが来たわ」 砂利の山を崩し、建物を埋めてゆく……。 「キャ〜ッ」 「さよなら中島さん。飛んで火にいる夏の虫って…あなたのことね」 「あの女はきっともう帰っているわ…そしてあの人はまだ帰ってないわ」
家から少し離れた電柱の影に立ち、家を見つめているさくらに、 買い物かごを持ったお婆さんが「どうしたの?」と声をかけた。 「なんでもないの。あのドアのところまで何歩で歩けるか考えていたのよ」 子どもってくだらないことするんだねえ、とお婆さんは行ってしまった。 門を開けて玄関まで入る。 「きっと私を待ち伏せているわ… それとも鍵をかけて家に入れないようにするか……その手は食わないわ」 ノブに手をかける。そこに電流が流れた! 「ギャーッ」 感電し気絶するさくら。 電気コードを手にした和代が、さくらを引きずって家に入れる…。 意識を取り戻して呻くさくらを動けないように羽交い絞めにする。 「ごめんなさい許しておばさん、あたしこれからいい子になるから許してっお願い」 「ふん!そんなか細い声出したってもう騙されないわ!」 テーブルの角にあごを乗せ、首を絞める。 「今日は今までみたいにはいかないわ、今日で私の苦しみは終わりにするわ」 「ふん!この浮気女!自分の夫がいないうちによその男といつも何をしてるのよ。 近所じゃあんたのことをどんな風に噂してるか知ってるのかい」 「お前が何もかも仕組んだのよっ悪魔っ!!悪魔っ!!」 後ろ手に縛り上げ、猿轡をする。両足首も縛って袋に詰める。 和代の部屋に袋を持ってゆく。 「よくも部屋の中をこんなにして……」 押入れに放り投げてふすまを閉めてしまう。 ピンポーン。「うちの人が帰ってきたわ」 慌てて出迎える。 「さくらは」 「あの子はいないわ。もう飽きたから出て行くって言って出て行ったわ」 「どこへ行ったって言うんだっ」 「知らないわ。もうここへは戻らないようだった。これでようやくホッとしたわ」 「変ねえ。女の子なら家へ入るところを見たんだけどね」 先生の後ろから、さっきのお婆さんが顔を出した。 「いえねさっきこの前を通りかかると可愛らしい女の子が立ち止まっていてね、」 先ほどのさくらとのやりとりを説明するお婆さん。 「子どもなんてのはなんてバカバカしいことをするんだろうと思って通り過ぎたんだけど気になって振り返って見ていると… 確かにこのドアのところへ来てそれからしばらくしてギャッていう悲鳴が聞こえたから…… 変だなと思ってたらこの人が帰ってきたんで説明したのさ」 「し 知らないわ」 お婆さんはそれだけ言って帰ってゆく。和代を問い詰める先生。 「知らないったら知らないわ さっき勝手口の方から出て行ったわ」 泣き出す和代。嘘をついてると気付いた先生は家中を探し回る。 和代は先回りして、袋詰めのさくらに布団を被せて隠しておいた。 一通り探し回った先生はさくらの家へ探しに走った。 いつの間にかあたりはすっかり暗くなっていた。 「今のうちに早く……そうだわ、電車に轢かれたことにすれば…」 袋ごと貢の乳母車に乗せ、踏切まで転がして走る。 遠くで電車の音がした。 「来た!」 袋からさくらを出し、戒めを解いて線路に横たわらせた。 降りる遮断機をくぐって出ると、そこに先生が立っていた! 「様子がおかしいから隠れてずっと見ていたら……」 踏み切りの中に入り、さくらを助け出す。 危機一髪、電車は通り過ぎていった――。 布団に横になっているさくら。和代は下の部屋でわめいている…。 「明日…気付かれないように上手く病院へ連れて行くのよ。 あの人は正気じゃないのよ…やっとわかったでしょう」 「わかった……そうしよう………」 重々しく先生は頷いた。 「私じゃない!!私じゃない!! 私が悪いのじゃないわっあいつのせいよ、だからよ!」 キッチンのテーブルを何度も叩き、叫ぶ和代。 「あなたっ私は悪くないわ聞いてちょうだい話し合いをすればわかるわ」 やって来た先生に必死に訴えかける。 「何であんなことをしたのか自分でもわからないの あなたっ疑っているのね!」 和代の両肩をつかみ、落ち着かせようとする先生。だが……。 「あなたの目は疑っているわ、私があいつを殺そうとしたって言ってるわ」 話し合えばわかると言われ、「離して」と抵抗するうちに……、 「ヒーッハハハハハ ホホホホホ………」 さくらのいる階段まで和代の笑い声が響く。 「とうとうほんとにおかしくなってしまったのね……… もうあなたはここにはいることができないのね さよなら」 翌朝。散々騒いで放心状態の和代。 「私じゃない 私じゃない」 頭を抱えて呟いている。 タクシーが来たから病院へ行こうと和代を誘う。 「嫌よ!!私病気じゃないわ」 病院のお母さんをお見舞いに行くんだ、貢も置いてきたままじゃないかと説得し、 共にタクシーに乗って病院へと向かう夫婦……。 「私の勝ちね。これでとうとうこの家は私のものだわ! 私の願いがやっとかなったのだわ!こんな生活がしたかった!!」 キッチンで勝ち誇るさくら。床に跪き両手を組み合わせる。 「どうか…どうかもうこれからは誰も邪魔などしないで欲しい! 私はただ普通に……普通に生きたいだけだから」 さくらは泣きながら祈りを捧げる――。 歌いながら学校へ走るさくら。良子に声をかける。 良子はビックリしている。 「こんなこと言っていいかしら……私今までさくらちゃんとお友だちだったけど 今までのうちで今日は一番晴れ晴れとした顔をしているわ」 校内に入ると、女生徒たちが集まってなにやら話していた。 「また私の噂話?」 「ち違うわ……中島さんのことよ」 「「昨日埋立地で埋められてしまったところを見つかったのよ」 「見つかった!?中島さんが助かった!?……よ よかったわね……」 今は家で寝ていると言う。放課後みんなで見舞いに行くことにした。 「どうして今日は谷川先生は学校を休んじゃったのかしら」 「ええ……ちょっと奥さんが……前から具合が悪かったから…」 「あれっそうかなあ、ちっとも具合が悪そうじゃなかったけど…」 「身体のことじゃないのよ。もうその話はやーめよ!中島さんのお家はもうすぐだっけ」 中島の家に行くと、母親は泣き出した。 「会っても無駄だけど」と案内された。 恐怖のために髪の毛が真っ白になった中島が、ベッドに横たわっていた。 目を開いたまま、何を言っても反応しない――。 帰り道、 「どうしてあんなことになってしまったのかしら」 「あの人探偵に凝ってたからまた何か考え付いたのよ」 「きっとまた私の秘密でも探り当てたんじゃない?」 さくらの一言にみんな笑い出す。良子も笑ってしまい、慌てて口を押さえた。 さくらは「ふふ……」と笑い、楽しそうにみんなと別れて帰って行った……。 帰宅するさくら。 「さあ今日はうんとご馳走をこしらえてお祝いするのよ! あの人と2人きりの生活が始まるんだもの」 てきぱきと準備を進める。 「私今日から心から優しい人になるわ。そうだわ誰よりも一番優しい人になるわ!! そしてどんな人にも優しくしてあげることができるわ」 先生が帰宅すると、さくらはずっと玄関で待っていたのか飛びついてきた。 「奥さんを病院に入院させた?」 「上手く言いくるめるのに苦労したがね」 医者に診てもらったら潜在的な病気のせいだったと言う。それが突然あのように現れたと。 さくらに乱暴を働いたのもそのせいで、さくらがいなければ貢を乱暴しただろうと……。 和代は元々病気だったと言う言葉に、安心して一瞬意識を失うさくら。 「よかった………」 目を閉じたまま、小さく呟く。 「私のこと好き?愛している?」「好きだよ。愛しているよ」 「これからずっと一緒に暮らせるのね。嬉しい!」 抱きついて喜ぶさくら。 「私じきにおとなになるわ。そして赤ちゃんも産むわ!さあお祝いしなくちゃ」 キッチンへ案内する。テーブルにはきれいなバラや食べ物がたくさん並んでいた。 「これをさくらが しかしこれを作るための費用はいったい」 「お母さんが預金通帳をくれたから。私の名前になってるでしょう。 中身もちゃんと入っているわ。必要なことに使いなさいって」 通帳を見せるさくら。 「300万!!こんなに!」 「私に預けた方が安全なんですって。ちゃんとよく考えて使うわ。 そして必ずあなたに見せるわ、あなたと結婚するまでずっと」 「さくら……」 「私あなたのためにうんときれいになるわ! あなたに恥ずかしい思いをさせない人になるわ! そして嘘をつかない素直な優しい人になります!」 「さくら 愛しているよ」「嬉しい!」 見せたいものがあると2階へ行くさくら。ドレスに着替えて階段を下りてくる。 きれいだとの言葉に喜んで駆け寄ろうとするが、足を滑らせて軽く転んでしまう。 「大丈夫よ、夢中だったからつい足がもつれたの」 ぶどう酒で乾杯する2人。先生は口をつけなかったが、さくらは一気に飲み干した。 レコードをかけ、ワルツを踊る。「ラララ」踊りながら口ずさむさくら。 「今何て言ったんだ?」 「あらいやだ何にも言わないわ、ラララって言っただけよ」 真顔になる先生。ちょっと休むと言って席に着き、たばこに火をつける…。 「おやレコードが終わりそうだ」 吸いかけのタバコを置いてレコードをかけなおす先生。 さくらはその間にタバコに火をつけ、ひとふかしして再び踊り始めた…。 「おや?」 席に戻った先生が一つ増えた吸殻を見て不思議そうにさくらを見つめる――。 さくらは酔いしれながら軽やかに踊っていた、つもりだった。 だがその足取りは鈍く、声はまるで年取った女のように聞こえた。 それでもさくらは歌い、踊り続けた……何も気付くことなく……。 「ああ楽しかったわ。疲れたわ……あんまり幸せだと帰って疲れるのね。 どうかこの幸せが永遠に続きますように………」 涙ぐむさくらに、熱いコーヒーを入れてやる。 「あなたがこんなに優しいと何だか怖いわ……」 「さくららしくないぞ。コーヒーでもう一度乾杯をしよう」 コーヒーを飲むさくらのひたいにホクロを見つける先生。 「いいえホクロなんかないわ、さっきちょっとお化粧したから汚れがついたのよ」 洋服を着替える、と2階に上がる。鏡で見てみると、ひたいに黒い点があった! 「こんなところにホクロなんかなかったはずだわ! いつもあんなに観察してたんだから見落とすはずがない! たかがホクロくらいどうと言うことないわ」 様子を見に来た先生を「疲れたから1人でぐっすり眠りたい」と部屋から出す…。 考え込みながら眠りにつくさくら。 「美人になんかならなくていい」と言うさくらに自分の痣を見せる母。 あなたはそのために産んだ、あなたには人生などないと言う。 さくらの頭の大きさを測る母。 鏡の中の自分に別れを告げ、高らかに笑う……。 「嫌な夢ばかり見たわ」 今日は日曜だが寝過ごしてしまった。起きてすぐに鏡を見る。 「大きくなっている!!」 ホクロだと思っていた黒い点は、小さな痣のようになっていた。 精神安定剤の瓶をよろよろと拾うさくらの姿が鏡にうつる。 「動作も元のままだわ!!このまま元に戻ってしまうんだわっ!!」 一気に薬を飲みくだす。 先生の元へ走って行き、朝食の準備をしている彼にしがみついた。 「お願い、私を捨てないで!!どんなことがあっても!!」 「何を言ってるんだ捨てるなどと…私が愛しているのはお前だけだよ」 やっと落ち着いたさくらをドライブに誘い出す先生。海の方へ出る。 「これからちょっと病院へ寄ってみようか。和代の入院している病院だ。 離婚の手続きをするために……」 「行きたくない」と言うさくらを「そのほうが決心がつく」と連れ出した―−。 「和代はここの病棟にいるんだ。ここで待っていてくれたまえ」 ある部屋に案内され、座って待つさくら。 窓の外についたオリを見て不快になり、和代の病室を探しに廊下に出た。 受付で聞くとそんな人は入院していないと言う。 「何のために私をこんな病院へ……先生はどこに……」 ある部屋から先生の声がする。 開いたドアから後姿が見えた。 「待たせてあります……お話したようにごく普通の少女なのです… ただちょっと私の妻が怯えまして」 「感づかれないように診てみましょう」 医者らしい男の声もする。 さくらは慌てて病院を飛び出した! 誰もいない部屋を見て気付かれたかと焦る先生と医者。 先生の車に「先に帰って待っています」とメモを残し、タクシーで和代の実家へ向かう……。 和代がいた。貢を抱いて縁側に座っている。楽しそうに笑っている。 「やっぱり!!私は騙されていたんだ……入院させただなんて嘘をついて… 先生は私を…」 車を飛ばして先生がやってくる。和代にさくらが病院から帰ってしまったと言う。 「まさか感づいたんじゃ…つけられたんじゃないでしょうね」 まさかどこからかここを見ているのでは、と怯える和代。 すぐに帰宅しないといけないが、顔を見たくて寄ったんだと言い、お茶を飲みに家に入ってゆく…。 誰もいない海に出る。岩場に立ち、風に吹かれながら泣き続けるさくら。 やがてある決意を秘めた顔で、その場を立ち去った――。 先生が家に帰ると、さくらは笑顔で出迎えた。 「出し抜けにいなくなるから心配したぞ!」 「ごめんなさい、だって私1人を放っておいてなかなか戻ってきてくれないのですもの。 それにあの病室のどこかに和代さんがいると思ったらじっとしていられなかったわ」 「和代が離婚を承知したのだ」 離婚届を見せる。 これを役所に持ってゆけば和代とはもう他人だと言い明日一緒に行くかと聞く。が、あなた1人で行ってと断った。 「ニセの離婚届なんかこしらえたって私にはすぐわかるわ。 役所へ持って行ってどのようにごまかす手はずがついているのか知らないけど。 私を愛してなんかいないのだわ、そのうち様子をみて私をここから出すつもりよ」 食事後、さくらの母について訊ねる先生。その話はしたくないと拒むさくら。 「お母さんも思い出して欲しくないと思うわ……醜くて年よりもずっと老けていて…… ここに……こ ここにこんな大きな痣があったから……」 震えながら額に手をやる。 「でもきっと今に手紙をくれるわ」 外の空気を吸ってくる、と先生は家を出てゆく。 「どうせ和代さんに電話をかけるつもりだわ。私の様子を知らせるためにね。 でもあなたは誰にも渡さないわ、どんなことをしても!!」 不安になり鏡を見に行く。痣はますます大きくなっていた…! 「キャ〜〜〜ッ!!」床に倒れ、パニックを起こすさくら。 「このままじゃまた元へ戻ってしまう!!何もかも終わりになってしまう!! せっかく美しい女の子に生まれ変わったというのにまた元に戻ってしまう!! 嫌だ!!私は元の醜い姿に戻りたくない!!」 「せ 先生!!」 1階へ駆け寄り、受話器を手に取る。 「もう一度先生に手術を!!それより他に方法がない!!」 数回のコールで先生は出てくれた。 「私は元に戻ってしまいます、もう間もなくさくらではなくなるでしょう!! 身体にまで脳の影響が出て来るなんて!!こんなバカなことがあるのでしょうかっ!?」 先生が帰ってきた。 「悲鳴が聞こえたようだが」 「さっき階段を踏み外して転んだ時に悲鳴をあげたんだわ。 それから今良子さんに電話をかけていたの。それじゃおやすみなさい」 さっさと部屋に戻ってゆくさくら。 その頃、良子はさくらを心配していた。 お母さんのことで悩みでもあるのかもしれない、いつもお母さんをかばっていた。
人に会うのを嫌がって授業参観に来なかったけど怨んでなんかいなかった。 前は何でも打ち明けてくれたけど…。 「明日は思いきってさくらちゃんに話しかけてみよう!!」 そう決意して布団に入った。 翌朝、さくらが通る道に立って待っていると、後ろからさくらが話しかけてきた。 顔の左半分に包帯を巻いている……。 「ど どうしたのっ!?」 「きっとここで待っていてくれると思っていたわ。良子さんに電話したらもう出かけたって言うから きっと私のこと心配して待ってくれるのだとわかったわ。 だって小さい頃からのお友だちだもの」 路地の奥に連れ出し、誰にもしゃべらないでと約束して、包帯を外す――。 「さくらちゃん ど どうしたというのっ!!」 「一昨日は小さなホクロだったのよ!!」 先生にはとても言えない、だから先生は知らないと言い、良子に助けてと懇願する。 このまま包帯をしていたらみんなに聞かれる。そうしたら先生も確かめようとする。 だから怪我をした事にしたい、みんなの見てる前で自分を突き飛ばして欲しいと頼む。 仲良しのさくらちゃんを突き飛ばすなんてできないと言うが、これは私のためだ、 ただのお芝居だからと説得し、学校の門の近くですることにした。 クラスの女子がやってくる。良子が彼女らに挨拶する。 「あらあれはさくらちゃんだわ」 前の方を歩くさくらに気付いたふりをする。 「そっと近付いて後ろからおどかすわ」 「わっ!!」と軽く突き飛ばす。 が、さくらは大きくよろめき、 近くの工事現場の鉄条網に顔をぶつけてしまう。 「さくらちゃん大丈夫!?」 さくらが振り向く。手で押さえたところからだらだらと血が流れ出る……。 「キャーッ血が!!」「良子さん打ち合わせ通りにするのよ、早くっ」 動揺する良子にてきぱき指示するさくら。 「さくらちゃんごめんなさい、私が突き飛ばしたばかりに怪我を…」 みんなが集まってくる。 「大丈夫よ たいしたことないの」 「近くに病院があったから診てもらいましょう」 さくらを連れてみんなから離れる良子。 ついてゆこうとするみんなを、「遅刻するわ」と先に行くようとさくらは止めた…。 路地裏に行き、良子に包帯を巻いてもらう。
「ほんとに怪我をしてしまったのね、ごめんなさい」 「いいのよ。私の秘密を誰にも言わないでね」 学校へ行く。クラスメイトたちが心配して駆け寄ってきた。 「そんなにたいした怪我じゃないわ、ただちょっと……ホホホ」 笑うさくらの陰で、暗い表情で黙り込む良子。 クラスのみんなが良子をひそひそと批難するが、良子は懸命に堪えた。 「何を言われても平気よ、さくらちゃんのためだもの。 それに私が怪我をさせてしまったのだから……」 授業中、さくらの朗読を聞きながら良子は思う。 このごろのさくらはお母さんそっくりだ、しゃべり方や笑い方、しぐさまでも。 それに同じところに大きな痣まである……。 「誰かがさくらちゃんになりすましているのよ」 中島の言葉が頭に浮かぶ…。 図画の時間、みんなで校庭に写生に出た。さくらと並んで植物をスケッチする。 「さくらちゃんのいつもの描き方とちょっとだけ違うわ」 描いた絵をさくらの分も一緒に提出すると預かった。持って行きながら何気なく見る。 「上原松子!さくらちゃんのお母さんの名前じゃないの! なぜお母さんの名前なんか」 こっそり消して書き換えようとする良子に、さくらが近寄る。 「名前を書き間違えたのね!いつの間に!」 放課後、 「ぜひあなたに聞いてもらいたいことがある」とさくらの家に良子を招く。 「私の部屋へ………」 さくらの部屋を素通りし、母の部屋へ行く。 「私の部屋よ」 紅茶を入れ、向かい合わせに椅子に座る。 「あなたならきっと私の話を信じてくれると思うわ!信じてくれるわね」 「さくらちゃんのことなら何でも信じるわ」 さくらは、本当のことだと前置きして、身の上話をはじめる――。 今から48年も昔、さくらの母は生まれた。彼女の家はとても貧しかった。
が、ふとしたことで4歳の時に映画監督の目にとまり、たちまちスターとなった。 彼女はたった4歳で父や母を養わなければならなかった。 彼女の出演する映画はすべて大当たりをとった。彼女の芸名は若草いずみ。 いずみはますます美しくなり、いつもどこへ行っても評判の的だった。 そのことは彼女自身もよく知っており、それが自分の美貌にあることもわかっていた。 仕事のない時など1日中鏡を覗き込んでいた。 ある時、とある名作のヒロインの子ども時代の役を演じることになった。 彼女の大人時代を演じるのは当時の有名美人女優だった。 そしてドラマは撮り進められ、いずみの子役の最後の場面が終わろうとしていた。 そばで大人役の女優がメイクを終えて待っていた。 演技にも熱が入り、みんなが固唾を呑んで見守る中、突然いずみが泣き出した! 慌ててカットし、どうしたんだと集まるスタッフ。泣き続けるいずみにわけを聞く。 「私はあの人みたいにぶさいくじゃないわ!! なのにあの人が私の大人になった時の役だなんて!」 いずみの暴言に唖然とする一同。 謝りなさいと言われるが、「本当のことを言って何が悪い」と泣く。 女優は眉をひそめたものの、さすがおとなである。 「私はなんとも思っていませんから」 自分はあちらに行ってますから撮影を続けてくださいとその場を離れた。 映画は無事撮影を終え、大ヒット。 美しくかれんな彼女の姿に観客はみんな涙を流した。 いずみは日ごとに美しくなっていた。おとなでさえその美貌にたじろいだ。 まして同じ子役同士顔を合わせた時、いずみはまったく相手にしなかった。 彼女はいつでも不動のスターだった。人々は絶えず彼女に熱情と期待を寄せた。 彼女にはいつでも仕事が待っていた。仕事の中で彼女の精神は年齢以上に成熟していった。 彼女の身の回りの世話は母親がしたが、他人の目にはとても親子には見えなかっただろう。 きれいな服を着た美少女と貧しい身なりの女、それはスターとそれに仕える人だった。 娘に養われているという気持ちが母親を後ろめたくさせた。病身の父親でさえそうだった。 父親は片隅でひっそり生き、母親はひたすら娘に仕え、娘が少しでも病気や怪我をした時は狂奔して看病した。 その夜、いずみは熱を出した。
「没落する前はかかりつけの先生が側におられたのに」 お医者様に来てもらおうと出て行く母。 苦しんでいるいずみの元にある男がやって来た。 「安心しなさい、私はかかりつけの医者だよ。 お母さんも後からすぐ帰るからね。……すごい熱だ。どうしたのだね」 誰にも言っちゃいやよといういずみに、医者は必ず秘密は守らなくてはいけないんだと約束した。 「お母さんがこしらえたリボンを破いちゃったの……気に入らなかったのじゃないわ、 お母さんがリボンをつけようとして近付いたからよ。お母さんたら白髪があるのよ。 手のシワだってはっきりと見えたわ。私ちゃんと知ってるわ、誰でも必ず年をとるんですって!! 私お母さんみたいになりたくないの!!だからお母さんをぶったの!!」 思いを吐露するいずみの頭を、先生は優しく撫でる。 「心配しなくてもいいんだよ、そんな時が来たら必ず私があなたを助けてあげる。 何もかも話したら気分が楽になっただろう?さあ心配しないで眠りなさい」 息を切らして帰ってくる母。 「熱が下がっているわ!!ど どうして………」 それからの彼女は母親が近寄るのを嫌った。母は遠くから娘を見守るしかなかった。 美しく成長するいずみ。この美しさを失いたくないと彼女はたびたび熱に倒れた。 誰もその訳を理解することができなかった。 その都度幼い頃からのかかりつけの先生の世話になるしかなかった。 「不思議ね、先生に会っただけで心が落ち着くの」 「それは私があなたがなんにも知らない頃からのかかりつけの医者だからだ…。 私はずっとあなたの側にいます。あなたを愛しているからです」 やがて父も母も死に、成人した彼女は1人となった。 でも悲しくはなかった。美しさをなくすことに比べれば…。 彼女の人気はさらに高まり、永遠の聖美女と呼ばれた。 人々の期待に答えなければならなかった。
次から次へと待っている仕事。厚いドーラン、強すぎるライト…。 そして今若さの最中にあるというのにもう彼女は若さを失いつつあった! 苦悩するいずみ。どんなことをしてももう元には戻らなかった。 それでも彼女は仕事をやめることは許されなかった。 再びドーランで顔を隠し、ライトに照らされ、スターでなければならなかった。 その頃からサングラスをかけるようになり、人を避けるようになった。 休みの日は部屋に閉じこもって誰にも会わなかった。 でもある時、彼女は顔半分がくすんでいるような気がした。光の影かと思いよく確かめてみた。 が、気のせいではないと気付いた時の驚き!先生の慰めだけが彼女の支えだった。 医者はいずみを助けるために研究に励んでいると言う…。 月日と共に痣はくっきりと形を表していた。化粧のしすぎだった………たぶん。 美しい花は少しの間咲き誇り、たちまちしおれて散ってしまう…。 ある日いずみは苦悩のあまり家中の鏡を叩き割り、先生を電話で呼びつける。 やって来た先生がいずみにとある方法を説明した。 「あなたを救う方法はただ1つ、もう一度生まれ変わることです。 それには可愛い女の子を産むことです。その子が大きくなったら脳みそを取り出し そこへあなたの脳を入れるのです」 思いもよらぬ言葉に驚愕するいずみ。 「どうして私が今もあなたの主治医でいるのかご存知ですか? このことを成功させたいからです!! これはあなたの…自分の子どもでなければできないのです」 先生の説得にいずみは耳を傾け始める…。 「これには大きい賭けがあります。 それはあなたが果たして女の子を産むかどうかと言うことです。 もし男の子なら…殺すのです……どうです、やってみますか」 「やります…必ず可愛い女の子を産むわ、そして大切に育てるわ!! 脳の手術のできる日がくるまで」 もうどんなに醜くなっても平気だと安心して先生の胸で泣くいずみ……。 ティーカップをカチャカチャと震わせ、良子が話を中断する。
「ま まさかその子供というのは………さくらちゃんのことじゃ………」 「そうよ」 「ヒイッ」 「でもまだ話は終わってないわ。おしまいまでちゃんと聞くのよ」 ある夜、いずみははじめて人に隠れて外に出た。そして行きずりの男と一緒だった。 ……やがて彼女に子どもが産まれた。女の子だった。 彼女の喜びはたとえようもなかった!!念願の女の子だったのだから。 誰も本当の心を知る者はいない……女の子の名前をさくらと名づけた。 ある朝ばあやが訪ねてみると、そこで空き部屋だけを見たことだろう…。 彼女は新しい街へと向かった。もう顔の醜さを隠す必要もなかった。 こうして電車に乗っているのが大女優であることに気づく者など1人もいなかった。 先生も一緒だった。人目にとまらない街はずれの古びた洋館……この家へ。 2階では先生が生体実験をくり返していた。彼女はさくらの成長だけを待った。 灰色の目で見守りながら……さくらは何も知らずに美しい少女に成長していった。 でもさすがに何かを感じたのだろう、さくらは決して2階へは行きたがらなかった…。 彼女はさくらに帽子を買ってやっては頭の大きさを測った。そしてついにその日が来た!! 先生へかけた電話をさくらが聞き、手術を知って逃げ出すさくら。 その手をつかみ高らかに笑う。 「そんな時良子さんあなたが訪ねてきたのよ。あの時さくらは麻酔薬を注射していたのよ」 そしてついに手術をすることになった!! さくらは信じられないほどの抵抗をした。 石で頭を殴りつける。……でもとうとう手術は行われた。 さくらの脳は取り出し捨てられ、かわりにいずみの脳がさくらの頭の中へ……。 「そうよこの中へ……この中へ入れたのよ」 頭を指差すさくら。 ガチャン、ティーカップを床に取り落とす良子。 「まさか……それじゃあなたは!!」 包帯とかつらを外し、顔の痣と頭の傷跡を見せ付ける。 「これがそのときの手術の跡よ」 椅子から倒れ落ち、ランドセルの中身をばら撒いてしまう。 床に伏したままの良子を椅子に座らせる。 「どうか力になってくれるわね。あなたはさくらのお友だちですもの… まだ話は終わっていないのよ」 手術が終わって何日か経って、私は目が覚めた。私はよろけながらも起き上がった。 気がつくとさくらの脳みそが落ちていた。私はそれを踏み潰した。 さくらは死んだ……でもさくらの脳みそはとっくに腐っていた。 体力を回復させるために休んだ私は、元の身体を庭の穴に埋め、2階にある動物の死体を始末した。 手術台も床も壊して床にこびりついた血を拭き取った。 そしてみんなかたがついて学校に出かけることとなった。 さくらの癖などについては前から詳しく調べておいたが、一番心配だったのは良子のことだった。 でも優しい良子はちっとも疑わなかった。私はついに新しい人生をやり直すことができるのだ!! そしてすでに第2の目的を決めていた。谷川先生の奥さんになることだ!! でも先生には奥さんがいた…。 …その時の驚きと悔しさは逆に決心を強めた。 みんなでパーティーをした時に腐った物を入れたのは私よ!! こうして奥さんに罪を着せ先生の家に入り込むことに成功した。 先生がいなくなると私は奥さんをあらゆる方法でいたぶった。 ガスの元栓を開いておいたのも私よ。 奥さんはすっかりノイローゼになり先生との仲も悪くなっていった。 私はさりげなく先生を誘惑した。奥さんを病院に入れ、先生と奥さんは離婚することになった。 ついに私は勝ったのだ!! だが喜びのすぐ後から顔に小さなホクロが。 そして瞬く間に元の痣そっくりに広がってしまった。 「それからの事は良子さん、あなたが1番知ってるはずよ。 私が先生の愛を勝ち取ったと思ったのはただの夢でしかなかったのよ。 先生は今でも奥さんを愛していた、そして2人とも私を疑っている! 私に残された方法はたった1つしかないのよ。それは私が奥さんになることよ!!」 良子に奥さんを上手く騙してここへ連れてくるように説得するさくら。 庭に連れ出し、元の体が埋まっている場所を見せ、家のカギの隠し場所を教える。 「私の秘密は何もかも話したわ。いいわね、手術は明日始めるわ。奥さんを連れてくるのよ」 母の動向を先生に聞かれているので、先手を打つために手紙を書いた。 外国の切手や消印を用意して、母から来たものと見せかけた手紙を作り、良子に先生の家に投函するように手渡す。 「私があの人と一緒にいる時に入れるのよ」 良子に先生が帰宅するまで外で待っているよう命令し、帰宅するさくら。
「良子さん!あなたの性質はよくわかっているわ。このさくらを裏切れないわ。 あなたは友だち思いだから」 キッチンで支度をしながらひとり呟く。 「あなた!……私はこの家から1歩も出ないわ。 あなたが私を愛していないことも知っているわ。 それならそれで結構よ。私はあなたが愛しているあの女になるわ!! たとえそれから後どんな風になろうと構わない!あなたの女をつかみたい!!」 先生が帰ってきた。 「良子に突き飛ばされたそうだが怪我は大丈夫かい」 「大丈夫よ、お医者さんに見てもらったから」 お茶を入れるさくら。 カタン、外で音がする。 「手紙じゃないかしら。あなた見てきてくださらない?」 母からの手紙を、先生は持って戻ってきた――。 よろよろと帰宅する良子。 心配する母に大丈夫だと言い、横になりながら今日のことを思い出す。 母に呼ばれて夕食を食べる。平気なふりをしていないと母に感づかれる! 自室に戻り、ランドセルの中を整理する。が、お父さんの万年筆がない! さくらの家に落として来たに違いない。散歩に行くと言って家を出た……。 「この家よ……幽霊屋敷と言うのは。苦しそうなうめき声が聞こえるそうよ」 近所の主婦がさくらの家の側を話しながら通りすぎて行く。 恐怖に震えながら良子は家に忍び込んだ。ところが万年筆は見つからない! もしやと探しに2階へ行くと、中からくわえタバコの男が出てきた! フリールポライターだと言うその男は、若草いずみのその後の生活を記事にしようとここを調べ上げてきたと言う。 何かを知っているらしい良子に探りを入れる……。 必死に逃げ帰ってきた良子は、翌朝熱を出してうなされながら目を覚ます。 今日は学校を休みなさいと母に言われるが、ルポライターらしき男が道をたずねに家にやってきたことを知り、学校へ行くと飛び出した! 「ゆうべのことさくらちゃんに知らせなくちゃ!」 泣きながら走る良子。 「いくら脳みそがお母さんでもさくらちゃんに変わりはないわ!!」 その頃、さくらにルポライターが接近してきた。
「夕べ君の家を調べさせてもらったのさ」 動物の毛や血がびっしりついた2階の床のタイルの裏面を見せ付ける。 メスやピンセット、動物の死体もみつけたと言う。 慌てて家へ調べに帰るさくら。ところがそれは男の罠だった。カマをかけたのだ。 メスで刺し殺そうとするさくらの手をひねり上げた拍子に、包帯とかつらの下を見てしまう。 助けに入る良子に 「いずみは果たして本当に外国にいるのかな?」 と言って去って行く…。 登校すると、中島が復帰していた。 今朝変な男が来てさくらのことを色々聞いてきたと言う。 「今までのこと話してしまったわ。でもどうせたいしたことじゃないのでしょう?」 先生のうちに良子と帰ると、先生がお客が来ていると待っていた。 「ばっ……ばあ………」 「お嬢様っ」 1人の老女が飛びついてきた。ばあやだった。 「あの小さかったさくらお嬢ちゃんがあんなに大きくなられて…」 思わず涙を浮かべてしまうさくら。 「お母さんはよその国に行ってるわ、ヨーロッパのどこかよ」 「どうして突然お母様はあなたを連れて行方をお隠しになったのでしょう…。 今でもおきれいなのでしょうね」 本当にお母様そっくりだと喜ぶばあや。 「お母様はおきれいな女優でした」 「やめてっ!!」 さくらはばあやを突き飛ばす。 「私あんたなんか知らないわ。誰に頼まれてやって来たのよ」 「オレさ」 ルポライターの男だ。 「航空会社の知り合いに調べさせたが、この少女の母親は外国には行っていない。 この国の中にいると言うことです。だがこれ以上は私個人の仕事に関わることだから」 「どうして いずみ様は行き先もお知らせにならずに……」 「ばあやさん、あなたは何も知らないだろうがいずみはいまじゃすっかり醜くなって顔に包帯で隠さなきゃならないような痣があるんだ」 「やめてっ!!」叫ぶさくら。 「まさかあなた様のその包帯は………」 「ふん!安っぽちい人情劇にまんまと乗ってしまって、涙なんか出るはずがなかったのに」 いずみの地むき出しで はすっぱに話し出すさくら。 「そこにいる人間のクズのような男に1つだけ教えてやる。 いずみがどこにいるか お前さんがどんなに探したって絶対にわからないだろうよ。 お前さんがどんな風に思っているかは知らないけどいずみは今もちゃんと生きているのだから」 「これからちょっと東京へ戻ってかかりつけの医者というのを調べてくる」 ばあやから話を聞き、とっくに医者を辞めているらしく住所はわからないが探し出してみせると言う。 去って行く男。ばあやはわけがわからないながらも帰ることにすると言う。 最後に昔の話をして。 「医者の先生についてですけど、1つだけおかしなことがあったのでございますよ……」 いずみがさくらを産む前のこと、いずみが取り乱したように帰宅して、ばあやに帰るように命令した。 ばあやは最近様子のおかしかった いずみが気になってドアのところで立っていた。 中からはいずみの泣く声がする。こっそり中に入ると部屋は真っ暗。 いずみは先生に電話をかけているようだった。気が変になりそうだ、すぐに来て欲しいと言う。 立ち聞きに耐えきれず一端帰宅するが、どうしても気になって眠れない。 夜が明けるのを待たずにいずみのマンションに向かうばあや。 かかりつけの先生に一度会ってみたかったからだ。再びドアの前で中の様子を聞くと、先生と話をしているらしいいずみの声がかすかに聞こえた。 帰るらしい先生の足音も近付いてきたので慌てて先回りして1階で待った。 ところがいくら待っても誰も降りてこない。出入り口はここしかないのに。 「一体先生はどこへ消えてしまったのでしょうか?」 人の出入りが何度かあったが、知らない人は誰も通らない。 いずみの部屋に行くと、晴れ晴れとした表情のいずみが迎えてくれた――。 かかりつけの先生の家に向かうルポライター。
いずみの肉体がこの世に存在せず、脳みそだけが娘の肉体に宿ったという恐ろしい考えが浮かぶ。 「この世に希望と知恵がある限り、人はいつも罪深い………」 編集部に電話を入れる男。記事のスペースをあけといてくれ、とスクープをほのめかす…。 さくらが先回りして、男を麻酔針で刺してきた!倒れて動けない男に口付ける。 「かわいそうだから最後にキスをしてあげるわ。もっとしてあげたいけどやめておくわ。 愛していないから…… 私の愛している人はただ1人よ……谷川先生なの……私の夫よ」 顔面を何度も石で殴りつけ、お酒を流し込み、陸橋から線路に突き落とす。 落ちた男の上を電車が過ぎてゆく……。 執念深く追ってきた男は、さくらの目の前でトラックに轢かれて潰れて死んだ――。 男が死んだと良子に報告するさくら。
和代を自分の家へ連れてくるように言う。 「先生と私が一緒のところを見たと言って呼び出すのよ。 あなたが言えばビックリしてやって来るわ。 先生は私がどこかへ連れ出しておくわ」 暗くなった道を、1人帰宅するさくら。 「もうこうして隠してばかりおれないわ…」両手の甲をまじまじ見つめる。 「こんなにシワが…和代になるしかない…たとえまた同じことになったとしても……」 翌日。さくらは先生に別れの挨拶をする。 「私やっぱり1人の方がいいと思ったからです……あなたのこと心から愛しているわ……」 「さくら……私も……」 「何も言わなくていいわ……いつかきっとあなたとめぐり合う日が来るわ」 どういう意味だと聞く先生。さくらは答えず続ける。 「私も母の後を追って旅に出ようと思うのいつか……今日ここを出るわ。 たった1つだけお願いがあるの。 私が出て行ったことを奥さんには黙っていて欲しいの少しの間… 私の机や服なんかもそのままにしておいて欲しいの少しの間」 「いいとも。必ず約束するよ」 ああよかった、せいせいしたわと かつらと包帯を外すさくら。
「これは私の母が私に譲ったものよ。もしまたあなたがこれと同じ物を見たらそれが私よ…」 「わけを聞かせてくれないかね」 「言えないわ。わけなんてないのよ、 誰だって子どもは親に似るしかないのよ。ただそれだけよ」 これから外で一緒に最後の食事をしたいとレストランに連れ出した。 「私にビーフシチューを頼んでくれない? うんとよく煮込んで欲しいって言ってね。 ちょっと疲れたから薬を買ってくるわ」 レストランを出るさくらは、待たせてあったタクシーで自分の家へ向かう――。 先生のライターを門の側に落としておき、準備を始めた。 良子が和代を連れてきた。 「ほんとにうちの人があの娘と一緒に……?」 「え ええ………」 ライターを見つけ、玄関から中に入る。
「うちの人のシャツが!!」 落ちていたシャツに手を伸ばす和代。仕掛けられていた罠に手を挟まれた! 「キャッ」 和代を拘束台に乗せるさくら。猿轡でしゃべれないようにする。 「良子さんごくろうさん、あなたの演技もすばらしかったわ。 女ってダメね。 いくら愛し合っていても夫が浮気をしていると聞かされるとすぐもしやと思ってしまうのだから…」 戸締りを良子に任せ、先生に電話をかけるさくら。 「先生、用意ができました」 震えながら見守る良子は、恐ろしいことに気づいた! さくらが受話器を置いた。 「先生はすぐ来られるそうよ、タクシーで」 「今……今誰とお話していたの、本当にその人は来るの?」 「村上先生よ…今来るって話したばかりじゃないの」 怯えながら床を指差す良子。電話のコードが切れていた。 「そんなはずないわ。今先生とちゃんとお話したんだから。 あんたがコードを外したのね、 私が電話をかけ終わってからわざと外したのね、和代を助けるために」 コードで良子の首を絞めるさくら。いい子だからおとなしくしているのよ、と後ろ手に縛る。 呼び鈴が鳴る。 「先生が来られたのだわ」 窓から姿を確認するさくら。 「これから起きることが見えないようにきれを被せてあげるわ」 良子に布を被せ、先生を迎えに行く……。先生と一緒に研究室に入るさくら。 良子と和代を先生に紹介する。和代は目を見開いて震えだした。 「手術の道具はあそこに……なにもかも用意してあるわ。 今度のは最後の賭けだから先生の力を集結してやって欲しいの。 これが最後のお願いになるわ」
布きれから顔を出し、声の方を見る良子。 「さくらちゃん!!誰と話をしているのっ!!」 さくらがゆっくり振り向いた。 「誰って、先生とよ。他には誰もいないでしょう」 「どこに?どこに先生が……」 「ここにいるじゃないの」 隣にいる先生に触れ、教えるさくら。 「嘘よさくらちゃん、他には人など誰もいないのよ!」 『あの少女は気が触れているようです、構わずに……』 「そうね 恐怖のあまりおかしくなったのよ」 「さくらちゃん!!さくらちゃーん!!」 「バカねせっかくきれを被せてあげたのにとったりするから、 これから始まる一部始終を見なくてはならなくなったわ。さあ始めてちょうだい」 先生の指示で麻酔針を取り出すさくら。和代が暴れて逃げようとする。 「先生おさえてちょうだい!!私がやるわっ」 和代の足に針をあてる。先生の指示で思い切り突きたてようとするさくら! 「キャーッやめて!!」力の限り叫ぶ良子。 隠れていた谷川先生が飛び出してさくらを羽交い絞めにした! 「あなたっいつの間にっ!!騙してたのねっ」 針を手に叫ぶさくら。村上先生に救いを求める。 「先生!!先生!!助けてっ!!」 「そんな人はどこにもいない!! 村上主治医は何十年も前に亡くなってもういないのだよ、 きみのお母さんがまだ小さい頃に死んでいるんだよ」 「えっ!?」 『いずみお嬢様信じてはいけません嘘です!! ほら私はちゃんとここにいます。 そんな男の言うことなど聞いてはいけません!!聞くのをおやめなさい!!』 針を手から離し、床にしゃがみ込むさくら。先生は和代を台から下ろす。 「怖かったわ……でもあなたの言うとおりにしたわ」 良子を助け、さくらを説得し始める先生。
「医者などどこにもいない、よく見るんだ!!」 『聞いてはいけない、耳を閉じるのだ』 「お前はどこにもいない人と電話をしていたんだっ電話線を切っておいたのは私だ、 お前は自分の中のまぼろしと話をしていただけだ、手術なんてなかったんだっ!! 聞いているのかっ!!脳の入れかえなんてなかったんだっ!!」 『聞いてはいけない!!いずみさまっ脳の手術は行われたんだっ!! その痣とその頭の手術の跡が何よりの証拠だ!!』 微笑むさくら。 「そうよ手術は行われたのよ。この痣がそうよ」 かつらを外し、傷を見せるさくら。 「それにこの手術の跡が何よりの証拠よ」 「人間の脳の移植などできるはずがない!」 「村上先生にはできるのよ」 「それじゃ身体はどこにあるんだっ」 「それは言えないわ……」 良子をひと睨みすると、良子は怯えて震えだした。 『いずみさまもうしゃべるのはやめなさい、聞くのもやめなさい、耳を塞ぐのです。 この人たちはあなたの味方ではないのだから』 耳を塞ぎ、しゃがみ込むさくら。 そんなさくらを囲んで途方にくれる一同。 「わけはわからないがさくらには人に言いたくないわけがあるのだろう。 こうして我々がいる限り余計心を開いてはくれないだろう」 「でも放ってはおけないわ。なんとか方法がないのかしら」 和代が心配そうにさくらを見つめる。 「今のままでは無理だ……どこにもいないはずの医者がさくらに見える限り」 今もこの部屋のどこかに村上医師がいると言う。気味悪がる和代を安心させる先生。 「気味悪がることはない……さくらの頭の中での出来事だから。 さくらがどこへ行こうとそれはついて来るだろう。 それを消し去る方法が見つからないのだ」 すっかり日が暮れてしまった。良子はここに残ってさくらの元にいると言う。 「私ならただの普通の女の子だからさくらちゃんは別になんとも思わないのです。 それよりもさくらちゃんがとても可哀想で……さくらちゃんはとても寂しいんだと思います。 こうしてさくらちゃんが1人でいるんだから、私だって他に誰もいなくても我慢できるはずです」 私の母に説明してください、と先生たちに外に出るように言う。 ショック続きで熱を出した和代を連れて、すぐに戻るからと先生は外に出た。 しゃがみ込んでいるさくらと2人、屋敷に残る良子。
遠くからうめき声が聞こえてきた――。 声の方へ行くと、庭に出た。かつて いずみの身体を埋めた場所から、うめき声と共に手が出ている! 悲鳴をあげて地面に突っ伏し、震える良子。 振り向くと、中からいずみが這い出てきた……! 「キャ〜〜〜ッ!!」 さくらの元へ走り出す。 「お母さんがやって来る!!殺しにやって来るわ!!早く逃げなければ!!」 さくらを引っ張って階段を下りてゆく良子。 「先生!!助けて〜っ!!」 村上医師は、さくらの後ろをついて歩いている…。 げっそり痩せこけた いずみが土からようやく起き上がった。 「さくら……」 家に入る。姿が見えない……。 「さくら〜〜っ」 良子はさくらを引きずり、逃げていた。 そこへメスを手にした いずみが迫ってくる! 「さくらっもう逃がさない!!」 「お母さんだ!!さくらちゃんのお母さんだ!! そうよお母さんは生きていたんだ! さくらちゃん、この手をとって聞いてちょうだいっあれはお母さんよ!! お母さんが生きているということは脳の手術なんてなかったのよ!!」 『そんな言葉など聞いてはいけない!!』 「さくら!!」 迫るいずみ。 「よく聞いて!!手術なんかしなかったのよ、 それはきっと さくらちゃんのただの想像だったのよ! そうよ!今までのは何もかもただの幻想を見ていただけよ! だから立って逃げるのよ!」 苦しむさくら。 『想像なんかではない!!今までのはみんな本当のできごとだっ!!』 「さくら〜〜〜っ!!」 すごい形相で いずみが走ってくる!! 「お母さん……お お母さん………」 『信じてはいけない……し 信じ………グワ〜〜ッ』 砂のように崩れ、消えてゆく医師。 目が合うさくらといずみ。 「お母さん………お母さんだっ!!」 メスを持ったいずみに向かって走る! いずみはメスを取り落とし、さくらを受け止め、抱き合った! しっかり抱き合って泣く母娘。走ってきた先生に、良子は飛びついて泣き出した。 「あっ!!見ろ!!さくらの頭の手術の跡が消えてゆく!!」 驚き、側に寄る先生と良子。泣いているさくらの顔から痣が消えていた。 「手術が行われたと強く思い込んだから……それであんな物が……できたんだ……」 時が過ぎ、さくら と いずみ…松子の入院している病院に来た良子と先生。 「もうよくなったかしら……」 「ああ……よくなったと思う…だけどずいぶん長い間の心の苦しみが原因だから 当分このままにしておいてあげよう」 「そうですね。さくらちゃんは自分でも気がつかないうちに心の底で苦しんでいたのですね」 病室のドアの前に、クラス一同からの花束を置き、歩き出した。 「良子はほんとに偉いな……よく1人で苦しみを耐えられたと思う。 良子のような友達がいる限り、さくら や さくらのお母さんはきっと幸せになれる」 お母さんが穴から出て来た時に、咄嗟に手術が行われなかったことに気づいた事を褒める先生。 「さくらちゃんの話じゃお母さんの脳がさくらちゃんの頭に入っているということだったんだもの、 それだったらさくらちゃんのお母さんは頭をくりぬかれて死んでるはずよ。 お母さんの頭には手術の跡なんてなかったわ」 「いや……咄嗟になかなかそこまで判断できないものだ」 「でもどうしてこんな出来事が起きたのかしら」 「それは一口には言えないと思う。さくらのお母さんが美しさをなくすことを恐れた時からだろう。 自分を救ってくれる者が欲しい…そこで主治医を作り出したのだ。 その時にはほんとの主治医は死んでたのだけどね」 主治医といる時だけ錯乱せずに済んだ……だが本当は逆だった。
主治医がいる時こそ錯乱している証拠だった。 母が主治医がこの世にいるものと信じていたから、だから さくらもそう信じていた。 そして さくらは手術をさせられることになった。 だが さくらは抵抗し、殴りつけた母が気絶し倒れた。 それから後、さくらだけの想像の世界が始まった。 想像の中で手術が行われ、さくらは母になりきっていた。でも手術は行われなかった。 さくらの心の中で母の望みをかなえてあげたい気持ちと母を憎む気持ちと、そして自分ではまだ気づかない おとなへの憧れと幸せになりたいと思う気持ちが今度の出来事を引き起こした……。 こちらを指差し、先生は言う。 「だが、さくらを誰が責めることができるだろうか! さくらはただ敏感に感じ取ったのだ……自分の周りがいびつなことを…。 いびつな者は自分でそれを感じることはできない、 そしてそれを感じた者がいびつにされる!! 狂った世界の中にただ1人狂わない者がいたとしたら、果たしてどちらが狂っていると思うだろう?」 http://wikiwiki.jp/comic-story/?%C0%F6%CE%E9
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