★阿修羅♪ > 政治・選挙・NHK41 > 1076.html ★阿修羅♪ |
(回答先: 安倍と麻生「小泉切り」の密議(1)(Yahoo!みんなの政治 文藝春秋) 投稿者 天木ファン 日時 2007 年 9 月 14 日 14:14:53)
http://seiji.yahoo.co.jp/column/article/detail/20070910-02-0701.html
安倍と麻生「小泉切り」の密議(2)
2007年9月10日 文藝春秋
「一晩考えさせていただけませんか」と電話を切った安倍だったが、すでに迷いは消えていた。それまで「古賀厚労相」や「谷垣総務相」、さらに「福田外相」まで、周辺の雑音に振り回されて、迷走を続けた。ともすると声の大きい人間に引きずられそうな局面もあったが、ここに至り、ようやく腹を括ったのだ。
翌二十七日午前九時。麻生に加え、政調会長・石原伸晃、総務会長・二階の新党三役に続いて呼び込まれた国対委員長は、麻生の進言通り、大島だった。
そして午後二時前。組閣本部が正式に立ち上がる一時間半以上前に、安倍の結論が、麻生のもとに伝達された。
塩崎は閣内を去る、後任は町村でなく与謝野、町村は外相――。「まあ押し返すべきところは何とか押し返したか」。麻生はつぶやいた。
翌二十八日朝刊の新聞各紙には「派閥会長を起用」「党に仲間閣僚に保護者」といった見出しが踊り、閣僚数で津島派がゼロから三人へ増えるなど、挙党態勢を派閥単位で読み解く記事が目立った。ただし本質はそこにはない。
もちろん、「とにかく事務所費が怖いんだ」と呪文のように周辺に漏らし続けた安倍のことである。故・松岡利勝、赤城徳彦のふたりの農水相に代表される事務所費スキャンダルが参院選惨敗の一大要因になっただけに、首相政務秘書官・井上義行に命じて候補ごとに政治資金収支報告書をくまなくチェックさせる様は尋常ならざるものがあった。その結果が「安全運転」とも言える人事につながったのは間違いない。
だが、何より注目すべきは、親「AA(安倍・麻生)連合」と、その反対勢力との対立構図が鮮明になった点である。
福田、古賀、谷垣ら、森が事前に名を挙げた大物候補はひとりも入らず、古賀派は閣僚数を四人から二人に減らし、谷垣派に至ってはゼロのままだった。
かつての最大勢力・津島派では、参院選惨敗により青木の求心力が薄れる一方、選挙前の失言で防衛相を辞任し謹慎状態にあるとはいえ、次の政局に向け久間章生の存在感が増している。その久間が麻生の政治的指南役を自認しているのは永田町の常識だ。安倍が森と福田を排除して町村派を押さえ、これに津島派と麻生の盟友・丹羽雄哉が古賀派を制御すれば、党の大勢はつかめる。
野党との政策協議で焦点となる政調会長は、安倍と気脈を通じる幹事長代理・石原が「お友達の横滑り」。それに対して親安倍を標榜しつつも、時に加藤紘一や古賀誠らと密会を重ねる二階は、今後の国会で「民主党案を丸呑み」すれば、紛糾は避けがたい党総務会を仕切らねばならない。安倍と麻生がその首根っこを押さえたとみるほうが自然なのだ。
それでも限られたポスト数のなかで、安倍と麻生の陣地固めもまた十全ではない。安倍の盟友で前政調会長の中川昭一は経済閣僚への横滑りが期待されながら叶わなかった。大宏池会構想で麻生と共同歩調をとる前総務会長・丹羽の政調会長、厚労相起用もなかった。
「脱小泉」宣言
さらに、安倍と麻生には、もうひとつ越えねばならない難関があった。
麻生が外遊中から何度も推敲を重ねた幹事長就任会見での決め文句に、その相手の「正体」が色濃く滲み出ている。
「自民党をぶっ壊すと言う人をみんなで選んだ。ぶっ壊された後の自民党をどう立て直すかが、我々に与えられた課題だ」。これはもはや「脱小泉」宣言以外のなにものでもない。安倍もまた会見で「改革に伴う痛みをどうしたらやわらげることができるか。今まで以上に力を尽くす」と宣言した。
人事もそうだ。農水相に急浮上していた小泉の「偉大なるイエスマン」元幹事長・武部勤の入閣はなかった。小泉とその秘書官・飯島勲の強力な後押しにより、防衛相に抜擢された小池百合子も閣内から消えた。
改造直前の突然の「留任拒否」発言で数々の憶測を呼んだ小池だが、安倍と麻生周辺は「防衛事務次官人事をテコに外相への横滑りを狙って失敗した結果のダメージコントロール」と総括していた。「ポスト安倍」候補としてメディアが取り扱いかけた矢先の「小池騒動」の影に小泉・飯島の姿を感じ取っていた安倍と麻生は、内心苦々しく思っていたのだ。
実は麻生は、改造前日の二十六日の電話で、安倍にこうダメを押していた。
「地方や弱者らへの視線が冷たいじゃないかという参院選で爆発した自民党批判の民意を考えたほうがいい。その反省にたった人事だとわかれば、内閣支持率は必ず四〇%台を回復しますよ」
麻生は参院選前から事あるごとに、安倍に「格差拡大など小泉政権の負の遺産を背負ったままの政権は結局、不幸なもんです」と完全なる「脱小泉路線」を迫ってきた。惨敗を挟みつつ、ようやく安倍と麻生が前政権の残像から抜け出したのが今回の人事でもあった。麻生が、安倍を説得して、塩崎の政調会長代理就任をつぶしたのも、「お友達内閣」の残滓を消したかっただけでなく、少しでも都市部偏重の「改革路線」の残り香を薄めたいからだったのだ。
小泉が大事にしてきた参院のドン・青木との関係にも完全に亀裂が入った。舌鋒鋭く安倍批判を繰り返した舛添要一を「どんどん批判してくれたほうがいい」と厚生労働相に起用した結果、参院自民党の閣僚推薦が通らなかったのである。弾き飛ばされた前参院国対委員長の矢野哲朗が安倍に電話で三十分弱、「政治家・矢野の否定だ。明確な説明がほしい」などと問い詰める騒ぎに発展した。
「小泉切り」の空気が広がりつつある新体制を尻目に、政局の潮目の変化を肌で感じた前幹事長・中川は、「しばらく貝になる」と言い残して党本部を去った。
時計の針を小泉時代に戻さず、かと言って福田時代には絶対に進めない、という細い道を安倍と麻生は辿ろうとする。「AA連合」の神髄は、「反安倍連合」と「福田後継」という今そこにある危機の芽と、都市部になお潜在的なアピール力を有し、小泉チルドレンという一種の派閥も併せ持つ「小泉勢力」の再興という将来の危機の芽の、双方を摘んでおくことにこそあったのだ。
それにしてもなぜ、安倍は他派閥の、しかも二〇〇六年の総裁選では一戦交えた麻生をそこまで信用するのか。あるいは麻生もなぜ、ポスト安倍の好位置につけながら、泥船といっても過言ではない安倍政権の支え役を買って出るのか。
その謎を解くカギは、参院選公示のほぼ一カ月前、首相公邸での安倍、麻生の極秘会談にある。
※各媒体に掲載された記事を原文のまま掲載しています。
▲このページのTOPへ HOME > 政治・選挙・NHK41掲示板
フォローアップ: