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(回答先: おやおやお久しぶりです。 投稿者 すみちゃん 日時 2005 年 2 月 08 日 10:41:00)
さすみちゃんん、早速のレスをありがとうございます。
すみちゃんさんの敢えて隘路に踏み込もうする志向性みたいなものを好ましく思っています。
私も素人なのですが、素人なりの身勝手な疑義を発したいと考えますので、どうかよろしくお願いいたします。
文献にあたる前に、関係するサイトに少しアクセスしてみました。
この種のテーマでは、立論者が研究者を自認すればこそ説明責任ないしは応答責任があると思いますが、どうもその辺が怪しく映ってしまうものです。それよりも、聖書の成立に因む様々な疑問と同じように、池田満氏の言説には論点窃取の虚偽ないしは先決問題要求の虚偽といった論理上の陥穽に陥っている有り様が目につきます。そのような論理展開で強弁を繰り返すような学者は最低であると思っていますが、先ずは発見者の松本善之助氏や研究者である池田満氏について、すみちゃんさんの評価を伺えればと考えています。加えて、お願いなのですが、立論者自身が明確に根拠を示しているか、殊に検証の方法を明示している文献などを、ご推薦いただければ幸甚の至りに思います。
ところで、他のサイトで例示されたものを引用して論評に加えることはできるだけ避けたいと心掛けているのですが、印象に残ったものを一つあげてみたいと思います。
<以下は、飯間浩明氏のコラム:[ホツマふたたび]からの引用です。>
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山田孝雄は『国語史 文字篇』(刀江書院、1937)p.57で「 ……わが国の太古にも文字の萌芽といはうか、又は原始的の文字といふやうなものが無かつたと断言するには躊躇せねばならぬと思ふ。」と書いています。萌芽はあったかもしれない。しかし、それに続けて、「漢字渡来以前に社会共通の文字が在つたといふことは信ぜられぬし、又その社会共通の公の文字が在つたのを廃止して漢字を用ゐさせられたなどといふことは到底信ぜられぬことであると断定する。」と喝破しています。
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いつも総論的見解の提示ばかりで申し訳ないのですが、これに関して云えば、社会共通つまり公の文字の成立過程や成立時期(B.C.4000?)を裏付ける遺物、さらに漢字との混合過程あるいは漢字に吸収されいった過程を示す証拠や文書の発見が重要だと思います。考古学ならば中間体の化石の発見ですね。「秀真伝」に記されている内容の解明以上に、非常に困難と想われるのは「ホツマ文字」が小笠原家に秘匿され世間から姿を消した真相の解明でしょう。
それから、解釈論を発見と同一視して持て囃すような筋立てにフックされるのはウンザリです。ジャーナリスティックに人口に膾炙されるにしたがい、初めは仮説であったものが然したる論証もされずにいつの間にか定説化していく場合があります。今のところ「ホツマ伝」と周辺に纏わる事情はそうした状態を脱し切れてはいないと見受けられます。それでは、しばしば、たま出版の韮澤某が絡むニ流ジャーナリズムの職域に収まっているようなもので、一向にレベル・アップが望めないでしょう。(これは、勿論、すみちゃんさんにたいする批難ではありません。)
以上のように私がしっかりとレンズにフィルターを掛けているためか、「秀真伝」が以前に阿修羅で話題になったときも、視界に留めようとはしませんでした。
何れせよ、『神代巻秀真政伝紀』の完本である近江三尾神社の神宝をどこまで小笠原家が研究者達に公開しているのか不明ですし、発見させられた遺物がまた新たな解釈を施されて出回ってしまっている、そんな邪推も可能ではないかと見ています。
また、会いましょう。
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