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心でその必要性を理解せず、ただ「これはこうだから従わねばなりません」
社会が必要としているものはそうじゃないだろ!
信用が大事なんだ。面従腹背でやってるだけではなく、ちゃんとその必要性を理解しているのかが大事なんだ。
ただ単に体裁ばかりを重視して、取り繕えば良いというものではない。そういうこころではいつか破綻が来る。
人間としての誠実さがないからだ。
右派は左派を偏っていると言うし、左派は右派を偏っていると考えている。人間は社会はこうあるべきかという問題について、右派も左派も譲れないものがある。
そんなに簡単な妥協できる問題じゃない。
国旗や国歌は国の性格が変われば、変わっていくものだ。式典だけの問題ではないんだよ。
これは全てに対する闘争なんだ。しかし、前面戦争に持ち込めなかったが故に、益々左派は敗北していく。
本来、粉砕せねばならないのは強制だけでなく、そのバックにあるエゴ的な経済なんだ。その意味では考察者K氏の指摘は正しいとも言える。
しかし、「国労バッジを外せ」と言う攻撃は国労全体の攻撃へと発展していったのだ。
再度、反対陣営はこの強制のバックにある意図が何であるかを、権力側の「職場とはこういうもんですよ」という言い分以上に考えねばならない。
天皇制維持よりももっと背後にある意志である。
あちらの意図を「意図などありません。ただ職場だから上司に従がえって言ってるだけですよ」と言うあちらの言い分にもよらず、
単に天皇制護持や国家主義、軍国主義にとどまらず、もっとデカい流れの中で強制の持つ意味を掴み捉えねばならない。
教育現場に国家意思を貫徹させようとしている以上は、である。教育現場は人間を送り出す職場だから他の職場とは違って、教育を考える以上何らかの思想は必要になるだろう。
今なにが問題になっているのか?そこと切り離して考える事は出来ないんだ。
考察者K氏や文部官僚は自分達の考えは絶対的に正しいし、教師達が根本的に間違っていると考え、完全排除を目論んでいる。
私は文部省のエリートに良い大学を出たからと言って、その方針に無条件に全面的に従う事はやめるべきだと思う。ただのサラリーマンではない。教師達が父兄達とも教育・正しい国家のあり方について激論を交わさねば、ほんものの教育は作れないと思う。
これははっきりとした一歩の後退も許されないファッショとの闘いなのだ。
その後退とは、相手の意見を受け入れて理解するという事ではなく、受け入れてないのに形だけ服従するという事。