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赤狩り     出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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投稿者 mei 日時 2008 年 7 月 21 日 23:35:23: NXmHNZ/QqaRFE
 

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赤狩り
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赤狩り(あかがり、英Red Scare)は、政府が国内の共産党員およびそのシンパ(sympathizer―同調者)を、公職を代表とする職などから追放し、社会的地位を貶めること。主に、第二次世界大戦後の冷戦下にある1948年頃から1950年代前半にかけてアメリカの影響が強い西側諸国で行われた。

目次 [非表示]
1 概要
2 マッカーシズム
2.1 マッカーシーと非米活動委員会
2.2 影響
2.3 終焉
2.4 影響
2.5 告発・密告者
2.6 容疑者
3 レッドパージ
3.1 考えられる原因
4 赤狩りを取り上げた作品
5 関連項目
5.1 人物
5.2 その他


[編集] 概要
これはローゼンバーグ事件に代表される共産主義者による深刻な諜報活動に加え、1946年からの東欧、1948年から1949年にかけてのベルリン封鎖、1949年の中国大陸における国共内戦、および1950年から1953年の朝鮮戦争におけるソビエトからの圧迫により高まった緊張に対して増大する懸念に合わせたものである。この場合の「赤」は共産党およびその支持者を指す。日本語の名称である赤狩りに対応する英語の名称Red Scareは"共産主義の恐怖"の意味であり、増大していた共産主義者の活動に対する強い懸念を示している。

連合国の占領下の日本においてマッカーサーの指令で行われたそれは、レッドパージの項を参照。


[編集] マッカーシズム

[編集] マッカーシーと非米活動委員会

ジョセフ・マッカーシー「マッカーシズム」は、第二次世界大戦後の冷戦初期、1948年頃より1950年代前半にかけて行われたアメリカにおける共産党員、および共産党シンパと見られる人々の排除の動きを指す。

1953年より上院政府活動委員会常設調査小委員会の委員長を務め、下院の非米活動委員会とともに率先して「赤狩り」を進めた共和党右派のジョセフ・マッカーシー上院議員の名を取って名づけられた。


[編集] 影響
マッカーシーらに「共産主義者」や「ソ連のスパイ」、もしくは「その同調者」だと糾弾されたのは、アメリカ政府関係者やアメリカ陸軍関係者だけでなく、ハリウッドの芸能関係者や映画監督、作家。さらにはアメリカの影響が強い同盟国であるカナダ人やイギリス人、日本人などの外国人にまで及び、「赤狩り」の影響は西側諸国全体に行き渡ることになる。

しかし、「共産主義者」の追放という大義名分を傘に着たマッカーシー議員や、その右腕となった若手検察官のロイ・コーンなどによる、偽の「共産主義者リスト」の提出に代表される様な様々な偽証や事実の歪曲や、容疑者に対する自白や協力者の告発、密告の強要までを取り入れた強引な手法が、マスコミや野党である民主党から大きな反感を買うことになる。


[編集] 終焉

エドワード・R・マロー当初はマッカーシーの強硬な姿勢が国民から大きな支持を受けたものの、マスコミをはじめ政府、軍部内にマッカーシーに対する批判が広がる中、1954年3月9日には、ジャーナリストのエドワード・R・マローにより、マローがホストを勤めるCBSのドキュメンタリー番組「See it Now」の特別番組内で、違法な手法で「赤狩り」を進めるマッカーシーに対する批判キャンペーンを行ったことを皮切りに、国民の間にも広くマッカーシーに対する批判が広がる。

その様な中で政府、軍部内にもマッカーシーに対する批判が広がり、同年の12月2日に、上院は65対22でマッカーシーに対して「上院に不名誉と不評判をもたらすよう指揮した」として事実上の不信任を突きつけ、ここに「マッカーシズム=アメリカにおける赤狩り」は終焉を迎えることになる。


[編集] 影響
「マッカーシズム」が吹き荒れた中で、「自らが標的となること」に対する恐怖によって、アメリカ国内におけるマスコミの報道や表現の自由に「自主規制」がかかったことや、同じ理由からマッカーシー一派に対する告発や密告が相次いだことなどから、容疑者や告発者のみならず多くの人々に対して大きなダメージを与えた。また、第二次世界大戦前後を通じてアメリカが掲げた「自由な民主主義国」という言葉に対し、国内外から多くの疑問が呈さたが、この事件は最終的に自浄作用によって終焉を迎えた。

しかしながら、マッカーシーによって「共産主義者」や「ソ連のスパイ」と指摘されたものの中には、フランクリン・ルーズベルト大統領の特別顧問であったロークリン・カーリーや、国務長官補佐のハリー・デクスター・ホワイト、カナダの外交官であるエドガートン・ハーバート・ノーマン 、アニー・リー・モスなど、冷戦後に公開されたベノナなどの機密文書などによって、実際にソ連のスパイや共産主義者であったことが証明された者もいた。

旧ソ連の崩壊を経て旧KGBの情報公開が進み、こうしたことが明らかになるにつれ、しだいにマッカーシーの名誉回復と再評価が行われるようになってきている。


[編集] 告発・密告者

ロイ・コーンロイ・コーン
ロナルド・レーガン
リチャード・ニクソン
エリア・カザン
ゲイリー・クーパー
ウォルト・ディズニー

[編集] 容疑者
ロバート・オッペンハイマー
オーエン・ラティモア(Owen Lattimore)
ヴィクター・バーガー
アーヴィング・ペレス(Irving Peress)
ハリウッドの十人
チャーリー・チャップリン
ジュリアス・ローゼンバーグ(Julius Rosenberg) - ローゼンバーグ事件参照
エセル・ローゼンバーグ(Ethel Greenglass Rosenberg) - ローゼンバーグ事件参照
ウィリアム・レミントン(William Remington)
エドガートン・ハーバート・ノーマン
ジョン・ガーフィールド
ダシール・ハメット
ジョン・ヒューストン
ウィリアム・ワイラー

[編集] レッドパージ
詳細はレッドパージを参照

レッドパージ(Red purge)は、第二次世界大戦後の1950年当時、アメリカ軍を中心とした連合国軍占領下の日本においてマッカーサーGHQ総司令官の指令により、共産党員とシンパ(同調者)が公職や企業から次々に追放された動き。1万を越える人々が職を失ったと言われる。なお、アメリカ本国での共産主義者追放を指す場合には「レッド・パージ」とは言わない。


[編集] 考えられる原因
GHQの急激な民主化政策により
日本共産党など左派政党が勢力を伸ばしたこと
労働運動が過激化したこと
朝鮮半島で戦争の危険性が高まったことと、その後の朝鮮戦争の勃発
1949年の下山事件、三鷹事件、松川事件など、“共産主義者の仕業”とされる事件が相次いだ影響(法政大学大原社会問題研究所「日本労働年鑑」による。但しいずれも被告には無罪判決が下り、現在に至るまで真相は謎のままである)

[編集] 赤狩りを取り上げた作品
テレビ映画「シチズン・コーン/赤狩り・マッカーシーの右腕と呼ばれた男(Citizen Cohn)」
映画「真実の瞬間(とき)」
映画「グッドナイト&グッドラック」
映画「マジェスティック」
映画「追憶」
映画「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」
戯曲『るつぼ』(作・アーサー・ミラー)  

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