2002年4月10日東京新聞朝刊
季節感の上では、カレンダーを一枚めくった方がよさそうだ。入学シーズンに桜前線はとっくに関東地方を行き過ぎて、すでに新緑がまぶしい。とにかく今年は短い冬のあと、春を追い越したかのように、各地で「夏日」の知らせが相次いだ。どうしてこんなに気温が高いのか。列島各地で起こった“気象異変”を「風・林・火・山」の四文字でまとめてみると−。
■仙台は真冬日ゼロ
風薫るのは五月のはずだが、すでに初夏の陽気が続いている。
とにかく「観測史上最高」のオンパレードだ。三月の平均気温が平年を上回ったのは、全国百四十九カ所の気象台のうち百三カ所にものぼり、すべて史上最高値だった。東京では平均気温が一二・二度で、平年より三・三度も高かった。
四月に入っても陽気が続き、甲府市では二日に二八・一度を記録した。この日は東京でも二六・一度で、名古屋、前橋など各地でも、最高気温が二五度を超す「夏日」を記録している。
実は一月からすでに全国的に気温は高かった。
最高気温が零度未満である真冬日は、秋田では平年十二日あるが、今冬はたった一日だけだった。仙台や福島では意外にも「ゼロ」なのだ。
二月の日照時間は、全国的に平年の約120%。九州南部などでは160%以上のところもあり、降雪量も全国的に平年を下回った。掛け値なしの暖冬だ。
もう一つの異変が、大陸から風で運ばれる黄砂だ。
今年は今月一日までにのべ四百九十三日(一地点を一日と計算)観測された。昨年は八百五十六日、一昨年は七百四十八日で、三年連続の当たり年だった。
例年はほとんど観察されない北海道で目立つことが、今年の特徴だ。
「黄色い雪が降った」という問い合わせが、札幌管区気象台に寄せられた。
同気象台の担当者は「昨年に観測記録があるくらいで、その前の記録となると、一九九三年までさかのぼります。これほど多いのは珍しい」と証言する。
とくに先月二十一日と二十二日には、道内全域で観測された。「札幌市内などでは、路上に駐車された車が砂まみれになるほどの量でした」(同担当者)
■八十八夜前に新茶摘み
林ではいち早い草花の芽吹きもみられた。全農千葉県本部によると、タケノコの収穫は、平年より一週間から十日早く、フキノトウなどの山菜も同様に早まっているという。
「収穫が早い分、シーズンが終わるのも早いはず。四月下旬くらいでは…。まだ春だと思っていても、味覚の季節は終わってしまうかも」(同県本部)
新茶もすでに芽吹いている。京都府立茶業研究所(宇治市)によると、一番茶の新芽が芽吹いたのは例年より十日ほど早い三月二十九日だ。同研究所では一九七三年から統計を始めているが、こちらも“史上初”を記録した。
「新芽が出てから茶摘みまで約一カ月ですから、今年は八十八夜にあたる五月二日どころか、早いものでは四月下旬には茶摘みが行われるのでは」と同研究所ではみている。
火の猛威を思い知らされた春でもあった。大規模な山火事は、全国で昨年に比べ倍増している。
岡山県総社市では二日、山火事が発生し、約八十ヘクタールを焼いた。当時は乾燥注意報が発令中だった。
同市総務課は「暖冬を受けて、例年以上に野山に出掛ける人が多く、今回の火事もたばこの火の不始末が原因」と説明する。
五日には岐阜市の山林から山火事が発生。隣接する岐阜県各務原市にも広がり、約五百三十ヘクタールを焼いて、六日午後に鎮火した。両市の千百六十世帯に避難勧告もなされたが、発生当時の湿度はわずか6%だった。
岐阜地方気象台などによれば「木の枝同士が風でこすれ合っただけで、自然発火も十分あり得る乾燥状態」という。
その湿度で史上最低を記録したのが熊本市。五日の最小湿度は4%というカラカラ天気となった。
熊本地方気象台も「最小湿度が一けたになるとは」と驚きを隠さない。
■ヒグマも2ヵ月早起き
山が暖かくなれば、冬眠中のクマもひょっこり顔を出す。というわけで北海道では、昨年よりも約二カ月早く「クマを見た」などの情報が寄せられている。
先月九日には、豊富町で体長約二メートルの雄のヒグマ一頭が仕留められた。
北海道警によれば「すでに十六件のヒグマ目撃情報が寄せられている。昨年は九頭だから、いかにハイペースかが分かる」。北海道自然環境課も「暖かな気候の影響を受けているのは間違いない」と指摘する。
増えたのはクマだけではない。山梨県・八ケ岳南ろくの自然観察愛好者でつくる「八ケ岳自然クラブ」は、ニホンジカの生息数が、八年前に比べて約三倍の六百頭近くまで増えていることを突き止めた。
「温暖化で越冬しやすくなったことに加えて、牧草地の生育も早くなり、豊富なえさを口にできる環境が整ったことが大きい」と同クラブの斎藤登美夫代表。
例年より数カ月早くハクビシンの子どもを見掛けたとも証言する。
「一瞬目を疑いました。気候の変化が、動物たちの生態に明らかに変化を及ぼしている」(斎藤さん)
■「北極振動の影響大」
「北半球の中緯度地域では、東西方向の偏西風の流れが強く、北極一帯の寒気が南下しにくい状態が続いたためでしょう」
気象庁気候情報課では、三月に各地で月平均気温の最高値を記録したことをこう説明している。確かに先月は、高気圧に覆われて晴れる日が多かった。
「昨年十二月から今年一月上旬にかけては、高緯度の強い寒気が、日本を含めた中緯度地帯まで南下しやすい状態でした。そのため、発達した低気圧が周期的に本州を通過して、太平洋側にまとまった量の雨や雪を降らせたのです」
ところが、一月中旬から一転して北極圏上空の気流の流れが変わり、寒気が入り込みにくくなったという。日本だけでなく、中国北部や欧州各地など北半球は全体的に気温が高かった。
この北極圏上空の寒気の動きを「北極振動」と呼ぶが、気候情報課では「北極振動で、今年の温暖化をすべて説明できるわけではない」とも強調する。
「ただ今年は、北極振動による大気の流れの差が非常にはっきり出たことは間違いない。そういう周期に当たったのでしょう」
一方で、地球温暖化との関連も指摘されている。
国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は昨年の報告の中で「二十世紀中に、北半球の中緯度の陸域の雲量は2%増加した可能性が高い」とした。
龍谷大学経済学部の増田啓子助教授(気候学)は「地球温暖化の影響に加えて、都市部のヒートアイランド現象も大きく影響している」と指摘している。
「三月の平均気温は、過去百年のデータを見ても過去最高です。この百年の日本人には考えられなかった暖かさを私たちは経験していることになります。農作物の出荷時期も早くなっていますが、動植物の世界は、人間以上に温暖化の影響を受けやすいのです。桜はいずれ、入学式ではなく卒業式を彩るだろうと予想していましたが、これほど早く現実になるとは思いませんでした」