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いまどき人工知能について書く理由 : 記号論的・観念的研究と身体性からの研究
http://www.asyura2.com/0311/it04/msg/715.html
投稿者 passenger 日時 2004 年 1 月 16 日 01:10:05:eZ/Nw96TErl1Y
 

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日経ITPro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20040115/1/
記者の眼[2004/01/16]

いまどき人工知能について書く理由


人工知能(AI)という言葉を聞いて,いかにも古びていると感じるか,懐かしいと感じるか。それとも,関心のない人が大多数なのかもしれない。「考える機械」なんて,アニメじゃあるまいし,日々の仕事にはおよそ関係がないし,1980年代に“AIブーム”がコンピュータ業界を席巻したことを知らない人が第一線で活躍する時代になって,昔話のようになってしまった面があることは否定できない。

筆者は,「懐かしい」と感じる側にいる。最近になって,ロボットに関する話題を目にする機会が増えてきた。そこで昨年末,最新の研究動向を取材してみた。


二つの方法論がある

全体の状況は,スイス・チューリヒ大学のロルフ・ファイファー教授(現在,東京大学特任教授として日本に滞在中)の次の言葉に要約される。すなわち,知能を実現する研究には現在「二つの陣営がある」。記号主義に基づく伝統的な人工知能研究と,80年代半ばに登場した「身体性(embodiment)」の考え方に基づく研究である。

後者の分野については,新しいという意味で「newAI」と呼ぶ案もあったようだが,もう「AI」という言葉は使わない方がいいと言う研究者もいて,なかなか難しい。それはともかく,この新しい潮流は米国で生まれたが米国ではあまり広がらず,むしろ日本で盛んになっているのである。

というわけで,AIの歴史を概略振り返りつつ,ロボットを中心に知識工学やゲームを含めて『日経バイト』2月号の特集としてまとめた。また,同じテーマでシンポジウムを1月23日(金)に開催する。記事とはあまり重ならない構成にしているので,ご参加いただければ幸いである。http://coin.nikkeibp.co.jp/coin/nby/semi/1/


環境との相互作用を重視

さて,ロボットに代表される最近の研究に共通するのは,環境(周囲)と相互作用する単純なセンサー・アクチュエータ構造を基本とし,そのような単純な機能を組み合わせることによって,あらかじめプログラムされていない機能が「創発(emergence)」されるという考え方をとることである。新しい機能を生み出せないのであれば,知能とは言えないからである。

あらかじめ定義されていない行動を生み出すものは何か。それは知能の側にあるのではなく,環境の側にあり,環境との相互作用によって表面化する。そのようにさせる情報を環境は持っているのである。心理学者のジェイムズ・ギブソン(1904〜1979)は,そのような情報を「アフォーダンス(affordance)」と呼んだ。これによりギブソンは,心理学の分野で知覚に関してそれまでとはまったく逆の考え方を提唱することになったのだが,偶然か必然か,それが人工知能研究の新しい潮流の基底になってしまった感がある。

環境(周囲)は自然だけでなく,人工物も含む。例えば,椅子には「座れる」というアフォーダンスがあり,それは人間と椅子の相互作用によって引き出される。本欄でもデジタル機器の使い勝手を問題にする意見が目につくが(関連記事1,関連記事2),ここにもアフォーダンスの考え方を適用できるかもしれない。

関連記事1:http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030420/1/
関連記事2:http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030519/2/


ダーウィンの進化論とも関係?

アフォーダンスは意外なところにも結びつく。ダーウィンは進化論をまとめた後,長い観察記録を著作として出した。芽生えた直後の幼根と子葉の動きや,ミミズが穴をふさぐ行動を,詳細を極める観察によって記録したのである。そこから分かるのは,生物の行動というものは,環境の多様性に対応して柔軟な振る舞いが発現したものだということである。それを何と呼ぶか。遺伝でもなく,試行錯誤でもない。単なる反射行動でもない。そして知能と呼ぶしかなくなるのである。

ギブソンが創始した生態心理学の第一人者,佐々木正人東京大学教授によれば,一般的なダーウィン理解には偏りがあるという。「多様化→選択→適応」のプロセスで,「選択」の原理が強調されすぎているというのである。ダーウィンは,「変化するとはどういうことか,を問題にしていた」。常に流動する環境の中で不変なものは何か。それが「種」なのである。

人間や動物の身体が技術を獲得していく。それは,環境(周囲)に意味を発見していくことである。つまり,「身体が一つの“種”として成長」していくのである。

アフォーダンスを数値化して,それが最大になるようにユーザー・インタフェースを作るという研究の例もあるが,必ずしも工学側が全面的に採用しているというわけではない。例えば前出のファイファー教授は,その重要性を認めながらも,あまりに環境を重視しすぎることを指摘している。

ともあれ,いますぐ役に立つかどうかばかりを問題にせず,たまには異なる分野に目を向けてみるのもいいのではなかろうか。違う視点を得るためにも,1月23日のシンポジウムを再度宣伝させていただく。

(石井茂=編集委員室)
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関連記事1
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030420/1/

記者の眼
デジタル機器/ユーザー・インタフェース/家庭の情報化
[2003/04/21]


デジタル機器には「自明の使い勝手」が
ほしい


身の回りにデジタル機器があふれて,私のようなデジタル大好き人間には毎日が楽しくて仕方がない。

リビングのテーブルにはリモコンが5個(DVDプレイヤ,AVアンプ,デジタルBSチューナ,CATVセットトップ・ボックス,そしてHDDレコーダ用)転がっているが,別に面倒と思ったことはない。たまに取り落として中の電池が飛び散るといった災難に見舞われることはあるものの,取り立てて不便だと感じたことはない。音を大きくしたければ,すかさずAVアンプ用リモコンでボリューム・ボタンを押せばいいし,放送中の番組をちょっとさかのぼりたければHDDレコーダ用リモコンを取り上げバック・ボタンを押せば良いからだ。

しかし,先日,愛用のデジカメでセルフタイマ撮影をしようとして,あぜんとした。どこにもセルフタイマ設定用のボタンがないのだ。さて,どうやって参加者全員の記念撮影をするか?いやあ,焦りました。居合わせた人には「パソコン雑誌を創刊させ,編集長までやった人がそんなこともできないの?」と笑われてしまったが,ここにはデジタル機器のユーザー・インタフェース設計に関する重大な問題が潜んでいるような気がする。

困った私は,セルフタイマ機能を探して,「メニュー」「機器設定」「マニュアル撮影機能」など考えられるあらゆる操作を試みた。「メニュー」の中だけでも,膨大な設定項目が深い階層で用意されており,そこにセルフタイマ機能が隠されてはいないことを確認するだけで,大変な時間がかかってしまった。

ひょっとしてシャッター・ボタンを押しながら電源を入れるなんて,イースター・エッグ[用語解説]のような仕掛けになっているのかとまで疑ったが,それはなかった。ついにデジカメにはセルフタイマなんて機能は付かなくなっちゃったのか,と無理やり納得しその場はあきらめてしまった。

私の名誉のために言っておくと,その場に居合わせた人たちは,オブジェクト指向プログラミングに詳しいシステム設計コンサルタントと元パソコン誌編集者たち。その人たちが寄ってたかってあーだこうだ触ってみたが,解は見つからなかった。決して私の勘が鈍っているためだけではないということを付け加えておこう。

奥深い階層に押し込められた必須機能

帰ってマニュアルをひっくり返したら,ありました。「シフトボタン」を押し,画面内に表示される「タイマ印」をボタン操作で「オン」にする。う〜〜〜ん,これは一般の人には「ゼッ〜タイ,分かってくれないんじゃないか?」これでは,マニュアルは手放せない,なくしてしまったらどうするんだろう。

私たちの頭を悩ませてくれたのは比較的入門者向けの普及機。コスト削減のため,ボタン類は極力減らす方向で設計してあるからこんなこともありうるのかもしれない。では,高級機ではどうだろうと調べてみたら,希望小売価格16万円くらいのデジカメでもだいたい似たり寄ったり。ボタンがたくさん付いている分有利で,一応は小さな「タイマ印ボタン」が付いているものが用意されていた。

しかし,それも他の機能と兼用されており,一つのボタンに極小の3つのマークが印刷されている。これでは暗いところではほとんど確認できない。さらに,「タイマ機能」に行き着くまでには3回,そのボタンを押さなければならない。

その後,カメラ・メーカーの設計者に取材するチャンスがあったが,「使用頻度が低いものはメニュー階層の奥に配置する」のだという。

コンピュータのソフトでは往々にしてそのような設計が基本になる。複雑で多くの機能を盛り込んだアプリケーションでは,「簡易メニュー」と「詳細メニュー」を用意し,利用頻度の高いものから順番に配置して行く。ほとんど使われないものは「詳細メニュー」の「その他」項目に押し込まれたりするものだ。パソコンのソフトなら,そんな複雑な構造になってもヘルプ・メニューなどを丁寧に用意すれば事足りる。しかし,一般家電製品ではそんな考え方の設計は通用しない。

ユーザーがある特定の状況にあるときに,何を求めるか,を洗い出し,必要な機能を配置して行く。例えば,電源が入っていないときに必要なものは「電源ボタン」のみひとつあれば良い。極端な言い方をすると,電源が入っていない場合は,どのボタンを押しても,電源が入る仕組みでも良い。ただし,不用意に電源が入るのは困るという考えなら,安全用のロック機能を設ける,あるいは電源オンに使えるボタンは1〜数個に限定し,簡単に押されないよう少しへこませる,といった工夫をすればいいだろう。

撮影状態にあるときに必要なのは「ピント合わせ」「ズーム」「逆光補正なども含んだ露出調整」「ストロボ発光」などに加えて,「セルフタイマ機能」が入ってくる。だから,撮影モードにあっては「セルフタイマ機能」はワンタッチでアクセスできるところに用意しておくべきだ。このようになっていれば,利用者は触れば分かる機器に接することができる。

とっさの時に慌てる携帯電話

携帯電話なども自明のインタフェースが損なわれている例が散見する。

コンサートや講演会などで突然鳴り響く迫力満点のオーケストラ・サウンド。あまりに見事なリアル・サウンドにステージからの音かと聴きまごうが,実はその音は客席から鳴り響いているのだ。音の主は必死で音を消そうとするが,なかなか止められずに,会場の外に走り出して行く。こうして戸惑っている人には若者も散見するから,ユーザー・インタフェース設計の根本的な部分で大きな間違いを起こしていると思われる。

なぜ,そんなときに,さっと消音する機能がないのか?しかたなく,電源オフにする人もいるが,そのためには赤い「切断」ボタンを長押しさせるといった製品が多い。これも慣れていない人には分かりにくい。基本的に何かのボタンを長押しさせることで別モードに入るという使わせ方が一般的に採用されているが,これ自体,大きな間違いだと思うが,皆さんいかが?

ホールに入ってマナー・モードにしたくても,メニューからたどって行くもの,機能ボタンを長押しするものなどいずれも,ワンタッチでその機能をオンにできない機種がたくさんある。

こうしたハンドヘルド機器の場合は設置できるボタンの数は限られるから,消音ボタンを別途用意するというわけには行かない。しかし,着信時に必要なことを洗い直せばもっと簡単で自明なインタフェースが作れる。着信時にやるべきことは「電話に出る」「消音」「居留守録音」「電話に出られないことを通知する」ことくらいしかない。これをうまく,そこでの第一階層に配置するとずっとスマートなインタフェースになる。

実装の方法はいくらでも考えられるが,あくまでも一例として示してみよう。例えば電話がかかってくれば,「電話に出る」「消音」「居留守録音」「電話に出られないことを通知する」という4つの機能のみを画面にボタン表示させ,数字ボタンなどで直接選択させればいい。これなら一見するだけで操作方法は分かる。

こうして考えてくると,ソフトウエア技術者がもっと前面に出て,イチから設計し直すとずいぶんと人に優しいデジタル機器が生まれてきそうな気がする。使ってみれば自明なユーザー・インタフェース。そういう機械ならソク機種変更するのだが・・・

(林伸夫=編集委員室主席編集委員)
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関連記事2
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/OPINION/20030519/2/
記者の眼
デジタル機器/モバイル/ユーザー・インタフェース/携帯電話
[2003/05/20]

やっぱり足りないデジタル機器の「自明
の使い勝手」

前回私が担当したこのコラムで,携帯電話機やデジタル・カメラには,手に取って触ってみれば分かる「自明の使い勝手」がなくて,使いにくいことはなはだしいと書いた(記事へ)。それに対して,読者の方から,賛否両論,本当にたくさんのコメントをいただいた。コメント数はITProで2003年1月から4月に公開した記事の中で,4番目に多かった。

「マニュアルを読まないのが悪い」「人間の行動を理解したデザイナの不在が問題」「ユースケースを洗い出す作業は非常に有効だと思われる・・・これを見直す作業がまだまだ欠けているのが現状なのだろう」「日立の携帯には,ワンタッチで『消音』『居留守録音』『電話に出られないことを通知する』機能が5,6年前からついてます」「まったく同感です。私は触ってわからない家電は失格である,と思っています」「『多機能だがマニュアルを読まなければ使いこなせない機種』も『小機能だがマニュアルを読まずともある程度使いこなせる機種』もそれぞれにニーズがあるということでは?」などなど。

とても参考になり,考えさせてくれるご意見ばかりだった。読者の皆さんも,ぜひ,これらのコメント(前回の記事の文末,「FeedBack!」欄中の「皆さまの評価を見る」をクリックして参照できます)をご一読いただいた上で,今回の考察にもお付き合いいただきたいと思う。

確実に使ってもらうための「Suica」の工夫

全く新しいユーザー・インタフェースを採用するときの難しさは,それをどのように使えばいいのかを利用者に発見してもらい,納得してもらうことが難しいことだ。回転式ダイヤルからプッシュ・ボタンへの変更,特定の機能ボタンがなくなり液晶パネルを介したメニュー選択に変わる,スイッチやプッシュ・ボタンから音声認識に変わるといった変化である。

JR東日本が採用している非接触型ICカード乗車券「Suica」の場合は,カードを読み取りスロットに差し込むという動作から,読み取り装置に単に近づける,という使わせ方に変化した。「近づければいい」のだから,使い方そのものは難しくない。しかし,改札口での乗客の様子を観察してみると,やはり,中には戸惑いながら使っている人も散見する。走り込んで改札扉が閉まり,まるで仇を討つような表情で定期券入れを読み取り装置に叩きつけている人もいる。はたして,設計者の意図が,使う人にスムーズに理解してもらえ,支障なく使ってもらうことができているのだろうか。早速,JR東日本を取材した。

この程度の変化は人間にとっては自明で,説明の必要もないとの意見もあるだろう。しかし,現実には,カードを持つ人の感じ方により,うまく使えない場面もまれに生じているという。「使い慣れた人が,(読み取り機の上で静止させず)すっとなぞるように通って行ってしまうと処理できないことがある」(片方聡東日本旅客鉄道鉄道事業本部Suicaシステム推進プロジェクト課長Suicaシステムグループリーダー)

Suicaは自動改札機に付けた読み取り装置からの電波を受け,電磁誘導によりICカードの動作電力を確保,その後,カードの存在確認,認証,カード情報の読み出し,使用条件の正当性判定,利用情報のアップデート情報書き込み,書き込み確認と一連の処理が進む。この間100ms。接近から書き込み確認までの一連の処理が済むまで,Suicaは読み取り装置から半径10センチメートル以内に留まっていなければならない。

半径10センチ以内の正常動作領域内にある限り,斜めになろうが,動いていようが処理は確実に進む。しかし,早足で移動を続けながら,読み取り装置の上をかなりのスピードで通過させてしまうと,処理が完了せず,改札扉が閉じてしまう。

導入に至る実験では約2万項目に及ぶ試験を行うとともに,オープン半年前には埼京線で約1万人のモニター試験を3カ月行い,さまざまな人間の行動パターンを追った。カードの期限切れなども含めた,通過阻害率0.4%の目標を達成できるめどがたった後,実験を終了。さらに4カ月の検証期間,システム見直し期間を置いた後,首都圏3200通路でSuica導入の幕が切って落とされた

技術面だけでなく,ユーザーに使い方の“イメージ”を訴える工夫も

開業後,一度で通過できない事例がかなりあった。エラーとなった行動を細かく調べた。Suicaとともにコイン,他の非接触型ICカード,ポイント・カードなど銀色地に白文字が入ったカード,銀幕を削るスクラッチ・カードなどが定期券入れに一緒に入っている場合などに起きるエラーに加えて,読み取り機の通信可能範囲10センチメートルの中に100ms以上滞空していない例が多かった。しかも,どの範囲までが有効通信距離なのかがはっきり認識できないという無線システム特有のハンデも大きかった。

当初は,「かざすだけでよい」という認識が先行し,Suicaに慣れてきた人ほどその傾向が現れるようになってきた。そこで,「Suicaはタッチ&ゴー」とユーザーの振る舞いに直結する言葉で使い方のイメージを訴求することにした。

しかし,「それでも速い人は目にも留まらない速さでタッチしていき,エラーになることもありました」(片方氏)。「タッチ」するという動作は,カードの角隅で軽く触れても「タッチ」は「タッチ」。「タッチ」という言葉から想起する行動パターンの中には手品師がカードを鮮やかに操るような動きも当然含まれてしまうというわけである。

そこで,改札機にも「タッチ1秒」というラベルを貼り,少々長めの滞空時間を頭に入れてもらうことにした。Suica自体の使わせ方としては「タッチ」する必要も,1秒留めておく必要もないのだが,こう表現することで,読み取りモジュールの上に水平に一旦留まる動作がイメージとして固定した。これで「読み取りモジュールから半径10センチ以内に100ms留まる」ことの要件はほとんどクリアされるようになった。

それでもまだ残るエラーに対処するため,片方氏は「タッチの仕方をもっと分かりやすく,『ペタンとゴー』といった表現にすべきではないかと考えています」という。

このSuicaの例は,ユーザー・インタフェース自体を工夫したものではない。しかし,これまでとは違うものを与えられたときに人はどう行動するのだろうか,と突き詰めることで,おのずから正しい使い方を会得するように仕向けることができる。こうした発想は,マニュアルを見なくても使いやすい機器を開発するためのヒントになるのではないだろうか。

携帯は日用品レベルの使い勝手にあるのか?

さて,前回取り上げた携帯電話のユーザー・インタフェースに話を進めて行こう。

前回述べたのは,とにかく基本的な操作をしたいときに,マニュアルをよく読まなければ分からない操作が多すぎるということだった。例えば電話がかかってきたときにユーザーがとりうる行動は,「電話に出る」「消音」「居留守録音」「電話に出られないことを通知する」「切断する」ことくらいしかないのだが,多くの携帯は単に着信中であることと先方の電話番号(または登録名)を表示するだけにとどまっている。どのボタンを押せばこれらの機能に直接アクセスできるのか,なぜ示さないのだろう。せっかく大きなカラー液晶を搭載しているのにもったいなさすぎる。

メールが届いたときもほとんど同じ様子だ。画面にはメールが届いた旨とメール・アイコンが表示される。その後,ユーザーのとりうる行動は「見出しを確認する」「メールを読む」「メールの相手に電話をかける」「メールに返信する」「待ち受け画面にもどる」程度だろう。不愉快な勧誘メールが多くなった最近は,これに,「開かずに削除する」という項目を増やすべきかもしれない。これら操作方法をメール着信の画面に,メニューとして表示させ,直接ボタン操作できることを表示させることなど,なぜしないのだろうか?

疑問を解くため,業界をリードするNTTドコモを取材してみた。

「デジタル機器に不慣れなユーザーにも簡単に使ってもらうため,らくらくホン・シリーズを99年から提供しています。登録電話番号にワン・タッチでかけられる3つのダイヤル・ボタンを追加,音量をいつでもコントロールできる回転式ボリューム・ボタンなどを装備しました。F671iでは,フリップを閉じた状態では3つのワンタッチ・ダイヤル・ボタン,マナー・ボタンだけが表に出る設計ですから,機械が苦手な人にも威圧感を与えません」(有川順進NTTドコモ営業本部マーケティング部端末商品担当課長)

ドコモの場合,携帯電話の端末はメーカーとの共同開発という形を取る。被験者を集めてのユーザビリティ調査,実際のユーザーからのフィードバックなど膨大なデータをもとに端末の企画・設計を行っているという。その回答が「らくらくホン」ということになるわけだ。

しかし,筆者の指摘する,電源ボタンを長押しさせることや,本当に基本的な使わせ方に対する新しい取り組みはほとんど行われていない。「長押しが初めての人には分かりづらいとは分かっていますが,一度赤い電話切断ボタンを長押しすればよいことが分かってしまえば,あとは大丈夫。実際ユーザーの意見もそれが不満と言う声はありません」(有川氏)

また,着信時に,次にできることをメニュー表示する必要性もあまり感じていないという。「今の設計で十分機能していると理解しています。ユーザーのモニター試験などを通じて,常にユーザー・インタフェースの向上を狙っていますが,携帯に慣れた多くのユーザーに向けて全く違う形を提案するのも問題を抱えることになります。一般向けの機器は今の形に落ち着きます」

う〜〜む,そういう背景があったのですか。しかし,この説明はなかなか納得しがたいものだった。

NTTドコモでは幅広く被験者を募り,使い勝手に関するさまざまな調査を行っているというが,携帯電話機そのものの基本機能に関して強い改善要求は感じられないという。残念ながら,どのようなタイプの被験者に対し,どのような実験を行っているかは企業秘密で,その内容は一切公開はできないとの立場をとっているから,ユーザー動向,反応を具体的に分析することはできない。少なくとも読者の皆さんに納得していただくための裏付けはここからは得られなかった。

初めて携帯を持った人はどう反応するのだろうか?

これまでの固定電話の場合,着信した時には単に受話器を取り上げればよかった。コードレス・ホンなどの場合も取り上げればよいが,既に手元に転がしてあるような場合は,チカチカと点滅している赤い通話ボタンなどを押せば,通話を始めることができた。このようなユーザー・インタフェースなら,かなり広範なユーザーに戸惑いなく使ってもらえるだろう。

しかし,携帯電話の場合はちょっとそこからが違う。着信があったとき,「着信・xxx-xxx-xxxx」と表示された画面が表示される。その場面で,(電話は使ったことがあるが)携帯電話に慣れていないユーザーはどう反応するだろうと,頭の中を真っ白にして考えてみてほしい。

たくさんあるボタンの中から「緑色で受話器が持ち上がっているアイコンのあるボタン」を適切に選び出すことができるのだろうか?もし,電車の中で着信してしまったとき,「赤くて受話器の置いてあるボタン」を押すと,「通話は開始されるが,先方にはお待ちくださいのメッセージが流れる」ということが理解されるのだろうか?取りあえず留守番録音機能を働かせて,あとで返電しようとしたときに,どのボタンを押せばいいのか類推だけで判断できるだろうか?

腕時計に「すべり止めの削りこみのある,丸くて小さな豆粒のようなもの」が付いていたら,ねじってみようと思うだろうし,「なんの取っ掛かりもない豆粒のようなもの」が付いていれば,押してみようと思う人はかなり多いはずだ。しかし,何かが起きたとき,なんのヒントもなく,たくさんのボタンが並んでいるときに,ユーザーに何かの動作を期待するのは理不尽というものだ。

せっかく高解像度,多色カラーの液晶画面を装備したデジタル機器なのに,グラフィカル・ユーザー・インタフェースを最大限に活用しないのは,資源の無駄遣い以外の何者でもない。各端末機器を設計・製造しているメーカーは使い勝手向上にさまざまな工夫を凝らしているのも確かで,日本語入力機能などはメーカーごとに開発競争が続いている。しかし,「電話を受ける」「メールを受ける」といった携帯の最も基本となっている部分で大昔の自動車電話並みの使い勝手を思わせる体系がそのまま残っているのは,本当に原点に帰ってユーザーにストレス無く使ってもらおうとする努力が欠如しているからではないだろうか?

シンプルで使いやすいをうたうツーカーでも取り組みは今後

一方,「シンプルって,うつくしい」というキャッチフレーズを打ち出し,「機能をシンプルに。デザインをシンプルに。料金をシンプルに。」しようと提案するツーカーはどう考えているのだろうか?

「携帯電話に必要な機能は,きちんと話せてメールができること。機能を削り,ストレス無く使ってもらえる携帯を提供したいと考えています。一つの実現例はTS31に搭載した『マイメンバー』。よく連絡する相手をグループに登録しておけば電話,メール送信が素早くできます」(梅本景一ツーカーセルラー東京グループマーケティング統括部商品企画グループ統括次長)

こちらはシンプルさを前面に打ち出すことで使いやすさを高め,ユーザーに訴求して行こうとの戦略だ。マニュアルも分厚いマニュアルとは別に36ページほどの薄い「カンタンマニュアル」を付け,初心者にも理解してもらいやすい方法を模索している。

しかし,基本操作に関する改良はここでもあまり手が付けられていない。着信したときには着信の文字と相手の電話番号または名前が表示されるが,「電話に出る」「消音する」「居留守録音する」「電話に出られないことを通知する」「切断する」ためにどう操作すればいいのかは画面表示されない。キャッチフレーズ通り,シンプルで使いやすい機器が登場してくるのは,これからの開発に期待することになりそうだ。

不可解なのはメールが着信したときのガイダンスだ。Eメールが到着したときには「新着メールあり」の文言とともに,メール・アイコンが画面下に表示される。キーの中に「メール・アイコン」が付いたキーがあるのだが,これを押すと待ち受け画面に戻ってしまう。メール着信したときに押すべきボタンは,「メール・アイコン」の付いたボタンではなく,実は左上に用意された半月マークのボタンなのだ。これでは,画面の指示だけでメールの読み出し方法を類推するのは難しい。薄いけどマニュアルは慣れるまで手放せない。

海外製端末はかなり設計方針が違う

「電源を入れるには?」「電源を切るには」「マナー・モードにするには」「着信したとき鳴っている音を消すには」「メール着信時にそのメールを開くには」「着信時に留守録に入れるには」「受けたメールに音声電話を返すには」といった本当に基本的な機能が画面のガイドで素早く操作できるようになっていないのは,取材をした限り,サービス提供会社,メーカーなどが問題を解決すべき急務として認識していないからのように見える。

しかし,あまりに不親切な設計がまかり通っているのはどうしても不可解だと,海外製の端末を調べてみた。使い勝手には最も気を使っているというフィンランドの「Nokia」の製品を見てみると・・・

ほとんどマニュアル要らずのNokia製品

Nokiaの製品の場合,着信時には画面下に「消音」が選択できるメニュー指示が表示され,該当するボタンを押すと,その場で着信音を消すことができる。電源ボタンは前面の操作ボタンとは別の位置に小さな電源マーク付きのボタンが用意され,軽く押すと「電源切」に加えて「通常モード」「無音」「会議」「屋外」「バイブ」の着信音制御ができるメニューがパッと現れる。ちなみにこのボタンを長押しすれば電源が切れる設計だから,慣れた人はストレートに電源を切ることもできる。

待ち受け画面にはメニューを呼び出すためのボタンはどれなのかを示す表示が出るし,メールを受け取ったときには,そのメールを読む,返信する,メッセージ送信者に音声電話を返すといったメニュー表示が出る。

さすがに全世界160カ国に1億5000万台出荷(2002年)した世界最大の携帯電話機メーカーだけあって,マニュアルを見なくてもとにかく触っていけば使える配慮がされている。私が望んでいるようなかゆいところに手が届くような満足度は実現できていないところもあるが,それでも,その機器に触ったことがない人でもなんとか使えるようになるのは日本の携帯とはちょっと発想が違う感じがする。マニュアルも比較的薄く,約60ページほどのものが付いているだけだ。

携帯は今後,小さな子供も含めて,だれもが携行する機器になっていくだろう。時計と同じ存在になりつつあるのに,端末を換えるたびにマニュアルを読み込まなければ使えないとなれば身近な情報機器にはなり得ない。

しかも,搭載される機能は今後どんどん増えていく。チケットの代わり,身分証明書の代わり,といった日常生活の向上にも寄与する新しい使い方が想定されている中で,異なる機能をどう統合的に分かりやすい体系にまとめていけるか,それが求められている。

Suicaのように使い方が分からない人がいるとは思えないものに対して,確実に間違いなく使ってもらうための努力がされている。その一方で,複雑さをますます増加させている携帯は,旧態依然とした操作性がそのまま残っている。今こそ,ゼロから設計を見直すべき機器の一つのように思える。

(林伸夫=編集委員室主席編集委員)

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