現在地 HOME > 掲示板 > 不安と不健康9 > 446.html ★阿修羅♪ |
|
Tweet |
(回答先: シリーズ・現代の優生思想との対決(15)怒ること 投稿者 手ポリオ 日時 2004 年 12 月 10 日 23:13:37)
怒りの気持ちがこみ上げない人には何を言ってもわかりません。きれいごとは体制の服従の道具に過ぎない。人間は論理や理屈ではない。ミスター・スポックでもわかっている。
※後半の一部の文が、漢字変換がちゃんとされていませんでしたので、その部分だけ、文字を修正します。
[どんなにきれいごとの福祉や援助活動をしてくれていようとも、反戦運動や、自衛隊イラク派兵に反対しないところは、すべて完璧にインチキ・マヤカシであると断言しても良いのだ。]
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※『にっぽん零(ゼロ)年』――激動の1968年だけを捕えた時代の軌跡――の中の訂正。
1969年 74分 製作:日活 http://www.nikkatsu.com/zeronen/
[四人の監督たち]藤田繁矢(敏八) 河辺和夫 浦山桐郎(→途中降板してクレジットに名前なし) 斎藤光正(→途中降板してクレジットに名前なし)
[コメント]重信メイ(ジャーナリスト)
『にっぽん零年』は、私たちに、自分で何かを変えるという夢を持つことの重要性と、その夢がやがて社会をも変える夢へとつながる可能性を、思い出させてくれる。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
※『進撃の論理』宮嶋義勇監督 1972年 48分 ――1971年沖縄返還協定批准阻止闘争――の追記事項。
http://homepage2.nifty.com/ikariwoutae/starthp/subpage07.html
この記録映画の始めの部分で、タイトルのあとにすぐ、約3分ほど、身障者(脳性麻痺?障害者水爆二世と言っている)の青年男性何人かが、マイクで言語障害で訴えているシーンが写されている。1971年10・21国際反戦デー、沖縄返還協定批准反対第一波全国統一行動の集会で、沖縄闘争や被爆者援護法闘争「人間をかえせ!援護法をよこせ!戦争・侵略国会弾劾!」の横断幕、沖縄入管法国会粉砕の在日朝鮮人の人たちなどと連帯し、ヘルメットには「障害者解放」と書いてあり、他の学生の演説がかぶさり、
「現在の日本社会では障害者は一人前の人間ではないというような差別での抹殺が行なわれて来たことを断じて許すことなく、自らも障害者の闘いを無視してきた健常者として帝国主義者の障害者差別に加担してきたことを徹底的に自己批判し、自らの解放として、障害者解放闘争を一人一人の問題として、共に徹底的に、闘い抜こうではありませんか!」
というようなことを言っている。そして、車いすの人数名も共にデモに参加する場面へ。プラカードなどには「荒木裁判闘争勝利」、シュプレヒコール「障害者差別を許さないぞ!」「沖縄、奪還!入管、粉砕!」。そのあと日比谷野音の集会へ。小西誠や三里塚の人や反戦アメリカ兵などが日本語で演説、インターナショナルを歌い、国会へ進撃!。♪いざ、たたかわん、いざ、ふるいたて、いざ〜!♪だが、行く手には、機動隊の大群が待ち受けていた!
この映画はそのあと「11・14渋谷暴動闘争(星野文昭さん冤罪事件のもと)、11・19日比谷暴動闘争(松本楼炎上)」とつづく。
さて、そこで、「荒木裁判」を調べてみると…荒木義昭さん…彼は、青い芝の会の人で、映画『さようならCP』(1972)より前に活動していた様子が写されているのだ。しかも反戦運動と障害者解放運動とが一緒になってたたかっている!どの人が荒木さんか、映っていないのかもしれないが、これは、断じて“貴重な映像”だ。このように闘わなければならないお手本だ。
■荒木義昭…重度脳性麻痺者、1969年6月、自動車運転免許取得を障害を理由に拒否される。無免許運転で3年余運転の後、道交法違反で起訴される。74年最高裁で有罪確定。【※ありゃま】『戦前戦後障害者運動史年表』より。
「障害者(の運動)史のための資料――障害者(の運動)史のための年表――本(発行年順)」のサイトには、 http://www.arsvi.com/0ds/0.htm#a
荒木義昭(あらき・よしあき)
・東京都練馬区 *
・練馬区在宅障害者の保障を考える会『在障会だより』1976/10/02創刊
・光明養護学校 (高等部) 卒業→国立身障センター→自宅でテレビの修理業→青い芝の会都営住宅に。結婚。
日野新施設建設に反対する会 (七人の会),東京青い芝 (『とうきょう青い芝』23:15,17(77) ,77.6.19 「東京青い芝総会に向けての統一要求書」,32:4-5(78) 練馬区在宅障害者の保障を考える会
全障連(第1・2・4回:副幹事)
・『季刊福祉労働』12:58-64, 『創る会ニュース』3:3:4.
◇荒木義昭 1980 「「障害者」の住宅問題を考える」『季刊福祉労働』7:33-42
◇荒木義昭 1983/12/25 「優生保護法改悪についての諸問題」『季刊福祉労働』21:036-044
・・・で、このあと、どうされているかは、わからない。しかし、案外、近く(練馬区)に住んでおられる?[近藤和也]