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北京オリンピックに向けて日本の水泳界で「記録が向上する水着」を採用することになるようだ。 この件で私はどうしても違和感を覚える。 その水着を使うと、確実に秒単位で記録が向上するという。 それらの水着はどこの国の選手でも手に入るものではないだろう。 「出場することに意義がある」と言われた言葉は完全に死語となってしまった。 現在のオリンピックとは何だろう。一種のガス抜きではないだろうか。サッカーのワールドカップもそうだが、4年に1度、双方では2年に1度の世界的な「お祭り」である。 ローマ帝国は市民の支持を取り続けるため、コロッセオで大掛かりなイベントを行なった。イベントは次第にエスカレートし、奴隷と猛獣との殺し合いまでエスカレートした。 オリンピックやワールドカップは2年に1度の世界的なガス抜きと言う見方もできる。資本主義社会の行き詰まりに対する資本の側が提供するガス抜きの場である。もちろん、そのイベントでそれとは自覚できない非抑圧者のガス抜きと引換えに資本家は大きな利益を手に入れる。 とは言え、オリンピックやサッカーのワールドカップがあれば、私でも日本の選手が勝てばうれしいと感じる。それは否定できない。国威発揚の場でもあるのだ。 話を元に戻すと、やはり「記録が向上する水着」は「ドーピング水着」である。 |