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中国における死刑囚からの臓器移植 徳山大学経済学部教授 粟屋 剛
http://www.asyura2.com/08/asia11/msg/311.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2008 年 5 月 13 日 01:09:57: KqrEdYmDwf7cM
 

http://homepage1.nifty.com/awaya/hp/ronbun/r008.html

はじめに

 中国や台湾で死刑囚からの臓器移植が行われていることは以前から噂されていた(1)。本稿は、特に中国の事例について、その事実の概要及び管見を述べるものである。私は以前から医事法社会学を標榜し、主にアジアにおいて臓器売買の実態調査等を行ってきた。それらの結果の1部は既にいくつかの雑誌に報告した(2)。これらは独自の調査に基づくものであった。しかしながら、今回のテーマについては、4度にわたり現地調査を試みたが、中国政府が公開しない方針であることもあり、死刑執行現場、臓器摘出現場いずれも、この目で確認することができなかった(当然ながら、臓器を提供する死刑囚への聞き取り調査など、なし得なかった)。従って、本稿は入手した関係資料及び関係者(医師、病院関係者、患者、報道関係者等)からの聞取り調査の結果を基に著したものである。それゆえ、本稿は調査研究序論にすぎない。あらかじめ、この点をお断りしておく必要がある。なお、リスクは大きい(3)が、いずれ、この目で事実を確認し、かつ、諸種の調査を実施したいと思っている。
 中国で死刑囚からの臓器移植が行われていることは間違いない。中国政府は当初、その事実を否定していたが、1993年に、死刑囚からの臓器移植は「まれな事例」であり、しかも、「個人の同意を得ている」、と主張を変えた(4)。

1.死刑囚移植のシステム

 死刑囚からの臓器移植のシステムに関して、最高人民法院、最高人民検察院、公安部、司法部、衛生部および民政部の連名で発せられた1984年10月9日付けの「関於利用死刑罪犯屍体或屍体器官的暫行規定」(訳=死刑囚の屍体あるいは屍体臓器の利用に関する暫定的規定)と題する内部文書が参考になる。同「暫行規定」は次のように述べている。
 「死刑執行命令が下達した後、直接利用できる屍体が出たら、人民法院はあらかじめ市あるいは地区の衛生局に通知しなければならない。衛生局はこれを利用単位(具体的には移植を実施する病院を指す−筆者注−)に伝え、同時に利用単位に屍体利用の証明書を発行し、副本を死刑執行の責任を負う人民法院と現場で監督する人民検察院に送らなければならない。」
 「死刑囚の屍体および屍体臓器の利用は、厳重に秘密を守り、影響に注意して、通常は、利用単位内部で行わなくてはならない。やむを得ない場合は、死刑を執行する人民法院の同意を得て、衛生部門の手術車で刑場へ行って臓器を摘出することが許される。しかし衛生部門のマークの入った車を使用してはならず、白衣を着用することも許されない。摘出手術が終わるまで刑場の警戒を解いてはならない。」
 「屍体は利用された後、利用単位が火葬場の協力を得て速やかに火葬に処す。埋葬またはその他の処置が必要であれば利用単位が責任を負う。もし遺族が灰、骨を必要としたら、人民法院の通知を経て、遺族が火葬場に赴いて受取る。」
 1応、このような規定がある。しかし、必ずしも規定通りにはなされていないようである。ここで、入手した諸資料(5)から得た情報を基にして死刑囚移植のシステムを簡単に記しておく。
 @患者が病院を訪ね、諸検査を受ける。A死刑囚の血液型、白血球型及び健康状態等がチェックされ、それらの記録が病院に送られる。B人民法院等が死刑執行の場所及び日時等を病院に通知する。C病院が移植の準備をする。D死刑執行当日、病院医師が刑場で待機する。E死刑が執行され、検死官が死亡を確認する。F病院医師が臓器を摘出し、それが病院に運ばれ、移植される(あるいは、遺体が病院に運ばれ、そこで臓器が摘出され、移植される)。G遺体が火葬され、遺族に遺骨の入った骨壷(正確には、遺灰の入った箱)が渡される。

2.中国の移植事情

 中国では、臓器移植は他の諸外国と同様、1980年代の半ばから盛んになってきている(6)。現在、腎臓、肝臓、脾蔵、膵臓、心臓、肺、角膜、骨髄、皮膚などの移植が行われている(7)。最も盛んなのは腎臓移植である。近年増え続け、毎年約2千例行われているようである(8)。トータルでは1万数千例に達すると推測される(9)。
 臓器移植の地域、場所としては、北京、上海、広州、福州、武漢その他の全中国の主要都市で行われている(10)。
 臓器移植の成功率はあまり明らかではないが、特に腎臓移植については、患者の1年生存率は一般的に90%以上とされている(11)。なお、技術面及び衛生面で問題のある病院がままあることが指摘されている(12)。この点について、香港の医師グループが中国における腎臓移植後の死亡率及び罹病率が高いという統計結果を報告している(13)。また、香港のある新聞は、中国における移植の成否はある意味で運まかせであるとし、そのことを評して、「中国臓器ルーレット Chinese organ roulette 」という表現を用いている(14)。
 臓器移植の費用は、資料(15)からみる限り、かなりのばらつきがある。基本的に、中国人か外国人かで費用は大きく異なる(16)。移植臓器の種類によって費用が異なるのは当然である。どこの地域にあるどのような病院か、によっても異なる。さらにいえば、時系列的にみれば臓器移植の費用は明らかに値上がりを続けている。これらをふまえた上で、ごく大雑把にいうなら、腎臓移植の場合、数万円から数百万円の範囲内である。私が会った香港の患者<女性、47歳、1990年7月、広州にて手術>は約100万円払ったといっていた。
 移植患者は、もちろん中国人が多い。移植はまず高級官僚など特権階級にある患者や改革開放政策による経済自由化で成功した裕福な患者から優先的になされているようである(17)。移植費用は、一般の患者にとってかなりの額である。手術後の薬品(免疫抑制剤等)もほとんどが輸入にたよっているため、価格は高い。それゆえ、一般の患者は移植に手が届かないようである(18)。腎臓移植についていえば、毎年中国で移植手術を受ける術がなく死亡する患者は10万人を下らないという(19)。
 外国からの患者も多い。主として香港、台湾、シンガポール、マレーシア、インドネシア、アメリカなどからきている(20)。例えば、腎臓移植のナンバーワンといわれている広州の中山医科大学第1臨床学院では、患者の3分の2が外国から来ているという(21)。なお、腎臓移植を希望する患者を中国に送り続けている香港の陳文岩 Chan Man-kam 医師(元香港大学医学部教授)は日本からの問い合わせや来訪もよくあるという。しかし、日本の患者については移植後のケアに責任を持てないことから断っているといっていた(22)。
 外国からの患者で1番多いのは地理的関係から香港の患者である。香港では臓器提供数がきわめて少なく、腎臓移植についていえば毎年数十人のレベルの移植数しかない。現在、約700人の腎臓病患者が移植を待っている(23)。もし香港内で移植を受けようとするなら10年待ちの状態であるという(24)。私が会った香港の患者(前述)は中国で移植を受けて本当に良かったといっていた。なお、香港政府は死後の臓器提供を繰り返し呼びかけているが、ほとんど成功していない(25)。
 臓器の供給源は、いうまでもなく、死刑囚である。移植用臓器の9割以上が死刑囚からのものであるといわれている(26)。死刑囚の出身階級は主として農民であり、大半が男性である(27)。また、ここ数年、中国の死刑囚の平均年齢は下降しており、青年、中年層が多くなってきているという(28)。
 では、どのような死刑囚がドナーとなるのか。この点に関して、ドナーとなる死刑囚は圧倒的に、健康な若い男性であるとする報告がある(29)。前述の陳文岩 Chan Man-kam 医師は、供給過剰なので30歳以上の死刑囚や麻薬中毒の死刑囚の臓器を使う必要はないといっていた(30)。ドナーとなる「資格」について、明文の規定は入手し得なかったが、以下の者の臓器は摘出してはならないという内部的なルールがあるようである(31)。@共産党の重要な地位にいた死刑囚、A名の知られた死刑囚、Bその家族があくまでも同意しない死刑囚、C重要な政治犯である死刑囚。どの程度までこのルールが守られているかはわからない。なお、前述の「関於利用死刑罪犯屍体或屍体器官的暫行規定」は、「漢民族地区では原則として、少数民族の死刑囚の屍体もしくは屍体の臓器を利用しない」としている。
臓器移植に関する立法状況について付言すれば、中国では現在までのところ、臓器移植を規制する法律等は制定されていない(32)。臓器売買を禁止する法律等も制定されていない。また、脳死を人の死とする法律等も制定されていない。なお、香港では既に「人体器官移植条例 Human Organ Transplant Ordinance」が制定されている。ただし、同「条例」は1996年5月現在、施行されていない。同「条例」は香港の中国返還後も効力を有する。

  3.中国における死刑の執行

 中国では死刑執行に関する統計数字は国家機密である(33)。従って、正確な数字はわからないが、近年、死刑執行は毎年約数千件行われているようである(34)。なお、臓器移植の需要が死刑判決数及び死刑執行数を増加させているという報告もある(35)。ただ、そのような事実は、仮にあるとしても、証明が困難であると思われる。
 死刑執行は各人民法院の決定に従って随時なされる(36)。しかし、大量の死刑執行にはシーズンがある。通常、国慶節や春節(旧正月)の前に、あるいは重大な政治の動きがある前や重要な会議が開催される前に、社会の安定を図って「政治的大掃除」の意味で行われる(37)。
 中国刑法(1980年1月1日施行)第43条は「死刑は極悪の犯罪者にのみ適用される」と規定している。しかし、というべきか、当然に、というべきか、規定上、窃盗罪でも死刑が科されうる(同法第150条〜第153条)。そして、現実に、1定の窃盗犯 (常習の窃盗犯、盗んだ金額の大きい窃盗犯等)に対して死刑が科されている(38)。中国では、刑法典以外の「決定」や「条例」も含め、死刑を科しうる犯罪が約70種類ある(我が国では十数種類)。
 中国刑事訴訟法(1980年1月1日施行)第155条第3項は「死刑の執行は、公表しなければならないが、公開してはならない」と規定している。「公表」は、この規定通り、死刑囚の姓名、罪状等を記した「人民法院布告」を貼り出すという形で、なされている。ただし、近時は、地域にもよるが、事前に公表されず、事後的に新聞、テレビ等で報告される場合が多くなってきているようである。
 「公開禁止」に関しては、以前は、規定に反して、公開処刑が多くの都市で実施されていた。しかし、近時は、大衆の前で刑罰を宣告する「宣判(執行)大会」は公開であるものの、処刑の公開は行われていないようである。ただ、少し離れたところから見ることはできるようである(通常、刑場から1定の範囲内は関係者以外立入り禁止になっている)。
 死刑執行に関して中国政府がいかに神経を使っているかを窺わせる内部文書がいくつかある。2つ紹介する。1つは、中共中央宣伝部、最高人民法院、最高人民検察院、公安部および司法部の連名で発せられた1984年11月21日付けの「関於厳防反動報刊利用我処決犯人進行造謡誣蔑的通知」(訳=反動的な新聞雑誌が我が国の処刑犯を利用してデマを飛ばし、中傷することを厳重に警戒することに関する通知)と題する内部文書である。同「通知」は遵守事項として以下の点をあげている(1部のみ列挙)。
 「犯人処刑の現場を厳重に管理する。法に従って死刑を執行する司法工作員以外には、いかなる者も刑場に入ることはできない。また、死刑執行現場の写真を撮ることはできない。」「死刑を執行する刑場は繁華な地区に設けてはならない。交通の要所や観光地付近に設けてはならない。死刑執行は街を引き回して大衆に見せてはならない。」
 他の1つは、最高人民法院、最高人民検察院、公安部および司法部の連名で発せられた1986年7月24日付けの「関於執行死刑厳禁游街示衆的通知」(訳=死刑執行に関して街中を引き回し、見せしめにすることを厳禁する通知)と題する内部文書である。同 「通知」は以下のように述べている。「死刑囚を街でさらしものにすることを厳禁する。特に開放都市ではさらなる注意が必要である。これによって外部に悪い影響を与えることを避けねばならない。」
 中国刑法第45条は「死刑は銃殺の方法によって執行する」と規定している。実際、ほぼその通りに行われているようである。ただし、緊急の移植時に銃殺ではなく薬物注射による死刑執行が試みられようとした事例があることも報告されている(39)。なお、死刑執行前の麻酔をかけられた死刑囚から現実に臓器が摘出された事例も報告されている(40)。これらの点に関して、1988年に中国政法大学出版社から出版された法学関係のテキストブック『労改検察概論』(董春江・蔡柏松・張永恩著)は、「対死刑判決執行的監督」(訳=死刑判決の執行に対する監督)と題する箇所で次のように述べている (28頁以下)。
 「1部の地方では銃殺の方法ではなく麻酔剤を注射するという方法で執行したり、またごく1部の地方では、甚だしくは犯人の身体のある臓器を利用するため執行時において故意に完全な銃殺を行わず生体組織の保存を図る等のことがあったが、当然、直ちに是正すべきである。」
 銃殺の際の銃撃の部位については、本来、後頭部とされているようである(41)が、臓器(内臓)が必要なときは後頭部を撃ち、角膜が必要なときは心臓部を撃つという報告もある(42)。

4.死刑囚移植の論理

 死刑囚の臓器利用は、その死体利用の一形態である。歴史的に、西洋においても東洋においても、死刑囚の死体は医学解剖用に利用されてきた(43)。死刑囚の臓器利用は、基本的に、この流れの中に位置づけられる。
 中国では、移植医療はスタートの当初から死刑囚の臓器を利用していた。現在、前述のように、中国には移植技術がある。移植適応患者も多い。しかし、当時も今も、一般の人々からの臓器提供は皆無に近い。それゆえの死刑囚の臓器利用である。
 中国では、現在までのところ、生前にせよ、死後にせよ、一般の人々には臓器提供など思いもよらないことのようである。献血でさえも一般に、大変な犠牲的精神に基づくものとみなされている。例えば、「学校内で献血した人は英雄とみなされ、家族がこれを知ると大変緊張し、すぐに滋養物などをあたえて大事にするのである」という記事(44)を見かけたことがある(45)。なお、中国で臓器提供が少ない理由の1つとして、遺体を完全なままで埋葬、火葬するという慣習、伝統があげられている(46)。事情は日本と同じである。
 死刑囚の臓器利用のメリットとしては、一般論として、@多くの死刑囚は概して、若く健康である、A麻薬歴、アルコール中毒症、肝炎、エイズ等があっても事前のチェックが可能である、Bあらかじめ死亡の日時(死刑執行日)や場所がわかり、患者の選定、待機が容易である、などがあげられている(47)。特に中国における死刑囚の臓器利用のメリットとしては、他の国に比べて死刑判決およびその執行数が圧倒的に多いことから、大量の臓器を確保することができる点をあげることができるであろう。
 なお、他に、「中国政府には、(移植を実施する)病院に外貨を稼がせて、病院の設備を充実させる目的がある」とする報告もある(48)。
 死刑囚からの臓器移植を正当化する論理としては、常に功利主義的なそれが持ち出される。「死刑囚はどうせ死ぬ。臓器はどうせ捨てられる。死刑囚の臓器によって助かる患者がいる。患者の命を救うのは医師の責任だ。絶望的な患者を目の前にすれば倫理を持ち出す余裕はない。」これは、前述の陳文岩 Chan Man-kam 医師が私に述べた言葉である(49)。この論理が成功しているかどうか、疑わしい。なお、死刑囚の臓器提供を推進する政策の背景には、死刑囚は社会に害悪を及ぼしたから、その臓器提供は社会への最後の償い・貢献である、とする考え方があるといえる。また、ここで、心理的に、「死刑囚からは取りやすい」という要素があることも見逃せないであろう。さらに付言するならば、中国では、歴史的に、死刑に処せられた死刑囚は食されていたこともあるという(50)から、中国における死刑囚の臓器利用はその延長線上にあるともいえる。臓器移植が本質的にカニバリズム(人肉食)の要素を持っていることは既に指摘されている(51)。

5.死刑囚の同意

 特に死刑囚からの臓器提供一般について、死刑囚(あるいはその家族)の同意があれば一般の提供者からの提供と同様に扱ってよいか、という問題がある(死刑を廃止している国においてはそもそもこのようなことは問題にならない)。まず、同意のない死刑囚からの臓器の摘出には人権上の問題があること、いうまでもない(52)。では、同意があれば死刑囚からの臓器の摘出は許容されるだろうか。ここでは、「同意」の任意性が問題となる。この点に関して、たとえ死刑囚といえども任意に同意がなされたならばその臓器提供の意思は尊重されるべきである、と考えることもできる。逆に、死刑囚は特殊な状況下にいるので真に自由な同意をなし得ない(なし得るはずがない)という擬制を根拠に、あるいは、個別具体的な場合に死刑囚が完全に任意に臓器提供を決断することがあるとしても、そうでない場合の臓器提供をなくすための安全装置を施すべきであるという政策的配慮から、同意の有無にかかわらず死刑囚の臓器提供は許容されるべきではない、と考えることもできる(53)。この点に関して、中国政府は、当然ながら、死刑囚(ないしその家族)の同意があれば問題はないとしている(54)。
 前述の「関於利用死刑罪犯屍体或屍体器官的暫行規定」は、以下のいずれかに該当する場合に「屍体もしくは屍体臓器の利用が可能」であるとしている。それは、すなわち、@(屍体の)受取り人がいない、または家族が受取りを拒否する、A死刑囚があらかじめ屍体を医療、衛生機関に渡して利用することを望んでいた、B(死刑囚の屍体を)利用することについて家族の同意を得ていた、のいずれかである。規定上、家族の同意のみあれば摘出できるようになっている(このこと自体1つの問題であるが、ここでは、おく)。この点に関して同「暫行規定」は、「家族の同意がなければ利用できない屍体は、人民法院が、衛生部門に家族と話し合うよう通知する。同時に、屍体利用の範囲、利用後の処理方法及び処理費用から経済上の補償の問題まで、協議書を作製する」としている。
 実態はどうであろうか。そもそも最初から死刑囚やその家族の同意を得る手続きを踏まないケース(このようなケースでは死刑囚やその家族は臓器が摘出されることを知らされない。もちろん死刑執行前になされる移植のための諸検査の意味も知らされない)や、手続きは1応踏むが死刑囚やその家族の拒否を無視するケース(このようなケースでは死刑囚やその家族は臓器が摘出されることをうすうす知ることになる)が多いことが報告されている(55)。なお、死刑囚やその家族の拒否に対して翻意させるために金銭を提供 (謝礼等の提供)したり逆に請求(死刑囚のために費やされた公金<捜査費用、勾留費用、判決費用、食事代等>の請求)したりするケースも報告されている(56)。さらに付言すれば、死刑囚の死体は死刑執行後すぐに火葬され、遺言などは検閲される(57)ので、遺族は臓器が摘出されたかどうか確かめることができない(58)。

6.臓器売買の要素

 入手した諸資料の多くが中国における死刑囚からの臓器移植を「臓器売買」であるとしている(59)。しかし、以下に述べるように、そうは思われない。あたかも「臓器売買」の語は好ましくない臓器移植に貼るレッテルのようである。
 前述したように、中国では臓器売買を禁止する法律等は現在までのところ、制定されていない。死刑囚からの臓器移植が行われる場合、少なくとも臓器提供者である死刑囚自身はまったく金銭を手にしない。遺族はどうか。この点に関して、前述の「関於利用死刑罪犯屍体或屍体器官的暫行規定」が「経済上の補償の問題」に言及していることから、少なくとも規定上、遺族に何らかの金銭が支払われる場合があると推測される。しかし、それが必ずしも「臓器売買」であるとはいえない。我が国でもアイバンクや腎臓バンクなど、香典の名目で公然と遺族に金銭が支払われている。臓器そのものの対価としての金銭のやり取りがなければ、それは「臓器売買」とはいえない。
 実態はどうであろうか。遺族は補償を得るという報告(60)とそうでないという報告(61)がある。おそらく両方のケースがあると思われる。ただ、「補償」といっても、その中味は死刑囚やその家族の臓器提供拒否に対して翻意させるための金銭(前述)である可能性もある。なお、裁判所や公安がそれぞれ手数料を取っているとの報告もある(62)。
 患者の側から見ればどうか。患者は当然、手術費、入院費、医薬品代等を支払う。しかし、少なくとも名目上、臓器そのものの対価としての金銭の支払いはなされていない(仮に医師、病院側が臓器そのものの対価を必要としたとしても、それは手術費や入院費に上乗せすれば済む。この点は我が国や欧米でも事情は同じである)。私が会った香港の患者(前述)も臓器代金としてはまったく請求されなかったといっていた。
 では、ブローカーが関与している場合はどうか。香港の患者はブローカーを通して、あるいは医師の斡旋(この場合、医師がブローカーの役割を果たしている)により、中国に渡り、手術を受ける。この場合、ブローカーや医師は「臓器(売買)」そのものを斡旋しているわけではない。それゆえ、臓器(売買)の斡旋行為を理由とする批判はあたらないことになる。

おわりに

 死刑囚の臓器利用は、臓器売買と並んで、一般に異端と評価される臓器調達システムである。これらは問題点を鮮やかな形で見せつけるので批判の対象になりやすい。現に、入手した死刑囚の臓器移植に関する資料のほとんどが、程度の差はあれ、批判している。アメリカのある新聞(社説)は、特に中国の例について、「受刑者を人間としてというより国家の財産として扱う公的政策が刑務所労働の大量搾取と政府の、生命維持に必要な臓器の徴用を許すことになる」と厳しく批判している(63)。先進国の人々の共通の認識からすれば、やはり中国の死刑囚からの臓器移植には人権上の問題があるということになるであろう。この点ははずせないポイントである。しかしながら、基本的に、人権は経済の関数でしかないともいえる。経済発展を遂げる前の段階での人権保障が困難なことは歴史が教えるところである。もっとも、経済発展を遂げても人権保障のお粗末な国もあるが…。調査中、何度か、「中国では人権抑圧は必要悪」という言葉を聞いた(中国人のみならず、複数の現地日本人商社員からも聞いた)。立場や状況が違えば評価も異なるのである。ここで、もっとも道徳的な人々とは、問題からもっとも遠ざかっている人々である、というマーフィーの法則(アリンスキーの過激派の規則)が思い出される。また、調査中、こんなことがあった。深@から広州へ向かう途中、高速道路料金所でタクシーが有料のゲートに入るべきところ、故意か不注意か、無料のゲートに入った。公安が運転手に対して怒鳴り始めた。運転手が有料ゲートに入りなおすために車をバックさせ始めた。すると公安はいきなり拳銃を構えた。私は後部座席にいたが、とっさに身を伏せた。運転手がおとなしく車を降りたので事無きを得た。…この体験が中国の人権状況について何かを物語るであろう。
 最後に、次のことを付言しておきたい。最近、中国でも脳死を人の死とする脳死説が主張され始めている(64)。また、生前に死後の臓器摘出について反対の意思を表明しておかない限り臓器摘出が認められる、とするいわゆるコントラクト・アウト(オプティング・アウト)方式の採用も検討されている(65)。しかし、中国のような全体主義的な要素なしとしない社会でそれらが採用されるとどのようなことが起こるであろうか。確かに、それらが採用されれば、臓器確保のための大衆の大量動員が可能となり(ここでは、いわゆる臓器「国家医療資源」説が完遂されることになる)、死刑囚の臓器に頼る必要はなくなるであろう。しかし、そのような形での問題解決が新たな、より重大な問題を引き起こすであろうこと、想像に難くない。私には推移を見守ることしかできない。

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