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JMM [Japan Mail Media]  「傭兵と祖国」  冷泉彰彦 
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投稿者 愚民党 日時 2005 年 5 月 14 日 21:19:12: ogcGl0q1DMbpk

                             2005年5月14日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.322 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』 第198回
    「傭兵と祖国」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』 第198回
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「傭兵と祖国」

イラクで日本人が人質になりました。過去何度か同様の事件があり、救出に成功した
り失敗したりする中で、そのたびに日本のメディアは強く反応してきました。本欄に
ついても例外ではありません。ですが、今回の齋藤昭彦さんのケースは、これまでと
は事情が違います。それは、通常の日本人の旅行者ではなく、他国の組織に属した傭
兵だということです。

齋藤さんのケースは、現在までに伝えられているところを総合しますと、フランスの
有名な「外人部隊」に長く在籍し、相当のベテランとして活躍していたらしいのです。
国籍は少なくともパスポートによれば日本国籍のようですが、他国の国籍を取得して
いるかは分かりません。

今回、人質事件に巻き込まれた業務の内容に関して言えば、内容は「ハート・セキュ
リティー」という英国の警備会社へ転籍しての警備活動ということです。すでにイラ
クでは新政権が発足していることから、イラクが建前上の発注者であり、その「注文」
を受けて在イラク英米軍の指揮命令系統に間接的に入りながら、業務をしているとい
うことになります。傭兵ですから、当然重火器で武装したのでしょう。

この齋藤さんのケースを複雑にしているのは傭兵そのものの位置づけです。国際法に
よれば、戦闘行為という名の殺人が許されるのは正規軍だけです。更に、宣戦布告を
していること、つまり正規の戦争であることが重要です。またその戦争が国連の承認
を受けた平和回復行動であることが条件です。とにかく殺人が正当化されるのは、国
家によって組織された正規軍が正規の戦争を行っている時だけなのです。

その他の場合は、戦闘行為が許されるのは明らかな正当防衛に限ります。大きな紛争
のスケールの中で、襲撃されそうだから先制した、というのではダメで、先方からの
攻撃があって明らかに当方の人命が脅威に晒されている場合、正当防衛が認められる
のはそんなケースだけです。

さて、傭兵の場合はどうでしょう。正規軍ではありません。ですから国際法の上では、
戦闘行為は私闘になります。武装していることも違法なら、戦闘自体も違法です。本
来ならばそのはずです。ですが、人類の長い歴史の中では、このような傭兵が多く用
いられてきました。19世紀までに進んだ「国民国家」や「常備軍」の常態化によっ
て一旦は減ったのですが、20世紀の後半以来、世界の各地で警備活動を名目として、
じわじわと増加しているようです。

今回にわかにクローズアップされている、フランスの「外人部隊」に関して言えば、
その発端はフランスが植民地主義から脱却するのが上手く行かなかった時代の、暗い
影にあります。帝国主義の盛んな時代に、フランスはアフリカや南アジアに多くの植
民地を持っていました。そして、二度の大戦を通じて民族自決が世界の流れになって
も、こうした植民地には簡単には独立を認めなかったのです。

そんな中で、アルジェリア独立運動にみられるように、独立派に対していわば白色テ
ロというべき凄惨な暴力の応酬があり、そうした「人には言えない」軍事的な活動の
際に「外人部隊」の存在がありました。以降、特にアフリカを中心とした様々な紛争
において、傭兵がビジネスとして成立していきました。

何もアフリカの地域的な特殊事情がそうさせただけではありません。世界が表面的に
は平和になり、戦争や殺人は悪だということを多くの人が認識するようになればなる
ほど、皮肉なことにこうした傭兵に「汚い仕事」をさせるニーズが出てきたというこ
とも言えます。

911以降のアメリカでは、テロリストへの憎悪が増していますが、では民間人が勇
気をもって脅威と戦うかというとそうではないのです。例えば、今週の水曜日(5月
10日)には、ワシントンDC中心部に軽飛行機が接近したということで、連邦政府
はホワイトハウスも議会もパニックを起こして「全員退避」の騒動になりました。思
えば1994年の9月には、自殺志願の若者の操縦する飛行機がホワイトハウスに
突っ込んだことがあります。この時は避難は最小限に止まり、むしろ自殺した若者へ
の関心を中心にメディアは扱っていました。それとは別の国のようなパニックぶりで
した。

社会に不安感が増している中で、人々は無力感と恐怖心に支配されています。その分
だけ、危険については、「プロ」に任せようというムードになっているのです。その
「任せてしまえ」という気分は、アメリカの場合正規軍にまで及んでいるのだと言え
るでしょう。

現時点のイラク駐留米軍としては正規軍の死者がこれ以上増えると政治問題化します。
そのために、危険な警備活動に正規軍を当てる、その数を減らしたいのです。また、
危険地帯での警備活動そのものに対して、未熟な若者を中心とした正規軍では不安な
のです。場数を踏んでいない、また一刻も早く帰国したいと考えているようなモラル
も技術も低い正規軍では不適当だということもあるようです。

そこで、傭兵が使われるのです。イラク戦争がスンニー派を中心とする残留勢力との
ゲリラ戦という様相を呈してからは、傭兵の数が増え、また犠牲も増えました。ただ、
そうなると事情は変わってきます。アメリカでは傭兵の犠牲が出るたびに「民間人の
犠牲が出た」という論調で報道されたものです。正規軍の死者は政治的に問題だが、
多額の金銭をもらっている傭兵なら良いだろう、というペンタゴンの読みは実に甘
かったと言わざるを得ません。「民間人が殺された」ということになりますと、社会
には正規軍兵士の死と同じか、それ以上のショックが走ってしまうのです。

では、前線の士気はどうかというと、こちらも同じでした。戦死のショックというこ
とでは、正規軍も傭兵も変わりがなかったのです。傭兵が殺されると、前線兵士達に
は「自分たちの身代わりが犠牲になった」という自責にも似た心情が広がりましたし、
中には「自分たちよりモラルが高くて、経験も積んでいるグループでもあのようにや
られる」のなら、自分たちに関しては益々怖くて仕方がない、そんなムードも出てい
るようです。

そこで、英米軍は方針を変えたようです。いっそのこと、第三国の傭兵を使ってみよ
うというのです。傭兵派遣会社についても、アメリカの、例えばチェイニー副大統領
が就任直前までCEOであったハリバートン社などでは公私混同という非難を受けや
すい、ということから外注先の会社まで第三国ということになったのではないでしょ
うか。

もしかすると、請け負った英国の会社の側でも、自国の傭兵が犠牲になると問題化す
る(特に英国の世論はアメリカのイラク政策に反対です)からと、危険なイラク向け
には、更に別の国籍の人間を集めて送る、そんな事情もあったのかもしれません。

となれば、傭兵というのは実に哀れな存在であると思います。自国の正規軍から犠牲
が出ては世論が納得しないからと、第三国の民間会社に任せる、その会社も危険な仕
事は更に第三国出身者に任せる、という構図です。まあ「本来ならば死への怒りから
事態を正常化する方向に動かす作用」を持つ世論というものから「死」を遠ざけるた
め、ということでしょうか。更に言えば、傭兵は人間ではないということかもしれま
せん。

イラクの治安ですから、イラク人に責任があるというのも理屈でしょう。ですが、こ
の混乱状態はイラク人が元々望んだものではありませんし、残存のスンニー派がどの
ように恐ろしい不気味な存在かは、イラク人が良く分かっているのでしょう。ペンタ
ゴンが言う「イラク人による治安回復」は簡単には進みません。

私は傭兵という存在には反対です。その存在自体が違法であり、人身売買にも似た非
道だと思います。仮に、国家に背を向けてカネという唯一信じられるものと引き換え
に、自分の命を危険に晒す、そして自分の実力と才覚だけで生き延びる、そんな傭兵
が「カッコ良く」見えるとしたら、それはあくまでファンタジーの世界でしょう。傭
兵を必要とする空間とはこの世の地獄だと思うのが正常な神経ではないでしょうか。

傭兵は被害者だけではありません。戦闘に参加し、殺戮に加担する以上、加害者の立
場にもなり得ます。その場合も、法的にはグレーなままです。正規軍ではありません
から、殺人への免責はないのです。最新の重火器で武装し、過酷な訓練で肉体を作り
上げていても「殺しのライセンス」は与えられていません。これに加えて、「正規で
ない」存在ゆえに「表ざたにはできない」暴力行為を依頼されることもあるでしょう。

では、齋藤さんの危険に関しては誰が責任を持つべきなのでしょう。本来であれば、
英国に責任があります。自分たちの会社が招いた危険に関して、第三国人が危険に晒
されているのですから、その危険から齋藤さんを救う責任は彼等にあるのです。です
が、こちらの可能性は低いでしょう。英国にしても、齋藤さんが長く在籍していた
「外人部隊」のフランスにしても傭兵を救うためにカネや人命を犠牲にするつもりは
全くない人たちと考えるべきでしょう。

私は、こうした状況を踏まえた上で、日本が齋藤さんの救出に努力するのは当然だと
思います。人間の尊厳をカネで買ったと思っている「雇用した国」から見捨てられて
「属するもの」を失った傭兵に対しては、「出身国である日本」が同情し救出に奔走
する、それで良いのだと思います。

それは、齋藤さんが形式的に日本国籍を持っているからではありません。日本は「傭
兵的なもの」を全く認めていない国だからです。多少のカネを渡すことと引き換えに、
人格を否定し、闇の世界へ放り込んで人には言えない暴力の応酬に使う、そうした行
為を「絶対に行わない」ことを国是としているからです。その代わり傭兵も立派な人
間として権利も義務も認めて行くということです。

今回の事件に関しては、欧米のメディアはほとんど扱っていません。興味がないとい
うこともありますが、多国籍企業から無国籍者のように他国へ派遣される傭兵に関し
ては、「闇の存在」ということが暗黙の了解になっているからなのでしょう。

日本は違います。傭兵であろうと自国民は救出する、市民としての権利は尊重する、
本人は一旦は国を捨てた存在であってもその運命を心配する。これでいいのだと思い
ます。イラクで人質になったり殺されたりした場合、ボランティア、ジャーナリスト、
市民運動家、旅行者の若者と同じように傭兵となった人間の命も同等だという思想、
それが日本の国是だといって良いのでしょう。

例えば、アメリカなどの場合は違います。他国の軍隊に属したり、他国の利益のため
の軍事行動に参加した場合は、アメリカの国籍(市民権)は喪失することになってい
るのです。まるで「裏切り者は除名」というヤクザの論理であって、今でも独立戦争
の際のゴタゴタをひきずっているような野蛮な法律です。

そのくせ、アメリカの軍籍に関しては「市民でなくても構わない」つまり他国の国籍
でも志願でき、また正規の兵員として採用できることになっているのです。では、軍
人になれば市民権が即交付になるかというと、そうでもなく、かなりスピードアップ
はされるものの、他国の国籍のままで米軍に在籍している人間は大勢いるのです。

こうした「他国民の米軍籍」は権利が少ない一方で義務だけは同等に課せられていま
す。脱走に関する罪、招集忌避に関する罪などは、市民の兵士と同じですから、一旦
軍籍に登録された人間は、仮にアメリカ人でなくても、一生アメリカ軍に追跡されて
しまいます。ということは、法律の体系としてかなり身勝手なものと言わざるを得ま
せん。

では、齋藤さんを救出できたとしたらどうすべきなのでしょう。チャーター機などの
救出実費を請求すべきなのでしょうか。私はその必要はないと思います。国民の生命
の保護は無償でなくては国家の体をなしません。様々な救出費用については、それを
英国の警備会社に「立て替え請求」すべきでしょうか。こちらは筋が通らないことも
ありませんが、これも必要ないと思います。第一、救出費用やノウハウの全てを公開
すべきではありません。

その代わり、齋藤さんに関する捜査をするべきだと思います。他国の利益に加担する
ような「裏切り」をしていたかどうかではありません。もっと具体的に傭兵として、
凶器準備集合をし、殺人未遂をし、場合によっては殺人に加担しているかもしれない、
その点を調べるべきです。属地法といって刑事犯については、犯罪の行われた国で起
訴するのが一般的ですが、それ以外にも日本の法律では、日本人の海外での犯罪行為
を取り締まることもできるのです。それを適用すべきです。

そうして、多くの「傭兵ビジネスのユーザー国」が「アンタッチャブル」な存在にし
ている傭兵ビジネスという闇の世界を、国連などに代わって捜査し、暴露してゆくべ
きです。最終的には有罪まで立証はできないかもしれません。それでも、この明らか
に「武器を使った私闘」に参加したか、その準備をしてきた人物を「助けてそれで良
かった」とは行きません。

齋藤さんが筋金入りの傭兵であるならば、日本の捜査に対しては積極的には協力はし
ないでしょう。その黙秘の様子は不自然な光景となるでしょうが、それも具体的に報
道して世論に知らせるべきです。齋藤さんを英雄視してはなりません。一抹の同情は
人間として自然だと思いますが、とにかく現在の日本ではできない「命のやりとり」
をしたいばかりに、国外で活動してきたというのは完全に違法です。認めるわけには
行きません。

それは、日本という平和国家の国是に反するからではありません。自衛隊であろうと、
正規軍であろうと、軍人の責務は抑止力を最高の状態に持っていくことです。厳しい
訓練を行って軍隊を熟練するのは、戦争に備えるのが目的ではないのです。戦争を防
止するためなのです。

いずれにしても、齋藤という人が、抑止力の維持という軍人の本分を忘れて、表面的
な実戦機会を求めて傭兵となったのなら、そのことには同情の余地はありません。生
命は救出すべきです。ですが、その上で人命を玩ぶ行為やその予備行動を行った嫌疑
に関しては追及すべきです。そして、このような傭兵に憧れる人間を、これ以上出し
てはなりません。

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冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)ーあの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm05-22
『911 セプテンバーイレブンス』小学館文庫
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4094056513/jmm05-22
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