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西日本新聞:特集記事「ヤミ金融を追う」第3部:業者の内幕 [記事15本]【「闇金」“先進地域”福岡:業者「ヤミ金はもう頭打ち」】
http://www.asyura.com/0306/nihon5/msg/229.html
投稿者 あっしら 日時 2003 年 6 月 28 日 18:55:27:


「脅し、暴力、そして泣き、すかし―。貸金の利息名目で、多重債務者から、金を搾り尽くすヤミ金融業者。だが、法を無視したヤミの世界も、業者間の結託と対立が入り乱れ、債務者への接し方もそれぞれに違うなど、決して単色ではない。警察の取り締まりを巧みにかいくぐり、「人助け」ともうそぶく業者たちの素顔を追った。」

第3部第1回

回 収 〜 「わしら、徹底的ですよ」 〜


 男は、黙って奥の座敷に進んだ。福岡市・中洲の飲み屋。「わしが使っとる店やから、ゆっくりしてください」。振り向いて記者を促した。
 人目を引く千鳥格子のジャケットに黒のスラックス。俳優のような端正な顔立ち。店長が頭を下げながら、急いで駆け寄ってきた。そのあわてぶりが、男の素性を物語る。
 男の名は、梶原=仮名=という。自称三十五歳、指定暴力団の組員。組織の資金源の一つであるヤミ金融で、不良債権の回収を担当する。
 組織が手掛けるのは、主に携帯電話を使った「090金融」。貸出額は一人に三万―五万円、利息は「セツニ(週二割)」や「トサン(十日で三割)」。九州全域に看板を張り、客が“釣れる”のを待つ。
 「回収の方法?」
 梶原は焼酎をぐっとあおり、ふっと含み笑いを浮かべた。
 「いろいろ手はありますよ」

 一年前のある寒い夜。梶原は、仲間三人と福岡市近郊の海岸にいた。
 「わりゃあ、なめとんのか」。拉致してきた五十代の男性を車から引きずり出し、けり上げた。この男性はヤミ金融の客。返済の約束を数回ほごにしていた。ひとしきり暴行を加えた後、「泳がんか、きさま」。冷たい海に投げ込んだ。
 「もう、絶対に裏切りません。すみません」
 男性の泣き声を背中に聞きながら、梶原らは、その場を立ち去った。
 次の返済日から、男性はきちんと金を持ってくるようになった。金策がつかないときは、仕事で扱う商品をくすねて、こっそり持参する。
 「一度怖い目に遭わせれば、横着なやつも簡単になびく。人間そんなもんよ」

 貸し出す相手は、九州全域に及ぶ。「各地に滞納者がたまると、取り立てツアー」。九州を一周する。
 本人をつかまえ、その場で携帯に登録された知人全員に電話させ、金を用意させる。親族を脅す。自宅前で拡声器で「金返せ」と怒鳴る。客に携帯を契約させて取り上げれば、ヤミの世界では一台四万円で売れる。自在に悪用できるからだ。
 「貸し出しが小口ですから。利息三回払わせれば、元は取れるんです。あまり、ひどいことはしとらんですよ」
 梶原は穏やかに続けた。
 「ただ、うそついたり、最初から払わんような、組織をばかにしたやつは許さんです」
 暴力は当たり前。遠洋漁業のマグロ船に乗り込ませ、漁業会社からの前金百五十万円を取り上げることもある。目の角膜を売らせたり、女性は性風俗店で働かせたり…。
 「うわさになっとるのは、だいたいやります。わしら、はなから違法やから、その点、徹底的ですよ」


 利息の上限

 出資法は、貸し付けの際の上限利息を年29・2%と定め、違反すれば3年以下の懲役か300万円以下の罰金、またはこれらが併科される。戦後の混乱期に横行した詐欺まがいの利殖商法や中小企業相手のヤミ金融を取り締まるため、1954年に制定された。当時の上限は年109・5%だった。70年代半ばからの「高利息、過剰融資、過酷な取り立て」による「サラ金被害」の深刻化で、83年に改正されて以降、上限利息は徐々に引き下げられてきた。90年代には中小零細企業を対象とした「商工ローン被害」が社会問題となり、2000年から現行の29・2%に。ヤミ金融業者の利息がいかに常識外れか分かる。貸金業に関する法律には、このほかに利息制限法、貸金業規制法などがある。


[2003/02/14朝刊掲載]

第3部第2回

組 織 〜 「ノルマもきついですわ」 〜


 ファクス用紙にびっしり並んだ個人名と住所、携帯電話番号、そして職場…。借金漬けとなった多重債務者約千人分の「情報」が、音を立ててファクス受信機から吐き出されてくる。 福岡市のマンションの一室。指定暴力団の組員、梶原=仮名=が出入りするヤミ金融の事務所には、毎月初め、組織の「情報センター」から多重債務者リストが送られてくる。
 組織は、四十ほどのヤミ金融のグループを抱える。梶原のところも、その一つ。センターが全グループを統括する。
 「リストの出所は消費者金融。わしら、地元の者ばかりでしょ。昔、一緒に悪さした仲間がそんなとこに必ずおるんです」
 梶原らは、リストの情報料として毎月二十万円をセンターに納めている。
 「新規が欲しいのに、毎月、同じ名前ばかりじゃねーか。二十万の価値ねーぞ」。梶原の仲間らはぼやきつつも、リストを受け取ると、一斉に借り入れ勧誘の電話をかけ始める。

 新規の客から電話が入った。「ちょっと、お待ちください。審査がありますので、折り返し電話します」
 グループの組員は、まずセンターに連絡する。センターでは、過去の焦げ付きや警察、弁護士への相談経験の有無などをパソコンでチェック。折り返し融資が可能かどうか伝えてくる。センターには新規融資や客から返済があるたびに、情報が上げられ、蓄積されていく。
 違法な広告看板の張り場所も、センターが警察の取り締まり状況を見ながら、各グループに指示を出す。
 「システムは金融機関と変わらんでしょ。民間と同じでノルマもきついですわ」

 梶原のグループには、センターから、毎月五百万円の貸し出しノルマが課せられている。
 「五百万貸して、利息で四百万円以上のもうけ。うち二百から三百をセンターに上納します。ノルマ、先月は、こなせませんでした」
 売り上げを伸ばすため、センターの管理は徹底している。ノルマに届かなければ、定期的なボーナス支給はない。数カ月間ノルマがこなせない場合は、上納制より手取りが安い給料制に変わる。月二割の利息で、数百万円の資金をセンターから回してもらっているグループもある。
 いずれにせよ、彼らが客から搾り取った金は、上に吸い上げられていく。「センターは、組織の幹部と、元手の金を出している金主(きんしゅ)との共同経営。うまい商売でしょ」
 債務者を追い立てる組員も「ノルマ」「ノルマ」で追い詰められる構図が、そこにある。 「こないだは、客の病院長夫人をさらいました」 梶原は、自慢げに笑った。

 利息のグレーゾーン

 利息制限法は貸金の利息について、(1)元本10万円未満は年20%(2)10万―100万円未満は年18%(3)100万円以上は年15%―までに制限し、超過分は無効と定めている。一方で「借り手が(制限利息の)超過分を任意に支払ったときは返還請求できない」と規定。貸金業規制法でも、貸し付け・返済時に書面を交付するなどの条件を満たせば、制限利息を超えても有効とする「みなし弁済」規定がある。つまり、これらの要件さえ満たせば、利息制限法の制限利息(年20―15%)を超えても、出資法の上限利息(年29.2%)までは違法とならない「グレーゾーン」が存在する。出資法には罰則があるが、利息制限法にはなく、消費者金融の大半は、この「グレーゾーン」の利息で貸し付けている。

[2003/02/15朝刊掲載]

第3部第3回

上 客 〜 「女は週7000円払い続けた」 〜


 「今、振り込みましたので…」
 福岡市の090金融業者、丸山(30)=仮名=の携帯電話の向こうで、女性のか細い声がした。
 丸山に七万円を借り、毎週、利息七千円を払い続けている四十代の主婦だ。水曜日の午後二時すぎ、指定の銀行口座に金を振り込み、丸山の携帯を鳴らす。
 主婦は四年前、自宅のポストに入ったチラシを見て電話してきた。パチンコにのめり込み、消費者金融数社から借金しているが、090金融は初めてという。サラリーマンの夫と子どもを持つ、ごく普通の家庭の主婦、との説明だった。実際に会うと、金のネックレスや派手めの指輪が目を引いた。
 ヤミ金融の客には珍しく、一週間後には完済。しかし数週間後、再び、丸山に融資を申し入れてきた。完済して、また借金。二年間続いた。

 二年前のこと。福岡市内の駐車場。主婦は、借金を完済しようと、元金と利息が入った封筒を持参した。丸山は笑みを浮かべ、封筒を握った主婦の手を両手で包んだ。
 「どうせまた借りるんでしょ? 金はとっとかんですか。利息だけでいいですよ」
 主婦は、ほっとしたような笑顔になった。その日から毎週七千円の支払いが習慣化した。
 「ヤミに手を出す客は、みんな返済に追われとる。一円でも多く手元に置いておきたいものなんだ」。この世界に足を踏み入れて七年。丸山は、そんな多重債務者の心理を突く。
 「利息を払い続けるうち、借金していることも忘れてしまう。『体が勝手に動く』っていうか、金を払うのが生活の一部になるんだろうな」
 七万円の貸し付けで、主婦から受け取った利息は総額七十万円を超す。
 「彼女は上客。もう当たり前の計算ができんようになっている。これからも金を振り込み続けるやろ」

 丸山は、暴力団組員の「社長」ら十五人で組織する090金融グループの一員。茶髪にジーパン、トレーナー姿で記者の前に現れた。ブランド品の小物入れの中には、携帯五台、借用書、貸し出し用の現金四十万円…。
 新規の客から携帯に電話が入っても、すぐには飛びつかない。名前と勤務先を聞き、自分で勤務先の電話番号を調べて在籍を確認する。ほかの業者にいくら借入残高があるかも尋ねた後、ようやく融資話に入る。
 「おれには、妻も子もおる。パクられたくないもんで」
 貸し付け、利息受け取りも、足のつきやすい銀行口座を避けて、手渡しする。だが、主婦の利息支払いに限っては、銀行口座を使わせる。
 「あの女は絶対大丈夫。だって、まひしてバカになってんだから」


 登録制とトイチ

 東京都内に事務所を置き、業者登録を受けながら、違法な超高金利で貸し付け、電話などで暴力的取り立てを行う業者が急増。被害は全国に広がっている。登録3年未満の新規業者が多く、登録番号が「都(1)」で始まることから「トイチ」と呼ばれる。登録業者が約7000に達する東京都では、監督・指導が行き届きにくいためだ。10日で1割の利息を指す「トイチ」とは別。業者を規制するのは貸金業規制法。1983年に施行、登録制を導入し、無登録業者には罰則も盛り込んだ。しかし、登録は手数料4万3000円と申請書類があれば原則的に認められるため、トイチのような悪質登録業者が後を絶たない。営業許可制への改正、開業時の保証金供託などの規制強化が求められている。

[2003/02/16朝刊掲載]

第3部第4回

警 察 〜 「摘発逃れに神経使うよ」 〜


 福岡市の閑静な住宅街。「奥さーん。貸した金、ちゃんと返してくださいよー」。090金融業者の丸山=仮名=は、客の自宅の玄関先で、隣近所に聞こえるように、部下二人と大声を張り上げた。
 昨夏の夕刻。近所の主婦らが三人を遠巻きに見つめた。借り主の主婦が一一〇番通報したのか、制服警官が一人、バイクでやって来た。「金返してもらうために来ただけですよ」。丸山は穏やかに言った。
 玄関から顔を出した主婦に、警官が借金の額や暴行の有無を問いただした。主婦は、三万円を借り、暴行はないが、近所に届く大声を上げられて困っていると説明した。
 「弁護士に相談せんですか」。警官は帰った。
 (1)客を殴らない(2)「殺すぞ」などの暴言を吐かない(3)家に上がり込まない―暴力団組員の「社長」から指示された三つの警察対策だ。「この鉄則を守れば、現場の警官からは逮捕されない。『民事不介入』を理由にすぐ帰る。交番のお巡りさんなら、ちょろいもんですわ」
 その一方で「ただ、警察本部の内偵捜査は怖い。だから慎重。神経使うよ。向こうもプロだからね」。真顔を向けた。

 ヤミ金融被害の拡大とともに、警察を頼る多重債務者も増えている。だが、警察にとって、摘発は簡単ではない。
 携帯電話を駆使し、容易に顔を見せない業者たち。「債務者の多くは、借り入れや返済の日時、額なんて覚えていない。業者を特定するのは並大抵じゃない」。ヤミ金融を取り締まる福岡県警生活経済課の特別捜査班の一人は明かす。
 証拠がそろい、捜査に着手しても、業者からの取り立てがなくなった途端、連絡が取れなくなる客もいる。「彼らの頭の中は、どうすれば借金を返さなくて済むか、そればっかりだ」 捜査員はため息をつく。

 丸山の知り合いのヤミ金融業者が昨秋、ある県警に逮捕された。それ以後、各地で摘発されるヤミ金融業者の記事が、目につき始めた。
 「知人が逮捕されて以降、客から別の客の紹介は受けないようにした」と丸山。一人が警察に被害届を出せば、その知人たちもなびいて被害を届け、警察を動かす恐れがあるからだ。
 警察の手が及ばないよう、営業に使う五台の携帯は、返済が滞った客に契約させた。最近は新規客も受けない。警察にはまず駆け込まない、と自分が確信を持てる客だけを相手にする。
 「この仕事も大変になってきたよ」。客が病気で入院したらお見舞いに行き、人生相談に乗ることすらある。
 「ところで、お宅、本当に記者さん?」。刺すような視線をこちらに向けた。


 日掛け金融

 出資法は上限金利を年29.2%としているが、日賦貸金業(日掛け金融)には特例として年54.75%まで認めている。日掛け金融は、貸し付け対象が飲食店や商店など従業員5人以下の小規模零細業者▽返済期間は100日以上▽100分の50以上の日数は借り手の営業所などで直接集金―が要件。一般業者の上限金利引き下げが続く中、日掛け業者には109.5%の特例金利が維持されてきたこともあり、多数の業者が参入。最近5年間で倍増した。特に九州・沖縄に多い。要件に反し、主婦やサラリーマンへの貸し付け、まとめ払い・銀行振り込みの強要、暴力的取り立てを繰り返す違法業者も続出。被害が全国に拡大したことから2001年1月、特例金利が半分に引き下げられた。

[2003/02/17朝刊掲載]

第3部第5回

情 報 〜 「名簿は業者を回るんだ」 〜


 福岡市近郊にあるファミリーレストランの片隅で、十人近いスーツ姿の男たちが、テーブルを囲みノートを広げていた。
 090金融業者のグループだ。暴力団組員の下で働く丸山=仮名=もいた。それぞれのノートには、個人名が五十音順に並ぶ。住所、電話番号、借入残高、利息の支払日など、顧客情報でびっしり埋まっていた。
 記号もあった。利息を確実に払う上客には「〓(にじゅうまる)」、払いが滞りがちな客は「△」、弁護士に駆け込んだ客は「×」…。
 丸山のノートには、上客四百人ほどの名前がある。ほとんどが三十代から五十代の主婦。「家族には黙っていて」と懇願するほど、ランクは上がっていく。
 情報交換会は、月一回。客のリストをお互いメモし、支払日が迫った客の自宅に「融資します」とチラシを投げ込んだり、電話を入れたりする。自分たちの「稼ぎ」が少ないときは、客の家まで出向いて“勧誘”することもある。

 「ヤミに手を出してる人間の大半は、みんなぎりぎりの状態。あっさり申し込んでくるよ」
 丸山が090金融を始めた七年前に比べ、ファミレスでの情報交換会は濃密になった。一人の客を、グループ内で次々に回し、借金を重ねさせる。客を食いつぶすことで、自分たちの懐を肥やしてきた。
 丸山の「初任給」は五十万円だった。今では、月三百万円を客から吸い上げる。百五十万円は「社長」に上納、残りが経費と自分の収入になる。
 初めての「札束」の重みは、忘れられない。二十歳すぎで、一泊数十万円もするホテルのスイートルームに泊まり、風俗嬢を呼んだ。歓楽街の高級クラブのはしごを何カ月も続けた。だがそれも、今は飽きた。
 「世の中、不況、リストラで大変そうなのに、おればかりこんなに簡単に稼いでいいのかと思ったね。おれの金銭感覚も狂っちまった」

 ほかのヤミ金融グループとは、客の情報をお互い売買する。上客百人分の住所や携帯電話番号のリストは、五万円で売れた。
 「一度、ヤミに手を出せば、いつまでも狙われるよ。名簿はどんどん業者を回るんだから」
 丸山のグループは、ノートの情報をパソコンに入れて管理する。数枚のフロッピーに、千人以上のデータが登録されている。パソコンに客の名前を入力、検索すれば、過去の利息の滞納歴や借入残高が一目で分かる。
 「貸し出しの六割が焦げ付いても、ヤミは成り立つよ。だけど、弁護士に駆け込むやつが爆発的に増えて、六割すら超えようとしよる。安心、確実な上客、もっと探さないかんやろな」
 彼らにとって、顧客情報は「宝」なのだ。


 ヤミ業者との交渉

 「トゴ」(10日で利息5割、年1825%)や「アケイチ」(1日利息1割、年3650%)など出資法違反の暴利をむさぼるヤミ業者による貸し付け行為は、民法90条の公序良俗違反で無効とする判決が相次いでいる。日本弁護士連合会などは、ヤミ業者から借りた金銭は、民法708条の不法原因給付にあたり「元本の返還義務もない」と主張。ヤミ業者との債務(借金)整理交渉では、出資法や利息制限法の上限金利に関係なく、元本を含め借り手がヤミ業者に返済した全額か、少なくとも利息分は不当利得に当たるとして、借り手側が返還請求できるとしている。札幌簡裁では2000年9月、業者側に対し、過払い利息だけでなく、元本を含めた既払い金全額と弁護士費用の支払いを命じる判決が出され、確定している。

[2003/02/18朝刊掲載]

第3部第6回

演 技 〜 「俳優の比じゃねーぞ」 〜


 「危険を冒さず、楽してもうける。これがおれの信条ですわ」
 グレーのブランドものスーツを着こなす大柄の中田=仮名=は、左手首の腕時計をさらし、「二百五十万円したんや」と豪快に笑った。
 四十代半ばの中田が消費者金融勤めをやめ、ヤミ金融を始めたのは四年前。部下が三人いるが、背後に暴力団組織はない。
 「極道の看板が生かせる商売と違う。頭で勝負せんと」
 福岡市と周辺のマンションなどにチラシを入れて客を募る。百人以上に貸し出し、総融資額は「ベンツ一台分」。もうけは毎月七百万―八百万円に上り、貸し付けに回す金を除いても、月二、三百万円は自由になる。
 部下を連れ、福岡市・中洲の高級クラブで連日、豪遊する。
 「極道かどうかは関係ない。取り立てさえできればいいのよ。客の前では、自分の感情を一切、押し殺して演技する。そりゃ、おれの演技力は俳優の比じゃねーぞ。精神的に疲れるから、飲まずにはおれんのよ」

 「金ないとは、どういうことじゃ」。福岡市内のコンビニ駐車場に止めた車の中で、三十代の主婦は、震え続けた。「もう、本当にお金ないんです。すみません」と声を振り絞る。
 「借りたもんは返すのが筋やろうが」「利息、分かっとって借りたんやろうが」「なめとるんか、貴様」
 数十分間、中田は、どすのきいた声で脅し文句を浴びせた。
 「もうお金、ないんです」。主婦は、うつむいてすすり泣きを始めた。と、中田はいきなり、主婦の肩を抱いた。
 「奥さんには、個人的なうらみ、つらみは一切ない。こっちも仕事なんよ。あんたも苦労あるやろうけど、できる範囲でいいから…」
 優しい言葉に、主婦は震えが止まった。中田に利息を払うため、その場から別のヤミ業者に電話した。昨年末のことだ。

 「客が自己破産しても、取りっぱぐれはない」と言い切る。
 客の破産手続きを受任した弁護士から電話で通知があると、「はいはい、好きにしたら」と答える。半年から一年間ほっておいた後で、突然、客のところに行き、脅し上げる。
 「本人をつかまえさえすれば、こちらの勝ち。びびって親類やら何やらに頼る。金の出どころは、いくらでもある」
 法定利息を超える金額を払った、と「過払い」を理由に支払いを拒否する客もいる。「領収証もやっとらんし、振込先の銀行口座も、おれの名義じゃない。うちに払ったっていう証拠はどこにもないんよ」
 一匹狼(おおかみ)の中田。「法律も勉強した。いろんな業者がおるが、ここまでやれるのは、ほかにはおらんよ」


 紹介屋・整理屋

 ヤミ金融に絡んで、あの手この手でカネを搾り取ろうとする悪質業者たちが多重債務者に群がっている。「いい貸金業者を紹介する」と持ちかけ、法外な手数料を取るのが「紹介屋」。雑誌、チラシなどで宣伝し、ヤミ業者と結託している場合も多い。「整理屋」もダイレクトメールなどで勧誘、借金の一本化や低額分割返済を持ちかけ、手数料を取る。首都圏を中心に、ボランティア団体や公的機関を装った名称を使うほか、実際に民間非営利団体(NPO)の認証を得ていたり、借金の整理は行わずに既存の被害者の会の連絡先を教えるだけで手数料を要求したりする。弁護士が整理屋に対し顧問などの名目で違法に名義を貸し、名義料を得ていたケースもあった。

[2003/02/20朝刊掲載]

第3部第7回

ま ひ 〜 「遊ぶ金あったら返せや」 〜


 福岡市近郊のコンビニ駐車場。車内で中田=仮名=は、助手席の女性の財布を奪い取った。
 「本当に金ねーのか。財布、膨れとるやないか。おれにちゃんと見せてみーや」
 三十代の主婦だった。財布の中には、小銭が数百円だけ。だが、消費者金融のカードと一緒に、パチンコ店の会員カードや「ロト」などの宝くじが十数枚、束になってどさりと落ちた。
 役者ばりの演技で、客を手玉に取る中田。「貴様、パチンコやら宝くじに使う金があったら、金、返さんか」と、いきなり怒鳴り上げた。
 主婦は「返すお金をつくろうと思って…」。声を震わせた。
 「客の八、九割は、パチンコが原因。遊びで借金こさえて、借りた金で、またパチンコして。それで『返せません』では、通らんよ」

 忘れられない客がいる。
 二年前の冬。二十万円を貸している男性方の電話が通じなくなった。中田は早速、その家に向かった。夜の八時ごろ、二軒長屋の男性宅は真っ暗に見えた。裏に回ると、すりガラスの向こうに、ほのかな明かり。中の様子をうかがうと、テーブルのろうそくを囲んで、男性と妻、小学生の女の子二人が、食パンをかじっていた。
 返済に追われ、電気もガスも止まっていた。暖房器具もない。四人ともやせ細っていた。それでも、家に上がり込み、有り金を全部出させた。千円札二、三枚をポケットに突っ込み、家を出た。
 一年半後、男性は全額を返済した。最後の受け渡しのとき、男性は「迷惑かけて申し訳ありませんでした」と頭を下げた。思わず「よう頑張ったな」と応じそうになった。言葉をのみこみ、黙って金を取り上げた。

 「家族で生活をぎりぎり切り詰めて、きっちり金返して、感謝する人間がおる。一方じゃ、欲かいて、パチンコや酒、女に金つぎ込んどる人間が、簡単に自己破産するっていう。どうしてそんなに生活が違うんか。貸しとる金は、同じやぞ」
 返済の話をしている最中に、急に意識を失ったふりをして、道路に倒れた女性。利息を一度も払わず、取り立てに行くと、ドアの郵便受けの穴から、急に刃物を突き出した男性…。
 返済を、あの手この手で逃れようとする客たち。
 「多重債務者は、感覚がまひしとる。おれたちは、そこにつけ込んどるのかもしれんが、客は借りるとき、確かに喜んどる。それが、時間がたてば、『違法』やら何やら言い出す。おかしいと思わんかい」
 ヤミ金融は犯罪だ。だが、違法承知で金を貸し付ける中田の目には、世間の多重債務者たちがこう映る。


 債務(借金)整理の方法

 大別して(1)任意整理(2)特定調停(3)個人再生(4)自己破産−の4種類ある。任意整理は、借金が多額でない場合、借り手自身または弁護士に依頼するなどして、私的に業者と借金の帳消しや減額などについて交渉する。同様の交渉を簡易裁判所の調停委員のあっせんを受けながら進めるのが特定調停。(1)(2)とも貸金の金利が利息制限法の制限金利より高ければ、制限を超えた利息分を差し引いて、残りを再計算するのが通例。個人再生手続きは、全借金のうち一定割合の額について、分割返済の計画を立てて裁判所の認可を受け、計画通りに返済が終われば残りは免除される。自己破産は多額の借金を抱えた人の最後の救済手段。裁判所の免責決定を受ければ全借金が免除される。

[2003/02/21朝刊掲載]

第3部第8回

憎 悪 〜 「トイチだけは許せん」 〜


 「いつもお世話になってます」。一匹狼(おおかみ)のヤミ業者、中田=仮名=の事務所。菓子折りを手にした四十代の女性が訪れた。後ろに高校生の息子と娘が控えていた。「中田さんは恩人やから、この子たちからもお礼を言わせないかんと思いまして…」
 女性は客の一人だった。パートタイマーで二人の子を養っている。十日で二割の利息で、五万円を借りていた。数カ月間、滞りなく利息を支払ったが、ある日、中田に泣きついた。「お金が続きません」。翌月から月二割にしてやった。
 「ヤミゆうても、客あっての商売。元が取れてて、上客なら、利息、負けてもいいんよ」
 人柄や支払い具合をみて、譲れるところは譲ってやる。
 「ヤミでも、人助けなんよ。だけど、トイチは違う。あいつらだけは許せん」

 昨夏、取り立てで締め上げていた、客の携帯が鳴った。印刷会社に勤める三十代の男性。中田は携帯を取り上げた。東京のヤミ業者「トイチ」だった。都の業者登録番号が「都(1)」で始まるところから、こう呼ばれる。
 若い声がすごんだ。「お前、誰なんだよ。うぜーよ。早く、電話、代われ」
 中田は応じた。「こいつは、もう払えん。おれが五十万円融資して、いろんな借金の整理させようと思うとるんだが…」
 「何言ってんの、あんた」。あざけるような口調に、中田はかっとなった。
 「お前のとこには、ビタ一文払わせん。こいつの身柄、取れるなら取ってみーや。はい、サイナラ」
 男性を自分のマンションにしばらくかくまい、新しい仕事も世話した。「融資額は十万。あんな手間かける必要なかったけど、トイチにはこっちも被害受けとる。仕返しや」

 トイチが増え始めたのは二〇〇〇年前後といわれる。
 「あいつらの利息は週五割やら、十割やら、めちゃくちゃ。客の会社にまで電話かけまくるし、えげつな過ぎる」と吐き捨て、憎々しげに続けた。「おれの客も数十人つぶされた」
 客が何とか払える程度の利息で、お互いの関係を長くつなごうとする中田にとって、トイチはとてつもなく異常に映る。
 中田は、金を貸すとき、相手をじっと見る。顔つきや髪形、服装…。最後は「におい」。
 「臭いやつには貸さん。風呂にも入れんぐらい追い詰められとる証拠やから」 トイチが進出してくるまで、地元業者間のトラブルも少なかった、と怒りをあらわにする。
 「おれらと、トイチを一緒にすんな。相手の顔や状況を見て貸すのが金貸し。ひとくくりにヤミ金融といわれるのが、おれは許せんのや」


 任意整理

 借り手の支払い能力に応じて、借金の減免や、分割返済などによる整理案を示して貸し手と交渉する。弁護士が代理人となった場合、まず借金を利息制限法の制限金利で計算し直し、借金の軽減を図るのが一般的。制限金利を超えて支払った分の返還を貸し手に求めることもある。借金の返済期間は、原則として3年以内が目安で、すべての貸し手との合意が必要。借り手の依頼を受けた弁護士が、貸し手に交渉の受任通知を送付して以後の取り立ては禁止。全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会の指針では、借金の合計が年収の8割以下▽定収入がある▽一定期間、定額返済できる▽借り入れ件数は10件以下▽弁護士費用が準備できる▽不動産などの財産を手放したくない場合−などに適している。

[2003/02/22朝刊掲載]

第3部第9回

搾 取 〜 「死んだら香典、常道よ」 〜


 「電車賃まで渡してやったのに。なめやがって」。トイチ業者の松岡(22)=仮名=は舌打ちし、電話のボタンを押した。十回、二十回…。呼び出し音が続くだけだった。
 相手は、同じ首都圏に住む二十代後半の男性客。貸し付けは三万円。十日で二万円の利息を既に四十回近く、一年間も払い続けている。今回、珍しく支払いが途切れた。
 「ちょっとネジ巻くか」。初めて男性の自宅まで出向いたのが前日のこと。「温情で遅らせてやってんのに、裏切る気かよ」「何で約束守れないんだよ。最低限のルールだろうが」
 一方的に怒鳴りつけた後、数百円を握らせた。「あんたに裏切られるとこっちの身もやばい。わかるだろ。明日絶対、届けてくれよ…」。翌日昼までに、直接払いに来る約束だった。
 ところが―。

 「息子は死んだんです」。やっと電話に出たのは、中年女性の声だった。
 「どういうことですか」。友人を装って探りを入れた。取り乱した声が続いた。「今朝、部屋で首をつって…。昨夜、金融業者が取り立てに来たようなんですが、何かご存じないですか…」。葬儀の日取りだけ聞いて、電話を切った。
 二日後。葬儀に出向いた。「息子さんの借金返してもらうよ。香典、あんだろ」。重ねられた香典袋をつかみ、中から紙幣を抜き取った。走り寄る親族らを振り払い、車に乗り込んだ。
 「人殺しとか鬼とか言われたけど、関係ない。貸した金、返してもらって何が悪いの。こっちも仕事。相手を人間だとは思ってない」。表情一つ変えずに、松岡は言った。「死んだら香典、常道っすよ」

 「便利・親切・ラクラク返済」―多重債務者リストをもとに、全国に送るダイレクトメール(DM)。月に五千から八千通にも上る。利息は最低十日で五割。週に十割、十五割の場合もあるが、DMでは、おくびにも出さない。「東京都知事(1)×××号」―貸金業の登録番号も載せ、安心感を誘う。
 「地方のヤツは、東京なら後腐れないと思うんでしょ。実際、これほど釣れるとは」。松岡の客は全国に二百人いる。
 遠方の客なら、督促は電話。親族、近所、子どもの学校まで手当たり次第。「痛いとこ突くんですよ、相手の。家に乗り込むのも、電話も、徹底的にやれば効果は一緒」
 利息代わりに、携帯電話を契約させて送らせる。その電話を使って電報を打つ。「ニュウキン シナイト ミウチ キンジョ メイワク カケルゾ」
 電話を止められるまでは使い放題。「二百万はいきますね。電話会社に支払い請求の訴訟起こされたやつもいましたよ」


 調停(特定調停)

 弁護士に任意整理を依頼せず、借り手自身が簡易裁判所に調停を申し立て、借金を整理する方法。簡裁を通した任意整理。調停委員のあっせんを受けながら、利息制限法に基づく利息の引き直し計算をして残借金を確定させ、貸し手側と話し合いを行う。合意すれば、確定判決と同じ効力を持つ調停調書が作られる。以前は個々の貸し手の所在地の裁判所で手続きせねばならず煩雑だったが、2000年2月施行の特定調停法により、一つの裁判所で全借金の整理が可能となった。業者に対して、調停委員会から取引経過などの資料の提出命令も出すことができ、拒んだ場合の制裁も盛り込まれたため、借り手には利用しやすくなった。費用は借金額に応じた所定の収入印紙代だけで、おおむね1万円程度。


[2003/02/23朝刊掲載]

第3部第10回

強 奪 〜 「貸してないやつも狙う」 〜


 午後八時。都内の事務所で「勤務」を終えたトイチ業者の松岡=仮名=は、客の一人が住むアパートに向かった。
 二階の二十代の男性宅。呼び鈴を鳴らした。返答はない。中でかすかな物音がした。「居留守使いやがって」。アパートの裏手に回る。フェンス伝いに隣家の屋根に登り、男性宅のベランダに飛び移った。「なんで出ないんだよ」。窓ガラスをけ破って、部屋に入った。
 男性は、週一万円の利息で一万円を借りた。先週二万円を振り込み、完済していた。それは承知の上。「お前、終わってねえからな」。おびえて声も出せない男性に、別のトイチ業者になりすまして名前を告げた。
 「金ないんなら、物で返せよ」。車のキーを奪い、部屋の家電製品を手当たり次第、車に乗せた。「どんなに客脅しても、焦げ付きは出る。それ埋めるのに、千円でも二千円でも取りますよ。どうせ、借り倒してるやつらなんだから」

 「もっと、どす利かせろ」。数台の電話の前に、二十代前半の従業員が並ぶ。新入りには、ヤクザ並みの「巻き舌」も仕込む。「口八丁、手八丁。相手、怖がらせないといけないんで、教育も大変ですよ」
 松岡の「会社」は、従業員の上に「店長」、その上に数店を監督する「統括」、さらに数十店を束ねる「社長」がいる。顧客情報は、社長管理の「情報センター」に集約する。グループ内に社長は数十人。都内に約千五百の店舗網がある。ヤミ業者とはいえ、一つの企業体だ。
 「一店の月利益が八百万切れば、店、つぶされるんですよ」。貸し出しノルマは、一店で一日二十件。問い合わせの多い土曜、日曜は、三十―四十件が課される。
 リストをもとに、勝手に相手の口座に現金を振り込んで利息を脅し取る「押し貸し」も当たり前。驚いた相手から抗議があると、「利息だけでも入れてもらわないと。また近所に迷惑かかるけど、いいの」と逆に脅す。「押し貸し、ほんとは禁止なんだけどね。ノルマ果たさんと、上、うるさいし。貸してないやつも狙うよ」

 正月明けは、子どものいる家庭を狙った。東京都郊外の多重債務者宅。小学生と中学生の兄弟がいた。両親は不在だった。
 構わず部屋に上がった。ランドセルが掛かった学習机の上に、陶器の貯金箱。弟を呼びつけた。「金づち、持ってこい」。貯金箱を割らせた。
 お年玉なのか、小さく折り畳まれた紙幣が交じっていた。三万円あった。「わざわざ来させた手間賃だと言っとけ」。そう言い残して家を出た。
 親の顔など知るはずもない。リストで見ただけの、よその客だった。


 個人再生手続

 破たん企業を対象とした民事再生手続の「個人版」として、2001年4月に導入された。地方裁判所に手続開始を申し立て、一定割合の額を原則3年(最長5年)で返済する計画(再生計画案)を提出。地裁の認可を受け、その後、計画通りに返済すれば、残りの借金は免除される。利用条件は、住宅ローンなどを除く負債総額が3000万円以下で、一定の収入を得る見込みのある個人。通常の再生手続は、「小規模個人再生手続」と呼ばれ、同意しない貸し手が半数未満であることを必要とする。特例として、給与取得者や年金生活者を対象とし、貸し手の同意を必要としない「給与取得者等再生手続」もある。ただ、この特例手続は、免責を受けてから10年以内は再度申し立てが認められないなど、一定の制限がある。

[2003/02/24朝刊掲載]


第3部第11回

同 業 〜 「手の内知られ襲われる」 〜


 「頼みがある。二人で会いたい」。トイチで働く松岡=仮名=が、都内の指定暴力団とつながりのある知人から呼び出されたのは昨年のことだった。
 夕刻、待ち合わせ場所に知人の姿はなかった。代わりに、黒塗りの車からスーツ姿の男たち数人が降り立った。両わきを挟まれ、車に連れ込まれた。幹部風の男が顔を寄せた。
 「あんたのことはよく知ってる。名簿持って来てくれれば、店長ですよ」
 ヤミ金融に入って三年。取り立ての「実績」は評価され、今の店でもあと少しで店長を任されるまでになっていた。
 要求を断ると、「名簿だけでも。謝礼ははずむ」と迫られた。車を走らせながらの脅しすかしが朝まで続いた。
 拒み続けた松岡は、暴力を振るわれることもなく、そのまま解放された。「こっちにもバックはある。相手も、事を荒立てるようなまねはしませんよ。この業界、情報が命。ノウハウも人脈もない連中が焦ってるだけ」。事もなげに笑った。

 「あんたらヤミ金だろ。返せるか、ばーか」。電話はすぐ切れた。多重債務者あてのダイレクトメール(DM)で引っ掛けたはずの、福岡市の男性だった。勤務先に電話した。「おかけになった電話番号は…」。既に使われておらず、録音のアナウンスが流れた。身内に電話をかけると「そんな人知りません」。驚いたような声が響いた。
 松岡は舌打ちした。「またやられた」
 新規客の場合、住所、氏名、電話番号のほか、勤務先、身内の連絡先などを詳細に書かせてファクス送信させる。勤務先に電話を入れ、在籍が確認できれば金を貸す。これを逆手にとり、勤務先や身内をでっちあげ、集中的にヤミ業者から金を借りまくって、姿を消す―そんな詐欺グループが出没している。
 「多重債務者に届いたDM使って稼いでるんでしょ。手の内知ったヤツらだよ」

 「神田の店長が襲われて、かなり持っていかれた」。仲間の一人が松岡に耳打ちした。
 業者によっては、半年程度で億単位の利益を上げているといわれるヤミ金融。首都圏では、彼らを狙った強盗事件も増え始めているという。
 警察対策もあり、「その日の入金はその日に回収」が業者の鉄則。口座から金を引き出した帰り道に、路上で現金を奪われるケースが多い。
 「こっちも、警察ざたにはできない身。狙う方も小ずるいですよ」。被害に遭うと、損金を埋めるため、系列店のノルマは一層厳しくなる。
 「現金を下ろす場所は、毎日変えろ」「店長は店の運転資金を持ち歩くな」―。松岡の店にも、そんな指示が届き始めた。


 自己破産と免責

 自己破産手続きでは、依頼された弁護士が貸し手に受任通知を出すか、借り手自らが裁判所に破産申し立てをした段階で、貸し手側の取り立て行為は禁止される。「破産審尋」で裁判官が面接し、借り手の収入や資産を検討。支払い不能と判断されれば「破産宣告」が出される。その後、免責申し立てをして「免責審尋」を受け「免責決定」が出れば、全借金の支払いが免除される。免責が認められない場合として、(1)破産宣告時に持っていた財産を隠したり、壊したりした(2)浪費やギャンブルで過大な借金を負っている(3)免責申し立て前の10年以内に免責を得たことがある−などが破産法で定められている。不況の影響もあり、個人の破産申し立て件数は年々増加、2002年は21万件を超えた。

[2003/02/25朝刊掲載]

第3部第12回

名 簿 〜 「勧誘用に買いませんか」 〜


 埼玉県に住む近藤(23)=仮名=は昨年末、ヤミ金融勤めを辞めた。代わりに始めたのは「名簿屋」だった。多重債務者らのリストをヤミ金融業者らに売りさばく。「この一カ月で、軽く二百万は稼ぎましたよ」
 近藤がヤミの世界に入ったきっかけは、求人広告だった。ホストなどのアルバイトを転々としていた五年前、「金融業 月給五十万円以上可」―雑誌の広告が目に留まった。
 面接場所は、東京・上野のビルの一室。その場で採用が決まった。スーツ姿の店長の目つきが、恐ろしく鋭かった。「まともじゃなさそうだとは思った。でも金になるならいいかと」
 当時は、週十割の利息で、主に来店客が相手だった。店頭での商売が頭打ちになった二、三年前から、遠方の客もダイレクトメール(DM)で集めるようになった。早朝、深夜の取り立てに走り回る日が続いた。「偶然だったけど、客の男が飛び降り自殺するところも見たなあ」
 昨年末、妻が出産した。初めてのわが子の顔を眺めて思った。「やばい商売でパクられるわけにはいかない」
 その日に退職願を出した。

 初めての名簿屋稼業とはいえ、「店の客の申込書、こっそり名簿屋に売って小遣い稼ぎしてたから事情はよく分かる」
 客のヤミ業者への融資申込書を直接コピーしたものは「原票」と呼ばれる。データが詳細なだけに「需要」も多い。元同僚から、定期的に流してもらう。
 原票より引き合いがあるのは、消費者金融に断られた人たちの名簿だ。知り合いの中小の消費者金融業者から譲ってもらう。「まだヤミ業者に追い込まれていないから、回収率がいい」という。
 それらのデータを商品化する。DMのあて名にそのまま使えるタックシールなら一件二十五円。電話番号などを記した一覧表付きなら三十円。原票になれば新しいか古いかで差をつけ、百―二百円で流す。

 東京都は、約七千に上る知事登録業者の一覧表をインターネットのホームページ(HP)で公開している。登録番号に続き、業者・代表者名、所在地、電話番号が並ぶ。
 「これ、使えるんですよ。半分以上はヤミ業者だから」。近藤は明かす。HPリストの業者に片っ端から電話して、「勧誘用リスト、ありますよ」と売り込む。断られれば、逆に「お宅の審査にもれた分で構いません。個人的に流してもらえませんか…」と、買い交渉に入る。
 現役時代の人脈も生かし、近藤が個人で蓄積したデータは、わずかひと月で十万件に上った。「元の組織の管理センターなら、全体で一億件は持ってるはずですよ。もちろん、人の重複はありますがね」


 自己破産での不利益

 破産して免責決定を受けると、その前後で不利益も被る。免責申し立てから決定まで(通常は半年―1年弱)の間、弁護士や税理士、宅地建物取引業者、貸金業者、警備員、建設業者などの職業には就けず、これらの資格があれば失われる。ただ、免責決定が出れば、制限は解消され、あらためて取得できる。一般的な公務員や教員、医師、古物商、建築士などの資格には影響がない。免責決定後は(1)銀行や消費者金融などに事故情報として登録されるため、金融機関からの借り入れが5―7年間は困難(2)再び多重債務に陥っても、原則として10年間は免責決定が受けられない−などの不利益がある。破産宣告者は官報に載るが、戸籍や住民票には記載されず、選挙権など公民権が失われることもない。

[2003/02/26朝刊掲載]

第3部第13回

奇 策 〜 「弁護士付けば嫌がらせ」 〜


 「Aさんの自己破産手続きを受任しました」。東京都内のヤミ金融業者、白木(25)=仮名=の携帯電話に、弁護士から連絡が入った。
 白木は怒鳴り散らした。「お前、金もらって弁護してんだったらよ、あいつに何かあったらお前の責任だよな」「自分らだけ、机の上で金もうけしようなんて思うなよ」。電話を切ると、その客にかけた。「弁護士に払う金あんなら、返せよ。子どもが泣くことになるぞ…」
 弁護士が出てきても、しばらくは「圧力」をかけ続け、様子を見る。が、あっさり引き下がるときもある。業者間で「名の知れたセンセイ」だった場合だ。「警察にもしつこくねじ込む弁護士って、ちょっと嫌なんだよな」。白木は仲間と顔を見合わせた。「その代わり、嫌がらせはたっぷりやるよ」

 都内で多重債務者の相談を多く手掛けている司法書士の女性も、ヤミ業者から嫌がらせを受けた一人だ。その日は、事務所の電話が頻繁に鳴った。受話器をとるたびに、軍歌の大音響が耳をつんざいた。
 「怖いというより、わずらわしい。立派な業務妨害ですね」。女性は、ため息をつく。
 司法書士は、多重債務者が自身で破産申し立てする場合などに、書類づくりを代行する。ヤミ金融被害への対処法を助言、業者と交渉することもある。業者が嫌がらせを仕掛けてくるのはこんなときだ。
 別の女性司法書士のもとには、「レイプするぞ」「こんな遅くに、独りで帰ると危険だよ」と、なぐり書きされたファクスが流れ続けた。ある弁護士事務所には、二万円分のピザや特上ずし十人前が届いた。業者は相手の神経を参らせようと、奇策の限りを尽くす。
 「だから、ヤミ金融はわずらわしくて受けない、という弁護士や司法書士がいるのも事実」と、女性は言う。

 昨年十二月、埼玉県弁護士会に有志による「ヤミ金融被害対策弁護団」が発足した。メンバーは四十六人。弁護士会に専用回線を引き、事務局員が相談を受けては当番の弁護士につなぐ。
 一つの事件がきっかけだった。同年九月、妻の多重債務問題で、七十代の男性が県弁護士会の法律相談に訪れた。ヤミ業者も絡んでいた。応対した弁護士が「業者の電話番号などが分からなければ、手の打ちようがない」と告げた数日後、男性は妻を絞殺したのだった。
 鳴り続ける相談電話は、県外からのこともある。「個々の弁護士の、ヤミ金融への対応の差が被害を深刻にしてしまった」―。こんな思いが手弁当の弁護士たちを支えている。
 しかし、ヤミ業者の白木はうそぶく。「怖い弁護士なんて、ほとんどいないよ」


 保証人

 第三者が借金する際、保証人や連帯保証人になると、借り手が返済不能になったり自己破産したとき、その借金を負うことになる。貸し手から貸金の返還請求を受けた場合、保証人は貸し手に対し、借り手本人への請求や強制執行を求める権利があるが、より重い責任を負う連帯保証人には、その権利がない。消費者金融などの保証契約のほとんどが、担保としての効力が強い連帯保証契約。ただ、これらの保証契約は、保証人と貸し手との間で結ぶもので、たとえ夫婦や親子であっても、一方から無断で保証人にされた場合は責任は生じない。保証人になっていなければ、夫(妻)の借金について妻(夫)に返済義務はない。親子間も同様。また、子どもが未成年の場合は、両親の同意のない借金は取り消すことができる。

[2003/02/28朝刊掲載]

第3部第14回

斜 陽 〜 「おれらの商売あと1年」 〜


 鹿児島地裁の二〇一号法廷。二月二十四日、鹿児島県警が初めて摘発した「090金融事件」の判決が開かれていた。被告席に座るのは、ひと稼ぎをもくろんで福岡県からやってきた男女三人。裁判官は、男二人に懲役一年―八月の実刑、女に執行猶予付き判決を言い渡した。「被害者から暴利をむさぼった」と断罪する裁判官を、ジャージー姿の被告らは顔をこわばらせ、じっと見つめた。
 三人が、知人の男と四人でヤミ金融を始めたのは二年前。男二人は暴力団組員で、うち一人(33)は当時、組への上納金が払えず約五百万円の借金を抱えていた。その男が「ヤミ金融はもうかるらしい」と、同居女性や知人に持ちかけたのだった。
 福岡市近辺に看板を出し、週二割の利息で融資を始めたが、客はなかなか取れなかった。四カ月間で、数十人に貸したものの、焦げ付きが多く、収支はぎりぎり。特に、借金慣れした年配の主婦に「金がない」と開き直られると、お手上げだった。

 素人集団は営業の場を「南」に移した。昨年三月のことだ。
 鹿児島を選んだのには訳があった。「人間が純朴。都会の福岡のようにすれてない」
 九州各地を下見した四人に、競争相手のヤミ業者が少ない鹿児島は魅力的に映った。鹿児島市内の幹線道路は渋滞する。「交差点付近に看板を出せば、簡単に客が取れる」と思えた。
 市内のワンルームマンションを借り、深夜に看板を取り付けて回った。県警によると、半年間で貸し付けた相手は約百四十人、もうけは約四百五十万円。「主婦は断る」などのルールを決め、焦げ付きは減った。ただ、実直に一回で返済する客が多く、実入りは少なかった。
 「単純計算で、やつらの稼ぎは一人月十八万円強。家賃などの経費を引いたら、遊ぶ金もないよ」。ある捜査員は話す。

 「ライバルが多いからって地方に逃げる業者は、どこ行っても一緒。田舎にもヤミはおるし、東京の業者・トイチもダイレクトメールを送っとる。簡単に稼げる時代じゃない」と福岡市の業者。「これだけマスコミで話題になれば、借り手は減る。逆に業者は爆発的に増えた。どこも生き残りに必死なんよ」
 九州全域に看板を出す別の男も言い添える。「貸し出し額が二万―五万と小口なだけに、客が減ると、各地で焦げ付きが出てもよほどのことがない限り取り立てに行かんようになる。そうなれば、不良債権は増えるし、悪循環やな」
 淘汰(とうた)の波にさらされ始めたヤミ業者。警察や弁護士らによる包囲網も確実に狭まっている。
 「うまみとリスク、そのてんびんが、リスクの方に傾きつつある。おれらのヤミも、あと一年だな」


 弁護士費用と法律扶助

 福岡県弁護士会は、同会の法律相談センターを通じて借金の整理を受任した場合の手数料を(1)任意整理は貸し手1社当たり3万円(2)自己破産は1件30万円(3)個人再生は1件30万円−などと規定(実費は別途)。原則は一括前払いだが、困難な場合は「前払い金として10万円、その後は月2万円の分割返済」としている。弁護士費用を支払う余裕がない場合は、法律扶助協会が一時立て替えも行う。同協会福岡支部は、単身者で手取り月収12万円以下▽2人以上家族は18万円以下−などの場合に応じる。任意整理なら貸し手数に応じて13万−約22万円で弁護士に依頼できる。ただ一定額の前払いが必要。返済は月1万−数千円の分割払いも可能。弁護士費用や、法律扶助の規定は各県・各弁護士事務所によっても異なることがあるので確認が必要。

[2003/03/01朝刊掲載]

第3部第15回

連 鎖 〜 「すがりつく客いる限り」 〜


 名刺の表に「東日本お悩み相談サービス」とあった。 差し出したのは、東京都知事登録のヤミ金融、トイチで働く松岡=仮名=だ。「これからは個人的に、こっちでも稼いでみようかと…」
 客への脅しどころか、貸していない多重債務者からも、利息名目で金品を奪うなどの強盗行為を繰り返してきた松岡。
 「顧客の拡大、そろそろ難しいし。借金膨らました客に、まとめて処理する方法、教えてやるんですよ」。自己破産の方法、相手がヤミ金融なら被害届の出し方、告発状の作り方。「警察で相手にされなければ、検察に行け、泣き寝入りするなってね」
 弁護士に借金整理を依頼すれば、都内では約四十万円が相場といわれる。「それを十万程度で引き受ける。その代わり、おれんとこの支払いは続けてもらうけどね。雪だるまになってるやつは喜ぶよ」

 「ヤミ金はもう頭打ち」。九州の指定暴力団組員、梶原=仮名=も、そう読む。「組織やから、もともとヤミ金が収入のすべてやない。新しいシノギ(稼ぎ)、組ではもう考えよります」
 まず挙げるのは産業廃棄物。「昔からあるけど、これからが旬。確かに国内での取り締まりは厳しくなっとるし、密輸も中国なんかは検査が厳しい。北朝鮮も拉致問題でダメ。今の狙い目はロシアですわ」。ロシアへの産廃不法投棄を請け負うヤミビジネスが有望というのだ。
 次は車。高級車を盗み、盗難車と分からないように細工して売りさばく。「合鍵なくても、わしらのやり方なら、盗むのは簡単。盗難車と見破られんよう、車台番号から車検証まで変える。手間かかるけど、まあ、いい商売や。それでも、ヤミ金はひっそり続けていくやろけどな」

 一月中旬、東京都港区の都貸金業協会では、新規登録業者への登録証交付式が開かれていた。出席者は約八十人。狭い会場は満席だった。交付式は月に二、三度ある。「毎回満員。減る気配はありません」と都の職員。
 ロングコートに茶髪、トレーニングウエア上下にサンダル履き。新規業者の大半はそんな二十代前半の若者だ。十八歳の少年が、後見人を付けて申請したこともあったという。
 職員は、彼らの後ろ姿を見やりながら、「今の制度では、認めない理由は見つからない。ヤミ業者に登録証を交付するために仕事しているのかと思うと、むなしいばかりです」と、目を伏せた。
 手を替え品を替え「カネ」に群がるヤミの男たち。弁護士は刑事告発を、警察は摘発を懸命に続けている。 「でもね」。都内のヤミ業者はうすら笑いを浮かべた。「貸してくれと、すがってくる客がいる限り、この商売、なくならないよ」
 =おわり(社会部・ヤミ金融取材班、コラージュは画像センター・下川光二)


 日弁連の「ヤミ金融対策法要綱」

 日本弁護士連合会が昨年11月、「被害者救済とヤミ金融摘発強化」を目的に作成、緊急立法を求める意見書とともに関係省庁などに提出した。要綱には、出資法に違反する高金利(年29.2%超)での貸金契約は無効とし、もし貸し付けた場合、貸し手は借り手に対して元金も返還請求できないことを明示。ヤミ金融業者を「違法高金利または無登録で営業する業者」と法的に定義し、取り立て行為のほか(1)新聞、雑誌などへの広告(2)郵便やファクス、電話による融資勧誘(3)金融機関への口座開設−などの営業行為を禁じている。現行の出資法、貸金業規制法の罰則強化や、貸金業登録時に保証金1000万円程度を供託させる制度の導入なども盛り込んでいる。

[2003/03/02朝刊掲載]

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