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今週の疑問
「謎の地下神殿ハイポジウムの全貌(1)」
大地舜
10月20日
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写真と文 大地 舜
地中海のマルタ島には二〇〇二年に三回訪問した。ここには奇妙な古代遺跡が残されている。詳しくは、本文を読んでいただきたいが、古代エジプト文明や古代インダス文明、古代シュメール文明の前に、すでに忘れ去れた高度な文明が存在していたのは、ほぼ間違いないのでは?
そうでないとしたら、古代遺跡にしるされた多くの謎に対して、別の解釈が必要になる。それもまた困難。まだ誰も謎を説明できた人がいないのだ。考古学者たちも無言。
科学の進歩とともに。失われた文明の全貌もだんだんと明らかにされて行くのではないだろうか?
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何か奇妙ではないだろうか?
朝の9時、太陽が海面から一定の高さに昇ると、マルタ島の謎の地下神殿ハイポジウムの入り口から中央の広間に光線が差し込む。(写真:ハイポジウム入り口)時は紀元前3600年。
まだ古代シュメール文明も古代エジプト文明も生まれていない。
その頃、このマルタ島の謎の地下神殿ハイポジウムでは、神官たちが中央の広間(写真:中央広間)に集まり、朝の祈りを捧げていたという。
何か奇妙ではないだろうか?
写真を見ていただきたい。
地下神殿ハイポジウムの部屋は見事な造形美を見せている(天井:写真)。地下岩盤の中にある洞窟を彫刻して建造されたこの神殿は、地上にある多くの巨石神殿と(写真:ハジヤーイム)そっくりなのだ。
ちなみに地上の巨石神殿が建造されたのも、紀元前3600年から紀元前3200年頃と言われている。
このような見事な造形美を持つ神殿が、古代シュメールのジグラット神殿や、古代エジプトの大ピラミッドが建設される遥か前から存在していたのだ。これを歴史学者たちはどのように説明するのか?
さらに地下3階建ての複雑な構造を持つ地下神殿ハイポジウムは一万年以上前に作られたのではないかという著名な考古学者もいる。地下神殿ハイポジウムは誰が、なんのためにいつごろ作ったのだろうか?
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「地下神殿ハイポジウムの中では撮影禁止です。カメラはフロントに置いてください」
私は、同行してくれたマルタ考古学会の重鎮アントン・ミフスッド博士に目配せした。<何とかならない?>と聞いたのだ。だが、アントン氏は首をすくめるだけ。
しかたなく、私はカメラをハイポジウム入口のフロント係に預けたが、<悔しい!>という思いでいっぱいだった。当時も今も、普通の見学者は写真もビデオも撮れないのだ。
それから9カ月後。再び、地下神殿ハイポジウムを訪れた。今回はTBSビジョンというTV製作会社と一緒。TBS系列のデジタル衛星放送BSiが『神々の世界・アンダーワールド』というテレビ番組の制作を行い、その監修を頼まれたのだ。
「今回でTV撮影もカメラ撮影も最後になります」とマルタ観光局の担当者。世界中のTV局から地下神殿ハイポジウムの撮影の申し込みがあるが、これからはTBSビジョンの製作したフィルムを手渡すだけで、一切の撮影に応じないことにしたという。それには静止画のカメラ撮影も含まれる。
つまり遺跡の保存のために、今後はTV局や出版社の依頼があっても撮影できなくなるのだ。したがって、私は地下神殿ハイポジウムの最後の撮影に立ち会うことになった。
最後だというので、地下神殿ハイポジウムの管理者が、神殿の隅々を案内し、観光客には見ることもできない場所に案内してくれた。今回、紹介する地下神殿ハイポジウムの写真を所有しているのは日本では私だけ。全世界でも2〜3名にすぎないはずだ。
(次週につづく)
http://www.kitombo.com/gimon/031020.html
リンク先で写真は見れます。