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(回答先: Re: ホントかな? 投稿者 silent Tears 日時 2003 年 6 月 15 日 21:25:17)
私も、この点もう少し、事情を詳しく知りたいですね。ただ、井上教授もいくらなんでも、そう出鱈目なことを言えるわけではありません。天皇家の所在する京都の、京都大学の名誉教授であり(東大関係者などより京都周辺の歴史資料や各種情報を一番豊富にもっているはずで、庶民レベルでの当時の京都御所周辺の雰囲気などについて古い人たちから話を聞いていたとは思われます)、学会的にもビッグネームを持っている人のようですから、軽視することはできにくいと思います。
したがって、少なくともいえることは次のことではないでえしょうか?
1京都御所周辺の庶民の「一定の範囲の人々」は御所について、「何か特別なもの」を認識していた。つまり誰かお偉いさんが住んでいるらしい、といった程度の認識。万世一系が云々かんぬん、先祖は神様らしい、といった認識など到底もっていなかった。(実際、天皇をこのように神格化していたのは、侍の世界のさらに非常な少数勢力でした)
2しかし、彼らもその「偉いさん」が日本の幕藩体制・政治システムの文脈でどういう意味合いを持っているのかについて、ほとんど認識がなかった。きらびやかでおおがかりで豪勢な殿様のプレゼンテーションに対してボロをまとって歩くお偉いさん、プアなプレゼンをしているひとに、殿様に対して以上に畏敬の念を払っていたか疑問。
3京都御所の周辺での認知度が、この程度のものなら、それ以外の日本の各地での、天皇家への認識の程度も推して知るべし、つまり、ほとんど認識はなかったのではないか。
4その理由としては、幕府側が、庶民には天皇の存在を積極的に知らせる意図や動機の必然性がなかったのではないか。権力ゲームの戦略として彼らの存在を「知らしむべからず」、だったのでなないか。彼らの存在を宣伝することで彼らに味方するような人々が出てくる、増えるということは避けたかったのではないか。
5 侍の生き残り策として大政奉還で公家をいきなりシャッポに担いだため、あわてて、実はそのえらいさんたちは神さんの子孫である、天子である、というメディア戦略に出たと想像される。「神への格上げ」、万世一系ドグマの立ち上げがそのたて看板な度を含めてメディア戦略としてなされたいった。