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(回答先: 東アジアの国々は、連帯と協力が出来ないものでしょうか? 投稿者 新世紀人 日時 2004 年 7 月 31 日 15:19:18)
新世紀人さん、どうもです。
>私は、背景に、表に出したくない大幅な対世界軍事戦略の変更があるのであろう、と
>考えていますが。縮小と合理化がテーマになっているのではないでしょうか。
>我が国にとっては、ワシントン州にある一部の陸軍の司令部を座間に持ってくること
>の意味の大きさに注目しなければならないのではないか、と思っています。我が国に
>向けて来るのでは?と考える必要もあると思います。
>陸軍兵力に、我が国自衛隊と韓国軍を援軍として使おうとすると、東アジアでの緊張
>はどうしても高まります。北朝鮮、チャイナ、ロシアの警戒感が高まりますから。戦
>争経済をいつまで続けようとするかによって変わってきますが、東アジアでの緊張を
>高める戦略を採用するとすれば、それは彼等にとって大きな冒険となるでしょう。
米国支配層は、アジア常駐戦略の縮小という短中長期的なシナリオを持っていると思っています。
ですから、朝鮮半島や中台関係を中心とした「アジアの緊張」も同時に緩和されていくと予測しています。
そのような戦略変更は米国の財政・経済的事情に拠るもので、かつては軍事予算を増額し軍需産業を活性化するために“軍事的緊張”を煽る政策を採っていましたが、そのような「軍拡路線」が逆に米国経済の首を絞める経済状況になっています。
(1970年代までは「軍拡路線」が日本の公共事業と同じように米国経済全体の成長に貢献していましたが、80年代以降とりわけ経常収支が赤字に転換した85年以降は、軍事予算が逆に米国経済の重しとなるようになりました)
だからといって、日本や韓国はそれぞれお好きに、アジアのことはアジアで決めればと言えないところが覇権国家アメリカに対する“縛り”です。
韓国や日本から兵力を削減するにしても、惜しまれつつ行わなければならなし、もっともらしい正当な理由を説明しなければなりません。
軍事予算のツケ回しは日本などに可能ですが、ただサヨナラという醜態を見せて覇権国家たる地位を失えば、米国はこれまでの経済的ツケのなかに沈み込んでしまうことになります。
米国は、覇権国家という見かけを保ちながら覇権国家=「世界の需要者」から身を引くソフト・ランディング戦略をとっていると思っています。
今回のイラク侵攻・占領も、米国支配層は、政治的果実は手に入れたいが、コストは負担したくないと考えています。
現在、米国は、14万人規模の兵力をイラクに駐留させていますが、地上部隊はいざというときのコア部隊として3万人程度の規模にし、日常的な「治安維持活動」は、イラク人自身や“同盟諸国”委ねたいと考えているはずです。(中東地域の航空戦力や海上戦力は現在規模を維持するはずです)
象徴的な出来事がフィリピン軍のイラクからの撤退です。
自国民の安全を第一に判断したフィリピンのアロヨ大統領に米国は不満を持っているかのように報じられていますが、嘘っぱちだと思っています。たぶん、フィリピンが自前で部隊を派遣していたらイラクからの撤退はなかっただろうと思っています。
フィリピンや中南米諸国の部隊派遣は、多くの国が米英を支援していると思わせる員数合わせ(宣言効果)としてはありがたいが、経費の面倒をみてやらなければならないという重大な問題があります。(フィリピンの海外出稼ぎと同じ経済効果です)
だからこそ、援助金の供出のみならず自前のお金で部隊を派遣してくれる日本や韓国に対して、しつこく派遣や増派を求めています。
中国やロシアの政権は(ついでに北朝鮮も)、米国支配層と仲が悪いわけではないので、米中・米ロの関係を気にすることはありません。
日本は、日米・日中・日露・日韓(日朝)などの対外関係を自国基軸で考えればいいだけです。
在日米軍は、日本政府が供出している6千億円〜7千億円の“思いやり予算”に見合う水準まで縮小されると見ています。
(“思いやり予算”がなければ、韓国のような感じで撤退スピードが速まったはずです)
>東アジアの国々は、連帯と協力が出来ないものでしょうか?
これまでのような日本政府の歴史観や態度では無理でしょうね。
私が中国人や韓国人(朝鮮人)だったら、日本人に対してはともかく、日本政府の対応を良しとすることはできないからです。
謝罪が足りないということではなく、「大東亜戦争」や韓国併合に関するきちんとした認識がされていないことを問題視しています。
負けたから建前としては悪かったとなっているが、本当のところは悪かったわけでないという考え方をしている人が支配層を占めているのが見えているようでは、「どっちなのか、はっきりしろ」ということになります。
そして、これは、日本の「左翼」と「右翼」の大きな政治的対立要因になっているように、日本の国内問題でもあります。
ですから、日本がアジアで政治的リーダーシップをとることはないとも思っています。
「日本人が広く、大きく構えれば」という以前のレベルで日本は決着を付けていないのです。