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(回答先: 『マオ、誰も知らなかった毛沢東』は、三文小説である/伊吹晋 投稿者 仁王像 日時 2008 年 2 月 08 日 20:35:17)
A[360] 私の本の読者からのメールを4通載せます。 投稿者:副島隆彦 :2006/09/21
http://snsi-j.jp/boards/past.cgi?room=sample1&mode=find&word=360%A1%A1%BB%E4%A4%CE%CB%DC&cond=AND&view=10
(上サイトから引用)
「ユン・チアン著の『マオ』(講談社刊、上下2巻)を私も、細かく調べながら読んでいます。
彼女は、父親たちが周恩来派で、周恩来らはアメリカとつながっていた中国共産党内の大幹部たちです。だから彼女は、救い出されて亡命できたのです。彼女のご主人(配偶者)は、イギリス政府の情報部の中のアメリカ派の情報部員でしょう。学者のふりをしていますが。
このように、複雑に見えますが、いろいろ調べてゆくと、大きな仕組みで世界(史)が計画的に動かされていることが分かるでしょう。」
〔臭うぞう〜〕
中国研究の専門家がら「三文小説」であると、厳しくこき下ろされている『マオ』を副島教授は真に受けている模様だ。「細かく調べながら読んでいる」と言い、行間を開けて「このように…大きな仕組みで世界が…動かされている」と言うのは、どう見ても『マオ』を受けていると捉えるのが自然である。
その証拠は、近著『赤い資本主義』の中に随所に見られる。毛沢東を「悪の権化の独裁者」という調子で言い募り、全否定している。論拠は省略され、「思い込み」「感覚的」との印象が強い。『マオ』に取り憑かれているサマが透けて見えてくる。教授の言論はいかにもポピュリズム信奉者のそれである。時代の潮流からも毛沢東を叩けば、言論が売れるとの本能も働いているのであろう。
米国の二教授や伊吹・横浜市大名誉教授のような「世界基準」からはるかにビハインドに立ち、日本のボンクラ学者の一員であることを自ら白状したに等しい。お気の毒ではある。
毛沢東批判は、史実と事実に基づいて論理的、学術的に行うべきである。そのような批判は、われわれが現代史を学ぶ上で有益である。