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(回答先: 国内最大規模の鉄器工房跡見つかる 淡路・垣内遺跡 投稿者 めっちゃホリディ 日時 2009 年 1 月 24 日 05:42:23)
国体思想は不滅ですな。
479 名前: 出土地不明 投稿日: 2009/01/23(金) 09:57:09 ID:pj0Wu2qF
淡路島 北端で 弥生時代の大規模鉄器製造跡が見つかったと報道されてた
25日に現地説明会があるこれで 邪馬台国は 畿内が有力という 報道でした
480 名前: 出土地不明 投稿日: 2009/01/23(金) 20:05:14 ID:Sa0F9+Vw
淡路に最大規模の鉄器工房群 邪馬台国論争に一石
http://www.asahi.com/culture/update/0122/OSK200901220082.html
481 名前: 出土地不明 [sage] 投稿日: 2009/01/23(金) 22:31:58 ID:E1lp4egc
最近は言ったもん勝ちだしね・・・
482 名前: 出土地不明 [sage] 投稿日: 2009/01/24(土) 12:33:38 ID:QTRbtQlq
なんでもありかよ
淡路に最大規模の鉄器工房群 邪馬台国論争に一石 asahi.com
http://www.asahi.com/culture/update/0122/OSK200901220082.html
兵庫県淡路市黒谷の淡路島北部にある垣内(かいと)遺跡で、2〜3世紀(弥生時代後期)の鉄器工房跡が見つかった。市教委が22日発表した。計10棟あり、弥生時代では国内最大規模になる。同時代の大規模な鉄器工房群はこれまで岡山以西での発見が大半で、近畿では初めて。大陸から九州北部を経て、東方に伝わったとされる鉄の流通経路を新たに示す貴重な成果となる。
当時、入手が困難だった鉄は権力の象徴だった。政治・文化の先進地が九州から、後に大和政権が成立する畿内へと移る過程の遺跡とみられる。所在が論争になっている邪馬台国が存在したとされる時期とも重なる。鉄器工房群の空白地帯だった近畿で、国内最大規模の鉄加工拠点が確認されたことで畿内説を強める見方も出ている。
垣内遺跡は海岸線から約3キロ内陸の瀬戸内海を見渡す標高約200メートルの山上にあり、南北約100メートル、東西約500メートルに広がる。
市教委の発表によると、計17棟の竪穴建物跡が見つかり、うち10棟(直径約5.5〜10.5メートル)の床面に強い熱で赤茶色に焼けた炉跡があった。木炭を燃やし加熱した鉄板などの鉄素材(原料)を、鉄のたがねで切って矢じりを作るなどしていたらしい。工房のうち2棟は柱を壁際に寄せ、中央に加工のスペースを確保した特殊な造りだった。鉄器製作に特化した集落だったとしている。
斧(おの)の可能性がある珍しい大型鉄器(長さ約20センチ、約560グラム)や矢じり、鉄片など鉄製品約70点もまとまって出土した。当時は日本で製鉄が始まる前で、鉄素材は朝鮮半島や中国から入ってきたとみられる。大型鉄器は形状などから、大陸からの鉄製品か、板状の鉄素材の可能性があるという。このほか、熱した鉄をたたく石づちや下に敷く鉄床石、砥石(といし)など鉄器製作に使ったとみられる石製工具約50点も見つかった。