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(回答先: Re: 邪魔してゴメン。私はクリスチャンじゃないので何も言うまい 投稿者 スパルタコスポノ 日時 2004 年 11 月 12 日 11:33:00)
私は反論を拒んではいない。
ただ、聖書の成り立ちや時代背景、編纂、翻訳の歴史などには、ほとんど興味がないので「研究していない」といっているだけだ。
そして、疑問、矛盾の提起については、聖書に実際に書かれており、通常の理解力では「疑問、矛盾」としかいえないようなものを書いているだけだ。
色々な反論も、聖書理解の上で必要だと思っている。
なぜ、「読んでいるだけ」と主張するかといえば、プロテスタントもカソリックも、そしてイスラムやユダヤ教にしても「聖書」こそが「神」と「人」を結ぶ接点であるとしているからだ。
たとえば、「この虐殺をどの様に理解すべきか?」と教会に問うても、通常の理解力ではたどり着けない話しか帰ってこない。
アメリカ大統領は「聖書」を手に「神」に宣誓して就任する。
裁判でもその証言を「神」に誓わされる。
教会は「聖書」を生活の規範にするべきだ、と言う。
みんなが信仰している「聖書」を読み、矛盾があって、問い合わせても、生活規範になんか出来ないようなコジツケしか帰ってこない。
そこをすっきりさせたいだけだ。
そして、浅学無知な私以上に博識な信者や研究者にどうか疑問を解いて頂きたいとも思っている。
だから、反論はむしろ必要だ。私自ら求めている。
信者の皆さんも「特殊な知識」をもってキリスト教を信仰している訳ではないと思う。
戦争において、その互いに宗教があり、その原点を「聖書」としながら、平和ではなく、戦争に傾くこの事実を知りたいと思った。
私の投稿の「態度」に対する反論は有難く受け止める。