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【非処罰プロジェクト:死刑廃止を超えて3−A(下)】
http://www.asyura2.com/07/kenpo2/msg/185.html
投稿者 如往 日時 2008 年 1 月 28 日 04:17:15: yYpAQC0AqSUqI
 

(回答先: 【非処罰プロジェクト:死刑廃止を超えて3−A(上)】 投稿者 如往 日時 2008 年 1 月 28 日 04:14:26)

2006-10-14
第二部 死刑廃止の政治過程(十一)
☆前回記事
【4】死刑廃止の地政学@
本章では、世界における死刑廃止の全体情況について分析をしてみたいと思います。しばしば「死刑廃止は世界の潮流」といったことが標語的に言われますし、それはそれで誤りではないのですが、死刑廃止は世界各地で同時的に進行しているわけではなく、地域的には相当な偏りが見られます。後に検討しますが、基本的には、アジアから中近東にかけては、死刑の密集的ベルト地帯であり、世界における死刑の「量産地」であります。また、質的な面でも、この地域には死刑存置の強硬な主張を掲げた諸国が集中しています(残念ながらわが国もその一つです)。他方で、オセアニアは地球上で最も死刑廃止の進んだ地域であり、死刑廃止の優等生です。それに次ぐのが、欧州・カフカース地域であり、特に欧州は死刑廃止が最も明確に条約化されています。
このように、死刑廃止には地域的な偏差があり、たしかに「潮流」ではあるのですが、かなり変則的な潮流になっております。そこで、単純に「潮流」という形でまとめてしまうのではなく、その流れがどのように生じており、どこで、またなぜ阻害されているのかということをより具体的に検証してみたいのです。それが本章タイトルである「死刑廃止の地政学」ということになります。
ところで、その前提的作業として、「死刑廃止」というタームの具体的意味内容を整理しておきたいと思います。一般に、「死刑廃止」といえば、死刑という刑罰が法律から削除されることを想起しますし、それが最も明確な死刑廃止でありますが、実際には死刑という刑罰が法律から削除はされていないが、執行が長期間行われていない国や、原則として削除されているが、軍法等では例外的に存置されている国など様々なバリエーションがあり、世界における「潮流」を分析する際は、それらを含めてより精密に見ていく必要があります。
この点、現在では、死刑廃止に最も熱意を持って、かつ理論的な観点からも取り組んできた国際NGOであるアムネスティ・インタナショナルが採用する分類基準がよく普及しています。それは次のような分類です。注1
T全面的に廃止した国
法律上、いかなる犯罪に対しても死刑を規定していない国
U通常犯罪のみ廃止した国
軍法下の犯罪や特異な状況における犯罪のような例外的な犯罪にのみ、法律で死刑を規定している国
V事実上の廃止国
殺人のような通常の犯罪に対して死刑制度を存置しているが、過去10年間に執行がなされておらず、死刑執行をしない政策または確立した慣例を持っていると思われる国(死刑を適用しないという国際的な公約をしている国も含まれる)
W存置国
通常の犯罪に対して死刑を存置している国
一見して精密かつ明快に見えますが、問題点も指摘されています。それは、特にV分類の「事実上の廃止国」に集中します。死刑存置論者からすると、これは法律上死刑が存置されているのに執行がないことをもって「廃止」とみなすことは廃止国数を水増しするものだというのです。注2注3 たしかに、制度の不存在とその運用に関わる執行の不存在とは区別されるべきであり、両者をともに「廃止」という語でくくるのは、やや作為的なカウントの仕方と受け取られてもやむを得ないでしょう。
けれども、そうかといって、執行が長期間行われていない国を、日本のように毎年確実に行われている国と同視することも誤りなのです。執行が長期間ないということは、死刑が刑罰としては実効的に活用されていないということにほかなりませんので、これはもはや典型的な死刑存置国ではありません。そういう意味では、アムネスティ基準で言う「過去10年間に執行がない」場合のみならず、過去10年に満たなくても、法律その他の形で公式に死刑執行停止が規定されている場合(いわゆる死刑モラトリアム)は、典型的な死刑存置国と同様に評価すべきではないでしょう。
また、過去10年間に執行はないにしても、それが明確なモラトリアムによる場合は、モラトリアムが撤回されない限り執行再開とならないのですが、モラトリアム宣言なしに単に執行が休止しているにとどまる場合は、より容易に執行再開となる可能性を孕んでおり、これは類型上区別すべきであると考えられます。
いま一つの問題は、アメリカのように連邦国家であって刑罰制度が各州ごとに異なるという国では、一つの国の内部において死刑の情況が異なることがあり(廃止州も存在する)、その点でこれも典型的な死刑存置国と同様に扱うことができないということです。アムネスティ基準では、連邦政府レベルで死刑が存置されているアメリカが自動的に死刑存置国に分類されますが、これは死刑廃止州や死刑モラトリアムに入っている州の存在を無視することになり、妥当でないでしょう。
以上の諸点を考慮したうえで、私なりに基準を立て直しますと、次のようになります。
T全面的廃止国
アムネスティ基準のTに同じ
U原則的廃止国
アムネスティ基準のUに同じ
V地域的廃止国
連邦国家で、死刑を廃止した地域が存在する国
W執行停止国
死刑モラトリアムを宣言している国
X執行休止国
モラトリアム宣言なしに過去5年間を超えて死刑執行を行っていない国
Y実効的存置国
通常の犯罪に対して死刑を存置し、かつ過去5年以内に執行も行っている国
幾つか注釈を加えておきましょう。まず、TとUは、基本的にアムネスティ基準と同じですが、アムネスティ基準で言う「通常犯罪のみ死刑を廃止」というのは原則的廃止ということにほかなりませんので、全面的に廃止した国と対にする意味でも、「原則的廃止国」としてまとめました。
また、第V分類として、「地域的廃止国」という範疇を新設しました。これは既に述べたように、アメリカを典型として、連邦国家内部に死刑を廃止した地域が存在する場合の特別類型です。この場合、国(連邦)全体としては死刑存置でもあるのですが、死刑が廃止されている地域が国内にあるということは大きな意義のあることであって、その点を明確にするためにも「地域的廃止国」という範疇が必要となるのです。ただ、この類型は同時に「存置国」としての性格も複合的に持つわけですので、後で述べる「実効的存置国」の中にも括弧つきで二重にカウントすることにします。
アムネスティ基準で特に問題とされた「事実上廃止した国」という範疇は解体し、「執行停止国」と「執行休止国」とに分解しました。この両者は、たしかに法律上死刑制度は残しているのですが、「停止」の場合は、モラトリアム宣言に基づき明確に執行が停止しているため、その間は執行がなされないのに対し、「休止」は、長期間執行が停止してはいるのですが、明確なモラトリアム宣言に基づかない事実上の停止にとどまるため、「停止」と区別して「休止」とするわけです。その休止期間としては、アムネスティ基準より短く5年超とします。アムネスティ基準が10年とするのは、おそらく、モラトリアム宣言の有無を考慮しない代わりに10年というスパンで執行されていない事実をもって「事実上の廃止」と見るせいでしょうが、私分類では、「事実上の廃止」という概念を解体した分、執行休止期間はより短期であってもよいものとし、ただ、5年以内の休止では早期に再開されるケースも少なくないことから、注4 いちおう5年超としておいたものです。
結果、いわゆる死刑存置国も、単に存置ということにとどまらず、通常犯罪で死刑を存置しつつ、過去5年以内に執行も行っているという意味で、「実効的存置国」としてまとめました。この中にも、執行の活発性いかんによって、日本や中国のように毎年確実に執行を行う積極的存置国と、数年に一度しか行わない消極的存置国とを区別することもできなくはないですが、一部の国では死刑執行に関する統計資料上の確認が困難であるため、この細分類は断念します。
注1
以下を参照。
http://homepage2.nifty.com/shihai/shiryou/abolitions&retentions.html
注2
中野進『国際法上の死刑存置論』(信山社)13頁参照。
注3
例えば、2006年9月5日現在の統計では、廃止国129カ国、存置国68カ国となる。上掲注1の資料を参照。
注4
既に再三触れているように、日本における1990年から1993年にかけての3年4ヶ月間の死刑執行休止が、その典型である。

2006-10-22
第二部 死刑廃止の政治過程(十二)
☆前回記事
【4】死刑廃止の地政学A
さて、前回私的に整理しなおした基準に従って、死刑廃止の世界地図を描いてみたいと思います。その際、地球世界を次のような地域に分類してみます。
A:アジア・中近東
B:アフリカ
C:南北アメリカ
D:欧州・カフカース
E:オセアニア
このような分類は地理学的には異論もあるかもしれませんが、死刑廃止との関係では、この分類を通じて、地球上のいかなる範囲で死刑廃止が進展し、どこで遅滞しているかがかなり明瞭に把握できるようになります。端的に言えば、分類AからEへ遷るにつれて、死刑廃止の「優等生」ということになるでしょう。では、見て参ります。注1注2
A:アジア・中近東
残念ながら、日本も所属しているこの地域は、地球上における死刑ベルト地帯となっています。執行件数では世界最大の「死刑大国」である中国を筆頭に、イラン、サウジアラビアと世界における毎年の死刑執行件数の上位を占める国が並ぶほか、人口当たりの執行率で世界一のシンガポール、外国人への死刑率の高さを誇るサウジアラビア、未成年者への処刑の多いイランなど様々な「記録保持者」が集中しています。また、国連での死刑廃止関連の決議案に際して反対票を投じる国が最も多く、この地域は比喩的に「死刑存置マフィア」(retentionist mafia)と呼んでも差し支えないでしょう。
T全面的廃止国
フィリピン、東ティモール、カンボジア、ネパール、ブータン、トルクメニスタン
U原則的廃止国
イスラエル、キルギス
V地域的廃止国
なし
W執行停止国
カザフスタン、タジキスタン、アフガニスタン注3
X執行休止国
韓国、ブルネイ、ラオス、ミャンマー、スリランカ、モルディブ、バーレーン
Y実効的存置国
日本、北朝鮮、中国、台湾、モンゴル、ウズベキスタン注4、ベトナム、タイ、マレーシア、シンガポール、バングラデシュ、インド、パキスタン、イラン、イラク、ヨルダン、シリア、レバノン、パレスティナ(自治)、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、カタール、イエメン、オマーン
Bアフリカ
この地域は、アジア・中近東に次いで死刑存置国が多いのですが、一方で、過去十数年ほどに民主化にともなって死刑廃止へ向けた流れが進行しつつあり、執行休止状態に入っている国も多いのが特徴です。全体として、この地域の死刑は流動状態にあると言えましょう。白人至上主義のアパルトヘイト廃止と同時に死刑も廃止した南アフリカが、アフリカ大陸における死刑廃止を象徴しています。
T全面的廃止国
ジブティ、セーシェル、モーリシャス、モザンビーク、南アフリカ、ナミビア、アンゴラ、サントメプリンシペ、コートディボアール、リベリア、ギニアビサウ、カーボベルデ、セネガル、ルワンダ
U原則的廃止国
なし
V地域的廃止国
なし
W執行停止国
ガボン、ザンビア注5
X執行休止国
ケニア、タンザニア、マラウィ、マダガスカル、中央アフリカ、スワジランド、コンゴ共和国、カメルーン、ベニン、トーゴ、ガーナ、シエラレオネ、ニジェール、マリ、ブルキナファソ、ガンビア、モーリタニア、モロッコ、アルジェリア、チュニジア
Y実効的存置国
スーダン、エリトリア、エチオピア、ソマリア、コモロ、ウガンダ、ブルンディ、コンゴ民主共和国、ジンバブウェ、ボツワナ、レソト、赤道ギニア、ナイジェリア、チャド、ギニア、リビア、エジプト
C南北アメリカ(中央アメリカとカリブ海諸国を含む)
この地域の特徴はばらつきが最も大きい点にあります。まず米国は連邦制のため州ごとに存廃の情況が異なります。中南米は全体として最も早くから死刑廃止が進んできた歴史的な死刑廃止の先進地域でした。かつては軍事クーデターの頻発など政情不安も激しかった地域であることからすると、これは特筆すべきことと思われます。比較的安定した民主制が根づいているカリブ海諸国での死刑廃止の遅れはまた不可解な点でもありますが、この地域ではおおむね執行休止状態に入っているようです。
T全面的廃止国
ウルグアイ、パラグアイ、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、パナマ、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、メキシコ、ドミニカ共和国、ハイチ、カナダ
U原則的廃止国
チリ、アルゼンチン、ブラジル、ボリビア、ペルー注6、エルサルバドル
V地域的廃止国
米国注7
W執行停止国注8
ジャマイカ注9
X執行休止国
スリナム、トリニダードトバゴ、グレナダ、バルバドス、セントビンセント・グレナディーン、セントルシア、アンティグア・バーブーダ、セントクリストファー・ネービス、ベリーズ、バハマ
Y実効的存置国
ガイアナ、ドミニカ、キューバ、グアテマラ、(米国)注10
D欧州・カフカース
全面的廃止国が地球上で最も多い地域であり、現在では死刑廃止の「輸出」にも熱心に取り組んでいます。ただし、残念ながら、旧ソ連から独立したベラルーシただ一国が実効的存置国にリストされるため、「優等生」ぶりでは次のオセアニアには一歩及びません。しかし、EUが死刑廃止を加盟条件としていることから、トルコのように地理的にはアジアに属しつつも外交的にEU加盟を希望する場合は、死刑廃止に従うことが要求されます。またEU加盟を希望しない国にあっても、EUと地理的に近いことが死刑廃止を促進するでしょう。
T全面的廃止国
アイスランド、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、エストニア、リトアニア、ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ブルガリア、マケドニア、セルビア・モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、ポーランド、オーストリア、リヒテンシュタイン、スイス、ドイツ、オランダ、英国、ベルギー、ルクセンブルグ、フランス、アンドラ、スペイン、ポルトガル、イタリア、バチカン、サンマリノ、マルタ、ギリシャ、キプロス、トルコ、グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン
U原則的廃止国
ラトビア、アルバニア
V地域的廃止国
なし
W執行停止国
ロシア
X執行休止国
なし
Y実効的存置国
ベラルーシ注11
Eオセアニア
この地域は、ここに属する国の数が最も少ないという点で有利ではありますが、地球における死刑廃止の優等生であり、本書の地域分類中ただ一つ実効的存置国が目下0です。つまり、この地域では、近年、死刑執行は一件もなされていないということであります。比較的安定した島嶼国家が多いことが背景となっているかもしれません。さすがに全面的廃止国がすべてとまではなっていませんが、近い将来そうなる可能性はあります。
T全面的廃止国
パラウ、ミクロネシア、マーシャル諸島、キリバス、ツバル、サモア、ニウエ、ソロモン諸島、バヌアツ、オーストラリア、ニュージーランド
U原則的廃止国
フィジー、クック諸島
V地域的廃止国
なし
W執行停止国
なし
X執行休止国
パプアニューギニア、ナウル、トンガ
Y実効的存置国
なし
注1
以下の記述では、本稿執筆時点において得られた各国情報を基にしているが、その情報がアップデートされていない旧情報である可能性を否定しない。
注2
分類基準としている用語の意味は、前節を参照。なお、「原則的廃止国」の中には、例外的に存置されている死刑自体も停止または休止している国も少なくないが(例えば、イスラエル)、このような場合でも「執行停止国」または「執行休止国」に二重カウントすることは避けた。
注3
アフガニスタンでは、2004年4月に死刑執行があった後、大統領報道官が当面死刑執行を停止する旨を公式発表した(『年報・死刑廃止2005』146頁)。同国の政情不安等からみても極めて流動的ではあるが、いちおう公式モラトリアム宣言があったと解釈しておく。
注4
カリモフ大統領は、2005年8月、「2008年1月より死刑を廃止する」旨の大統領令に署名した。しかし、この措置は執行停止命令を含んでいないため、これを公式モラトリアムに含めることはできない。
参照、http://web.amnesty.org/report2006/uzb-summary-eng
注5
ムワナワサ大統領は、2004年2月、任期中に死刑を執行しない旨を宣言した(『年報・死刑廃止2005』146頁)。同国では、1997年以降死刑執行が休止していることとも併せて、「現職任期中」という短期期限つきながら公式モラトリアムがあったと解釈しておく。
注6
ペルーでは、従来、憲法で死刑を戦時の反逆罪とテロリズムに限定してきたが、2006年9月現在、幼児等への殺害を死刑犯罪に追加する憲法改正案を議会で審議中である。
参照、http://web.amnesty.org/library/Index/ENGAMR460242006?open&of=ENG-PER
注7
米国における死刑廃止州(特別区を含む)は、アラスカ、ハワイ、アイオワ、メイン、マサチューセッツ、ミシガン、ミネソタ、ノースダコタ、ロードアイランド、バーモント、ウエストバージニア、ウィスコンシン、コロンビア特別区である。
注8
米国の州の中では、イリノイ州で知事権限によるモラトリアムが継続中であるほか、ニュージャージー州で州法によるモラトリアムが初めて制定された。またニューヨーク州では州法上の死刑を違憲とする州最上級審の判決が出ている。
注9
ジャマイカでは、1988年以来死刑執行がなされていないとされる。ただ、これが公式モラトリアムに基づくかどうか確認できていないが、現在、殺人事件の増加に直面し、議会で死刑執行再開が議論されているという下記記事からすると、これは公式なモラトリアムである可能性が高いと判断し、執行停止国に分類しておいた。
http://ipsnews.net/news.asp?idnews=35016
注10
米国では、一般に死刑存置州とされる州の中でも、少なくとも12州は本書分類でいう「執行休止」の状態にある。したがって、これと上記注9で挙げた「執行停止州」とを除いて算定すれば、「実効的存置国」としての米国は、全米50州中半分以下の23州プラス連邦に過ぎないとも言える。
注11
ベラルーシ憲法裁判所は、2004年3月、刑法上の死刑は、生命に対する権利を保障し、不法な権利侵害から人命を保護することを国家に要請する憲法条項に違反するとの決定を下し、大統領及び議会に死刑廃止またはその過程としての死刑執行停止を勧告している(『年報・死刑廃止2005』144頁)。
注12
参考までに死刑廃止世界地図を掲げておこう(地図をクリックすると拡大)。ただし、この地図は本書とは異なり、アムネスティ基準を採用している(青:全面廃止、薄黄:原則廃止、濃黄:事実上廃止、桃:存置)。

2006-11-03
第二部 死刑廃止の政治過程(十三)
☆前回記事
【4】死刑廃止の地政学B
死刑廃止の世界情況を眺めてみましたが、繰り返せば、死刑廃止には地域的な偏りが大きいことが一目瞭然でした。したがって、「死刑廃止が世界の流れ」と単純には断定できないことになるのですが、それにしても、このような死刑廃止の地域的偏差はなぜ生じてくるのでしょうか。
これを考えるうえでのヒントが前回の地域区分にあります。そこでは、世界最大の「死刑生産地」がアジア・中近東であり、それに次ぐのがアフリカであるという結果が出ました。このアジア・中近東からアフリカにかけては、独裁制や権威主義体制、異常長期政権がひしめき合っているということが想起されます。言い換えれば、民主制の未発達が顕著なのです。このことが死刑の存置と深く関わっているわけです。
すなわち、政権交代に対して開かれていない硬直的・固定的権力構造が死刑存置の土壌となっているのです。このことは、死刑の執行数で世界一を「誇る」中国をみればはっきりしますが、日本も決して例外ではありません。憲法上は議会制民主主義を備えていながら、周知の如く、およそ半世紀にわたり実質的な政権交代がなく、同一の政治勢力が一貫して政権にあります。とりわけアジア・中近東は、政体や政治理念の点では地球上で最も多様性の顕著な地域であるのですが、硬直的・固定的権力構造という点では高い同質性があるのです。
この点でいうと、アフリカは依然、死刑存置国を多く抱えていながらも、過去十年ほどの間に死刑廃止国が増え、またそれ以上に執行休止国も増加中ですが、これはアフリカ地域で民主化の潮流が起きていることと関係します。最も特筆すべきは、白人の独裁的人種差別支配(アパルトヘイト)が終焉した南アフリカです。かつて白人独裁政権時代には死刑を最も多用する国の一つであった同国で、注1 アパルトヘイト廃止に伴って死刑が廃止されました。それ以外の諸国でも、独裁者が過去十年ほどの間に退場していき、民主化が進んでいますが、それに伴い、死刑廃止ないし廃止へ向かう休止が起きているわけです。死刑廃止への流れという点では、欧州・カフカース地域に次いで動きの顕著な地域がアフリカです。
欧州・カフカース地域に関して言えば、ここは死刑全廃国が最も多い地域ですが、特に東欧諸国とソ連から独立したカフカース諸国における死刑廃止の顕著な動きが目立ちます。東欧諸国では、旧東独が1987年の段階で死刑廃止を先駆けて実現していましたが、その二年後に東欧諸国の民主化プロセスのきっかけとなったベルリンの壁崩壊という出来事があり、奇しくもこの年に国連の死刑廃止条約も成立をみたのでした。東欧における死刑廃止は既に「ベルリンの壁」以前から兆しを見せていたという指摘もありますが、注2 基本的にはやはりベルリンの壁以降の民主化プロセスと相伴って死刑廃止も進んでいったといえるでしょう。一方、ソ連崩壊後のロシアでは民主化プロセスに遅れが見られ、死刑はモラトリアムにとどまっていますし、議会では廃止反対論が根強いようです。注3
ただ、欧州の場合には既に何度か指摘しているように、死刑廃止がEU加盟条件であることからして、こうした一種の「外圧」による死刑廃止が起こりやすい情況にあります。その好例はトルコの死刑廃止です。トルコをあえて欧州・カフカース地域に含めた理由はそのためでもあります。またEUに地理的に近いロシアやカフカース地域にも死刑廃止は影響を及ぼしています。EU加盟の予定がないロシアのモラトリアムもそうした背景で受け止めることもできます。また、EUは欧州評議会のオブザーバー資格を持つ日本や米国に対してもオブザーバー資格に死刑廃止を含める構えを見せて、間接的に死刑廃止の他地域への拡大も図っています。注4 このような「死刑廃止の輸出」には内政干渉の批判もあり得るところですが、死刑廃止を国際的な課題として認識させるという限りでは有意義でしょう。
ところで、しばしば不可解とされるのが、米国の死刑存置です。民主主義と死刑とが対応しないのであれば、「民主主義大国」であるはずの米国がなぜ死刑を廃止できないのかということになるわけです。
しかし、果たして米国は一点の曇りなく民主主義国家と言えるでしょうか。米国が特異であるのは、その排他的な二大政党制です。二党以外の政党は禁圧されていないものの政治のメインストリームから排除されている構造があり、結局、富裕な白人支配層が二大政党を通じて米国を統治しているのです。米国の死刑執行率(人口当たり)は圧倒的にアフリカンが高いのですが、注5 米国の死刑とは結局は白人支配体制の道具の一つなのです。同国の死刑制度がほとんど南部に集中していることも注6、アフリカンの人口が多い南部においてこうした白人支配が強固であることと決して無関係ではないでしょう。
しかし、奇妙な例外もあります。それは大統領の個人崇拝的独裁で悪名高い中央アジアのトルクメニスタンで死刑が全廃されたことです。これは死刑廃止が民主化に伴うという私の仮説への反証となり得ます。ただ、この件はまさに地政学的事情とも絡むでしょう。私の地域分類では中央アジアをアジア・中近東に含めているのですが、同地域はソ連崩壊前はソ連の領土であって、トルクメニスタンは中央アジアでも最も欧州寄りに位置し、地政学上は欧州地域に含めてもよいわけです。そのため、欧州からの「監視の目」が届きやすく、イメージアップ策という政治的配慮からも死刑廃止が急がれたのかもしれません。この点では先に述べた共産党独裁時代における旧東独の死刑廃止も含め、独裁体制が内外へ向けたイメージアップ策の一環として死刑廃止を実行することもあり得るということには注意を要します。死刑廃止をもってあらゆる人権問題が解決するというような理解はたしかに性急でありましょう。
また、政情不安や治安との関係にも考慮を要します。民主的な基準を満たした選挙にあっても治安問題が争点になると、犯罪に対する強硬論(tough on crime)が台頭しやすいわけです。これは米国においてとりわけ顕著です。米国ではしばしば検事や判事も地域住民による直接選挙で選出されるため、こうした司法官選挙では治安問題が通常の選挙以上にクローズアップされますから、まさにtough on crimeを主張する候補者が当選しやすい事情があり、これが陪審制ともあいまって、厳罰化を助長していきます。司法官選挙や陪審制の広範な使用は、ある意味では米国流司法民主主義であり、先に述べた政治面での二党支配という非民主的な構造を補っている米国的な工夫でもあるのですが、こうした司法における「民主主義の過剰」がかえって米国では死刑の存置に寄与してしまっているように見えます。犯罪に対する社会不安は、それを利用して公職に当選したいと考えるtough on crimeの政治家・司法官志望者にとって、恰好の餌場になります。
ちなみに、地球における死刑廃止の最優等生はオセアニアであることを示しました。この地域には死刑廃止に関する地域条約がないにもかかわらずこうした結果になっている理由として、この南太平洋の島々からなる諸国は比較的治安が安定し、平穏さを保っていることも相当程度影響しているように思われます。逆に申せば、死刑を全廃している民主主義諸国にあっても、犯罪多発等の不穏な社会情勢が生じてくると、死刑復活論が台頭する恐れがあるわけです。注7 こうした点にも留意が必要でしょう。
ここで、死刑廃止の分布状況は結局、民主主義よりも文化的差異によるのではないかという疑問が提起されるかもしれません。このような見解を死刑=文化説と名づけてみたいと思います。これは一見してもっともらしい見解ですから、特に死刑存置国の当局者において選好される口実であり得ます。日本でもかつて当時の森山眞弓法相が「日本には死んでおわびする文化がある」という発言をしています。注8 つい納得してしまいそうになるかもしれません。
たしかに、死刑地図を表層的に眺める限り、欧州が死刑廃止の中心地であり、アジア・中近東はその逆であるというふうに見えます。すると、死刑廃止は欧州の、死刑存置はアジア・中近東の「文化」であるということになるのでしょうか。そうではないことを示すことが世界地図を描いた理由でした。前回の考察から明らかになったことは、死刑廃止の最優等生はオセアニアであるということです。この地域にはオーストラリアやニュージーランドのような欧州的な国もありますが、その余は南太平洋諸島の非欧州的文化圏であります。また、欧州的な文化圏内に入る米国内部において、死刑の地域的偏差が大きいことも文化説では説明困難でしょう。さらには非西欧圏であるアフリカにおける死刑廃止の潮流も「文化」では説明がつきません。さらに地図では示せませんでしたが、地域的にみると死刑廃止の先駆地は、欧州よりも中南米であり、この西欧的なものと同時に非西欧的な要素を複雑に併せ持つ地域には、ベネズエラやコスタリカのように欧州でもまだ死刑が大いに存置されていた19世紀以来の歴史的な死刑廃止国もあるわけです。
他方、そもそも欧州自体も含め、地球上のほとんどすべての国家がかつては死刑存置国であったという歴史的事実があります。死刑が全廃されている諸国にあっても、死刑が存続していた時間の方が廃止されている時間よりはるかに長いのです。どうしても死刑が「文化」であると言い張るならば、それは(現在完了的に言って)人類共通の文化であったということになるでしょう。今日見られるような地域的な偏差はもはや「文化」の差異ではなく、それ以外の、実に政治的な条件・環境の差異に由来しているのです。
しかし、この死刑=文化説は、一般的にも、しばしば権力による抑圧を正当化する口実として各国政府によって持ち出されるところの「人権は西欧思想であり、非西欧圏には当てはまらない」とする「人権相対主義」とも結びついています。このために、死刑廃止条約の批准促進を目指す国連の人権活動が阻害されます。現在、国連では人権問題を扱う機関として人権理事会が創設されていますが、同理事会の理事国に日本のほか、中国、サウジアラビアなどアジア・中近東の死刑存置国が多数含まれているのです。注9 このことは死刑廃止条約の批准推進という観点から重大な問題を惹起します。
ここで国連のあり方一般を論ずることはできませんが、元来から「二つの国連」があります。安保の国連と人権の国連です。前者は安全保障理事会が中心機関ですが、後者はかつての人権委員会、現在はそれが人権理事会に格上げされたわけです。場所も前者はニューヨーク、後者はジュネーブと分かれており、まるで別組織のようです。力関係上は軍事に関わる安保理が優位に立ちがちで、人権活動は人権侵害を隠蔽したい思惑を隠さない諸国の妨害や反対に遭い、充分に機能してこなかったのですが、人権理事会に格上げされてもそう大きな変化はないと思われます。実際、日本を含むアジア・中近東の強硬な死刑存置国が同理事会で主導権を握るならば、国連の死刑廃止へ向けた取り組みはむしろ理事会によって締め付けられてしまう恐れさえもあるのです。
しかし、国連は万能ではないものの、死刑廃止の世界地図を塗り変えていくうえで重要な役割を果たすことに変わりありません。欧州の「死刑廃止の輸出」政策も意義はあるものの、内政干渉と紙一重です。そこで、国連死刑廃止条約には死刑廃止論を内政干渉論や文化的相対主義の攻撃から守り、それを国際的共通課題に押し上げるうえで高い意義があります。そうであればこそ、人権理事会が死刑存置国に乗っ取られるような事態は是非とも避けなければなりません。そのためにも、死刑廃止(少なくとも原則的廃止)を人権理事会の理事国資格として条件付ける必要があります。これには日本政府をはじめ、強い反対論も予想されますが、あくまでも押し通すべきです。
死刑は決して「文化」の問題ではなく、政治の問題であるがゆえに、死刑地図を人為的に塗り変えていくことは可能なのであり、それはまさに民主主義の拡大とほとんど同義であるのです。それだけにまた、それを妨害し、支配権維持に執着する政権勢力の巻き返しにも激しいものがあるでしょう。
注1
アパルトヘイト廃止直前の1980年代末には年間100件を超えていた。寺中誠「崩壊はじめたアパルトヘイトと死刑」、法学セミナー増刊『死刑の現在』(日本評論社)78頁参照。
注2
寺中誠「死刑廃止を加速したソ連・東欧の政治的激変」、上掲書68頁参照。
注3
上掲注2論文は、東欧の死刑廃止論議に影響を与えたのは1980年代末のソ連における死刑廃止論の台頭であったとする。それは事実としても、その後ソ連を継承したロシアではチェチェン問題など治安情勢を背景に議論の後退が見られるようである。以下の記事も参照。
http://www.janjan.jp/world/0607/0607298727/1.php
注4
EUの「死刑廃止の輸出」に関しては、欧州評議会の議員会議が2001年6月、日本および米国が2003年1月までに死刑の執行を停止し、死刑廃止に向けた措置を取らない場合には、欧州評議会全体における両国のオブザーバー資格を問題にするという決議を採択した。ただし、本稿執筆現在、この決議は実行されていないようである。次の資料を参照。
http://jpn.cec.eu.int/union/showpage_jp_union.death_penalty.php
注5
1976年以来米国で死刑を執行された者をみると、黒人が34%、白人は54.7%と白人のほうが多いのだが、人口比では、白人(ヒスパニックを含む)が74.7%、黒人が12.1%であるから(2005年調査)、人口比に照らせば黒人の執行率の高さは明瞭である。
参照、http://www.deathpenaltyinfo.org/article.php?scid=5&did=184
注6
米国の死刑執行のおよそ8割が、テキサスとその他の南部諸州で占められているという異常な地域的偏差を示している。
http://www.deathpenaltyinfo.org/article.php?did=414&scid=8
注7
欧州でも最近、ポーランドで死刑復活の動きがある。以下参照。
http://web.amnesty.org/library/Index/ENGEUR370022006?open&of=ENG-POL
注8
この発言の経緯や情況については、江頭純二「司法人権セミナー:死刑廃止開催」、『死刑廃止年報・2003』所収250頁参照。
注9
2006年現在、アジアの人権理事会理事国は、インド、インドネシア、バングラデシュ、日本、マレーシア、パキスタン、韓国、中国、ヨルダン、フィリピン、バーレーン、サウジアラビア、スリランカであるが、実効的死刑存置国が9カ国を占めている状態である。全面的廃止国は、フィリピン一カ国のみである。

2006-11-10
第二部 死刑廃止の政治過程(十四)
☆前回記事
【5】日本の死刑の特質@
日本では、なぜ死刑が廃止されないのか。―これは、内外で死刑廃止を希求する人たちの間ではしばしば大きな問いとなっています。おそらく、社会や経済のレベルで欧州等に比肩される国で、なぜ抑圧の象徴である死刑が存続しているのかという疑問でしょう。
これに対する最も単純な答えは「国民の多くが死刑を支持しているから」ということになるのでしょうが、これではもはや通用しません。というのも、死刑のような重要な刑罰制度問題の帰趨が、数年に一度行われるアンケート調査の紙切れ一枚で決まるものではないことは疑いないからであります。それでは、なぜなのか。これに誰もが納得し得るような簡便な回答を出すことはやはり難しいのですが、少なくとも日本の死刑制度の特徴は何かを把握することは、いささかなりともなぜという問いを解明する手がかりにはなるでしょう。本章ではそれを試みてみます。
(1)日本の死刑の歴史的概観 注1
まず、日本における死刑執行件数をいちおう記録のある明治時代から総体的に眺めてみると、年間三桁の執行も常態化していた明治維新初期(例えば、明治6年は961人という数字が記録されている)と年間二桁の執行もなくなった現在とでは大きく異なっています。ちなみに、記録されている限り、三桁執行の最終年度は、明治19年(1886年)でした。翌年明治20年から昭和38年までは大正14年と昭和20年、33年、36年の四度を一桁執行の例外として、すべて年間二桁執行が連綿と続きます。昭和39年(1964年)が、記録の残っている明治6年以来初めて執行ゼロの年となりました。ちなみにこの年は東京五輪が開催されています。そして、この年を一つの画期として二桁執行は減少していき、昭和45年の26人を年間執行20人台の最後とし、また二桁執行そのものも昭和51年(1976年)の12人を最後に途絶え、翌昭和52年以降は年間5人を超えない年度が続いた後、既に何度か触れた平成2年から4年にかけての三ヵ年連続で執行ゼロへ到達するのです。しかし、これも指摘したように、平成5年(1993年)、三年三ヶ月ぶりに7人が執行され、十七年ぶりの年間執行5人超えとなったわけです。それ以降1990年代末にかけては、年間5人前後が「相場」となったようですが、2000年代に入りやや減少して2、3人程度が「相場」になっています。
全体として明治初期の大量執行の嵐が過ぎても、しばらくは相当量の執行が続いた後、昭和後期になって執行数は目立って減少を示していき、遂にゼロが続く年度が生じたのですが、それで終焉とはならず、また再開されながらも、現時点では年間執行一桁がどうやら相場として定まっているといったところでしょうか。
(2)広範性
日本の死刑執行件数は歴史的に総体としてみれば決して少なくない数字であると思われますが、これは一つに死刑が最高刑として法定されている罪種が多く、死刑が広範囲に適用され得るということもある程度影響しているでしょう。
まず一般刑法上は、殺人罪のほか、強盗殺人・致死罪、強盗強姦致死罪、現住建造物等放火罪、現住建造物等浸害罪、激発物破裂罪、列車転覆致死罪、往来危険致死罪、水道毒物混入致死罪、内乱罪、外患誘致罪、外患援助罪の12種に及び、さらには特別刑法においても6種の犯罪に死刑が法定されており、注2 全部で18種の犯罪で死刑が定められています。
通常、死刑というと殺人罪の場合ばかりが想起され、世論調査等でも「凶悪犯罪」との関連で死刑の是非が質問されますが、実際には、現住建造物等放火罪などのほか、内乱罪や外患罪、また特別刑法上の爆発物使用罪のように生命侵害を伴わない犯罪についても少なからず死刑は法定されていますから、日本の文脈では死刑制度を生命の問題とだけ関連付けすることは正確ではないのです。ただ、実際の裁判において、死刑はほとんどが殺人罪か強盗殺人罪で適用されるために、生命との関わりで死刑をとらえることも間違いではないのですが、それだけでは足りず、特に内乱罪や外患罪のように国家体制への反逆や背信に対しても死刑が定められているということは、日本の死刑の政治的性格としてもより注目されてよいでしょう。
なお、最も一般的な殺人罪ですが、これについても、日本の現行法では計画的な謀殺罪と計画的でない故殺罪とを区別しないため、およそ故意に人を殺せば死刑の適用があり得る点、ここでも死刑の広範性という特質が認められます。
(3)恣意性
より深刻な特質は、恣意性であります。それは判決における恣意性と執行における恣意性とに大別できるでしょう。
まず、判決における恣意性が生じる要因は、いかなる場合に死刑が適用されるかが法律上明確ではないことから生じます。注3 とりわけ、最も一般的な単純殺人罪の規定がそれこそ単純で、最高死刑から懲役5年までの大幅な法定刑を挙げて裁判官の裁量(匙加減)に委ねてしまっているのです。これについては、いわゆる永山事件最高裁判決が法を補充していると評されることもありますが、法の規定を判例のみによって補充するということが既に問題なのであって、この点に関する法の不備による恣意的な死刑判決の危険は深刻なものがあります。このことがまた、確定判決に基づいて行われる執行における恣意性という次の問題とも連動していきます。
歴史的に見ても、現行刑法が制定された明治40年(1907年)以前は一応別扱いしておくとして、それ以降今日まで基本的に同一の刑法に基づいて執行されていながら、二桁執行から一桁執行へ減少するというのも、奇異なことです。ただ、これは死刑の適用基準が変わったことで説明できるでしょう。すなわち、かつては殺人罪で被害者一人でも死刑となることは珍しくなかったものが、近年は原則的に一人では死刑にならなくなってきたことが原因であると思われます。それにしても、このような変遷は法律上何ら確証されていないのであり、司法慣行のみに基づく恣意的な変遷ですから、このところの厳罰化の高まりで再びかつての水準へ戻ることもあり得るでしょう。実に恣意的なものです。
他方、より細かく年度ごとに見ても、執行件数は年度によりばらつきが激しく、ほとんど気まぐれによっているとしか思えない凹凸が認められます。この点、近時は一桁執行のせいか、凹凸ぶりがあまり目立たないわけですが、もしも今後ある程度執行件数が増量されてくると再び目立つようになるでしょう。もちろん年間執行件数を法律上一定数に定めることなど無理ですが、ばらつきの理由は法務大臣の死刑執行命令権が裁量に任されすぎていることにもあります。大臣裁量といっても、実質的にそれは事務官僚の執行事務に包み込まれる形で、大臣名義で法務官僚が行使しているのですが、このことが恣意性を高めます。ただし、執行件数は確定判決数にも当然左右されますから、ある程度のばらつきは出るでしょうが、それを適切に統制する仕組みが日本の死刑制度には乏しいように思われます。
(4)秘密性
もう一つの特質は、秘密性です。皮肉にも、この秘密性ということが公然の秘密として世界でもよく知られています。現在でも、法務省は死刑執行を公式には発表しません。1990年末からはFAXで司法記者クラブへ匿名通知するようなことを始めたようですが、注4 このような拙劣なやり方はもちろん公式な発表として評価できませんので、実際上は依然日本の死刑執行は国家機密事項であると言ってよいでしょう。 この秘密性は、執行される当事者やその家族に対しても適用されます。すなわち、アムネスティ・インタナショナルの包括的な調査でも主題的に触れられたように、「ある日突然の執行」となります。当日の朝にです。事前に家族にも通知はされないため、最後の別れもありません。また、死刑が確定すると、外部との接触も絶たれ、隔離的拘禁がなされます。なぜこれほど秘密性が貫かれるのかはこれまで充分説明されたことはありませんが、注5 自家撞着的ながら、この説明されない、無言ということそのものが日本の死刑の秘密性、ひいては権威主義の表れであると言えるように思います。
(5)絶対性
日本の死刑の特徴としてより深刻なものは、確定後の救済手段が貧弱であるということです。確定判決の事実関係を争う意思はないものの一定の更生が進んだ場合は恩赦、確定判決の事実関係そのものを争う場合は再審という手段があります。日本ではこの両者がいずれもほとんど活用されておりません。戦後では、死刑判決の恩赦減刑は3件(3人)、再審による無罪判決は4件(4人)しかありません。このことは、日本の死刑の絶対主義的性格を示しています。すなわち、ひとたび死刑が確定すれば、その救済をできる限り認めないという立場であるわけです。
恩赦に関しては1975年を最後に行われていません。これまた明示されていないものの、死刑判決に恩赦はつけないということが秘密裡の政策となっているようです。恩赦は仮釈放ということが理論上あり得ない死刑囚にあっては、確定判決に服しつつ事後的に救済される唯一の方途ですから、死刑囚にとっては他の有罪確定者の場合以上に恩赦の権利性を認められる必要がありますが、これがほとんど機能しないわけです。
一方、再審の場合は冤罪救済策ですから、より切実な問題です。しかし、再審請求のハードルは非常に高く、無罪であることが明らかな新証拠が必要ということになりますから、拘束されている死刑囚が弁護士を依頼して、このような決定的証拠を収集し、請求審に漕ぎ着けるには相当な時間がかかります。ところが、日本の刑事訴訟法上、再審請求をしたことは死刑執行を必要的に停止する事由とされていないのです。この点は、日本の法制度上最大の不条理であると思います。実際、1999年には再審請求中の死刑確定者が死刑執行されるという事態が生じています。これに対して、当局は「同じ理由で再審請求を繰り返すなら執行する」などと法に規定のない、恣意的で恫喝的とさえ言える弁明をしています。注6
これでは、無実の者を死刑執行してしまう可能性が極めて高い欠陥制度であるということになりますが、そこは、さすがに当局も一定考慮しているようで、有名な帝銀事件の故・平沢貞通氏のように冤罪性を当局も薄々と認識している場合については、事実上執行を凍結して数次にわたる再審請求を認めつつ、しかし決して自由の身にすることなく、当事者が高齢で獄死するのを待つという術策が採られるようです。注7 このように、法に規定なくして結果的に死刑を終身刑化させるやり方も非常に問題ですが、そもそも日本の死刑制度は事後的な救済の余地が非常に少ないことに問題があるのです。
(6)世論誘導
日本の死刑における別の特質として、世論誘導性の高さがあります。 戦後では、これまで合計8回にもわたり政府自身の手によって死刑に関する世論調査がなされていますが、これほど死刑に関する世論調査マニア?の政府も珍しいものです。注8 国連死刑廃止条約が成立した1989年以降は、律儀に五年ごとの世論調査が行われています。これらは、ほとんど常に死刑に関連する何らかの施策に合わせて実施され、そのつど政策的に利用されています。1989年のものは国連での死刑廃止条約の成立を前にそれに反対する狙いをもって実施されたでしょうし、遡っては、1956年のものはその年に参議院に上程された死刑廃止法案の価値を否定する目的であったでしょうし、近年の定期的調査では組織的に強化されてきた死刑廃止運動や議員連盟の動き、また国際社会からの一定の圧力に対抗し、死刑を死守する狙いをもって実施されているでしょう。
そもそも自己の政策に関して、政府自身が世論調査を実施するということ自体、政府施策に沿う結果を獲得するというお手盛りの危険を常に伴うのであり、注9 とりわけ訪問調査の方式を採るときは回答者にある種のプレッシャーを与える恐れが大です。このようなものをもって、調査結果にあたかも有権者の意思が民主的に示されているかのように宣伝すること自体がもはや通用せざる欺瞞でありますが、このような世論誘導性の高さということも日本の死刑の大きな特質の一部なのです。とりわけ、近時は「治安悪化」というマスメディアも陰に陽に参画しているキャンペーンとあいまって、定期的な調査を重ねるごとに死刑賛成の意見が増大し、廃止意見はついに10%を割り込むまでに下落するという結果を政府は手にしているわけですが、これは最も巧妙かつあさましい世論誘導の一例として、政治学的にも研究に値するでしょう。
さて、ここでいったん叙述を区切って、次回は1993年の死刑執行再開以来今日に至るまでの死刑制度のありようを特段に取り出して考察してみたいと思います。というのも、同年以前と以後とでは、制度の基本は同様であっても、そのありようにやや変化が認められ、特別に考察を要する点があると考えられるからです。
注1
以下の数値は、法学セミナー増刊『死刑の現在』(日本評論社)271頁及び『死刑廃止年報・2005』(インパクト出版会)205頁以下の表を参照。
注2
特別刑法上では、爆発物使用罪(爆発物取締罰則1条)、決闘致死罪(決闘罪ニ関スル件3条)、航空機強取等致死罪(航空機の強取等の処罰に関する法律2条)、航空機墜落致死罪(航空の危険を生じさせる行為等の処罰に関する法律2条)、人質殺害罪(人質による強要行為等の処罰に関する法律4条)、組織的殺人罪(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律3条)の6種である。
注3
外患誘致罪だけが例外で、この罪では死刑のみが法定されている。
注4
このような通知は、1998年11月に当時の中村正三郎法相が死刑執行の事実や数を公表すると表明したことがきっかけであったが、その内容は発信者の名前もあて先もない非公式的なFAX文書であり、関係者は「怪文書」と呼んでいる。「1999年9月10日の執行」、『死刑廃止年報・2000‐2001』所収(岩井信執筆)参照。
注5
表向きの理由としては、死刑確定者の「心情の安定」や「プライバシーの保護」などがあろうが、それらは死刑確定者の具体的な意志・状態とは無関係に当局によって援用される、まさに口実に過ぎないだろう。
注6
「1999年12月17日の執行」、注2掲記文献所収(岩井信執筆)参照。
注7
同種の事件として、波崎事件がある。同事件で殺人罪に問われた冨山常喜さんは、死刑確定から30年近く無実を訴え再審請求を続けた末、ついに再審に漕ぎ着けないまま2003年に獄死した。この事件は被害者一人の毒殺事件であり、仮に正しく有罪でも今日の量刑基準なら死刑となる可能性が低いケースである点でも重大な問題があった。本件については、次のページも参照。http://www.asahi-net.or.jp/~VT7N-YND/
ほかに、本人存命中のケースでも、川端町事件や名張毒ぶどう酒事件、袴田事件などは、いずれも死刑確定以来30年近くあるいはそれ以上にわたり再審請求を続けているケースであり、獄中の当事者はいずれも高齢に達している。
注8
最新の2004年度調査の概要・問題点については、辻元衣佐「死刑と世論二〇〇四年世論調査を中心に」、『死刑廃止年報・2005』所収114頁以下参照。1989年以前の調査に関しては、藤吉和史+松井千秋+港和夫「世論調査における死刑」、上掲注1『死刑の現在』150頁以下参照。
注9
政府による世論調査を批判する際、上掲注6文献なども含め、質問方法の誘導性が問題視されることが多いが、政府自身による世論調査自体の当否も問うべきであると思われる。この点は、他の政策問題一般についても同様である。

2006-11-18
第二部 死刑廃止の政治過程(十五)
☆前回記事
【5】日本の死刑の特質A
我が国では、三年余りの短い死刑執行休止の後、1993年3月に執行再開となったことは再三述べましたが、この後今日に至るまでの死刑のありようについて特に取り出して考察してみます。前回も触れたように、日本の死刑制度の根幹は再開前と後とで大差はないのですが、幾つかの点で再開以前の状況とは異なる特徴が認められます。
<1>政治性
まず、第一の特徴は政治性が増したことです。これは、二つの局面で生じています。
一つ目は、国内での死刑廃止運動の組織化が進み、かつ国連条約の成立、いまだ穏やかとはいえEUからの廃止圧力といった死刑制度を揺るがす内外からの新たな事態に直面し、そうした動きに対抗することです。そのために、死刑執行が以前にも増して何らかの政策的な意図を持って、一定のタイミングのもとに実施されているのではないかという推測に充分な根拠を与えています。
二つ目は、治安対策的な意図に基づくと見られる執行が増えていることです。これは、特にオウム事件以降に際立つ特徴です。オウム事件以降、治安当局とマスメディアとが一体となった治安維持キャンペーンが強まりました。治安悪化を示す統計をことさらに強調して不安を扇動する世論操作手法も露骨になっています。そういう中で、死刑執行が治安対策的に行われているのです。ただ、法務省は死刑執行を公式発表しないという方針自体は変えていないようですから、この治安対策的意味合いは比較的背後に退いており、「知る人ぞ知る」という形で、死刑廃止運動関係者や国連等へ向けての死刑廃止拒否の対抗的メッセージの発信という、先の第一の局面での政治性が最も強烈に現れているのだと考えます。
もちろん、執行は基本的に公式発表されない以上、各執行に込められた政治的意図を明確に特定することは難しいわけですが、そうした特定化に関して相当な根拠のあるこの間の執行事例を拾い挙げれば次のとおりです。
93年3月
まさに執行が再開された時の記念すべき?執行で、この意表を突く突然の再開自体が極めてメッセージ性の強い執行。
93年11月
直前の11月4日に、国連の規約人権委員会が日本政府に対する定期的な審査で、死刑廃止条約の批准を勧告するコメントを採択したこと、 同年8月に成立した非自民系の細川内閣の閣僚に死刑廃止論者が9名含まれていたと見られることを意識した対抗的な執行。注1
94年12月
数日前の11月26日に公表された総理府(当時)世論調査結果で、死刑を支持する者の割合が7割とされたことを受けての執行。
95年5月
同年3月に東京地下鉄サリン事件が発生、それを背景とした治安維持的な意味合いからの執行。
96年7月
破壊活動防止法に基づくオウム真理教の解散請求を公安審査委員会に請求した当日(11日)の執行。
97年8月
19歳の時に犯した殺人で死刑囚となっていた獄中作家・永山則夫への執行は同年6月に神戸児童殺傷事件で14歳少年が容疑者として逮捕され反響を呼んだことと関連し、未成年犯罪への厳罰対応を意識した執行。
99年12月
それぞれ再審請求中と人身保護請求中の各死刑囚を執行。こうした確定後の権利救済に対する威嚇的・否定的な意図を込めた可能性。
01年12月
大阪教育大附属池田小児童殺傷事件の初公判当日の執行。また、被害者遺族から死刑執行に異議の出ていたケースで執行。
03年9月
上記池田小事件で死刑判決直後の執行(別事件)。
04年9月
上記池田小事件の宅間守死刑囚に対し死刑確定から一年未満での執行。
<2>動員性
これは、上記<1>で述べたところの政治性とも関連し、そこに含めて考えてもよいのですが、死刑制度への大衆動員的手法が現れてきています。その最も素朴なものが、世論調査の利用でしょう。かつては、不定期的な実施にとどまっていた世論調査が、このところ五年おきの定期調査となり、これが死刑存置の最有力論拠であるかのように提示され、上に示したように調査結果公表直後に執行されたりするケースもあります。これは直接に大衆動員するものではないですが、「世論の声」があたかも調査用紙に顕現したとでも言わんばかり、死刑が「民意」に基づいているように見せかける工作にほかなりません。
しかし、より注目すべきは、2009年までに施行が予定されている裁判員制度との関連です。これは、法定刑に死刑などを含む重大事件の審理・評決に一般市民が強制的に参与させられる制度ですから、より露骨な動員制度になります。この法律の目的は、「国民の中から選任された裁判員が裁判官と共に刑事訴訟手続に関与することが司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する」と穏健な言葉で包まれていますが、注2 ここには、職業裁判官のみの権威主義的裁判を市民の参与によって制約し、裁判過程を民主的に統制するという発想は片鱗も見られません。むしろ、死刑の評決(それだけではありませんが)に一般国民を参与させて、あたかもそれが「市民的常識」を反映した判決であるかのごとく標榜しようという隠された狙いを読み取ることができます。この裁判員制度の施行後に死刑判決が現状より増加するか現状維持(後述のとおり既に急増していますが)にとどまるかは一概に予測できませんが、いずれであれ、死刑判決への大衆動員という意味を増すことは疑いのないところであります。
この裁判員制度の議論が生起してきた2000年代以降、司法部では全審級で死刑判決が急増しているのですが、注3 これは来たるべき大衆動員型死刑判決を先取りする予行演習であると見る余地もあると思われます。実際、検察の論告や裁判所の判決においても、遺族感情を死刑理由としてことさらに強調する傾向が顕著に見られますが、法曹としての識見よりも生の「感情」を援用してくるこうした手法も一種の大衆動員であり、近年における日本の死刑の特徴をなしています。
<3>女性性
第三の特徴は、死刑執行への女性の関わりが高まっていることです。すなわち、過去十年で3人の女性法務大臣が計9人を執行していることが注目されます。これは、海外の死刑存置国でもあまり見られない現象ではないかと思います。まず、史上初の女性法務大臣となった長尾立子が96年7月に女性として初めて3名に執行命令を出した後、二人目の女性法相であった森山眞弓が三度にわたり計5名に執行命令を出し、これが日本における女性による死刑執行員数の最多記録です。また、在任中に三度にわたり執行命令を出したのは男性を含めて史上初と言われます。最初の二人はいずれも官僚出身者でしたが、三人目の女性法相で助産師出身の南野知恵子が2005年に1名に執行命令を出しています。
第一部で述べたように、現代の死刑には被害者・遺族に寄り添ってみせるようなある種の優しさの暴力という面があるのですが、注4 これが女性による死刑暴力と親和しているように思います。またより全般的に、少年犯罪や交通事故等でも大衆レベルの厳罰化要求が高まっていますが、こうした運動の中心的担い手の多くが、子供や夫を失った女性たちなのです。このような下からの動きも含めて、こうした新たな厳罰化を作動させているものは、フェミニン(女性的)な暴力(feminine violence)であるとも言えます。ちなみに、全米随一の「死刑大国」であるテキサス州でも、死刑判決に救済を与えない主義によって強硬な死刑存置論者として死刑廃止運動関係者の間で悪名高い同州刑事上告裁判所(同州における刑事事件の最上級審)のシャロン・ケラー長官がやはり女性であり、日米とも死刑制度における女性の「活躍」が目立ちます。注5 これは偶然とは言えないでしょう。フェミニズムの観点からも注目すべき問題ではないかと思われますが、議論は低調のように見受けられます。
注1
『年報・死刑廃止96』180‐181頁の資料17及び18を参照。
注2
裁判員の参加する刑事裁判に関する法律第1条参照。参照、http://law.e-gov.go.jp/announce/H16HO063.html
注3
特に地裁段階で年間二桁の死刑判決が出されるようになり、それに伴い、最高裁レベルでの死刑確定も相次ぎ、本稿執筆現在で死刑確定者も90人台に上っている。菊池さよ子「死刑判決・無期懲役判決(死刑求刑)一覧」、『年報・死刑廃止2005』所収141頁のほか、以下の拙稿も参照。http://turedure-sisaku.blogzine.jp/sophia/cat2409446/index.html
注4
第一部第4章「死刑制度の転回A」http://turedure-sisaku.blogzine.jp/sophia/2006/01/post_59e3.htmlを参照。
注5
シャロン・ケラー判事については、以下を参照(英文)。
http://texasmoratorium.org/article.php?sid=1130
http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/case/interviews/keller.html(インタビュー)
インタビューからは、ケラー判事が判決の終局性や自白を極めて重視していることが窺える。しかし、もし彼女が日本の裁判官であれば、ごく平均像のはずである。日本には無数のシャロン・ケラーがいる!

2006-11-26
第二部 死刑廃止の政治過程(十六)
☆前回記事
【5】日本の死刑の特質B
前回は、93年3月に死刑執行が再開となってから今日に至るまでの死刑の特質について特殊に概観してみましたが、ここで補足的にもう少し細かくその実態を検討しておきたいと思います。なお、以下は2005年までの状況です。
@執行人数
47人
A年齢
10代  0
20代  0
30代  1
40代 12
50代 17
60代 16
70代  1
※80代以上なし
B性別
男性 46
女性 1
C確定から執行までの年数
1年未満      1
1から4年     3
5から9年    36
10から14年   6
15から19年   1
20年以上     0
D確定審級
最高裁 34
高裁   5
地裁   8
E月別執行回数
1月  0
2月  0
3月  1(93年)
4月  0
5月  1(95年)
6月  1(98年)
7月  1(96年)
8月  1(97年)
9月  5(99、02、03、04、05年)
10月 0
11月 3(93、98、00年)
12月 5(94、95、96、99、01年)
F年度別執行人数
93年 7
94年 2
95年 6
96年 6
97年 4
98年 6
99年 5
00年 3
01年 2
02年 2
03年 1
04年 2
05年 1
G執行拘置所別執行人数
東京   15
福岡   10
大阪    8
名古屋  7
仙台    3
札幌    3
広島    1
H大臣別執行人数(*は女性)
後藤田正晴(3)
三ヵ月章(4)
永野茂門(0)
中井治(0)
前田勲男(5)
田沢智治(0)
宮澤弘(3)
長尾立子*(3)
松浦功(7)
下稲葉耕吉(3)
中村正三郎(3)
陣内孝夫(3)
臼井日出男(2)
保岡興治(3)
高村正彦(0)
森山眞弓*(5)
野沢太三(2)
南野知恵子*(1)
杉浦正健(0)
I内閣別執行人数注1
宮澤内閣(3)
細川内閣★(4)
羽田内閣★(0)
村山内閣(8)
橋本内閣(13)
小渕内閣(8)
森内閣(3)
小泉内閣(8) 
 
<総評>
全体として、まず、執行される人は年齢的に40代から60代に集中しています。20代の若年者への執行はなく、70代以上の高齢者の執行は1人だけです。また法律上は死刑となり得る10代への執行もありません。そして、1人を除き男性です。注2 確定から執行までの年数は圧倒的に5から9年ですが、例外的に1年未満の者が1人あります。確定審級は圧倒的に最高裁が多いものの、地裁限りの者も8人含まれています。
月別執行回数では1月から6月までの前半月は極めて少なく、ほとんどが7月以降、それも9月と12月に集中し、近年はとりわけ9月に集中しています。執行場所は、東京と福岡の両拘置所で半数以上を占め、これに大阪と名古屋が続きます。広島拘置所では一度のみの執行となっています。
法務大臣別にみると、大臣1人当たり平均執行人数は2.47人で、およそ1人の大臣が2〜3人を執行する慣例とみてよいでしょう。また、既に触れましたが、3人の女性大臣で合わせて9人、全体のおよそ2割を執行していることが注目されます。1人当たり平均執行人数で見ると、男性大臣の2.37人に対して、女性大臣は3.0人と女性大臣の“奮闘”ぶりが目立ちます。
内閣別では、自民・社会・さきがけの三派連立であった村山、橋本の両内閣の時代、94年から98年までの約4年間で合わせて21人と全体の半数近くがこの時期に集中しており、これはちょうどオウム教団事件という未曾有の治安危機に体制が直面していたこと、同時に自民党が仇敵・社会党と連立を組むという変則的事態の中で政権基盤の弱さを露呈していた時期であることも関連しているように思われます。他方、かつては死刑廃止を掲げていたはずの社会党も、注3 自民党と連立を組むや積極的死刑政策にあっさり乗り換え、何らの対応も示さなかった変節ぶりは醜悪の一言に尽きます。
政治的に見ると、93年の執行再開以降は、自民党が単独では政権を維持できなくなってきた時期とほぼ重なるという特徴があります。93年の執行再開の直後に自民党が結党以来初めて野党に転落、同時に第二党の座を守ってきた社会党も大幅に議席を減らし、自民党と社会党が二大政党を形作るいわゆる55年体制が終焉したのが93年でもあります。ただ、小泉内閣になって自民党は勢力を盛り返し、05年の総選挙でも「圧勝」したわけですが、小泉内閣では年間死刑執行人数がやや減少傾向を示しています。これをどう見るべきか。詳しくは次回以降に述べますが、これは基本的に90年代後半期に執行人数が増えたために、執行の条件を満たす確定者が減少したというだけのことではないかと思われます。
他方で、2000年代に入ってから死刑判決が際立って増加してきており、それに伴い死刑確定者が現時点で100人に迫る勢いを見せており、実はここに93年3月以降の流れがまた一つ新たな段階に入る兆しが出てきているのですが、これはもう少し長いスパンで見なければその実態を充分に把握できないため、次回以降、日本における死刑廃止運動が当面する問題を論じる中で併せて検討することとします。
注1
★印は非自民党系内閣。それ以外の内閣は自民党が単独または連立で与党を構成した内閣である。
注2
女性の死刑確定者(未執行)は、06年11月現在では、計5人である。
注3
社会党はかつて選挙公約にも死刑廃止を掲げていた。「資料25 社会党政権、二度目の執行」、『年報・死刑廃止96』所収「資料 1989〜1995」198頁参照。 

2006-12-10
第二部 死刑廃止の政治過程(十七)
☆前回記事
【6】死刑廃止運動の革新@
前章までに考察してきたところを踏まえた最後の総括として、このところ停滞気味とも言われる日本の死刑廃止運動のありようを革新するうえでの諸問題を検討したいと思います。その際、問題点を浮き彫りにするためやや標語的なまとめをしてみます。
第一命題:全体状況の把握を
日本の死刑廃止運動は1990年代以降目立って活発かつ戦略的になったことはたしかですが、世界的状況及び日本の死刑制度の実情を踏まえて、より全体状況に目を向ける必要があると思われます。
まず、世界的な状況として、国連の死刑廃止条約の批准が徐々に進んできています。注1 日本における1990年代以降の運動も、その中心となっている「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」がその名のとおり、条約の批准を求める運動であるわけです。まずはこの事実を再確認したいと思います。
長い間、死刑廃止は国内制度問題であるとされてきましたが、この条約の予想外に早い成立で問題状況が一変しました。議論の土俵が国際条約問題に移ったのです。「地球が決めた死刑廃止」というスローガンがありますが、これは以前ならいささかはったり的な響きもありましたが、条約成立から約20年を経過し、国連条約が遅効性の薬のように効いてきています。
しばしば運動関係者の中にも「世界の潮流だから死刑廃止なのではない」という人もいます。しかし、その言述は逆手に取られかねません。そう、だから大勢が死刑を支持している日本では死刑を維持してよく、条約など関係ないのだという存置論に根拠を与えかねないのです。むしろ、日本国憲法は前文や98条で国際協調主義を宣言しています。締結した条約を尊重すべきはあまりにも当然ですから、この主義は、未批准の条約であろうと少なくともそれを無視放置することは許さない趣旨を含むと理解すべきですから、国連条約の尊重は憲法上の要請でもあるのです。注2 
むしろ、存置論者が引っ張り込もうとする国内法問題という狭い土俵をひっくり返して、死刑廃止はもはや国内法問題に非ず、国際法問題だということを廃止運動は明確にすべきであります。そうでなければ、なぜ「国際条約の批准を求める」と命名された運動体を興したのかわからなくなります。注3 
実際、運動は単に刑法改正による死刑廃止のみならず、国連条約の批准という手続きを踏むよう圧力をかける運動として明確化するべきであると思います。注4 ただ、日本国憲法上、条約批准は内閣の権限ですから、これは政党内閣制の現状からは死刑廃止を公約に掲げる党派の政権が成立しなければ実現は困難です。そのため、条約批准を求める運動はほとんど必然的に、(最も穏健な戦略としても)政権交代を求める運動と結びつくでしょう。このことを運動はタブーとしてはなりません。
第4章でも分析したように、今日死刑存置に執着している諸国は程度の差はあれ民主主義が機能していないのです。日本も同一勢力の長期支配が続く国であります。そのような固定的政治構造の強権的な担保として死刑制度がある。このように総括できました。したがって、こうした諸国では、死刑廃止運動は固定的政治構造を打ち砕く運動に向かわざるを得ないのです。この点で、「超党派」を強調しつつ、政府与党と「連携」して現体制の枠組み内での死刑廃止をある種取引的に推進しようという近年の運動主流の戦略は現実的ではありません。死刑を最も必要としているのは現体制を維持したい政府与党なのですから。
とりわけこの点で、近年急浮上中の「(仮釈放を許さない)終身刑導入論」は重大な落とし穴であります。今、急浮上と言いましたが、このような代替刑提案は既に1990年代半ば頃から始まっていました。注5 これはおそらく90年代半ばのオウム教団事件に当面し、廃止運動に急激な「逆風」が起きたという想定のもとに、廃止運動側からも積極的な提案をして存置勢力を説得しなければならないという危機意識から出てきたという限りで理解はできますが、支持はできません。
ただし、この終身刑を巡っては個別的に扱うべき種々の問題があるため、それらについては次回にまわすとして、ここでは概論的にこの「終身刑戦略」の問題点を指摘しておきます。
まず、この戦略においては、たとえ「苦渋の決断」としてであれ「生命のために自由を犠牲にする」という問題が起こってくることです。注6 これは刑務所と収容所の違いという問題を提起します。刑務所と収容所の違いは社会復帰できるかどうかにあります。刑務所であれば条件を満たせば必ず社会復帰が認められなければなりません。一度収監されたらもはや社会復帰できないのは、収容所です。死刑を廃止して代わりに終身刑を創設するのは、その限りで収容所を設立することと同じです。死刑台は認めないが収容所は認めるとでも言うのでしょうか。ちなみに国連死刑廃止条約の本体である国際自由権規約でも10条3項で「行刑の制度は、被拘禁者の矯正及び社会復帰を基本的な目的とする処遇を含む」と規定されており、社会復帰を認めない終身刑はこの条項に違反する疑いがあります。注7
このように社会復帰を許さない刑罰を認めるということは、やはり国家に対して絶対権を認めるということ、とりわけ自由を絶対的に拘束する権限を認めるということを意味します。その点では、死刑の権限を別の形で留保しておくことと同じです。国家権力の絶対性格に変わりありません。そういう国家の絶対性格を認めないことが死刑廃止運動の目的であって、ただ単に死刑囚の生命を「人道的に」救うことだけではないはずです。死刑廃止運動は、死刑台にも収容所にもノーを突きつけるべきなのです。仮釈放なき終身刑のような権限を国家に認めることは、いずれは予防的拘束(保安拘禁)のような形で自由のより広範な拘束を認めることにもつながります。つまり、重大犯罪者は事後的に絶対拘束、重大犯罪者予備軍には事前に予防拘束という形で国家権力はかえって現状より肥大化する危険さえもあるわけです。自由の犠牲は、ある意味で、生命の犠牲以上にその波及範囲が広いのです。
終身刑導入運動という戦略は、米国の死刑廃止運動でも近年一つのトレンドであり、このことも日本の死刑廃止運動に影響している可能性がありますが、そこでは世論調査上、終身刑が創設されれば死刑廃止に賛成とする意見が顕著に増加するということに望みがかけられており、日本の運動でもそのことが強調されます。注8 しかし、世論調査の仮定的質問への回答だけで具体的期待を持つのは早計ではないでしょうか。むしろ、米国では先に述べた終身刑が既に多くの死刑存置州で制度化されているという事実が重要です。注9 そのため、終身刑導入を唱えることが死刑廃止を促進するという関係にはならないのです。注10 それは結局のところ、「死刑も終身刑も」ということで米国のように二つの厳罰が並存することに収斂していくのです。おそらく日米の世論調査においても、「死刑と終身刑の双方を存置する」という選択肢を設定すれば最も「支持率」は高いでしょう。
終身刑導入論は、しばしばそれが「現実的」であるとも喧伝されています。この言述は、単純な死刑廃止を主張することが何か「理想主義」に走った独善であるという含みを持っています。注11 しかし、私に言わせれば終身刑導入論こそ現実性を欠いた一つの幻影なのです。危険な幻影ほど一見して現実的に見えるものですが、終身刑導入論はその一つです。しかも、この方向は非常に短期的視野で、当てにならない「世論」などの部分的状況を見ているだけの戦術であって、大きな失敗を招きます。
死刑廃止運動はより全体状況を見て進めていく必要があることをここで再度強調します。それこそが現実的なのであり、またそれは決して手をこまねいているだけのことを意味しません。死刑廃止の道ではないものを近視眼的にそうであるように誤信して突き進むほうがよほど非現実的であり、自滅的なのです。また死刑廃止という一点にこだわり、それが短期に実現するならばいかなる案でも呑むという発想のほうがよほど独善ではないのでしょうか。そのような発想をする人たちは、いずれ存置勢力が死刑の「代替刑」として手足切断や耳そぎ、目潰し、去勢といった体刑の復活を提案すれば「苦渋の決断」としてそれをも受容するのでしょうか。
注1
2006年11月現在で国連加盟192カ国中のおよそ三分の一にのぼる60カ国が批准し、7カ国が将来の批准を公約して署名済み。参照、http://web.amnesty.org/pages/deathpenalty_facts_eng
注2
実際、現在問題となっている共謀罪規定の創設を要請されていると政府が主張する「国際的組織犯罪防止条約」のような治安関係の人権制約的な国連条約はスムーズに批准し、国内の反対があっても条約内容の履行を急ごうすることと比べて政府の態度は明らかにダブルスタンダードである。要するに、国家権力を増強する条約は必要以上に尊重するが、国家権力を縮減する条約は無視放置する態度である。
注3
フォーラムのウェブサイトでも肝心の国連条約の解説がなされていないのは不可解である。「資料編」には「死刑制度と死刑廃止についての資料(条約など)を集積します」とあるが、そこでは失敗に終わった死刑廃止議員連盟の重無期刑(終身刑)創設法案しか紹介されていない点に不審を持つ。
注4
条約を批准した結果として、国内法から死刑制度を同条約の要請する範囲で削除する義務を負うため、結局国内法上の原則的死刑廃止は行う必要がある。ただし、同条約は、留保条項として戦時における軍事的性質の犯罪に関しては例外的に存置を認めていることは第一部でも批判的に紹介したが、この留保は義務的ではない。
注5
『年報死刑廃止』の「「オウムに死刑を」にどう応えるか」という副題を伴った1996年創刊号掲載の座談会で既に代替刑問題が討議されている。座談会「死刑廃止へ向けてどうするか この5年間の歩みと展望」、同書所収136頁以下参照。
注6
フォーラムの実質的指導者である安田好弘弁護士は最近の講演で、終身刑導入を提起するに際し、「自由を犠牲にすることもやむを得ないという苦渋の決断」をすべきことを明言する。同「終身刑の導入と死刑廃止」、『年報・死刑廃止2005』所収111頁。
注7
政府訳では本文のとおりであるが、原文は'The penitentiary system shall comprise treatment of prisoners the essential aim of which shall be their reformation and social rehabilitation.' であるから、「その本質的目的が受刑者の矯正と社会復帰とでなければならないような受刑者処遇」というより強い含意を持つ。
注8
安田前掲注6講演109頁同旨。
注9
米国の死刑存置州で終身刑を持つ州は38州中37州ある。参照、http://www.deathpenaltyinfo.org/article.php?did=555&scid=59
注10
米国の実情を踏まえつつ、終身刑導入に反対する論説として、大山武「終身刑導入は死刑廃止の道ではない 終身刑大国アメリカの現実」、『年報・死刑廃止2003』所収58頁以下参照。
注11
注6安田講演では、「私たち少数者の目的は、独善や傲慢ではなく、意見の異なる人たちとの合意と協力によってしか実現しないのです」とか、「わたし達の思想を押し付けるのではなく、わたし達と異なった考えを持つ人の中にわたし達と一部でも共有できる考えを探し出していく必要があります」などと少数者の謙虚さとともに多数者との協調が強調されている。しかし、その前に多数者の名において死刑存置論を押し付ける死刑存置勢力の独善と傲慢を問う必要はないか。

2006-12-14
第二部 死刑廃止の政治過程(十八)
☆前回記事
【6】死刑廃止運動の革新A
前回概論的に述べた終身刑問題について、もう少し個別的に立ち入って批判的な検討を続けます。
第二命題:終身刑の誘惑を絶て
付随命題:無期懲役刑の真実を伝えよ
これから検討するように終身刑にも二つの類型がありますが、いずれにせよ、終身刑の提案は死刑廃止の道ではありません。このような誘惑的な言説と絶縁することが死刑廃止運動の後退に歯止めをかけ、運動を革新する手がかりとなります。また、それと同時に、無期懲役刑の真実を正しく伝えることも死刑廃止運動の使命であります。
終身刑論の二つの類型のうち一つは、死刑を廃止したうえで新しい刑罰体系の最高刑を終身刑とするという終身刑論としては最もオーソドックスなもので、これを「単独型終身刑」と呼びましょう。このような提案はなぜ有望でないのか。
まず実際的な処遇効果の点からみて、終身刑は受刑者の更生を保障しません。受刑者は社会復帰できないのですから、更生する必要もない。また、より重要なことは、犯罪要因を作った社会の更正もできないことです。犯罪を生産した社会の問題は放置して、自らの産み落とした人間を収容所に生涯閉じ込めて蓋をしてしまう。これでは、死刑と何も変わりありません。単純に、生命は維持される以上、死刑とは大違いであるなどというのは浅薄な発想と言わざるを得ません。
さらに言えば、終身刑監房はある種の終身ケアハウスにもなります。もしも終身刑受刑者を「人権」に配慮して(配慮せずにいられるでしょうか)、劣悪な環境に置かないようにするには、よほど充実した心身のケアが必要になりますから、まさにケアハウスです。これでは、何か重大な犯罪をして終身刑になったほうが、苦労して「娑婆」で暮らすよりよほど良いではありませんか。現実社会で生きていくことに自信が持てない人の中にはそういう観念を抱いて、意図的に重大犯罪を起こし、晴れて?希望通り終身刑監房入りを果たす人が出ないと誰が言えるでしょうか。つまり、終身刑には犯罪誘発効果があります。注1
おそらく、終身刑論者は恩赦の活用で事後的に調整を図ろうとしているのでしょう。注2 しかし、恩赦は国家の温情による赦免措置であって、その本質は死刑と同根の国権絶対主義です。そのため国家の温情たる恩赦を要求する権利という理論構成には無理があるため権利性も弱く、民主的な制度ではなく、実際、政治的に利用されることも少なくありません。いつ恩赦が付くとも判らず、その条件も一定しませんから、受刑者の更生も進まないでしょう。そういう点への批判から、仮釈放というより明確で権利性も認められる制度が発明されてきたのです。ですから、現行法のような仮釈放付き無期懲役刑にはまだしも合理性があるのです。
ちなみに旧西ドイツ(現統一ドイツ)では戦後いち早く死刑が廃止された後の最高刑がまさしく終身刑となったのですが、これは戦後ドイツ憲法の支柱である「人間の尊厳」に反するのではないかという憲法上の疑義が下級裁判所から出されたことに対して、連邦憲法裁判所は一定の理解を示し、「社会復帰の余地が全くない自由刑は人間の尊厳に反するが、恩赦の保障だけでは不十分である。しかし、再犯の危険などが認められるならば恩赦を許さなくても人間の尊厳には反しない」というようなやや玉虫色の判決を言い渡しました。しかし、これによって結局、終身刑は改正を余儀なくされ、現在では名義は終身刑であっても15年が経過すれば受刑者は社会復帰の余地が与えられ、特別の事情があれば拘束を継続するという刑になったのです。注3 つまり、終身刑という名でありながら、15年で社会復帰の可能性はあるも再犯危険などがあれば実際に終身間拘束となる可能性もあるという微妙な制度で、少なくとも日本の一部の終身刑論者が主張する「恩赦の権利」があれば十分であるというような安易な対応ではないわけです。
次に、冤罪問題も指摘できます。現在でも無期懲役刑は冤罪の吹き溜まりとも言われますが、これは有罪なら量刑上死刑相当であっても、被告が無罪を争っていて証拠上やや不安が残るが無罪判決にも躊躇があるというときの逃げ道として無期懲役刑が選択されるということです。実際のところ死刑と無期とでは大きな開きがあるため、このような便宜的処理はなかなか簡単にはできないと思われますが、終身刑であれば、無期懲役刑と異なり社会復帰がないわけで、無期懲役刑の場合以上に堂々と?こうした便宜的処理ができることになりかねません。終身刑監房は本当に冤罪者の吹き溜まりとなるでしょう。
さて、残念ながら以上のような単独型終身刑より一層後退的な提案も有力化してしまいました。当面死刑は存置したうえで終身刑の導入から入ろうという提案がそれであり、このような形の終身刑を、死刑と並存するということから「並存型終身刑」と呼んでおきましょう。
この方向は「超党派」戦略ともあいまって、与党議員をも含む死刑廃止議員連盟による重無期刑(終身刑)創設法案という形で提出の機運にも至りましたが(2003年)、結局その提出さえできませんでした。注4 50年前にはごく単純な死刑廃止法案がとりあえず参議院への上程までは漕ぎ着けたこと注5 と比べても致命的な後退です。存置勢力に大きなポイントを稼がせてしまったのです。注6
この並存型終身刑には、これによってまずは死刑判決を減少させようという狙いがあるようですが、その点にはたしかに一理あるように思います。おそらく、現状では死刑判決となりやすい被害者二人の殺人事件ではこの終身刑が適用される確率は高まるでしょう。ですが、被害者三人以上ではどうか。三人は限界事例かもしれませんが、多くの場合で死刑相当とされる可能性があります。また、被害者二人以下であっても被害者が幼児であるようなケースはどうでしょうか。被害者の数だけで終身刑相当とストレートにはいかないように思われます。
しかし並存型終身刑の最大の問題性は、それが死刑と並存することによってかえって死刑の例外性、まさしく究極の極刑としての希少価値を高めてしまうことです。仮釈放なき終身刑をもってしても許すことのできない者へは死刑以外あり得ないという観念が強化されるために、死刑に現状以上の付加価値が付与されるおそれすらあります。例えば、オウム事件でサリン事件の首謀者と認定されるような人たちが終身刑で済まないであろうことは明らかであります。並存型終身刑導入論は、オウム事件によって促進された面があることは確かだと思われますが、オウムのようなケースこそは終身刑ではまかない切れないものなのです。04年の大阪教育大付属池田小学校事件のように児童が大量殺傷されるようなケースなどもそうです。また、遺族の中には終身刑ではなお足りないとして、つまり終身刑という裁判所にとってある種の逃げ道ができることによって、かえってその逃げ道を許さないとして死刑判決への強烈な欲望を掻き立てられてしまうということもあり得るのです。
他方、並存型終身刑論には、上述のように死刑判決件数を減少させたうえでその間に死刑執行モラトリアムを導こうという狙いもあるようですが、注7 並存する以上、死刑モラトリアムの必要性は低くなります。並存ということは、あくまでも死刑存置にほかならないからです。繰り返せばかえって例外的極刑としての死刑はその必要性が高く評価されかねないのです。そのため、モラトリアム導入も期待薄となるでしょう。
どうみても、並存型終身刑の成算は薄いように思われます。何よりも、死刑廃止運動が一時的とはいえ死刑存置論を受容してしまうことがもたらす運動の後退には測り知れないものがあり、運動の精神的腐敗をさえ招くでしょう。かつては刑事学の立場から日本で最も熱心な死刑廃止論者であった菊田幸一がこのような並存型終身刑の主唱者に転向したことの影響にも大なるものがあります。菊田は近年、「私は率直にいって現行刑法典から『死刑罪名』を削除するという、いわば正面からの死刑廃止は困難である」とまで明言しています。注8 それでもなお、この議論を「死刑廃止論」と呼ぶことが可能なのでしょうか。
私自身は第三部で改めて論じるように、刑罰制度そのものに反対ですが、刑罰廃止が一挙実現するべくもないことは理解しており、この点では妥協することにもやぶさかでありません。しかし、死刑廃止という原則論での妥協はすべきでないと考えます。
その点からいえば、終身刑論の誘惑をきっぱりと絶ち、現行無期懲役刑の真実を被害者サイドにも、また一般社会にも正しく伝えることが重要であり、それこそ真の「代替刑」の提案であると思います。では、現行無期懲役刑の真実とは何か。
まずは、現行法上10年で仮釈放を付し得るとされているこの10年とは、あくまでも仮釈放を許さない期間の最低限度であるにすぎないということです。つまり「10年で仮釈放が付く」のではなく、「10年間は絶対に付かない」ということです。しかも、実際に10年で仮釈放となることはまずなく、近年の出所者の平均はより長期化して20年を超えており、在所50年超えの者さえもいるという事実です。注9
次に、無期懲役刑には刑の終了がないということです。したがって仮釈放中も保護観察は生涯付くわけです。そして、釈放中に遵守事項の違反があれば仮釈放を取り消され、再び刑務所へ戻されます。そのため、刑が生涯終了しないという点では一生背負い続ける刑罰なのであり、この限り現行無期懲役刑とは既にある種の終身刑であると言えなくもないのです。この事実は意外に知られていませんし、なぜか専門家も言及しません。
また法律上仮釈放の要件が「改悛の状があるとき」(刑法28条)という以上には明確化されていないために、その運用が甘すぎたり、逆に厳しすぎたりするおそれがあることです。甘すぎれば仮釈放中に再犯に陥るかもしれませんし、厳しすぎれば必要以上に長期拘束となります。近年は、無期懲役刑の仮釈放中に殺人の再犯を犯すと被害者一人でも自動的に死刑とするかのような司法実務がなされていますが、注10 これはそもそも仮釈放を付けた行刑当局の判断責任や保護観察の失敗を免責して、すべてを再犯者の個人責任に帰する安易で非科学的発想です。
この再犯問題についてさらに言えば、再犯原因の一つとして、刑務所内での矯正処遇や仮釈放中の保護観察の不備を詳細に検討する必要があります。特に保護観察の不備は明らかであり、早急に保護観察官の増員や制度の整備を進める必要があります。注11
これらの点を死刑廃止運動は忌憚なく伝える責任があるのであって、「無期懲役刑は10年ないし15年で仮釈放が付くので甘すぎる」などという虚偽のデマゴギーに加担する形で、新たに仮釈放を許さない終身刑を創設するなどという提案に乗ってはならないのです。もしもどうしても現行無期懲役刑に改正すべき点があるとすれば、それは仮釈放の条件を法律上明確にすること以外にはないでしょう。例えば、重大な再犯の恐れが十分に除去され、帰住先が定まっており、本人も仮釈放に同意していることといった点を法律で明記することです。注12  
さて最後に駄目押し的に、代替刑論を早くから批判していた池田浩士の次の言葉を紹介しつつ今回分の稿を閉じます。
「死刑廃止運動に、これまでのあらゆる「反体制運動」と根本的に異なる意味があるとしたら、その意味は、死刑廃止運動が・・・・代替主権者、対案としての権力に成り上がろうとしないことにこそ、あるのだ」注13
終身刑論とは、まさに死刑に代えて別の大権を国家に献上することで「対案権力」の一員となって、夢である死刑廃止を実現しようという術策であって、本質上、権力的・利己的対案主義にほかなりません。法務省が現時点で便宜的に「終身刑」を否定していることをもって、終身刑反対論を「ためにする議論」などと論難すること注14 は本末転倒と言えましょう。
注1
死刑にも死刑願望という形の犯罪誘発効果はある。しかし、一方それは死の恐怖に自らをさらすという負担を伴うから抑制的に働く余地があるが、終身刑願望のほうは死の恐怖という負担がない分、抑制的でなく、より積極的な願望として表出しかねないと考えられる。詳しくは第三部で述べる。
注2
前章注6掲記の講演で安田好弘弁護士は、「恩赦を権利として認める必要がある」という。しかし、「権利として」とはいかなる意味であるのか不明である。もし、恩赦の条件や期間さえもが予め定められ、受刑者にその請求権が認められるならばそれは仮釈放と実質上同じである。「仮釈放なき終身刑」を主張しつつ結局「恩赦の権利」に言及せざるを得ない点に議論の破綻がある。
注3
日笠完治「終身自由刑と人間の尊厳―終身自由刑判決―」、ドイツ憲法判例研究会編『ドイツの憲法判例』(信山社)所収25頁以下参照。
注4
第二部第3章第1節注8参照。
注5
本論文でも必要に応じて言及してきたが、1956年3月、高田なほ子、市川房枝、羽仁五郎など超党派議員の発議により死刑廃止法案が参議院に上程され、5月には二日間にわたり公聴会が開かれた。しかし結果としては審議未了廃案となった。
注6
安田弁護士は、前掲講演でもこの法案について「妥協しているのではなく、死刑存置が圧倒的多数である選挙民との議論を通して、終身刑導入が賛意を得られるぎりぎりの選択であると認識しているのです」と擁護する。しかし、提出さえできなかったことはこの評価の甘さを示している。しかも、これが「ぎりぎりの選択」であるというならば、それでさえ与党の了承を得られないことは存置勢力を勢いづかせるに十分である。
注7
菊田幸一「死刑に代替する終身刑」、『年報・死刑廃止2003』所収48‐49頁参照。
注8
菊田幸一『死刑廃止に向けて―代替刑の展望』(明石書店)第四部参照。
注9
海渡雄一「無期懲役受刑者処遇の問題点と重無期刑(終身刑)の導入 もう一つの絶望の刑を増やさないために」、『年報・死刑廃止2003』所収282頁以下参照。
注10
その重要な先例は、99年の最高裁差し戻し判決。この件は、97年から98年にかけて控訴審で無期懲役刑となった5件につき検察当局が死刑を要求してキャンペーン的に上告したうちの一つで、前刑が強盗殺人の無期懲役刑で仮釈放中に再び被害者一人の強盗殺人を犯したケースであった。差し戻し審の広島高裁は04年4月に死刑を言い渡した(再上告中)。
注11
刑務所人員が増加しているにもかかわらず、保護観察官は約1000人、うち実働しているのは600人程度という。
注12
終身刑に賛成しないとしても、現行無期懲役刑をより厳しくし、仮釈放を許さない期間を現行の10年から例えば20年以上に延長したり、仮釈放に際して被害者側(特に遺族)の「同意」を条件とするといった「改正」提案もあり得る。しかし、これはもはや限りなく終身刑論に歩み寄った提案であり、事実上の終身刑論を提唱するに等しい。
注13
池田浩士「悪質なデマをめぐって」、『年報・死刑廃止96』所収24頁より引用。
注14
前掲安田講演では(特に『年報・死刑廃止2005』所収108頁)、法務省が終身刑に反対していることをもって、終身刑反対論が「死刑廃止潰し」のためにする議論であるかのような論難をしている。たしかに死刑政策の元締めである法務省は終身刑導入と引き換えに死刑廃止の言質を取られることを怖れて戦術的に終身刑に反対している可能性はあろう。しかし、「死刑も終身刑も存置」という提案を死刑廃止運動側からすれば法務省の態度が変わる可能性はある。それこそが、まさに池田も批判する権力的対案主義の極致なのである。

2006-12-18
第二部 死刑廃止の政治過程(十九)
☆前回記事
【6】死刑廃止運動の革新B
第三命題:「世論」に惑わされるな
付随命題:世界とつながれ
日本や米国の死刑廃止運動がこのところ、終身刑導入運動にシフトしてきている背景には、「世論」があることは明らかです。つまり、「限りなく死刑に近い代替刑」(菊田幸一)を対案として提示することで死刑存置の世論を説得しようということです。
その切羽詰った悲壮なる心情は理解できなくもないのですが、そもそも「世論」とは何でしょうか。その一般論を展開する場ではありませんが、通常、「世論調査」に現れた意見、それも「多数意見」をもって世論とみなすことが暗黙の了解のようです。しかしここでただちに疑問に思うことは、果たして「世論調査」に現れる多数意見が政策決定上の根拠になるのか、またなぜ少数意見は「世論」ではないのかということです。
たかだか数千人程度にアンケート調査をした結果が何だというのか。それは、あくまでも質問に答えた数千人の意見分布に過ぎない。もちろん、無作為抽出の理論によっておおよその意見分布は反映されているという正当化がなされるでしょう。しかし、それでも、政治理論的には世論調査の紙切れ一枚が国会決議のような民主的決定に置き換わるわけではあり得ません。
まして、政府が自らの政策について自作自演的に世論調査をすることには中立性の点で根本的な問題があります。ところが日本では他のどの死刑存置国においてよりもこの政府自身の世論調査が多用され、内外に対する死刑維持の正当化宣伝に使われてきました。これは日本の死刑制度の特徴点の一つです。注1
他方、死刑廃止運動体でも世論調査がしばしば重視されます。四国の運動体が行った世論調査の数値の理解を巡って、1993年に死刑執行再開に踏み切り今日までの新たな死刑の流れを作った後藤田正晴元法相(故人)と運動体との間で訴訟沙汰になったほどです。注2 まさに世論調査合戦です。死刑存置勢力も反対運動も、皆が世論調査で有利な数値を獲得したがっているかのようです。実際、世論調査は、調査者自身が質問される事項の利害当事者である場合には、調査者に有利な結果を得るための手段として実施されがちです。政府世論調査はその典型ですし、廃止運動が行う場合にもそれなりに同じことが起こり得ます。
政府調査では決してなされない質問があります。それは「国連死刑廃止条約を知っているか」という質問、それに付随して「国連から批准を勧告されている同条約を批准すべきだと思うか」という質問です。また死刑廃止国の数などの前提知識も事前に与えられません。条約の存在も世界の死刑状況も知らせずにひたすら「死刑に賛成かどうか」だけを問うのは、始めから特定の答えを期待しての調査であるからにほかなりません。このように重要な前提知識を与えず脈絡もなしに突然質問する方式でなされた世論調査は、調査者が虚偽情報を与えて積極的に回答者の判断を操縦することと実質的に変わりありません。
一方で、死刑廃止運動側の世論調査にも回避されがちな質問があります。それは、「死刑と終身刑の双方を存置することをどう思うか」という質問。終身刑を代替刑として推奨する運動体ほどこの質問を回避したがるでしょう。なぜなら、凶悪犯罪に対する不安や憎悪を抱くとされる「多数者」にとって魅力的な提案を含むこの質問に対する肯定意見は、「死刑を廃止して終身刑を創設する」という案への賛成意見よりも上回る可能性が高いからです。これでは「終身刑が死刑廃止への道である」と訴えたいかれらの目的に反するおそれがあります。それで、このような不都合な質問は回避されるのです。
さて一方、世論調査の意義を一応肯定的に認めるとしても、なぜ少数意見は「世論」とみなされないのでしょうか。「世論」という語そのものにはこれをことさらに多数意見と等値すべき意味合いは含まれていないのではないでしょうか。
この最後の点は、死刑廃止論者とは何者かという問いにも関わります。終身刑論者によれば死刑廃止論者とは何よりも「少数者」であるようです。そうである以上、傲慢と独善を廃して、死刑を支持する「多数者」(ということになるのでしょう)に対して謙虚に接し、かれらの不安や不満に耳を傾けるべきだというのです。注3 「少数者」は「多数者」の御前ではおとなしく振舞えというわけです。
しかし、仮に死刑廃止論者とは「少数者」であるのだとしても、各種「少数者」の解放と地位向上への闘争と努力が続けられている現在、むしろ「多数者」こそが「少数者」の呼びかけに耳を傾けるべきことが要請されています。このことは、「少数者」の傲慢を意味しません。むしろ、「少数者」の呼びかけへの応答という問題です。「少数者」側の譲歩をことさらに強調する考えは、「少数者」が「多数者」に対して同化・同調して初めてその存在と地位を承認されるのだという「多数者」の驕慢を「少数者」自らが是認するに等しいことであります。このような発想は、「生命のためには自由を犠牲に供することもやむを得ない」とする、既に終身刑論に絡んで批判した終身刑論者のテーゼとも相通じています。
けれども、翻って死刑廃止論者は果たして「少数者」でしょうか。これもまた「世論」問題と関わっています。死刑廃止論者が「少数者」であるというのは、国内でなされた世論調査における少数意見を指して言われていることは明らかであるからです。注4 しかしながら、死刑廃止論は日本も加盟国である国連において条約化されており、それは1989年以来の国連総会の多数意思に合致しているのです。また、全面的及び原則的に死刑を廃止している99カ国(2006年12月現在)、つまり世界の過半数の諸国の刑罰制度ともほぼ一致しているのです。世界に目を向ければ決して孤立した「少数者」ではないのです。死刑廃止論者は、国内において量的には「少数者」であっても、世界の状況、そして現代司法にふさわしい犯罪対応のあり方の考察といった点から見たときには、質的な「多数者」であると言ってもよいのです。質的な多数者は量的な数の力を恃むことはできませんが、その質的な多数者の意見が政策として民主的に採用されることはあり得ることです。少なからぬ諸国で、そのようにして死刑は廃止されてきたのでした。
現代の民主主義理論では、その名称は何であろうと正当に人民を代表する機関が最終的に決定したことがすべてです。その代表機関が鋭意討議の結果、それこそ世論調査においては少数意見であるものを正当と判断してそれを採用することは何ら民主主義に反しないどころか、それこそが民主主義なのです。そして、日本の国会にしても、死刑以外の問題ではしばしばそうした決定を行ってきているのです。なぜ死刑に限っては世論調査の多数意見にまるで憲法のような拘束性が生じるのでしょうか。そのカラクリは、死刑の存続を本当に望んでいるのは世論調査される一般民衆ではなく、「世論」の顔をした支配層(政府・与党)そのものであるというところにあります。別言すれば、世論が望んでいるから死刑を廃止できないのではなく、支配層が望んでいるから死刑を廃止したくないということが真相なのです。このカラクリを死刑廃止論者が見損なってはいけません。
こうして「世論」なるものに惑わされるな、という第三の命題を提起したわけですが、付随して、日本の死刑廃止運動は、より世界とつながる必要があることも強調します。条約の批准を求めることを活動の柱にしているわりに日本の死刑廃止運動は依然国内的な運動に固まる傾向があります。注5
国内的な刑事政策問題としての土俵は死刑存置論のものです。その土俵上で相撲を取ろうとしてもうまくいかないでしょう。そのためにも、フォーラムをアジア・太平洋くらいまでは広げる必要があります。幸いフィリピンが日本の近隣では最も自然な形で内発的に死刑廃止を決断した最初の国となりました。注6 治安情勢も良好でなく、政情不安にも見舞われがちなフィリピンでの死刑廃止から学ぶことは多いはずです。フィリピンの廃止運動の経験を生かしてアジア・太平洋フォーラムのようなリージョナルな運動体を組織することは有益でしょう。とりあえず日本で死刑が廃止されればそれで満足するというような「一国廃止主義」では、国内の「世論」が必要以上に気になり、「多数者」に同化することばかりを念慮することになりがちです。そのような狭い了見を打破するうえでも、運動は国境を越えてリージョナルなレベルでの連帯を模索すべき時期に来ています。
同時に、もしもどうしても国内「世論」にも働きかけたいと願うならば、終身刑云々と死刑と直接関係のない逆提案を脇から持ち出すよりも、ウェブサイトやパンフレットを通じて国連の死刑廃止条約を広く知らせる努力をしたいものです。既に述べたように、この条約は世論調査でも問われませんし、日頃国内メディアもほとんど意図的であるかのように(意図的と断定してもよいのですが)、言及しません。これでは、一般大衆からみれば、死刑廃止論など変人のたわごとであると決め付けられてもやむを得ないものがあります。死刑を支持するとされる「多数者」には、まず条約を知ってもらうこと、そのうえでこの条約をこれからも無視し続けるべきなのか、また死刑廃止国が過半数に達しても、また将来ひょっとして日本が世界で唯一の死刑存置国となってもなお死刑を維持するのかということを考えてもらうことです。これを一方的な「世論調査」の形でするのではありません。そうではなく、条約をはじめとして世界の状況を知った上で、死刑について「多数者」に改めて考えてもらうきっかけを作ることです。死刑廃止運動も自己に有利な世論調査の数値を追い求めてあれこれと術策をめぐらせるのでは、政府がやっていることと同じだという非難が妥当するでしょう。それは、死刑廃止運動が前節でも批判した対案権力にすりかわることを意味します。
注1
政府が世論調査を実施すること自体が害悪なのではないが、その場合は政府から独立した外部の世論調査機関に委託するべきであろう。だが、その結果を政策的に利用するうえでは最大限の慎重さを要する。
注2
複雑な裁判の経緯と経過については、高塚哲彦「後藤田裁判、控訴審へ」、『年報・死刑廃止2000‐2001』所収150‐151頁、同「後藤田裁判」、『年報・死刑廃止2002』所収144‐145頁、また川崎政敏「後藤田正晴回顧録『情と理』についての一考察」、『年報・死刑廃止99』130頁以下も参照。
注3
第6章第1節注11掲記の安田発言参照。
注4
安田氏は、注3掲記講演で、「日本の放送局が調査機関を使って」行ったとされる出所不明の意識調査を持ち出して、「(死刑)廃止を支持する人はわずかに10.4%」であると死刑廃止世論の寡少性を強調する。出所不明の調査でこのように言うことの問題性もさりながら、同じ安田氏は1990年の座談会では当時の政府世論調査で死刑廃止を支持する者が15.7%であったことを「たいへん大きな数字」と評価しつつ、「15.7が50までいかないことに問題があるのではなく、15.7が社会の制度を変える力となることができない構造になっているところに、問題がある」と(私見から見れば)至極正当なコメントをしていた。法学セミナー増刊『死刑の現在』(日本評論社)12頁参照。10.4%は政府の2004年度調査の同6.0%と比べて大きな開きがあり、その原因を究明すべき必要が大いにあるし、かつての15.7が10.4に減少したことは、初心を一変させねばならないほどの大変化なのであろうか。
注5
近年、終身刑論に傾く運動主流は、日本とは異なり死刑の執行休止が続くなかでやはり終身刑提案が有力化している韓国との結びつきを強めつつある。実際、本章で批判の俎上に載せている安田講演も韓国の宗教系死刑廃止運動が主催するセミナーの席上なされたものである。『年報・死刑廃止2005』107頁参照。しかし、韓国では依然、軍事政権時代の遺物で強い人権侵害性を有する国家保安法が存続しており、その廃止が死刑廃止以上にホットな政治的課題となっている。このような人権抑圧法が残存する状況下で提起されている終身刑論議を日本の文脈に当てはめて範例とすることは適切でないだろう。
注6
日本に比較的近いアジア諸国の中では、カンボジアと東ティモールが死刑廃止国であるが、この両国はいずれも死刑廃止を明確にしている国連の指導下に国家再建ないし独立が果たされたことが廃止の大きな要因の一つとなっている。それに対して、フィリピンは完全に独力で死刑廃止に至った(2006年)点に違いがある。フィリピンの死刑廃止過程の簡潔な紹介として田鎖麻衣子「死刑に反対する地域諮問会議@香港」参照。

2006-12-24
第二部 死刑廃止の政治過程(二十)
☆前回記事
【6】死刑廃止運動の革新C
第四命題:廃止論と廃止論の出会いを
付随命題:合理的存置論との対話も
近年の死刑廃止運動は終身刑論に傾いているせいか、同志である廃止論者との出会いよりも存置論者との出会いと説得を重視しているようにさえ見えます。注1 たしかに存置論者との対話は後で述べるように価値あるものですが、それには条件があります。いかなる死刑存置論者といかなる対話もできるというのは幻想です。
それよりも、今必要なことは、なお廃止論者同士が出会うことだと思います。フォーラム結成が1990年に確認されたとき、東京の日比谷公会堂に1400人を集めたことが画期的な成果と強調されました。たしかに、それまでは死刑廃止運動が一部知識人と運動家の細々とした啓蒙運動に留まっていたことからすると、このような規模の集会が主催できたことは大きな成果でした。しかし、その後の運動はこの最初の「成果」に自己満足して、さらに発展させることを懈怠していると断じたくなります。
前節で批判したように当てにならない数値とはいえ、04年度政府世論調査では死刑廃止の少数世論が6パーセントにまで減少したとされています。ここでは行論上この数字の当否等一切問わずにこれをそのままに受け止めますと、日本の世論調査対象となる意識人口1億と仮定してその6パーセント、すなわちざっと600万人あまりが死刑廃止論者であるという計算になります。これは「成果」が誇られた1400人よりは少しばかり多い数字ではないでしょうか。「死刑廃止を求める600万人大集会」を主催できれば、これは60人の集会よりは少しばかり大きな集会ではないでしょうか。
600万人というと、1億の大人口を持つ国でこそ「少数派」になるでしょうが、世界をみれば、これくらいの人口規模の独立国はいくらもあるわけです。こうした見方からすれば、日本の死刑廃止世論600万は一国の人口全部に匹敵するくらいの塊であるとも言えます。これを死刑存置勢力が過少評価するのはやむを得ませんが、廃止論者が同じ評価をして「少数派」の悲哀に浸っているのはいかがなものでしょうか。
これだけのまとまりがあれば、今必要なことは、まだまだどこかに息を潜めているに違いない死刑廃止論者たちがもっと広く出会い、意見交換する可能性を広げることです。廃止論と存置論の出会いに飛ぶ前に廃止論と廃止論の出会いを進めることなのです。このような努力がまだ足りないと言わざるを得ません。初回の1500人動員の成果にすっかり酔いしれ、その後は決まりきったメンバー同士の集会と存置論者への性急な「説得」に走っていったことは、今日、日本の死刑廃止運動が壁にぶつかっている大きな要因ではないでしょうか。
ここ数年指摘される死刑廃止運動への「逆風」をオウム事件の余波や法務省、マスメディア等の責めにばかり帰して、運動のありようを自己批判しないとしたら、それは一面的に過ぎます。例えば、フォーラムにしてもメンバー制を取らないせいか、ホームページを通じて外部から新たな加入をすることが難しくなっています。極めて更新ペースが遅く、情報量も少ない不活発なサイトを閲覧しても死刑廃止運動に参加してみようと思い立つ人はそう増えないでしょう。メンバー制を取り、新たなメンバーを広く募るべきです。メンバー制を取らないことは、一見開かれた「フォーラム」に見えますが、実際は、事実上の指導者層が形成されており、かれらが非公式の連絡網等を通じて一定の方針決定をする不透明で非民主的かつ無責任な組織運営につながります。このことが終身刑提案問題ではかなり露骨に表れています。注2
過去十数年来、死刑廃止運動がかつてのような単なる啓蒙的活動の域を超えて、政策的提案をし、抗議活動も組織する新たな局面を迎えている以上は、責任の所在を明らかにするためにも、メンバーシップを明瞭にする必要があるでしょう。
もう一つは、政府世論調査の解説でも特筆されていることなのですが、死刑廃止論は20代と40代で他の世代より多いという事実です。注3 つまり若年と壮年です。20代の若者はようやく政治社会の仕組みなどが理解できるにようになる年頃で、かつ発想がまだ柔軟であることから、死刑廃止に与しやすいということが言えるでしょう。そして当然ながら今日の若者は未来の壮年、老年でもあります。20代のうちに死刑廃止論を我がものにすることは、将来死刑廃止運動を様々な立場から担うことにもつながります。よって、もっと若者をターゲットにし、新たな死刑廃止論者を「育成」するというぐらいの取り組みが必要です。そのためにも、ホームページをより充実させ、若者も親しめるデザインにすることや、また若いメンバーを積極的に募ること、パンフレットを作成して大学などで配布することなども検討に値します。
一方、40代は青年期を終了し、分別がつき始める年代に当たります。この年代で死刑廃止論が多いというのはこの年代が思想的な転機でもあるせいでしょう。この年代の死刑廃止論者をもっと「発掘」してメンバーに加えることは死刑廃止論をより練り上げるうえでも貴重です。死刑廃止論は現在、マンネリ化しています。それは、確信犯的死刑存置論者からも退屈と揶揄されるほどです。注4 本書第一部はこのマンネリ化を少しでも突き破ろうとする試みでもあったのですが、もっと多くの人がこのような死刑廃止論の新たな練り上げに参加する必要があると痛感しています。
死刑廃止論は、いまだに生命尊重論に留まっています。しかし、これが反転して死刑存置論に逆手を取られることは第一部で指摘しました。注5 また、近時の死刑存置論がこれも第一部で紹介したようにクロージャー・セオリーのような新たなロジックを「発明」しているのに比して、注6 死刑廃止論の大半は相変わらず生命の教説に終始しています。もし、死刑廃止論はもう完成したと考えているならそれは早計です。それでは死刑廃止論は閉ざされた言説になってしまいます。生命は絶対的なものである。よって、死刑は認められない。これを認めない者は地獄へ堕ちろ。こんなふうに言い出しかねない状況になります。これでは、一種の宗教の誕生です。宗教的信条から死刑廃止を説くことは、世俗的な思想から死刑廃止を主張することと同等に自由ですが、死刑廃止論そのものが宗教と化してはならないのです。
そういう点からしても、死刑廃止論がある種の死刑存置論と対話することは大いに価値あることです。しかし、冒頭で触れたように、いかなる死刑存置論とも対話できるのではありません。死刑存置論を検討していくと、それにも大きく二つのタイプがあることがわかります。注7
その一つは、「死刑は正義なり」と硬く信じているタイプ。こういう確信はどの死刑存置論者にも一定備わっているはずですが、この観念がどの程度強いかでは微妙な温度差があります。これが極めて強烈である場合をここでは確信犯的死刑存置論と呼びます。このような立場に対して、死刑廃止論は呼びかけるべき言葉を持ちません。
それに対して、死刑にはなお犯罪抑止や被害感情緩和などの効用があるという立場からの死刑存置論。これはある種合理的正当化の立場ですから、合理的死刑存置論と呼び得るでしょう。死刑廃止論が対話できるのはこのような立場とだけです。しかも、対話の内容は、死刑制度そのものに関してでなければなりません。ここで死刑から逸れて、終身刑の当否といった脇道へジャンプするようなことは誤りです。
私が第一部で死刑廃止論を再検討して、死刑のように法益を絶対的に剥奪する刑罰は人間の認識力の可謬性を前提にした相対的で検証的な現代の証拠裁判制度には合致しないということを死刑廃止の第一原理に据えたのは、注8 こうした合理的死刑存置論者と対話して、かれらを死刑廃止という「結論」に合流してもらうためでもあったのです。というのも、合理的死刑存置論者ならば、司法手続きなしの処刑(司法外処刑)を正義であるとは考えていないはずで、なおかついわゆる冤罪者を処刑してよいとも考えないはずです。かれらは誤りない確定判決の存在を絶対条件としてのみ、死刑を容認しているはずなのです。それをもう二、三歩進めていけば、司法裁判の鉄則と整合しない刑罰はたとえそれが哲学上は正しいのであっても除去する以外にないというところまではそう遠距離でないことがわかるでしょう。注9
もう一つ、死刑執行方法の正当性という論点をここで付加してもよいでしょう。近年米国の死刑存置州を中心に、薬物注射による処刑が最も「人道的」であるとして導入されてきましたが、最近、米国の裁判所で相次いで薬物処刑を憲法違反とする判決が出ています。注10 それは薬物処刑でも短時間で絶命するとは限らず、苦痛が生じることもあるということ、実際フロリダ州では死刑囚が絶命まで34分も生存した事例があり大問題となっています。
日本ではいまだに旧式の絞首刑であり絞首刑は合憲であるという判決が依然有効です。しかし、実際に絞首刑が苦痛なく瞬時的に死亡するものか厳密に検証されたことはなく、執行方法の問題はある種のタブーとなったままです。しかし、刑罰がその執行方法の点でも正当で合憲的なものでなくてはならないことは当然であり、合理的死刑存置論者はこのことも認めるはずです。注11 そうしていくと、ここでも、たとえ死刑そのものが哲学上正しいのだとしても、正当かつ合憲的な執行方法が存在しないのであればやはり断念するほかないということになるのです。
このような発想は、先の司法裁判の原理との整合性ということと合わせて、死刑をいわば結果的に断念・除去せざるを得ないという方向へ、合理的死刑存置論者を誘うものであって、その限りでは死刑そのものの是非を縷々問うよりも有望な対話となります。まだこのような問題について死刑廃止論と合理的死刑存置論の間では十分に意見交換がなされていませんが、今後の死刑廃止運動の方向として、廃止論と廃止論の出会いに加えて、このような廃止論と合理的存置論の出会いも不可欠です。
さて、以上に加えて、もう一つの出会い―これはいっそう困難な出会いではありますが―があり得ます。それは、死刑に懐疑的な(ないし否定的な)犯罪被害者またはその遺族との出会いであります。米国では既に殺人被害者遺族による死刑廃止運動も精力的であること、日本では集団的活動としてはいまだしですが、個々的には死刑に反対ないし懐疑する遺族も現れているものの、こうした人たちがある意味で米国以上に疎外され、排除されることも述べました。死刑が遺族のためにならないということを認識していても、声を出すこと自体が困難で、そうした趣旨の発言が非難を招くといった危険もある。そのため、結局遺族らは一般に期待される筋書きどおりに死刑を叫ぶしかなくなるという状況もあります。注12
死刑廃止運動は、このような立場の被害者ないし遺族を支えることをも活動に据える必要があります。近時は死刑廃止運動の間でも被害者無視といった中傷を受けることを怖れてか、「被害者とともに歩む」といったスローガンを掲げて、被害者相談などに取り組む動きもあるようです。けれども、一般的にあらゆる被害者・遺族を救援することはやはり終身刑路線と同様、死刑廃止運動の本旨から外れます。それは結局、死刑廃止のためには強烈な被害感情に応答すべく、終身刑のような代替刑の導入もやむなしとする方向へ引きずられていく落とし穴になります。注13 死刑廃止運動がその本旨から逸れないためには、ここでもあらゆる被害者・遺族を救援するのではなく、死刑廃止を明言するかまたは死刑を懐疑する被害者・遺族に限ります。すなわち、このような人たちに発言の場と精神的な支えの場を提供すること、また裁判での意見陳述などへの同伴などの活動が要請されるのです。
このような活動は日本ではまだ大変珍しく、また難しくもあるので、これを命題化して提示することは避けたのですが、潜在的に可能かつ必要な方向性として提出しておきたいと思います。
注1
それを象徴するのが、『年報・死刑廃止97』のサブタイトル、「死刑|存置と廃止の出会い」であった。この版が「「オウムに死刑を」にどう答えるか」という受身的なサブタイトルを持つ前年の創刊号に次ぐ第二号であったことも、その後の運動の展開状況を見ると象徴的である。
注2
終身刑導入の提案が、本書の命名で言う「単独型」から「並存型」へと後退していく運動内部の不透明な議論過程については、今井恭平「一歩前進 無限後退」が詳しい。
注3
参照、http://www8.cao.go.jp/survey/h16/h16-houseido/2-2.html
注4
長田鬼門『死刑のすすめ―積極的死刑拡大論』(中央公論事業出版)の「あとがき」によると、「死刑廃止論者たちの説は、一般に面白くない。」
注5
第一部第5章を参照。
注6
第一部第4章第2節を参照。
注7
本来、これに「無関心な死刑存置論」が付加される。死刑問題に対して基本的に無関心であるためにごく単純に死刑を容認する立場で、実はこれが死刑存置論の大部分を占める。だが、無関心では対話の糸口さえないので対話の対象とはならない。
注8
第一部第7章第2節を参照。
注9
実際には、確信犯的死刑存置論と合理的死刑存置論を截然と分けることはできず、合理的死刑存置論者にあってもいくぶんかは「死刑は正義なり」の確信を帯びているために、それに邪魔されて対話が困難になることはあり得る。
注10
ミズーリ州とカリフォルニア州の連邦地裁で相次いで、違憲判決が出された。
参照、http://turedure-sisaku.blogzine.jp/sophia/2006/12/post_0abe.html
フロリダ州では薬物処刑が終了するのに34分を要する事案があり、州知事が州内での全執行を凍結した。
注11
確信犯的存置論者ならば、自ら残忍な殺人を犯した者は苦痛の多い執行方法で処刑されるべきであると確信するであろうから、対話にならない。
注12
第二部第3章第6節を参照。
注13
本章第1節注6掲記安田好弘講演でも、「死刑廃止に消極的である犯罪被害者の人たちの多く」の「思い」を配慮することが、死刑廃止論が「絶対的多数」でないという「現実の第一」に次ぐ「現実の第二」の一つとして強調されていて、「死刑に消極的である犯罪被害者」についてはあっさりと無視されている。『年報・死刑廃止2005』109頁。

2006-12-30
第二部 死刑廃止の政治過程(二十一)
☆前回記事
【6】死刑廃止運動の革新D
第五命題:新たな運動体を興せ
前節で死刑廃止論のマンネリ化を改めて指摘しましたが、死刑廃止運動もまたマンネリ化が進行しています。これまでの死刑廃止運動は請願と抗議が主でした。関係議員を回り、死刑廃止を請願し、また執行のたびに抗議するといった活動です。
こうした活動自体を否定はしませんが(それどころか継承すべきです)、こうした穏健な運動の針路は結局、現体制の枠内で「お上」に直訴することに帰し、本質的に順応主義的なものです。極論すれば、現体制から死刑をなくして「美しい国」に化粧直ししようというわけです。そういう方針でうまくいく場合もあるかもしれませんが、それは体制が死刑を廃止することに何らかのメリットを強く感じた場合だけです。
日本をはじめ、長期支配の体制にとっては、死刑は治安秩序、ひいては体制護持の最後の押さえとしてなお有用性は高いのです。だから、容易なことではそれを手放そうとしない。日本で死刑廃止が遠い理由は、中国やシンガポール、あるいはサウジアラビアといった諸国で遠いのと実は同じ理由によるのです。つまりは、政治構造が固定的であり民主的でないのです。多くの死刑廃止論者は、日本が民主的体制であるという前提を疑っていないようです。しかし、どんなに請願しても受容的レスポンスがないという状況は、非民主主義の症候であることに早く気づく必要があります。真の民主主義があれば、たとえ「少数派」の問題提起であっても相応以上の根拠のある提起であれば無視はされず、何らかの受容的レスポンスは示されるものです。現在の死刑執行は、もはや「犯罪者」への見せしめというよりは、死刑廃止論者ないし運動体への威嚇と冷笑の様相を呈しています。このような形の死刑執行を継続する日本体制の態度は、その正体が政権交代を一切予定せず恒久的政権維持を狙う、一種の「独裁制」であることを裏書きしているのです。
ここから、日本の死刑廃止運動は、中国やサウジアラビア等々においてもそうであるのと同様、必然的に体制変革へ向けた運動の一環とならざるを得ないのです。このことを認めることのできる廃止論者は、このあたりで新たな運動体を興す好機だと理解できるでしょう。その運動体の活動概要をいくつか列挙します。注1
<1>情勢分析
まず重要なことは、死刑廃止に関する内外の情報を広く収集・蓄積し、分析することです。いわば、死刑廃止に関する一種の専門図書室の設立です。
これはアーカイブとして過去の文献資料を収集することにとどまらず、各国の死刑廃止状況や運動の実情等もリアルタイムで把握し、分析しなければなりません。また、国内については、収監中死刑囚の近況、再審請求の有無や死刑執行停止事由の存否などを常時把握し、必要に応じて執行の危険ある人をリストアップし、支援者等への連絡、執行防止のための法的手段を提供するなどのことも必要です。そして、可能かつ適切な範囲内でそれらの情報をウェブページを通じて広く一般社会や研究者らにもリアルタイムで提供することです。現状では、こうした情報が一部運動家だけで共有する機密情報のようになっています。
<2>理論研究
第二は理論研究の場を設定すること。死刑廃止論は閉ざされた言説ではあり得ません。まだ十二分に新しい死刑廃止論の「開発」可能性があります。そのためにも、内外の様々な文献資料、また様々な立場に人へのインタビュー注2 なども活用して新しい理論の開発を常に行い、アップデートを継続することが必要です。
その意味では、日本で死刑廃止が遠いと感じられることは、新たな死刑廃止論の「開発」にとっては有利な状況とも言えると思います。
<3>変革行動
ここが本命です。死刑廃止のためには、政治構造の変革が必要であるという認識に立って、さしあたりは最も短期的に起こり得る政権交代に備えた活動をします。それは、現状では、野党第一党が単独または連立の形で政権を構成するという事態へ向けた活動をすることです。
与党に対して請願するのではなく、野党に対して攻勢をかけて、政権交代を一つの契機として死刑廃止条約の批准を行うよう議員たちを「教化」し、「鼓舞」しておくことです。その際、次の点に留意されます。
@第一、第二選択議定書双方の同時批准を目指させること
国際人権規約(B規約)の完全批准を意味する。死刑廃止だけを争点化した場合に持ち上がる紛議を見越して、国連への人権通報に関する第一議定書の批准も同時考慮すること。注3
A終身刑提案をはじめ、他の抑圧制度と引き換えにさせないこと
終身刑以外にも、犯罪実行前の予防拘束や仮釈放中の者や前科者の実名公示などの抑圧的制度を死刑廃止の「代替」条件とされることがないように釘を刺す。ここでは、「無期懲役の真実」を議員らにも説くことも重要。
具体的な方法としては、野党第一党の議員を集会にゲストやパネラーとして招待したり、また各議員に対して運動体の活動を知らせるためのパンフレットを送付することや、逆に議員たちの集会(勉強会)などに出席して情報提供や意見具申するといったことも辞すべきではないでしょう。注4注5
<4>個別支援
死刑廃止は何よりも、それに直面している人、直面する危険ある人のために訴えるものです。これは時折死刑存置論者から揶揄されるように、「犯罪者」を擁護するといった単純な「人道論」とは違います。もし死刑に直面している人が存在しないならば、廃止運動の必要もないというごく当然の事理によっています。運動は、個別の死刑囚や死刑事件被告の存在を絶対の存立条件としているわけです。個別支援なき死刑廃止運動など運動の名に値しないとさえ言えるかもしれません。それでは、趣味のサークルのようなものになってしまいかねません。
死刑確定者を隔離拘禁し、安心立命といった宗教まがいの口実で外部と遮断する政策のもとでは個別支援は至難を極めますが、上告審の弁護人や家族などと可能な限り連絡を取って間接的にでも状況を把握して、執行危険のある場合に備えて再審請求など様々な手を打つ体制を作る必要があります。特に冤罪を訴えて再審係争中の場合は、できる限り支援組織の結成を斡旋したり、また既存の支援組織や弁護団ともコンタクトを取り、状況をレクチャーしてもらう場を設けることも必要です(いわゆるイノセンス・プロジェクト)。
最も困難なのは、「志願死刑囚」への対応です。つまり自ら上訴・再審請求等を取り下げるなどして引きこもってしまう受動的なタイプの死刑囚です。ただ、こうした志願死刑囚にも、自ら死刑の正しさを確信しておりたまたま自分が死刑に直面してもそれを受容するに異存ないという確信型の人と、裁判のあり方に絶望したり、あるいは何らかの厭世的な気分から生を断念してしまう自棄型と二種あると思われます。前者に対してはもはや打つ手はないでしょう。しかし、後者であれば家族や元の弁護人等を通じてコンタクトを取り、本人に死刑を受容しないように説得を加えることも不可能ではありません。
いずれにせよ、死刑廃止運動の真の主体者は死刑囚自身(及び死刑判決を受け係争中の者)なのです。かれらが死刑に反旗を翻し、死刑に対してたたかう姿勢を持つことが必要です。それはしばしば“反省していない”等々の社会的糾弾を浴びかねない困難なたたかいですが、死刑廃止運動の真の司令部は死刑囚監房にあるということは、これまでの死刑廃止論や運動では等閑視されがちでしたので、この際強調しておきます。注6
<5>広報
集会やシンポジウムの企画などは、これまでの運動と同様に継続されます。しかし、そこでの目標の第一は国連条約の存在と内容を広く知ってもらうことと海外の死刑事情についての情報提供におかれるべきで、心情的に死刑廃止を熱く訴えるという伝統的な?方法とは一味違います。また個別の死刑囚がどのような人たちなのかということをマスメディアの報道からは見えてこない側面や事実を含めて、社会に散在する「凶悪犯罪人」像に修正を加える努力も必要です。実際のところ、死刑を支えている大衆の感情があるとすれば、それはテレビ報道を中心として流布される「凶悪」イメージによって惹起されるものでもあるのです。それの是正は死刑廃止それ自体を訴えることと同等の重要性を持ちます。
また、パンフレットなどを作成して大学で配布するなど、若い人たちに向けた情報提供も必要です。特に法学部のような将来の法曹などを輩出する学部のほか、思想的な面でも関心をもってもらうため、マスメディアへ進む人も少なくない文学部(特に哲学科や社会学科)や政治学部(学科)などもターゲットです。また教育現場でも関心を持ってもらうためには教育学部も重要でしょう。
ウェブサイトも充実させて研究者も利用可能な情報を掲載する必要があります。現在のフォーラムをはじめ死刑廃止関連団体のウェブサイトは率直に言って貧弱です。これでは運動の熱意をさえ疑われかねません。一部知識人や弁護士の私的運動という印象さえ与えかねません。
集会・パンフレット・ウェブサイトいずれであれ、若い人たちが関心を持てるような企画(場合によって漫画やアニメの使用なども含めて)をする必要があり、講演会や抗議集会のような形式だけに頼っていては十分な広報機能は果たせません。
<6>海外との連携
フォーラムのような死刑廃止運動も海外との連携を意識し始めている点は評価できますが、十分とは言えず、依然「一国廃止主義」の傾向が強いと思われます。
これは海外からの圧力の強さにも関わってきます。死刑存置論は「海外」が苦手です。とかく内政干渉論や国内世論優先論を持ち出してきます。しかし、繰り返し述べたように、現在の死刑廃止は国連条約という国際法レベルの土俵に移動しています。2000年代に入って国際的な死刑廃止運動も強化されています。
打ち続く死刑執行に際しての抗議や、また執行の予兆が出たときの緊急行動でも、海外からのアクションがまだ不十分ではないかと思われます。死刑執行の前後に海外から法務省・法務大臣のもとへメールやファックスが殺到するような状況を作り出す必要があります。そのためには、国内の運動が海外の運動との連携を深めてアクションのネットワークを創出していかねばなりません。
<7>メンバーシップの確立
新しいメンバーを迎え入れるため、また運動体の運営に責任を持たせるため、メンバーシップを確立する必要があります。政党のように中央統制的になることを恐れてメンバーシップがルーズになると、事実上の指導者層が形成され、非公式の決定システムが定着してしまい、運営の無責任化とメンバーの固定化が生じます。
ウェブサイトなどを通じてメンバーを募り、意思決定の場は明確でオープンなものとして定めておく必要があります。もちろん、政党のように幹部会組織を強固に結成する必要はありませんが、次に述べるように各グループの責任者で構成するミーティングで一定の方針決定をし、他のメンバーにもその結果を知らせなければなりません。
<8>グループ制
以上に述べた各事項(第7項のメンバーシップ担当も含めて)は、それぞれ運動体内部のグループが担います。情勢分析グループ、個別支援グループ、広報グループ等々です。このうち、情勢分析グループは他のグループに対して必要なデータや情報を適宜提供するほか、他のグループからの報告も情報として蓄積します。
ただし、変革行動だけは運動体全体で取り組みます。これは新しい運動体の核となる活動であるうえに特定のグループにのみこれを委ねると、特定政党や議員との距離感が近くなりすぎ、運動の中立性を損なう恐れもあるからです。
また、グループの責任者は輪番制で全メンバーが務めます。責任者の固定化は常任幹部層と一般会員との階層構造を形成し、政党のような中央統制型組織に堕していくからです。
<9>フォーラムとの関係
では既存のフォーラムとの関係はどうなるでしょうか。これはフォーラムの今後の方向性次第でしょう。もしフォーラムがますます終身刑にのめりこみ、実質上「終身刑の創設を求めるフォーラム」に転向してしまうならば、新たな運動体は対決的なスタンスを取らざるを得ないでしょう。しかし、路線を修復して原点へ回帰するならば、連携組織として共闘できる場面が増えるでしょう。フォーラムと一方的に敵対し、フォーラムのこれまでの事績を否定することはあり得ません。
さて、夏から続けてきた第二部も終盤に至りました。その最後に、最終命題を掲げます。
最終命題:請願から転覆へ
本稿を執筆している2006年は、日本の死刑制度にとってもう一段の転機であるかもしれません。本年、死刑言い渡し人員は1980年以降で最多を記録し、2000年代に入って裁判所レベルでの死刑強化の傾向がいよいよ顕著になりました。それに伴い、新規死刑確定者数も急増して近い将来100人に達することが避けられない見通しにさえなっています。注7 一方で、再審請求は棄却されることが増加し、開かずの門となりつつあります。注8
死刑が絶対的国是のようになりつつあります。1990年代の政治的流動期、いわば一党支配の危機を経て、自民党体制が再び息を吹き返し改憲を柱に恒久的体制へ向けた布石を打っていることと無関係ではないでしょう。大衆もまた、体制が不変であるということに慣れ切ってしまい、そうしたある種の諦念の中では、逆説的なことに、死刑制度のような圧制的刑罰への「容認」ムードがかえって高まるのです。
こういう「上」にとっての必要性と「下」からの容認という両方の利害が奇妙に一致して、日本では死刑の強化という、国際潮流への逆行現象が起きています。これはまた少年犯罪から交通事故に至るまであらゆる領域での単純極まる「厳罰化」とそれを要求する被害者遺族らの抑圧的社会運動―つまり、権力からの解放ではなく、権力による抑圧を要求する運動―の高まりという逆行現象の一環でもあります。
このような新たな状況を視野において、死刑廃止を実現するためには、死刑とその存立基盤を成す政治・社会経済の構造体をまずは合法的に―それが無理であれば、非合法的にも―転覆しなければなりません。大きな変革の波が起きてくれば、大衆の間でも今度は死刑廃止に対して、一定の容認ムードが生じてくるものです(それでも世論調査で死刑廃止と存置が逆転することを期待するのは甘過ぎますが)。それで、請願から転覆へと死刑廃止運動は舵を切る時だと思うのです。
この命題を大袈裟だと感じたり、怯えたりする死刑廃止論者がいるならば、その人は(無意識のうちではあっても)、死刑容認論の道を逆走していき、やがて「日本では死刑廃止は無理だ」と、苦笑交じりで口にするようになってしまうでしょう。
とはいえ、以上に示したことは、まったく仮想的なものにとどまっています。実際に新たな運動体組織の企画など進行しているわけではありません(ご安心を)。こういう形を取って、日本の死刑廃止運動に厳格な注文をつけたのです。ただ、こうした提案が既成の運動にどの程度真剣に受け止められるか。これは死刑廃止運動の内部にも蔓延し始めているかもしれない、無気力な症候的シニシズムを克服できるかどうか、またすぐれて日本人的気質でもある順応主義の気風を排除できるかどうかにかかっているように思います(第二部完結)。
注1
運動体の名称まで決定する権利は筆者にないのであるが、強いて提案すれば、ADPプロジェクト。ADPとは、(the) abolition of (the) death penalty(死刑廃止)の頭文字を取ったもの。
注2
「死刑廃止論」というとしばしば活字化された文献資料に現れるものに制約されがちであるが、一般市民も含めて、口頭で語られる死刑廃止論の掘り起こしも必要であり、死刑廃止論に新たな息吹を吹きこむのはそうした「口承された」死刑廃止論であると感じる。
注3
周知のとおり、日本政府は国連人権規約第一議定書も未批准である。これは、国内から日本政府による人権侵害を国連へ通報することを阻止するもので、しばしば自国の人権状況の劣悪さを認識している諸国にほぼ例外なく共通する方策である。
注4
死刑廃止は政治演説の中でも最も困難なものであり、躊躇する議員も多いであろう。そこで、廃止運動が死刑廃止演説を成功させる手助けとなる必要情報やレトリックなどをあえて野党議員に提供することさえあってよいと思われる。
注5
政権交代をもってしても死刑廃止が達成されない場合は、「革命」を考えなくてはならないが、それも当然に視野に収めるべきである。死刑廃止運動は「革命」をタブー視してはならない。ただ、ここで「革命論」を展開することは差し控えよう。
注6
現在でも政治的公安事件の色彩を持つ事件の死刑囚は死刑廃止を明言するなどの闘争的姿勢を見せているが、政治的背景の薄い一般刑事事件の死刑囚はおおむね受動的である。この状況は死刑執行をしやすくすると同時に、死刑廃止運動の存在理由にも鋭い問いを発している。
注7
毎日新聞2006年12月29日付け記事参照。参照、http://turedure-sisaku.blogzine.jp/sophia/2006/12/post_fc33.html
注8
確定死刑判決の再審無罪は1989年の島田事件(赤堀政夫さん)以来ない。



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