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(回答先: Re: 革命はどうなのでしょう? 投稿者 竹中半兵衛 日時 2006 年 11 月 28 日 12:37:28)
>竹中半兵衛さん ご意見どうもです。
人が10人いれば「10の違った意見が存在」します。
ですから
>【Kさんも労働者だべと推察すてるんだども、意識はおらとは当然違う。】
と言うのは当然であり必然です。
まず、その点は非常に重要です。そこを押さえておいてください。
>(前略)【これらの事実で「共産主義は危険だ」なんつう結論は出せるだか?】
Kは「共産主義」に限った事ではなく「自分の方に『絶対の正義が存在する』という考え方」に危険を感じます。思想と宗教に多い考え方であり、純粋であればあるほど危険です。
自分に正義があると思った瞬間から「自分にとって都合の悪い者は、全て『存在しなくても良い者』という意識が形成されます。」
つい最近の阿修羅でも「マスゴミ」とか「媚び泉」とか「安部壷」とかの「敵であれば、人権などは考えなくても良い」というような書き込みもあるようですが、これの行き着く先は「敵の存在の抹殺(生存権の否定)」だろうと思います。
「共産主義」にも良い点と悪い点があり、議会制民主主義にも良い点と悪い点がある。それらの良い点を「寄せ集めて融合」していく事が(可能ならばですが)、ベターだろうと思っています。
「この方向が正しい」と確信した瞬間から「危険な道のりに入っている」のです。なぜなら、人間は10人いれば10人が別人なのです。ベストなど端から存在せず、ベターを組み合わせていくしかないのでしょう。
京浜安保共闘と一部の赤軍派の連合した連合赤軍の崩壊だけで「共産主義は(制度的に欠陥があり)危険」と云うのではなく、純粋な正義感は「全ての障害を悪と断定する」という危険性を有していると云うことです。オウムの信者のやった事と同じなのです。
神風特攻やイラクの爆破テロも本質的には変わらないのでしょう。
>【ソビエト(ソ連)も中国も、連合赤軍も「共産主義」ではねえからだす。】
ソビエトや中国での社会主義・共産主義は偽者で、本物ではないというのは、Kも同意しますが【どれもマルクス主義とは無縁だす。】と云う事が理由なら『ならば、マルクスは絶対の神のような存在で間違いはないのか?』と云うことになるでしょう。
「マルクスの信者になるのが危険」なのです。マルクスの考えを取り入れながらも「マルクスを乗り越えて行く」ように考えていく必要があるだろうと思っています。
>【グローバル市場において日本が世界を相手に生き残るためには「創造力のある人材の育成」が大切ですが、日本の学歴社会は「国に依存し、国に従う者」を育成するような「教育改革」をしているのですから、日本は駄目でしょうねぇ〜と騙っているあっしゃるKさんの主眼点が政府支配階級(ここでは郵政公社の経営陣を指す)のやりかたに、もっと創意工夫をしろと叱咤している、と読める。】
これ書いた時には「突っ込まれるかな?」と思っていましたが、今回突っ込まれるとは思ってませんでした。
前にKは郵政の資金(当時は40兆円を越えていました)を利用して「アメリカの農場を買収」とか「石油の生産拠点を買収」等の、食料やエネルギー資源の「生産地を押さえて、日本人の不安を軽減しつつも、財政再建の策とした方が良い」というような主張をした事がありますが、Kは「支配階級と云うことではなく、日本全体を豊かにする」と云う方向で色々主張しています。
世界的な視点と云うもので見つめれば「日本だけが裕福になるのではなく、世界人民の格差是正を考えるべき」と云う考え方があり
グローバル市場での競争を容認するかのような意見は「堕落だ!」という意見があるだろうと思っています。
しかし、とりあえずKは日本人であり、日本の国を「良くすること」で、世界に手本を示すのも一つの方法論だろうと思っています。
現実問題として「グローバル市場は既に存在します。」容認するのではなく「存在するなら利用するしかない」だろうと思っています。
>(前略)【ここでも「共産主義的」とはだれがこのイデオロギーを担っているのか、不明である。議会制民主主義のもとで、資本化(ブルジョワジー)も労働者(プロレタリアート)も存在する、現在から一足飛びに発展した「共産主義的社会(制度)」が存在しうると夢想しているわけだ。共産主義社会とは、地球上から国家が死滅して、それゆえにすでに階級も消滅していることが前提であるのだが。】
Kは誰かのイデオロギーによる共産主義を担っているのではありません。格差の少ない「弱者でも生きられる共助共存社会」を考えています。
一人でも多くの人が「笑って暮らせる社会」と云う方向であり、役職としての「政治家(政策の責任リスクを負う人)」とか「管理者(経営リスクを負う役職)」と云う存在も労働者の一種として必要だろうとも考えています。
他人からの詐取だけで「働かずに食っている寄生虫と云う意味合いでの資本家」は必要ないので「日本から出て行ってもらう」という事もあり得ますが、日本の生活水準の向上に協力する日本人なら「職業はすべて役割の一つ」であり、貴賓の差はなく、全ての職業において「実質労働時間の対価報酬」は公平・平等にすべきであり、生産能力の優秀な者には「一定の特別報酬(一般の人の給与の3倍にはならない程度)」を与えても良いだろうくらいに考えています。
どんなに優秀な人でも「3人分の存在を補う」のは困難というような考えが根底になっています。
まあ、どう書いたところで、竹中さんとKは別人ですから、完全な相互理解はできないでしょう。Kも「自分の考えが正しい」と断言はできません。
ただ、Kの意見を踏み台にした「より素晴らしい意見を紡ぐ人が出現する事」を期待して、色々書いている訳です。
では、では