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(回答先: 日本のとるべき戦略 その5 (最終回) 投稿者 岩住達郎 日時 2004 年 12 月 30 日 04:05:15)
23.摂理に基づいた憲法改正
憲法とはその国の全ての法律の基礎を明らかにする為に作られる。現在のアメリカの挙動を見ても解るように、いくら建国の父達が欧州での苦い経験に基づいて同じ間違いを犯さぬよう厳しく三権分離や政教分離を定めておいても、世代が代わり昔の苦い経験が体験では無く知識としてのみ存続する様になると、後世の政治家達は憲法の制約を回避して自分達に都合の良い政治をする為に色々な手段を考える様になる。そして憲法は有名無実の存在になってしまう。
政治家達はどうして同じ間違いを性懲りもなく繰り返すのか。それに比べ同じ人間でありながら自然科学を使って物を創る人達は同じ間違いを繰り返さないのは何故か。この質問をした人は今まで居なかったと思われる。私の今までの議論によって答えは明瞭であろう。政治家達は、自分達に都合の良い法律を勝手に作れるのだから自分達の価値観は真理である、と愚かにも信じて行動しているのである。それに対し、科学技術者は数学と物理学の法則という人間の都合で勝手に変える事の出来ない物で支配されている事を常に思い知らされながら行動しているからである。この理由で人間社会は同じ失敗を繰り返し進歩は遅々として進まないのに反し、科学技術は僅かこの百年で長足の進歩を遂げたのである。
ここで仮に数学や物理法則が人間の都合で勝手に変えられる世界を想像して貰いたい。ある国ではニュートン力学を採用し、他の国ではその国独自の力学に従って機械を作る。勿論、エネルギーを無から取り出す法則を作って幾らでも使うことも可能になる。そういう世界で作った物はある国では旨く働く機械を他の国に持って行けば忽ち働かなくなってしまう。当然、人間の体もその国の法則に従って動かなければならないから、或る国では健康な人が他の国に行くと忽ちバラバラに崩れてしまう。そんな馬鹿げた世界を笑ってはいけない。今現在、人間は社会の法則をその社会の価値観に基づいて、全く論理的根拠のない法律を沢山作って、その国の支配層に都合の良いように政治家達が勝手気ままに行動しているのである。これが人間社会がいつまで経っても進歩しない根本原因なのだ。
従って人間社会が科学技術と並んで進歩を遂げる為の条件は明白である。人間社会にも人間の力ではどうにもならない法則、即ち摂理、が存在する事を認め、それを憲法の中心に据え、人間社会の持つ多様な価値観は常に摂理に反しない限度に於いて認める事を宣言すればよい。その限度が最も顕著に現れるのは人間の「欲」の制限である。憲法で明確に制限すべきは政治家達の権勢欲であって、権勢を拡大する為の法律は一切作ってはならない事を明文化する必要がある。ここで第15章の摂理2とその系をもう一度参照して頂きたい。そうすれば、憲法を読み解釈を考える人達に、何処から何処までは、時代と共に変遷する可能性のある、その国民の価値観である事が明瞭になる。そして移り変わる価値観が摂理と相容れないのならば、その国民は新しい価値観がもたらす悲劇を承知の上で憲法を改正する事になる。
日本に憲法改正の機運が高まってきているが、改正の理由が又しても政治家達の都合であって、日本社会がそれによって利益を得る為では無い。国民の注意は第九条に注がれていて、それ以外の議論は殆ど聞かれない。独立国家が自衛権を持つのは当然であって、現在の恣意的な解釈を可能にする様な憲法を破棄又は改正するのは結構な事だ。現憲法は連合軍が日本占領中にアメリカから強要されて採択された事は誰しも認める事実であり、日本国民の総意として書かれた憲法では無い。しかし、第九条を破棄する理由がアメリカの命令に従って日本軍をアメリカが引き起こした侵略戦争に参加させるのが目的であれば、私は憲法改正に絶対に反対する。現憲法を破棄又は改正する理由は日本が独立国として国益を追求する為であって、それ以外の理由は全て無効である。従って憲法改正の手続きに入る前に全世界に向かって、現憲法の歴史的由来を明らかにし、日本が新憲法を作る理由はアメリカの意志に従うためでは無い事を証明するために、日本軍が他国軍に編入され外国人の司令下に入る事を憲法で明確に禁止せねばならない。これは米軍が国連やNATOの指揮を受け入れないのと同じである。
私は日本の将来のため、新憲法の作成には自衛権の明確な宣言に留まらず、この機会に世界に先駆けて日本の政治を根底から改める条項を追加する事を強く提案する。その理由は上に述べた通りである。結論を先ず述べよう。それは40年以上に亘り政治家又は公務員をその家族が続ける事を禁止するものである。即ち、或る家族の主が政治家又は公務員であれば、その家族の子供は誰も政治家にも公務員にもなれない。「権力は堕落する」とは人間の歴史が始まって以来不変の法則であり、これは第15章の摂理の系2−1に述べた通りである。国家の元首の任期を限定してもその解決にはほど遠い。その理由は政治家達は任期中に構築した利権を一族郎党や子分達に分配することにより利権の恒久化を図るからである。
利権とは、それに与る人達に彼らの能力に見合う以上の利益を与え、更に利権に与らない人達に対し彼らの能力に応じた当然の利益を与える事を拒否する。従って、この問題を解決する為に、政治家又は公務員に対し彼らの利権を子供達に引き継げない様にし、現在の政治家又は公務員が引退した後、次の40年間はその家族の構成員(婚姻による外部からの参加者も含む)は政治家又は公務員になる事を禁止すると憲法に明記する。これで政治権力と利権を子孫代々受け継がせる事は不可能になり、才能のない政治家が親の権力を引き継いで独裁制を維持する事もなくなる。
憲法が目的とする公平な社会とは何か。それは社会を構成する人々が各々の能力と努力に比例した報酬を得る社会であり、利権や特権の存在しない社会である。公平な社会とは結果平等を目的とするのでは無い。例え能力があっても努力をしないで怠けてばかりいる人達と努力する人達が同じ報酬を受ける社会は公平では無い。公平な社会を実現するには、利権や特権の無い公平な競争を保証する事が絶対条件となる。
与点制度の下では税金は公共設備とその運用、及び不運な人達を助ける為の福祉に使われ、一切の利権団体への補助は認められない。何故この様な競争社会が理想であると言えるのか、という根拠は第15章の「論理的な政治に必要な科学的基礎」に述べてある。私はこの様な理想社会を今すぐ実現しようと革命を煽動する目的で、マルクス等の社会主義者の如く、読者に呼びかけているのでは無い。性急な改革を画策するのは理想に燃えた無謀な若造のする事であって、現実の社会はその様な急変には対応できないし、もっと老獪な支配者層に利用されるのがオチである。これからの第一歩は国民に全ての生物を支配する摂理が存在し、人間といえども摂理の支配から絶対に免れられない事を認識させる事にある。但し、この教育課程において摂理の名を利用した一切の宗教の関与を許してはならない。全ての宗教は教祖の個人的な価値観に過ぎないからである。
今までに創られた全ての政治思想は特定個人の価値観に基づく物であった。従って特定思想家が自分の価値観を社会に強要しようとすれば、彼の価値観に同意しない人達が反発するのは当然である。様々な価値観を持つ人達の集合体である国家が憲法という法律の基礎を決めるに当たって、憲法の根幹部に摂理という人間の価値観から独立した法則を置かねばならない。そして我々が現在できることは、国民の多様な価値観の最大公約部分を取り入れて、先ず国民の抱く理想社会という目的物を決め、その実現に一歩一歩近づいて行く戦略を考える事である。それには摂理という人間の力の及ばない法則の存在を認識しその制約を常に意識しながら社会の価値観を形成し新しい社会制度を組み立てていかねばならない。その価値観の形成の一助として第14章の幸福指数の導入が考えられたわけである。
(続く)