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(回答先: Re: 結婚制度 投稿者 SM 日時 2003 年 4 月 28 日 00:14:32)
大切な日曜日の午後をありがとうございました。
>SMさんのお名前は、、、うーん
あはは、誤解されやすい名前ですね。実は別のハンドルネームのイニシャルなんですよ。それは、ユダヤ的なものなので、さらに誤解される恐れがあり、SMにしました。その他
他意はありません。
まず、結婚制度についてですが、恋愛と生殖本能はある意味、自然なことであり、それを人間の作った制度でしばりつけるというのはどうかと思っています。まず、恋愛については、それは、ある意味人間だけができる贅沢な楽しみだと認識しています。しかし、ながら反面、心理的に女性は男のものであるという大きな誤解をつくりださないように気をつけなければなりません。そのために、女性がどんなに差別されていたが、歴史をちょっとみれば、思い当たることでしょう。とはいえ、もちろん一概には言えませんが、男性には、自分はともかく、未来を見据えた鳥瞰的な発想ができ、女性には子供を育てたり、実生活を楽しく、美しくすることができる優美さがあるという長所があります。中には、生涯連れ添うことのできる幸せなカップルもいるでしょう。一緒に暮らすことも否定はしません。しかし、離婚の時にお金を請求しあうような醜い制度はいらないのではと思っています。それとハッキリ言いますが、お互いの同意があるという前提で、フリーセックスを肯定します。ただ、子供をつくることに関しては、無害な避妊の方法を皆が認識しておく必要があります。
余談ですが、世界的な人口のコントロールは必要かと思います。現在の世界の支配勢力は、AIDS、SARDS、戦争などで、行っているようですが。もう少し、他を思いやるという人間的なやり方があるのではないかと思い、このようなビジョンを考えたわけです。どちらをとるかというとき私は美しい方を選びたいなんてキザなこと言ってしまいます。
次に生殖本能ですが、人間にはセックスのエネルギーしかありません。オナニーやスポーツで解消するというやり方も否定はできませんが、いちばん問題なのは、団体エゴや人間の自我にあり、社会制度云々より個々の人間の覚醒が本当に必要なことなのです。瞑想はそのエネルギーをもって、覚醒(自我から自由になること)へと変容させることのできる唯一の手段だと思っています。選択の自由など、本当の自由でしょうか?
最後に、コミューンについてですが、過去の「村」のような閉鎖的なものではなく、家族制度に変わるものとして、考えていました。生活する基盤となるうる単位のことです。子供は個人またはカップルのものではなく、人類が未来を託す宝物だという認識です。また、衣食住に必要なものを地域間でのバーター交易を計算するための割り振りが便宜上必要ということもあります。世界が人も物も本当に豊かになれば、もちろんコミューンもいらなくなるでしょう。現実問題、人口、エネルギーや環境問題に地球的規模で対処する必要があるのでは思います、それには、全人類の協力は不可欠です。
お答えになっているでしょうか?