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@「中国の政治・経済の虚実」矢吹晋/日経BP社‘07年(から抜粋・要約)
〈常軌を逸した毛沢東像〜張戎『マオ、誰も知らなかった毛沢東』〉/第1章
・(この本について)読売新聞、植田滋記者は「冷酷非情、世界支配欲、毛沢東の実像」と題したインタビュー記事を掲げた(‘05.12.7)
・スタンフォード大名誉教授の青木昌彦(は)、「…について新「事実」を提供する。これからの史実的検証に耐えれば、20世紀中半の東洋史(神話)の書き直しを迫るインパクトをもつだろう」(と)、三文小説にまんまとだまされた。したり顔の白髪老人の中国理解度はこの程度であった。
・イェール大学ジョナサン・スペンス教授やコロンビア大学のアンドリュー・ネイサン教授は、史実に反する多くの事例を挙げ、かつ「張戎夫婦の場合には、典拠の信頼性を検証するための情報をまったく提示していないことが問題」というのが批判の核心部分。
・慶大の国府良成教授の書評の、ずさん、無内容、お粗末さ(は)、あきれた話である。
・東大、松原隆一郎教授の書評も、言葉コロガシで原稿料を稼ぐ文筆ゴロである。
・早大大学院、天児慧教授は「三文小説」を「歴史書」と誤読した。『マオ』を「衝撃」「衝撃」と繰り返し、自らの著作とまったく異なる基調の『マオ』を手放しでほめるのは、無節操も甚だしい。
・『マオ』は明らかに失敗作である。…断っておくが、毛沢東の「神格化」否定や虚像破壊に対して、私は反対ではない。毛沢東個人崇拝が現代中国史を彩どる悲劇の核心であることは明らかだ。しかし「神格化」を否定しようとして単に「悪魔化」しただけでは、悲劇を克服することにはならない。毛沢東を「スターリンよりも、ヒトラーよりも悪い梟雄(きょうゆう)」と見るだけの視点から、強引に通説を否定した『マオ』は、三本小説の域を出ない。「新説の論拠」がまるで示されていないので信憑性が問われる。私が三文小説というのは、毛沢東を隈取も憎々しい悪役に仕立て、王明や劉少奇を悲劇の英雄になぞらえた大衆小説を描いたことを指す。
・プロならば、ここ(1949〜76年の記述)を見ただけで、書かれたものの水準がわかるのである。張戎(チャン・ロン)の無知はどうしようもない…。