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(回答先: 長崎原爆:米記者のルポ原稿、60年ぶり発見 検閲で没収(Mainichi) 投稿者 ああ、やっぱり 日時 2005 年 6 月 17 日 13:59:55)
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050617k0000e040075000c.html
連合国軍総司令部(GHQ)の検閲で紙面化されず、幻になっていた米国人の故ジョージ・ウェラー記者の被爆直後の長崎を克明に記した原稿が60年ぶりに発見された毎日新聞の報道。その波紋は17日、被爆者や関係者に広がった。被爆地の長崎や広島では、放射線被害の惨状が伝わるのをおそれた占領政策への批判や、発見を契機にした核廃絶運動の高まりへの期待の声が相次いだ。
◇長崎「投下は人体実験だった」
ウェラー記者が長崎に潜入した1945年9月6日は、占領軍が東京で「広島・長崎では死ぬべきものは死んでしまい、放射線のために苦しんでいるものはいない」と発表した日。長崎原爆被災者協議会事務局長の山田拓民さん(74)は「ルポの差し止めは、この発表が政策的なものだったことを裏付けている。放射線被害の実態が分かれば、米国は国際的な非難を浴び、核兵器の技術も封印されるか国際管理に委ねられただろう」と、当時原稿が表に出なかったことを残念がった。
日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の山口仙二さん(74)=長崎県小浜町=は「30年ほど前、米国で聞いた元報道記者の話では、国防総省は『被爆地の写真は建物だけ撮れ、人は写すな』と言っていたという。米国は、原爆は犯罪だと分かっていた」と語る。山口さんは被爆で入院していた病院に米国の軍医が来た経験を持つ。「麻酔なしに胸の骨にクギのようなものを差し込んで、残留放射能を調べていた。私は裸にされて立たされ、やけどの写真を撮られた。すべて調査のためで、治療ではなかった。原爆投下は人体実験だった」と語った。
◇広島「埋もれた記録まだある」
広島で占領軍による報道管制をかいくぐって原爆を告発する詩を発表した詩人、故栗原貞子さんの長女・真理子さん(70)は「父と母は、民主主義国家で検閲が行われたことに怒り、その資料を残し、知らせようとした。記事が掲載されていたら、核を巡る状況は変わっていた。埋もれた記録は、まだあるかもしれず、掘り起こし、伝える努力が必要だ」と訴える。
反核運動の高まりにつながる期待も大きい。被爆者で元原爆資料館長の高橋昭博さん(73)は「米国の原爆正当化論を打ち砕く大きな力になるスクープだ。世界ではヒロシマ、ナガサキの名前は知られていても、原爆の惨状は知られていない。われわれ被爆者も命ある限り証言を続けなければと決意を新たにしてくれるニュースだ」と語る。「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」共同代表の森滝春子さん(66)も「私たちは今年、原爆法廷の開催を準備している。改めて原爆投下を問い直す被爆60年の年に見つかったことに、大きな意義がある」と話す。
◇第五福竜丸展示館学芸員「リポートは出発点」
54年3月に米の水爆実験で被爆した第五福竜丸を展示する東京都立第五福竜丸展示館(江東区)の安田和也学芸員(54)はルポが明らかになったことを評価し「水爆実験の被害は半世紀たった今も、全容は分からない。世界的な反核の世論を抑え、次の核戦争に備えてデータを独占しようとする欲もあっただろう。長崎のリポートはその出発点といえる」と話す。
第五福竜丸の元船員の追跡調査にかかわった静岡県浜松市の医師、聞間元さん(60)は「救援、救護活動に入った人たちが残留放射能の影響で倒れていく時期の様子が克明に描かれている」と語る。
86年のチェルノブイリ原発事故後、ベラルーシで医療支援にあたった鎌田實・諏訪中央病院名誉院長は「チェルノブイリ事故の時も、旧ソ連政府はずっと『大した事故ではない』と言い続けた。情報が隠されると対応が遅れ、被害がさらに拡大する」と情報統制の怖さを指摘した。
◇米社会に「脅威」伝える
【ワシントン和田浩明】広島、長崎の原爆被害について、米国市民の関心は決して高くない。しかも最近の世論調査によると、原爆投下は正当だったと考える人が多数派だ。今回発見された原爆投下直後の長崎市民の苦しみを描いた米国の故ジョージ・ウェラー記者の未発表ルポは、米国社会に核兵器の脅威を改めて突きつけた形だ。
今年3月にAP通信などが行った世論調査(米成人1000人対象)によると、米国を含めていかなる国の核兵器保有にも反対するとの回答は3分の2に達した。しかし、核テロリズムの可能性を懸念する回答も過半数を超えており、自らが攻撃の対象となる恐怖感から「NO」を主張している可能性もある。
広島、長崎への原爆投下については、肯定する回答は47%で、否定の45%を上回った。
こうした世論の背景として、米政府が宣伝してきた「原爆投下は戦争終結を早め、連合軍、日本側双方の多くの命を救った」との公式見解の浸透が、根拠の一つとして指摘されている。
原爆問題に詳しい米ニューヨーク州立大のマーク・セルドン教授によると、米国で使われている歴史教科書に、この公式見解を紹介するものが目立つ。教授は、原爆の人的被害に関する報道が原爆投下後の早い時期に行われていれば、「核実験などへの米国民の反対は強まっていただろう」と指摘した。
米国の核政策に詳しい米カーネギー国際平和研究所のジョゼフ・シリンシオーネ上級研究員は、「核兵器について政府は直接民意を問うことなく、政策を進めている。問われれば、国民は反対意見を示すはずだ」と語った。
毎日新聞 2005年6月17日 14時00分
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