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最近「ヨーロッパとアメリカの政治対立は、今後10年間は続くだろう」と予測する記事を読んだ。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に、国際政治分析記事を20年間書き続けてきたウィリアム・パフの記事である。
5月中旬、アメリカのシンクタンクCSISが「新しい欧米の協力関係」と題する声明(提案書)を発表した。クリントン時代の国務長官だったオルブライトとクリストファー、カーター政権の国家安全保障顧問だったブレジンスキーなど民主党系の元高官に加え、レーガン政権の国防長官だったカールーチなど共和党系の元高官もこの声明に署名しており、超党派的な提案となっている。(声明のpdfファイル)
問題は、その提案内容だった。「EUはアメリカが歓迎できるような統合をしなければならない」として、EUが推進している政治統合について、ヨーロッパ側だけで行うのではなく、既存の欧米間の軍事機構であるNATOと同様、アメリカも含めた形にしてほしいと提案している。そして、その具体策として、EUが進めている欧州憲法の制定作業の会議をアメリカ政府の代表が傍聴できるようにしてほしい、と要請した。また、EU各国はNATOのためにもっと軍事費を使うべきだとしている。
これに対し、ヨーロッパのシンクタンク「Notre Europe」の理事たちが、5月末に反論の声明を発表した。署名したのは、ジスカールデスタン元フランス大統領やコール元ドイツ首相のほか、イタリア、スウェーデン、ポーランドなどの元首脳たちだった。(声明のpdfファイル)
欧州側の声明は「最近のアメリカは、EU内部の食い違いを拡大させる方向でEU各国と個別の外交関係を強化し、EU統合を阻害し、欧米関係を悪化させている。良い欧米関係を望んでいるなら、こういうことをすべきではない」と指摘して、アメリカが邪悪な意図でEU統合にかかわる重要会議の傍聴を要求しているのではないかとの懸念を示唆し、アメリカの代表がEU憲法制定の会議を傍聴することを拒否している。そして「欧米間の協調は、EUが内部の結束をある程度高めた後、専門機関を作って行うべきだ」と主張している。
欧州側の声明はまた、最近のアメリカのあり方について「軍事的にどんなに強くても、アメリカが世界中で嫌悪、敬遠され出している分、外交力は弱くなっているし、財政的にみても(赤字拡大や米経済の悪化があるので)いずれアメリカは現在の一強主義(単独覇権主義)を見直さざるを得なくなる」と分析している。そして「もともと欧米はともに民主主義体制で、文化や経済の面でも、違いより似ている点の方がずっと多い」と指摘し、欧米間の対立はいずれアメリカが一強主義を捨てて互恵主義や均衡戦略に戻ることで解消されると示唆している。
ウィリアム・パフの分析記事は、こうした欧米間のやり取りを紹介し「アメリカ側の提案は要するに、EUはアメリカに従属しろと要求するものだ」と書いている。その上で、アメリカ側の声明がブッシュ政権の共和党だけでなく、民主党の上層部も含めたかたちで出されたことは、911以降のアメリカの一強主義がブッシュ政権だけの政策ではなく、たとえ今後の大統領選挙で政権が民主党に移ったとしても変わらない可能性が大きいと指摘している。そして、このような分析をした上で、ヨーロッパとアメリカの政治対立が今後10年間は続きそうだ、という結論を出している。
▼アメリカの正義感はナチズム同様に危険?
筆者のウィリアム・パフは、アメリカ人でありながらパリを拠点に長く執筆活動をしており、ヨーロッパの知性を背景に、遠くからアメリカを客観的に分析できるためか、アメリカの世界戦略が抱える欠陥について、以前から鋭い指摘をしてきた。
たとえば、ブッシュ政権が誕生した2001年初め、アメリカで最高権威を持つ外交雑誌だったフォーリン・アフェアーズに載った記事では「アメリカは、世界で最も正義を重視する道徳性の高い国なので、圧倒的な軍事力を使って世界を民主化していく義務がある」という考え方に基づくアメリカの世界戦略が、アメリカ自身を危うくする可能性がある、と指摘している。
この論文には「ナチズムとマルキシズムが引き起こした世界危機は1914年から1989年まで続いてようやく終わったが、この2つの思想に共通するユートピア思想への衝動は、今も(正義のための世界戦争という)アメリカの思想の中に息づいている」とまで書いてある。つまり、アメリカが掲げる正義の戦争の思想は、ナチズムなどと同じぐらい危険だと示唆している。
私の読解では、パフの論文は以下のようなことを指摘している。アメリカでは冷戦終結以来、一強主義のネオコン(共和党系)と、力で民主主義を世界に広めるのだと主張する「国際主義リベラル」(民主党系、オルブライトなど)の両勢力が結束して「アメリカの絶対善」を前提とした軍事的な世界支配を推進してきた。2001年の大統領選挙ではネオコンを取り込んだ共和党のブッシュが勝ったが、もし民主党のゴアが勝っていたとしても、外交戦略は似たようなものとなっただろう。
「アメリカだけが軍事力で世界を民主化できる」という考え方は、ウィルソン大統領が第一次大戦に参戦したときからあった(それでネオコンなどは「新ウィルソン主義者」を自称している)。だがアメリカのこの考え方は、しばしばひどい失敗をもたらした。朝鮮半島に民主的な国を作ろうとしたが現実的に動けず、朝鮮戦争の発生を招いたり、共産主義の独裁支配からベトナム人を解放するといって泥沼のベトナム戦争の引き起こしたりした。
冷戦の終結とともに、アメリカの世論は「正義感に基づく世界軍事支配はもう必要ない」と考える方向に傾いたが、冷戦の永続を前提に肥大したアメリカの官僚組織や軍事産業(これらを総称して「産軍複合体」という)は、失職を回避するため、世界軍事支配を何としても続けたかった。
それで、ソ連に代わる「巨悪」探しが続けられた。イラク、イラン、リビア、北朝鮮など反米意識の強い国々を「ならず者国家」と呼んで敵視したり、コロンビアやミャンマー、アフガニスタンなどの麻薬栽培を取り締まるための「麻薬戦争」(もともと麻薬栽培を奨励したのは冷戦時代のCIAなどだったので、この「戦争」には自作自演性がある)、オサマ・ビンラディンやチェチェン人など「テロリスト組織」と戦う戦争、イスラム世界と西欧との「文明の衝突」などが企図されたが、いずれも米国の世論を十分納得させられなかった。
パフは2001年1月の論文で、このような「正義の戦争を通じた世界支配」には無理があるので、アメリカは一強支配の方針を捨て、EUや中国、ロシアなど他の大国との違いを認めて共存する多極主義に移行した方が良い、と主張している。
▼911は007
ところが、それから8カ月後に起きた911事件を境に、アメリカは「テロ戦争」に入り、一気に一強主義へと突っ走り、イスラム教そのものが邪悪だという「文明の衝突」的な思想も全面復活し「悪の枢軸」に対する「先制攻撃」が方針に掲げられ、イラクのフセイン政権を潰すに至った。
911事件についてパフは2001年11月の記事で「オサマ・ビンラディンは、イスラム世界では大して支持されていなかったにもかかわらず、クリントン政権とブッシュ政権が盛んに脅威だと扇動し、007顔負けの恐ろしい話を流し続けた。その上で911事件が起きたので、アメリカ人は恐ろしい話が現実になったと感じ、大きな精神的ショックを受けてしまった」と指摘している。
911事件については、アメリカで公的な真相究明委員会が活動しているが、国防総省や法務省は、真相究明に必要な情報を委員会に渡すことを拒否しているとして問題にされている。(関連記事)
911は、アメリカの「正義の戦争」の戦略を見事に蘇生させ、国防総省や法務省の恣意的な権力の行使を許し、産軍複合体に巨大な利益をもたらしたことを考えると、あの事件が自作自演だった可能性について、改めて考えさせられる。(関連記事)
▼復活する詭弁の面白さ
かつては、パフの記事のようにアメリカの外交政策に関する興味深い指摘が多かったフォーリン・アフェアーズは、911事件を境に「正義の戦争」を礼賛する論文ばかりが目立つようになり、私は面白さを感じなくなった。
だが、先日久しぶりに最新号(2003年7−8月号)を見たら、かなり元に戻っているように感じた。アメリカだけが正義だという信念に基づく一極支配政策を批判し、アメリカの暴走を欧州やアジア諸国が止められるような多極的な世界を目指す均衡戦略の方が良い、という考えに基づいていると思われる論調が目立った。
ハーバード大学の教授が書いた「欧米間に新しい合意を」と題する論文では、ブッシュ政権に対し、欧州勢にお願いしてイラク復興に参加してもらうことを提案している。軍事力はアメリカが世界一だが、EU統合でノウハウを培った国際的な行政手腕など、他の文民的な多くの分野では、西欧の方が高い能力を持っている。そのため、軍事大国のアメリカと、文民大国のEUが協力して、イラクなど世界の問題を解決していくのがよい、と主張している。
この論文は、イラクは簡単に復興できると予測する国防総省やアメリカン・エンタープライズ研究所(ネオコンの拠点)など一強主義を推す勢力を名指しで批判する一方、EUが独自の軍事力を持つことを「アメリカの軍事力を脅かすほどの存在にはならない」として容認している。そして「長期的には、アメリカは再び一強主義を捨て、(EUなど)同盟国と仲直りを目指すだろう」としており、一強主義に反対して多極主義に賛成する姿勢をとっている。
同じ雑誌でもう一つ私の目を引いたのは、これまたハーバード大学のジョセフ・ナイ(政治大学院長)が書いた「イラク後のアメリカの力と戦略」という論文だ。ナイは、軍事力でアフガニスタンやイラクを潰しただけの戦略は、テロリストとの戦争として失敗で、テロ戦争に勝つには、外交、経済、文化など「ソフトパワー」でアメリカが魅力的な国であり続け、世界との関係を強化することが必要だと主張し、軍事による支配(ハードパワー)しか重視しないネオコンの戦略を批判している。
「テロ戦争」そのものにもいかがわしさを感じる欧州のウィリアム・パフ的な見方からすると、ジョセフ・ナイの主張にもごまかしがあるようにも感じられる。だが、ナイは政府中枢にもいたことがある「内部」の人であり、政権内部でネオコンと戦っている中道派(ナイは論文中で中道派のことを「伝統的現実主義者」 traditional realist と呼んでいる)につながっていることを考えると、ナイの論文は中道派が政治力を獲得するための弁論術であり、詭弁でもかまわないということになる。
むしろ、一強主義者を台頭させた「テロ戦争」の概念を逆に使い「テロ戦争に勝つためには多極主義が必要だ」と主張して一強主義の暴走を止めようとする論述は、詭弁どうしの戦いで政策が決まるアメリカの政治伝統を感じさせる。
▼一強主義に賭けすぎている日本
少し前まで、このような一強主義に対する批判は「愛国的でない」というレッテルを貼られがちで、この分野に関する論争ができない状況があった。こうした事実上、言論統制できる環境を作ることも、一強主義の戦略の一部だった可能性がある。だが、イラク開戦前に英米がフセイン政権の軍事的脅威に関してウソの発表をしていたことが問題にされ、一強主義者に対する風当たりが強くなり、アメリカ政治の風向きが変わり始めた。
詭弁であれ、論争が復活していることは、フォーリン・アフェアーズやハーバード大学といった多極主義を信奉してきた中道派的な機関が復権し、アメリカの政治が大政翼賛的な危険さから脱し始めた兆候だと感じる。
こうした論文の主張と歩調を合わせるかのように、米議会上院では7月10日に「ブッシュ大統領はイラクの治安維持のため、NATOや国連に軍隊を派遣してもらうよう頼むべきだ」とする決議を全会一致で可決している。(関連記事)
フォーリン・アフェアーズの同じ号には「アメリカは今後、日本より中国を重視する」とする論文(Adjusting to the New Asia)もあり、これは最近アメリカが中国に大して寛容な政策をとっていると感じる私には興味深い。
アメリカの中枢に、自国の一強主義の暴走を止めるには、EUだけでなくアジアにも地域同盟が作られることが望ましいと考えている人々がいるのかもしれない、と私は推測している。ハーバード大学のジョセフ・ナイも、中国を重視する姿勢が強い。(彼は自分が学長を務める大学院の卒業式で台湾国旗の掲揚を認めなかった。関連記事)
アメリカにとって、アジアの中心が日本ではなく中国なのは、戦後の日本があまりにアメリカべったりの外交政策をとってきたため、911後の昨今のようにアメリカが内部から危機に陥ったとき、イラク戦争直前にEUが見せたような、アメリカのことを突き放して忠告し、修正させることが期待できないからだと思われる。
日本はアメリカの「良い部下」になろうとしてきたが、アメリカの多極主義者(中道派)は、アメリカが間違った方向に進みそうなときに警告してくれる「友人」や「良質なライバル」を求めていると感じられる。この件については改めて書くことにする。
http://tanakanews.com/d0715euus.htm