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7つの細菌に効く薬と原発に代わる波力発電 研究室に行ってみた 沖縄科学技術大学院大学 物理学・技術科学 新竹積(5) 2
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投稿者 軽毛 日時 2016 年 11 月 05 日 01:55:36: pa/Xvdnb8K3Zc jHmW0Q
 

7つの細菌に効く薬と原発に代わる波力発電
研究室に行ってみた
沖縄科学技術大学院大学 物理学・技術科学 新竹積(5)
2016年11月5日(土)
川端 裕人
「量子波光学顕微鏡」の開発チームを率いて物理学の最先端をゆく一方で、小規模な波力発電にも取り組み、自ら「下町の発明家」のように研究を楽しんでいるという新竹積さん。数々の国際的な賞を受賞する、天衣無縫で自由闊達な世界的物理学者の研究室に行ってみた!
(文=川端裕人、写真=飯野亮一(丸正印刷))
 沖縄本島の恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)は、細長い沖縄本島の中央部がちょうどきゅっとすぼまって一番狭くなったあたりの丘陵地にひっそりと佇んでいる。

周囲には緑が広がり、研究棟からは海が見える。(写真提供:OIST/Nansei)
 ひっそりというのは、本当に適切な表現で、周りの緑に溶け込んで、これみよがしな存在感を放っていない。高速道路で近くを通り過ぎる人たちは、その存在すら特に気にすることはないだろう。
 一方、OISTの研究棟からは、緑濃い丘陵の向こうにビーチが見える絶景だ。研究者に割り当てられた各部室も、誰もが利用できるカフェも(大学に関係ない人も利用できる。オススメ!)、とても居心地がよい。

自由な雰囲気が漂うOISTのカフェ。
実物を
 そのような場所で、新竹さんの冗談とマコトに満ちた物理・工学トークをうかがうのは至福の時間であった。巨大な加速器やX線レーザーSACLA(サクラ)、さらに、目下開発中の小型の「量子波光学顕微鏡」へと話題が進んできたところで、「では、実物を見てもらいましょうか」と地階にある、実験室へと案内してもらった。新竹さんが言うところの「コザクラ」がそこにある。

これが量子波光学顕微鏡!の「コザクラ(仮)」
 オリジナルのSACLA(サクラ)は、600メートルの加速装置があって、その先でドンと試料にX線レーザーをぶつける。DNAやたんぱく質の3D情報が得られるなら、それは顕微鏡と言っていいわけだけれど、ぼくたちがイメージする卓上の顕微鏡とは似ても似つかない、巨大な機構だ。
 しかし、コザクラは違った。ごく普通の研究室の床の上に設置されて、それなりに大きいものの、家庭用の冷蔵庫だとか洗濯機だとか、いわゆる白物家電くらいのサイズには収まっていた。本家の「サクラ」との違いは、まず高エネルギーのX線レーザーではなく、エネルギーの低い電子を直接当てていること。量子力学によれば、すべての粒子は波の性質を併せ持つ。電子を波に見立てる時、それは量子波だ。量子波光学顕微鏡というのはそういう意味(ただし、「量子波」という言葉で検索してさらに調べたい人は要注意。疑似科学的な医療で「量子波を使ってがんを治す」というような話がたくさんヒットする)。
 とにかく、コザクラは電子を使って小さなものを見る。とすると、電子顕微鏡とどこが違うのかということになるが、散乱を見る方法が「SACLA」と同じで、その点が新しい部分だ。
ダメージとの戦い

「これ、実はホログラフィの原理と同じなんですよ」と意外なことを教えてもらった。
「デニス・ガボールという後にノーベル物理学賞を取る研究者が、1948年のネイチャーで発表した論文です。彼のアイデアというのは、電子ビームをサンプルに当てて、レンズを置かずに直接後ろで影を見てやれば、3Dの情報が得られる顕微鏡になるんじゃないかっていう話です。それで立体構造が分かる。逆に物の表面に3Dの情報を書き込めるってことでもあって、それを実現しているのがホログラフィです。それでノーベル賞取ったんだけど、オリジナルの顕微鏡のアイデアは70年も実現されずにきたんです」

 つまり、新竹さんの量子波光学顕微鏡というのは、見たい試料からホログラフィのような立体情報を取り出すものなのだ、と理解した。これだと、やはり、ぼくらが知っている電子顕微鏡とは別物だ。
「ホログラフィのいいところは、低いエネルギーで、逆に感度が高くなる。暗いところも見えやすい。従来の電子顕微鏡って、やはり試料にダメージを与えるので、ダメージとの戦いなんです。でも、コザクラは低いエネルギーで試料を壊さないというのを目指しています。朝来てスイッチを入れるとすぐ動くし、毎日実験できる。だから、今日はちょっとエネルギーを弱くしてやってみようかなとか、そういう実験を繰り返して、だんだんなれて上手になって、いい絵が撮れるようになってきた。コザクラを動かしてもう2年ぐらいたってますけど、SACLAを使っていたら100年かかるぐらいの回数、実験をしてますよ」
 新竹さんは、実に楽しそうである。
 素粒子実験に使う超高エネルギーの加速器から、巨大な「超顕微鏡」ともいえるX線レーザー装置を経て、生体由来の試料を壊さずに優しく見る新しい量子波光学顕微鏡まで。それらが、すっと自然につながるものだと理解できた。
 実現すると応用の仕方は無尽蔵にありそうだが、今、具体的に見えている目標はあるのだろうか。
「この論文、見てください。うちの学生が最近書いたやつ。地図があるでしょう。世界の感染症についての地図。赤痢菌とか、O-157とか、腸炎ビブリオとか、サルモネラ菌とか、7種類あがってますね。鞭毛を持った細菌で、それを注射器みたいに使う種類のものです。鞭毛の先にセンサーがあって、それで相手が生物か非生物かを見分けてる。相手がタンパク質だったら、中からだーっと注射液が出てきて感染させる働きあって、その先端構造の微細なところが知りたいの。これまでの電子顕微鏡だと見えないんですけど、コザクラではかなり良いコントラストで見えると期待しています。この先端構造が決められれば、新しい薬が設計できて、7種類の細菌に対応できる薬ができるって」
 現在は、予備実験の段階だから赤痢菌のような病原菌は扱わず、分子生物学や構造生物学の世界で標準的に研究されてきたタバコモザイクウイルスを使っている。まだ、目標にしているレベルには到達していないが、ウイルス粒子の構造のかなり細かいところまで見えるようになってきている。まったく新しい原理の機械を作り上げつつ、実用の面でもビジョンが明確だ。新竹さんの研究の流れとして、さらに納得感が増した。

コザクラのモニター画面を覗き込む新竹さんと川端さん。
なぜ発電
 それでも謎は残っている。
 この研究室で、なぜ、海流や波を使った発電の研究をするのだろう? さすがにこれは、筋が違うのではないか。
 実験室でコザクラの実機を見せていただいた流れで、海流発電、波力発電の試作機も見せてもらった。研究棟の一角に展示してあるものだ。

海流発電用(右)と波力発電用(左)の試験ユニット。
 目についたのは、海流発電用の試験ユニットだ。浮力を与える大きなディスクが上にあって、下に突き出したシャフトの先には3枚羽根のプロペラ。単純明快な形だ。これを100メートルくらいの海中におろして海流でプロペラを回す。実機の1台で発電できる電力は3000キロワットほど。
「これ、試験ユニット、安いの。1つ作るのに、総工費200万円。何でそんな安いかというと、発電機とプロペラが、家庭用っていうか、小風力発電用のセットで70万円で売ってるものなんです。そのまま海に入れるわけにはいかないけど、ダイビングショップで、タンクを1本借りてきて、ハウジングの内側に空気をシューッと送り込んでやる。ポコポコって、泡が出てくるけど水が発電機に浸入しない。実機では100メートル沈めれば、台風の時の波の影響もほとんどなくて、安定している。海の波の波長って、100メーターくらいで、半波長が50メーター。だから、50メーターより下にいくと、ほとんど揺れないんです」
 実は、海面から吊り下げるのではなく、海底に固定したワイヤーから浮かせる形で係留する。大きなディスク状の浮力体があるのはそのためだ。また、発電ユニット自体の上下を保つために、浮力体の逆側(発電ユニットの「下」)にダンベルがついている。プロペラが回転するかぎり、常に海流の「上流」を向いて力を受ける形で安定する設計。プロペラは、元々、風力用なので、海流用に回転を調節するギアが必要だったが、地元の造船業者が作ってくれた。単純で、安価で、2012年からの実験では、安定して作動した。

右手前が波力発電用試験ユニット。
 将来、1機3000キロワットのものを300機つくって運用すれば、約1ギガワット! つまり原発1基分に匹敵する! 実現すればものすごいことだ。とはいえ、自然エネルギーの利用は、なにかと予測不能の困難が振りかかる分野でもある。新竹さんの方法が、海流発電のブレイクスルーになるかどうかは、まったく未知数というのが、今のところは正しいだろう。
波力の味
 この海流発電プロジェクトは、今年3月で終了しており、現在、新竹さんたちが注力しているのが、本連載の冒頭でも少し述べた、海岸の近くでの波力発電だ。このプロトタイプも同じく展示されていたのだが、海流発電のものより小さいので最初はあまり目に入っていなかった。
 しかし、よくよく見ると(説明を聞いてみると)、味がある。プロペラ5枚の構成で、波の力に耐えるために形状を試行錯誤したり、強度のあるタイヤのゴムと同じ素材を使ったり、随所に工夫が詰まっている。それを、大学から至近のビーチでみずから実験してきた。重たいケーブルをビーチに運ぶ苦労すら楽しげに語るのが印象的だった。それだけでなく、今や、実現可能性としては、新竹研究室の自然ネルギー計画のエースという存在になっているそうで、これについて語る新竹さんは、これまで以上に目をきらきらさせていた。
 ここまで楽しげだと、量子波光学顕微鏡と自然エネルギー発電がどうつながるのか、もうどうでもよくなりつつも、一応、問うた。なぜ、この分野に踏み込んだのですか、と。

いちばん右が新竹さん。ケーブルは確かに重たそう!(写真提供:OIST)
「きっかけは、スタンフォード大学にいたバートン・リヒター先生かな。私がビームサイズモニター(注・新竹モニター)を開発した、SLAC(スタンフォード線形加速器センター)の所長で、ノーベル物理学賞もとっている人。私、彼が計画していたリニアコライダーに批判的な論文を書いて、怒られて日本に帰ったみたいなところがあったんですよ。その後、X線自由電子レーザーのSACLAを完成させて国際学会に行った時、『コングラチュレーション』って向こうから言ってくれて、その上で、『これからはエネルギー開発だ』って言われちゃった」
新しい核エネルギー
 90年代のリニアコライダー計画は、世界で6つくらい競合する計画があり、最終的には国際リニアコライダーに統合された。そのあたりの研究史は、かなり込み入っていて、新竹さんは奔流に翻弄された感もある。実は、新竹さんは日本に帰国後、日本バージョンのリニアコライダーを構想し、大体目処がつくくらい進捗していたものの、国際リニアコライダーへの一本化で、キャンセルになったという。そのあたりのことを書き始めたらきりがないので割愛。新竹さん的には、「そんなことあったのかなあ」だ。
 新竹さんが、沖縄に移ってきたのは、2011年、福島第一原発事故の直後だ。また、新竹さん自身、応用原子核工学科の出身で、原子力発電と近い場所で教育を受けた。かつての「上司」であり、ライバルでもあったノーベル賞学者の一言と相まって、自然エネルギーの実用化をテーマに据えるのはまさに「自然」だった。実際、「私、これを、新しい核エネルギーだと思ってますから」と新竹さんは言い切った。原子力発電の代替たりうると。

試験ユニットの波力発電機予備実験を自ら行う新竹さん。(写真提供:OIST)
「実はね、バートンさんに言われて、帰りの飛行機で海流発電についての検討をはじめたんです。飛行機からちょうど風力発電の風車が洋上に並べてあるのを見ながら構想して、スケッチして、作って、実験して、今年の3月に終了したプロジェクトにつながりました。それで、その後で、もっと小さな波力発電についても検討していったら、この発電機の規模って、加速器の電源と同じだって気づいて。1つのユニットで大体100キロワットなので。実は、100キロワットってものすごい電力で、いきなりやろうとしてもむずかしい。そういった意味では、これ、今までやってきたことにつながってる。技術的に馴染みがあって、そういった意味でも実現性も高いんですよ」
 加速器の電源について、常に力を入れて取り組んできたという新竹さんの経験がまさに活かせる分野だったのだ。すでにいくつか問い合わせも受けており、実用化が着々と進んでいるという。
「──実際に、ある島──どこといいませんけど、ある島の電力を全部、自然エネルギーでまかなう計画を進めています。海流や波力で電力を起こして、それで水素を作って、燃料電池にして……というふうにね。そこまで行ったら、東京オリンピックの頃には実現していて、大会にも提供できて……」
 新竹さんの頭の中にはすっかりロードマップが出来上がっているのだ。
 新竹さんにはひたすら明るい熱情があって、天衣無縫。困難すら織り込み済みというふうに笑っている。技術をもって科学する、自称「技術科学者」の面目躍如である。
 というか、「三つ子の魂百まで」という事例がまさにここにある。少年時代、農作業用のエンジンを分解して組み立てなおしたり、竹を編んだ「バラ」で作った飛行機で崖から飛び降りたり、マルコーニの無線機を再現して自作ラジコンボートを走らせたり、廃品を分解して部品取りし雑誌を立ち読みして「無銭技術」を謳歌したりしていた新竹少年の姿が、今の新竹さんから「面影」というレベルではなく、直接的に思い浮かべることができるのだ。
 何かを作り上げ動かそうとする工学と、真実を知ろうとするサイエンスの間には、結構、大きな溝があると、ぼくは個人的に感じることが多いのだが、新竹さんの中では継ぎ目なくつながっている。まさに「技術科学少年」!
 こんな研究生活は、すごくいいなあ、と思う。
 と同時に、今の学生さんたちに思いを馳せた。
 工学部に来たけどあまり手を動かす機会がないと不満なエンジニア志望者。
 あるいは、理学部で研究を志しつつも、道具から自分で作りたいと願うサイエンティスト志望者。
 そのどちらでも、技術・科学に橋をかける自由闊達な先生のもとに来ると、きっと幸せなのではないか。当面、そういった学生たちは、沖縄を意識するといい。

(写真提供:OIST)
おわり
(このコラムは、ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトに掲載した記事を再掲載したものです)
新竹積(しんたけ つもる)
1955年、宮崎県生まれ。沖縄科学技術大学院大学教授。量子波光学顕微鏡ユニット代表。工学博士。1977年、九州大学工学部応用原子核工学科卒業。1983年、同大学院工学研究科で博士号を取得。同年から2001年まで高エネルギー加速器研究所に所属し、トリスタン計画、B-ファクトリー計画、スタンフォード線形加速器センターSLAC(現 SLAC国立加速器研究所)、理化学研究所のX線自由電子レーザー施設SACLAなどの開発に携わり、理化学研究所を経て、2011年から現職。US Particle Accelerator School Award、日本加速器学会奨励賞、RIKEN技術貢献賞、FEL Prize、欧州物理学会Gersch Budker Prize、応用物理学会光・量子エレクトロニクス業績賞など、多数の賞を受賞している。
川端裕人(かわばた ひろと)
1964年、兵庫県明石市生まれ。千葉県千葉市育ち。文筆家。小説作品に、少年たちの川をめぐる物語『川の名前』(ハヤカワ文庫JA)、天気を「よむ」不思議な能力をもつ一族をめぐる、壮大な“気象科学エンタメ”小説『雲の王 』(集英社文庫)『天空の約束』、NHKでアニメ化された「銀河へキックオフ」の原作『銀河のワールドカップ』『風のダンデライオン 銀河のワールドカップ ガールズ』(ともに集英社文庫)など。近著は、知っているようで知らない声優たちの世界に光をあてたリアルな青春お仕事小説『声のお仕事』(文藝春秋)と、ロケット発射場のある島で一年を過ごす小学6年生の少年が、島の豊かな自然を体験しつつ、夏休みのロケット競技会に参加する模様を描いた成長物語『青い海の宇宙港 春夏篇』『青い海の宇宙港 秋冬篇』(早川書房)。
本連載からは、「睡眠学」の回に書き下ろしと修正を加えてまとめたノンフィクション『8時間睡眠のウソ。 ――日本人の眠り、8つの新常識』(日経BP)、「昆虫学」「ロボット」「宇宙開発」などの研究室訪問を加筆修正した『「研究室」に行ってみた。』(ちくまプリマー新書)、宇宙論研究の最前線で活躍する天文学者小松栄一郎氏との共著『宇宙の始まり、そして終わり』(日経プレミアシリーズ)がスピンアウトしている。
ブログ「カワバタヒロトのブログ」。ツイッターアカウント@Rsider。有料メルマガ「秘密基地からハッシン!」を配信中。


このコラムについて
研究室に行ってみた
世界の環境、文化、動植物を見守り、「地球のいま」を伝えるナショナル ジオグラフィック。そのウェブ版である「Webナショジオ」の名物連載をビジネスパーソンにもお届けします。ナショナル ジオグラフィック日本版公式サイトはこちらです。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/227278/092900061/
 

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