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http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070711k0000e030044000c.html
【ニューデリー栗田慎一】パキスタンの首都イスラマバードで起きたモスク(イスラム礼拝所)ろう城事件は、強行突入したパキスタン軍・政府とモスクとの間で、死者数や戦闘の状況などの発表や言い分に大きな食い違いが生じている。互いに都合のいい数字などを公表する情報戦が展開されている疑いがあり、真相は今後の検証を待つしかない。
軍がモスク周壁に穴を開ける作戦を展開していた8日、ろう城指導者で10日に死亡したラシッド・ガジ師は「すでに335人の学生が殺され、その大半が女性だ」と地元メディアの電話取材に訴えた。軍の突入後も「何百人の死体がある」と主張した。
政府発表では突入までの死者数は学生と兵士合わせて24人に過ぎない。10日の突入での学生側の死者は約50人だ。政府側がモスク内の状況を把握できない事情はあるものの、隔たりは大きい。死者数を最小限に抑え反政府世論の盛り上がりを防ぎたい政府と、「政府の強硬姿勢」を訴えたいモスク側との思惑の違いが透けて見える。
モスク内にいた少女や女性をめぐる解釈にも違いがある。政府側は300〜400人が「人間の盾」として使われており、学生側に即時解放を求めた。ガジ師らは「自分たちの意思でとどまっている」と反論し、政府の情報操作だと強調した。
突入後の戦闘状況も食い違った。モスクの完全制圧に時間がかかっている理由について政府側は「多くの小部屋に学生が銃を構えて待ち構えているため」と説明。これに対し小部屋にいる学生側は「軍による無差別殺人を恐れて外に出られない」と携帯電話でメディアに訴えた。ろう城を引き起こした3日の学生と治安部隊との銃撃戦については、モスク側は「治安部隊側から銃撃してきた」と訴えるのに対し、政府側は「学生側が警官を襲って銃器を奪ったためだ」と主張した。
ろう城を指揮し10日に死亡したガジ師の死亡時の状況も不明確だ。投降しようとした際に銃撃戦に巻き込まれたとされるが、政府は「投降を止めようとした学生側に撃たれた」と主張。モスク内にガジ師がコントロールできない「外国人テロリスト」が存在していることを暗ににおわせた。
武装勢力掃討作戦が続くアフガニスタン国境付近では、ガジ師への支持が根強く、その「死に方」は政府への非難の度合いに影響する。
毎日新聞 2007年7月11日 11時26分