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(回答先: Re: ご明察 彼岸楼さんへ 投稿者 彼岸楼 日時 2008 年 5 月 21 日 06:11:53)
彼岸楼さんへ
> アジアにたいする日本の左派の見方や不見識は戦前・戦後を通じて何も変化がなかった
だから、それこそがモダニスト(脱亜入欧派)であることの何よりの証明ではないでしょうか。
即ち、左派右派というのは脱亜入欧の理念派と現実(本音)派の違いであり(でしかなく)、何れも<近代化>に奉仕し、(結果的に)<近代>=西欧支配を支えている。 左右は欧米支配の隠蔽=延命装置と看做す所以です。
>その”解放感”は他者から与えられたものであり、それは後に問題の解法にあたっての独自性を
>阻害することにも繋がり、さらには負の遺産として戦後派に引き継がれることになった、
異論というより、これは次の点を指摘しておきます。
我々にとって<世界>とは他者である、ということです。
だから、常に、世界を観るにあたっては勿論、己でさえ他者の目で見てしまう。
「日本」という命名自体、文明(=中華世界)の中心から見て日辺、つまり日が昇る処に当たるという意味ですからね。
だから、史上初めて(かどうかは分らないけど)、自ら<主役>と名乗り出た(世界史の哲学)かの戦争においては、殆ど(周りが全て敵に見えて仕舞う)”マクベスの不安”を生きざるを得なかったのだろう、と思いますよ。
また、それとは別に、我々が物事を見る目というのは社会化したというか、<身体(物理的な意味の肉体とは違う)化>している、ということ。 つまり、そういう意味で、何らかの色眼鏡で見ていることは確かだけど、赤ちゃんの目に映ずるように見える瞬間ーに似た体験が出来た、ということを付け加えておきます。
まぁこれは蛇足ですけど、その時、<冷戦>以後の(次にやって来る)体制が何と名付けられるか分らぬが、それまでに(又その際に)何処がどのように動くのか?またそれに対応して、日本の誰がどのように(無)意識的に動くのか?人脈レベルも含めてジックリ観ようと思い、以後冷静に観察させてもらいました。
だから、サリン事件が起きた時、瞬時にその意味(「国策テロ」)が判ったし、「神戸少年事件」の狙いも透けて見えました。