★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > 日本の事件14 > 386.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
そのような嘘は遺族に対しても死刑を執行された宅間死刑囚に対しても冒涜行為になるような気がします。
http://www.asyura2.com/0406/nihon14/msg/386.html
投稿者 あっしら 日時 2004 年 9 月 14 日 22:25:09:Mo7ApAlflbQ6s
 

(回答先: Re: 自己弁護の為に会見を開き 投稿者 ponpon 日時 2004 年 9 月 14 日 21:24:12)


13代目さん、ponponさん、どうもです。

命を奪う以上の罰があるのではないかという問題もありますが、現行制度では死刑が最高の罰です。(死刑を超えた罰を与えることは認められていない)

宅間死刑囚は、死刑を望み、謝罪の念を持つことはなかった。
(殺戮に謝罪の念を持つに至れば、死刑をできるだけ先延ばしにしたいとか回避したいと思うようになったかもしれません)

※ 宅間死刑囚が謝罪の言葉を口にしなかったことに深い意味を付与していたのかどうかはわかりませんが、命と引き換えにやったことだから謝罪はしないという思いはあったように思えます。

謝罪の有無に関する善悪の判断を超えて、宅間死刑囚はそのような男だったと受け止めるしかないと思っています。

謝罪の言葉を聞いて心が安らぐ遺族もいるかもしれませんが、謝罪の言葉を聞いて「それならなぜ我が子を殺したんだ!」と胸をかきむしられる思いになる遺族もいると推察します。

国家機構の手で死を迎えたことで宅間死刑囚を憎悪することに虚しさを感じ始めた遺族もいるかもしれません。

宅間死刑囚と遺族のあいだでまっとうな“意思疎通”が成り立たない事件だったと思っています。

死刑が究極の罰ではなく“安楽死”になり、遺族は空(くう)に向かって憎悪を持ち続けることになりかねないという異様な結末です。
(宅間死刑囚が死を厭いながら刑死したというのなら、遺族にとってなにがしかの“救い”があったもしれません)

謝罪の有無は別としても、宅間死刑囚は現世のすべてが終わり、遺族は深い心の傷を背負いながら生き続けるという理不尽は生じます。

宅間死刑囚が謝罪の念を持っていたというような嘘は、遺族に対しても、死刑を執行された宅間死刑囚に対しても冒涜行為になると思います。

死刑は、命に未練がある犯罪者やそれで少しは心の傷が癒される犠牲者の遺族にとってのみ意味がある刑罰です。

死を賭したひとに対して刑罰は無効で、刑罰執行権者としての国家機構の威信のみが意味を持つことになります。

 次へ  前へ

日本の事件14掲示板へ



フォローアップ:


 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。