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(回答先: Re: アングロサクソンのイカサマ経済思想から自由だったロシアのダーウィニズム 投稿者 ジャック・どんどん 日時 2003 年 6 月 07 日 23:18:43)
「ジャック・どんどん」さん、こんにちわ。
日本(人)は、近代史の過程でロシアを不倶戴天の敵とみなす考えに深く囚われてきましたが、歴史的に育まれた社会価値観はけっこうな高さで親和性があると考えています。
富裕層出身者やインテリが「社会変革運動」にのめり込むというのは一般的に見られることですが、ロシア・アナーキズムの代表者バクーニン、クロポトキンそしてトルストイが揃って貴族階層出身だというのもロシアらしいと言えます。
地理的条件の厳しさからロシアのほうが相互扶助意識は強く、その基礎である共同体を破壊することになる「近代」の流入に社会崩壊の危険性をすばやく嗅ぎ取ったと思われます。(この観点からスターリン主義を捉え直すことも意義があるかもしれません)
近代で様々な“過激思想”が生まれたのも、国家と経済が噴き出す「近代」の(抑圧)力が苛烈であったからとも言えます。
クロポトキンは、確か、ダーウィンの「進化論」で「相互扶助論」を補強していましたね。
動物の世界における種の間での生存競争は苛烈だが、個々の種はそれに打ち勝つために助け合っている。人間は同じ種なんだから相互扶助は本源性があると...
そのように考えると、近代価値観の個人主義や自由主義は、個人を種としてしまうとんでもない錯誤に基づいているとも言えます。
経済決定論は採りませんが、「開かれた地域共同体」は、近代経済システムの終焉がその実現条件なのかも知れないと考えています。
人の能力限定性(愚かさ)とともに、その問題解決能力も信じているので、その移行は悲惨な過程を経なくても可能ではないかと思っています。
普遍的なものと錯誤されている近代的価値観は、その実極めて特異な歴史限定的なものであると気づくだけで大きく動き始めるはずです。