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『SAPIO』2005.01.19/02.02号
米中覇権戦争の”第一ラウンド”はアメリカが繰リ出すジャブで始まった
落合信彦
現在、世界唯一のスーパー・パワーとして君臨しているアメリカ、そしてスーパー・パワーのポテンシャルを持つ唯一の国、中国。私は21世紀最大にして最後になるかもしれない戦争は、この両国の覇権争いになると予測してきた。
1991年12月にソ連邦が74年の歴史に幕を下ろしたとき、当時のブッシュ政権で外交・安保の中心的役割を担っていたべーカー国務長官とチェイニー国防長官(現副大統領)が繰り返し語っていた言葉がある。「アメリカに比肩するスーパー・パワーの出現は二度と絶対に許さない」──。
アメリカはソ連との軍拡競争で勝利したが、その代償は小さくなかった。軍備や外交に時間とカネを費やされた結果、双子の赤字(財政赤字と経常赤字)は膨張し、米経済も軍需産業に依存するいびつな構造となった。このレッスンに学んだベーカーやチェイニーは「超大国となり得る国は事前に封じ込める」ことを国家戦略の柱と位置づけたのである。
だが、そのアメリカの国家戦略に挑戦状を叩きつけようとしている国それが中国である。前号でも指摘したとおり、中国は「建国1OO周年の2049年までにアメリカと肩を並べる」ことを長期的な国家目標に据えているし、その背景には中国の指導者たちに脈々と受け継がれてきた、”中国(中華)こそ世界の中心”とする「大中華思想」がある。しかも、中国は「共産党による独裁」を変えようとしない(そもそも中国4000年の歴史で、独裁ではない時代は一度もない)。これはアメリカの掲げる「民主主義」とは永遠に相容れることはない。
現在、中国はハイペースの経済成長を続けている。軍事面ではロシアばかりではなくEUからの兵器購入を積極的に打診しはじめた。これに対してEUも天安門事件をきっかけになされた禁輸を解除しようとしている。このまま中国が成長を続ければ、中国の国家目標は現実のものとなり、「世界最終覇権戦争」が勃発することになるだろう。
「石油」「食糧」が中国の「ソフト・スポット」
もっとも、現在の中国はアメリカと比較すれば「小国」。軍事的、経済的、国際的発言力のどれをとっても、アメリカにはかなりのアドバンテージがある。中国もその実力差をわかっているから「今はアメリカと争う時期ではない」と考えている。そのため、現在の米中の間には表面上の対立は見られない。
特に経済分野での親密ぶりは顕著だ。中国は日本に次ぐ約1800億ドルの米国債を購入し、ドルの暴落を下支えしている。一方でアメリカは日本、韓国と並ぶ対中投資大国。中国経済にとってアメリカ資本は命綱といっていい。つまり両国は経済的に互助関係にある。
米中関係は政治的にも決して悪くない。2003年初頭のイラク軍事制裁決議の際に中国は拒否権発動を予告しなかったし、仮に決議採択となっても棄権(つまり黙認)で済ませていただろう。中国はロシアやフランスほどではないにしても、国連による石油食糧交換計画のウラで甘い汁を吸っていたが、それ以上にアメリカの「イスラム過激派掃討作戦」を容認すれば、中国からの分離独立を主張している新彊ウイグル自治区のイスラム教徒弾圧の口実も作れるという計算があった。その意味では政治的な互助関係もある程度は成立しているといえる。少なくとも2001年4月の海南島事件で一触即発となった時期と比較すれば、表向きの米中関係は「蜜月」と言ってもいい。
しかし、この表面上の「蜜月関係」だけを見ていては本質を見失う。
アメリカは水面下で「中国の超大国化」に確実にブレーキをかけている。今後5年間(特に2008年の北京五輸までの3年間)は、そうした「ブレーキ」がタイミングに応じて繰り返されることになるだろう。
「ブレーキ」の一例として挙げられるのがスーダンヘの制裁である。アメリカはスーダンでのアラブ系による黒人系の虐殺に対し、国連による制裁を求めている(例によって国連は「これが虐殺の定義に当てはまるかどうか検討する」などと間抜けなことを言っているが)。
では、なぜこれが「ブレーキ」になるのか?
これには中国のエネルギー事情が関係している。経済発展がハイペースで進む中で、中国のエネルギー不足は深刻だ。すでに中国は93年から石油の純輸入国となっており、東部の大慶油田や勝利油田の産油も頭打ち。当然、外国からの輸入増に頼らざるを得ないのだが、中国は国際的な石油戦略で大きく出遅れている。サウジなどの巨大石油輸出国にはアメリカやEU各国の石油メジャーが食い込んでおり、新参者である中国のつけいる隙はない。そのため政情不安を抱えていたり、石油産出が安定していない国(産油におけるカントリー・リスクが高い国)に依存せざるを得ない。その代表格がスーダンなのである。
さらにイランでも、IAEAやEU(英独仏)が行なっている核開発問題の協議が行き詰まっており、イランヘの制裁も今年の早い段階で俎上に上げられることになるだろう。世界第2位の輸出量を誇るイランヘの制裁は世界各国に影響を及ぼすが、先進諸国はサウジや新イラク産石油の比重を上げれば対応できる。しかし、中国の場合はリスクの分散先がないため、埋め合わせがとりわけ困難である。
両国への制裁が行なわれた場合、最も困るのは中国なのだ。スーダンとイラン産の石油が中国の全輸入量に占める割合はそれぞれ6%と16%(この数字にはさまざまなデータがあるが)。制裁によって両国からの石油輸出がストップすれば、中国は5分の1以上の石油を失うことになる。スーダンやイランヘの制裁というと、アメリカの対イスラム戦略と思い込みがちだが、視野を広げてみるとその最終目的が「中国に対する牽制」にあることが見えてくる。
(略)
ここで冒頭に挙げたべーカーとチェイニーの言葉を思い出してほしい。アメリカの国家戦略は「超大国を叩き潰すこと」ではなく、「超大国に成長させないこと」にある。「台湾カード」は中国を正面衝突で叩き潰す「最強の切り札」だが、今の中国に使うにはまだ早い。それよりも「石油」や「食糧」、「人権」といった「手頃で使いやすいカード」を先に使いたい。アメリカのベストのシナリオは、「手頃なカード」だけで中国の超大国化戦略を崩壊に追い込むことにある。ボクシングに例えるなら、ガードが甘くなりがちなアッパーカットでKOを狙うのではなく、ジャブの連続で相手の戦意を奪って試合放棄に追い込む戦法といえる。
こうしたアメリカの「目立たない圧力」に対し、中国がどう対応していくのか、それが今後5年間の焦点だ。アメリカが強烈なアッパーカットを繰り出さざるを得ない状況に追い込まれるのか、それとも中国が超大国化の野望を断念せざるを得なくなるのか──。この行方は今まさに始まっている「ジャブの応酬」の結果次第だ。いずれにしても、表面上の友好関係に惑わされることなく、水面下で繰り広げられる米中間の攻防を注視していく必要がある。