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一つ一つ,御主張の要点を取り上げて疑問を呈することは致しませんので,初めにお断りしておきます。
「合作」はもしかしてあったかもしれません。なぜなら,「合作はなかった」とする明白な根拠はないからです。しかしながら「合作があった」と結論づけるの明白な理由も存在しません。「合作はあったかもしれない」,これは,他の様々な可能性の一つに過ぎないと考えます。
今回の「戦争」(実態は,途中からのイラク軍の全面的戦線離脱)の不可思議な展開を説明する上で,「合作があった」と仮定すると,確かにうまく説明ができそうです。しかしそれは「十分条件」にすぎず,「合作がなければこうはならなかった」という「必要条件」にはなりません。簡単な論理的命題です。
「フセイン死亡説」(死亡時期が問題ですが),「フセイン逃亡説」,「政府高官裏切り説」のいずれでも,今回の「戦争」の奇妙な展開をそれなりに説明できます。「十分条件」の資格があるのです。「合作説」だけが飛び抜けて確証が高いとする根拠は見当たりません。(私としては,別の書き込みにもある「政府高官裏切り説」に傾いています。詳細は省きますが,これが一番合理的な説明がつくからです)。
「合作があったと考えられる疑惑がある。また合作があったと仮定すると今回の戦争劇はこのように説明できる。だから,合作の可能性も念頭に置いておいたほうがよい」
程度の御主張であれば,それで結構だと思いますが,今後「合作」を大前提にしてご議論をお進めになるのであれば,それにはついていきかねる,というのが正直な感想です。(どこかで「シリアのアサドもエージェントでないかぎりシリア攻撃はないと思います」と書かれていらっしゃったのには,正直言ってあぜんと致しました)。
「あっしら」さんのこれまでの重厚かつ先鋭的な問題提起に深い敬意を払ってきた者として,「自説に固執することなく一歩退いてもうすこし冷静にさまざまな可能性を探っていただきたい」と申し上げておきます。
なお,文中,失礼な文言がもしありましたら,御容赦下さい。