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(回答先: 米比合同軍事演習がスタート、イスラム過激派掃討で協力(ロイター) 投稿者 えーてる 日時 2002 年 1 月 31 日 23:01:53)
02/01 17:10 アラブ人も訪れ軍事訓練 元アブ・サヤフ兵士が証言 外信93
【イサベラ(フィリピン南部バシラン島)1日共同=桑原正樹】
米国がアフガニスタン後のテロ掃討作戦の目標にしているフィリピ
ンのイスラム原理主義過激派アブ・サヤフの元ゲリラがこのほど、
バシラン島イサベラで共同通信のインタビューに応じ、何人ものア
ラブ人が軍事訓練のために来ていたと話し、中東のテロ組織とのつ
ながりを証言した。
元ゲリラは現在、バシラン州知事の護衛と軍の情報提供者を務め
るバセール・ハジャンさん(26)。
小学校卒業後、ブラブラしていたが、一九九五年、十九歳の時「
銃を持つアブ・サヤフの姿にあこがれて」参加。仲間四十人とラミ
タン近くの村でアブ・サヤフ創設者の弟ヘクトール・ジャンジャラ
ーニから軍事訓練を受けた。
「ヘクトールは九○年から九二年までアフガニスタンで訓練を受
けたと言っていた」と証言する。
「時折、クウェートやカタール、イエメン、オマーンからアラブ
人が来てイスラム教の教義や銃の使い方を教えた。七カ月が訓練期
間だった」と話す。
アラブ人たちはアフガニスタンで軍事訓練を受けたと話し、衛星
携帯電話で国際電話をかけており「アルカイダだったかもしれない
」と話した。
アブ・サヤフは人質の家族から取った身代金を銀行に預けず山中
のアジトに保管。リーダーのヘクトールが必要な時に持ってこさせ
ていた。
「銃や高速船はミンダナオ島のシンジケートから購入、日本製モ
ーターボートもあった」と話す。
戦闘に何度も参加。戦闘が続いた後は海外での十日間の休暇が与
えられ、用意されたパスポートでマレーシアのサンダカンへ船で行
き過ごした。
戦闘のないときは毎朝五時に起きて礼拝。食事は交代で作り、昼
は訓練やイスラム教の講話を聴いた。給料はなく、食事や衣類は支
給された。
夜は時々、町に出たが、知り合って結婚した女性がバシラン州知
事のいとこだったため、仲間から軍のスパイになったと疑われ、二
○○○年一月、査問され、腹部などを銃で撃たれ殺されそうになっ
た。
いま別の女性と結婚し二歳の娘がいるハジャンさんは「わたしに
も大義はなかったが、いまのアブ・サヤフはもっとひどい。良い時
期に離れたが、命を狙われているので警戒している」と厳しい表情
で語った。
(了) 020201 1709
[2002-02-01-17:10]