★阿修羅♪ > 議論24 > 413.html ★阿修羅♪ |
Tweet |
(回答先: 優先順位の考え方が違うようです。 投稿者 ワヤクチャ 日時 2006 年 10 月 08 日 18:36:31)
ワヤクチャさん どうもです。
取り合えず、憲法9条に対する価値観(価値意識)には、Kとワヤクチャさんに大きな差はないと考えています。
しかし、現状認識(危機意識)には大きな差がと考えています。
>【私はその前に憲法をもっと皆に読んで欲しいと思うのです。】
の【その前】というのは、どんな期間でしょう?
人と言うのは「尻に火がつき、覚悟を決めなければ、本気で準備活動をしない」という習性もあります。(例外的な人もいます)
>【私は改憲とも護憲ともまだあまり考えていない一般の日本国民に憲法を読んで欲しいと言っているのです。】
取り合えず、Kも阿修羅に来て長くなりますが「いまだに、たった一人の啓蒙にも成功した」とは思っていませんが、ワヤクチャさんは「誰か一人でも右翼系から左翼系に転向させる事に成功」しましたか?
日本国憲法の条文は文字の羅列ですよ。読めば「比率的に多数が改憲反対派になる」との思い込みはありませんか?
読んでもらうのではなく「憲法9条の理念」の素晴らしさを知ってもらわなければ意味はないのでしょうが、今までの歴史的経過の中で「護憲派は何をしてきたのでしょうか?」
ハッキリ言って「改憲論議から逃げ回ってきた」だけで「憲法9条の理念の周知活動は疎かにしてきた」と云うことでしょう。
「逃げれば良い」と考えるから「勝つ方法」という視点が抜け落ちるのです。
ワヤクチャさんの主張「教育活動」は重要でしょうが、覚悟を決めずに「逃げれば良い(先送り策)」という思考と一緒では「真剣な教育活動は望めない」でしょう。
>【仮に「改憲のための国民審判が避けられない」のだと仮定した場合、
*******************************************************************************
【ワヤクチャ】その仮定は正しいのでしょうか?避けられない根拠は?仮定だから根拠は不要とは言えないでしょう。憲法のよさを伝える事で憲法を変える必要はないという世論が高まれば多額の費用を伴う国民投票をする事自体に反対の世論も高まるでしょう。これこそが憲法9条を守る為の正しい戦術でしょう。一か八か「反戦派が多いだろうと思われる内」に投票をやってしまおうというのは危険過ぎます。】
仮定だから根拠は不要とは言いませんが、安倍内閣の成立経過を考えれば、安倍内閣の内に憲法問題で大きな動きがあると云うのは「一種の共通認識」だろうと思いますよ。
それともワヤクチャさんは「安倍内閣では何も起こらない」と思っているのですか?
投票をやるのは危険過ぎるのは確かですが、今やらないと「危険度は増える」なら、覚悟を決めるのは選択手の一つでしょう。
>【「改憲問題の先送り論」ではなく「投票の先送り」です。国民を啓蒙する時間が必要なのです。】
「改憲問題」を「投票」と言い直しても、解説がなければ意味がない詭弁の一種とも思いますが、国民を啓蒙をする時間が必要ではなく「覚悟を決めないから、時間が無駄に過ぎ去った」のでしょう。「本気で啓蒙する気なら」「退路を断って覚悟を決めなければ」ならないという部分もあるでしょう。今までに腐るほどの時間があったでしょう。その時間経過の結果が「今の状況」でしょう。
>【【考察者Kさん】
変えないために「改憲議論を決着させる」(国民的承認憲法という免罪符を得る)という視点も必要でしょう。
*******************************************************************************
【ワヤクチャ】それは議論であり投票ではありません。投票するから議論をするというのではなく投票をさせない為に議論をするのです。】
議論は「消え去ります」。郵政公社化の時には「議論によって公社化で決着した」のですが、国民の承認はされていませんでした。
決着を付けるなら「議論ではなく、投票による決着という証拠付け」が必要です。
>【貴方は形式論理を言っているだけです。憲法を守る運動論になっていません。】
形式を整えなければ「火種は残る」と云うことです。
>【今論議されている改憲論は9条などの改憲論でありそれに私は反対しているのであって憲法をよくする事一般に反対しているのではありません。】
議論をしただけで「憲法はよくなる」のですか?
>【もし、そうなのであれば戦争は無くならないという結論ですね。平和が続けば戦争の悲惨さを知る者がおらず戦争を阻止できなくなるだろうという事ですね。】
現状では「戦争は繰り返し起こっていますし」「同じ国でも懲りずに繰り返しています」
それは、ともかくとして、憲法9条の理念が多くの国に広まり承認されるなら「戦争は起こり得ない」でしょう。しかし、日本ですら「投票をすれば危ない」のなら、「戦争したい人はいなくならない」のでしょうから、【戦争は無くならないという結論ですね。】という主張には「意味すらない自己矛盾」を感じますね。
最後に「まともな反論」かな?と思われる「唯一の視点」の提示
>【憲法のよさを伝える事で憲法を変える必要はないという世論が高まれば多額の費用を伴う国民投票をする事自体に反対の世論も高まるでしょう。これこそが憲法9条を守る為の正しい戦術でしょう。】
に触れておきますが、国民投票自体は「立法府の多数決だけで決まる項目」ですから、世論による阻止は絶対にない訳ではありませんが、ほとんど無意味です。
仮に「立法府の決定をくつがえせる様な「護憲世論の高まり」があるのなら」その時にこそ、一気に国民承認を得て「自主憲法」にしてしまう方が良いでしょう。
では、ここまでにしましょう。