★阿修羅♪ > 議論25 > 317.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
(回答先: Re: 「よりまし選択」を通じて最終目標をめざすというのは弁証法的なのか? 投稿者 gataro 日時 2007 年 3 月 04 日 12:15:57)
マルクスの弁証法に関する記述から私は以下のように弁証法を理解しています。
間違っているのであればご指摘下さい。
後ほどマルクスの該当部分を投稿したいと思います。
世界が弁証法的に成り立っているというのが私の弁証法理解です。
では弁証法的とは何か?
全てが相互に作用し連関を持っているという事です。
全てのものがお互いにとっての媒介であるという事です。
思考も弁証法的ですが、本来弁証法的である思考を台無しにする思考傾向もあります。
浅野氏が都知事になる事は政治改革の媒介を形成する事です。
石原的な政治を否定した上で形成される政治には反石原的な内容が期待できます。
また、実際に反石原的政治を浅野都知事を通じて実現しなくてはなりません。
石原という媒介を通じて反石原なるものが形成されているのです。
もし、反石原票が3人の候補者によって分割され石原の勝利をもたらしたら?
我々は反石原というよりよき政治の為の媒介形成に失敗したのです。
未だに石原なる政治の下で苦しまなければなりません。
浅野氏の事がよく分かるまでは反石原票の受け皿としての浅野氏の支持もしないという立場は既に与えられている浅野氏の反石原媒介形成の可能性を無視し、石原都政の固定化に寄与します。浅野支持運動の意義を理解しない、弁証法的思考を理解しない人の言だと考えます。
よりよき政治の為の媒介形成のチャンスを見逃がさずに行動する事が
弁証法を理解した政治行動だと私は考えております。
つまり世界が媒介によって相互連関しながら運動しながら存在しているという事を理解しているという事です。
土から芽を出し成長する植物の姿を想像して下さい。
浅野都政という畑を作ろうとしているのです。
浅野氏自身も固定的な存在ではありません。
支持者によって影響を受ける存在としてあります。
反石原という媒介(畑)を作ろうとしている浅野氏
石原に他の2人よりも勝つ可能性が高い浅野氏を応援しない手はない
と私は考えます。
弁証法的世界観が無い人には分かりにくいかも知れませんが。
政策発表までは何も分からないなんて考える人はこの世の存在を言語の総和としてしか捉えていないのでしょう。
もっと弁証法的に存在する存在そのものを把握するようにしないといけないと思います。
石原の対抗馬として出馬しようとしている事
宮城県政における情報公開や談合抑制の実績
マスコミによって日々報道される浅野氏の発言(五輪招致は優先順位は低いのでは?など)から判断できる事は色々とあります。
政策発表まではその判断をしないというお役所的な感性では主体的に政治に関わる事はできないでしょう。
って言うかその程度の判断以上のものがこの阿修羅掲示板では問われていると思います。
自らが過去に得た情報から総合的に判断する能力が。
そして、決定的なのはこの世を弁証法的なものとして理解できているかという事だと考えます。