Tweet |
回答先: 電子レンジで調理したものを食べるとその食べた人間の血液に変化が起こる 投稿者 読者 日時 2000 年 6 月 10 日 20:12:08:
いつものように掲示板を覗いてみたら、私のファイルが掲載されていました。
短期間に300ヒットというのは驚くとともに、このような情報は日本では
徹底的に統制されてきたという感想も持ちました。
また、公開の場でこのような情報を扱うことの危険性も充分承知している
つもりです。当面、一読者として関わらせていただきたいと思います。
以下の情報は海外では比較的反響を呼んでいる、通称「バンジャワン・ファイ
ル」
というものの抜粋です。今回までは掲載をウェブマスターにお任せしたいと思い
ます。
これは、私の知る限り97年のサピオ10/8号に”「電磁兵器」はここまで
進んでいた!”という記事で関連のある内容が発表されただけです。
電磁波掲示板もはやく出来るといいかと思います。
----------------------------------------------------------------
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
オーストラリアの電磁兵器基地およびオウムコネクション
第二次大戦以降(1947−)日本における核爆弾実験のデータを取り終えた時
点で世界の兵器開発の流れはすでに電磁波の応用に向かって急速に流れていた。
これは、ナチスの発想と人材によるもので戦後ロシアとアメリカに分かれた科学
者たちがその開発の流れを作り出して行った。
それに先立つ1900年頃から現在の交流電源のほとんど全ての基礎理論を発明
したニコラ・テスラによって提唱されていたスカラー電磁理論の兵器への応用が
試みられ、本人自身の実験によってその基礎的な応用データはすでに作り上げら
れていた。
これは動機としては電力というものを送電線を使わずに地球の定常波に対する共
振を応用して、任意の地域に転送するというものだった。
この技術が一般化していたら、今頃は電気は無料ということになっていただろう。
しかし、この技術は同時に軍事技術に転用すれば特定の地域を物理的に破壊した
り、天候を制御したり、また、外部からの飛来物に対して防御シールドをつくる
ことも出来、または人工的な地震を発生させることもできる可能性があった。
この方向の研究は冷戦中も秘密に進行し、1960年代からはまずロシア地域で
実用になるようになった。
この間から今に至るまで、核軍縮のせめぎ合いはこの電磁兵器(E/M兵器)開発
競争から大衆の眼をそらす為に有効な口実となったと言える。
現在、この為の大規模な基地は日本周辺ではカムチャツカ半島にあり、ここは地
球を取り巻く共振電磁場の一つのグリッドになっている。
(このサイトは、HAARPとして知られる電磁兵器ネットワークの一つであり
アラスカにあるとされるものは地球全体をネットするシステムの一つに過ぎない
ようだ。訳者)
83年?の大韓航空機撃墜はこのサイトに故意に近づいたために起こったと言わ
れている。
話しは90年代に飛び、93年の5月28日に西オーストラリア州のバンジャワ
ーンというところで低空を飛ぶ隕石のような火の玉が多くの目撃者とともに観測
された。
この現象は88年頃から急に観察されはじめて90年代に入ってからはかなり頻
繁に目撃されるようになったものだ。
しかし、それまでのものと違ってこの火の玉は地上1000Mほどからジェット
機くらいのスピードでゆっくりと地上に落ち爆発した。
これは隕石が見せるような速度よりははるかに遅い速度であり、その爆発は小型
の原爆並みのエネルギーが観測され地震を発生させた。
た、後日の調査によると隕石が落下したようなクレーターの痕跡は全く発見さ
れなかった。
この地域のすぐ近くにはアメリカ海軍の潜水艦用の通信基地があり、ここは大規
模な超低周波と超高周波の電波の発信施設がある。
この施設の一部は木造構造になっていて、1908年にテスラがニューヨーク近
郊で行った電力転送実験のアンテナ塔と似たような構造持っているのが確認され
ている。
また、この施設の近くの砂漠の中には「きのこ」と呼ばれるアンテナの集合体が
あり、これはアラスカにあるHAARP(ハープ)と呼ばれる電波発信施設と同
じ機能を持っている。
HAARPは電離層に高周波を発信して電離層を励起状態にし、これに反射する
電磁波を地上の任意の地域に焦点化するもので、理論的には地球上の全ての通常
の電波通信を同時に制御不能にすることができる。
また、この施設群は任意の地域の気象を操作して干ばつや洪水を作り出したり、
地震、竜巻や台風も作ることができ、それ以上に人間の脳と神経組織に影響を与
えて病気を人為的に作り出すことも出来ると言われている。
このシステムを局地的に作動させた場合にはプラズマ兵器となり、凝縮された電
磁エネルギーを目標に打ち込むことによって人工的な球電を弾丸のように使うこ
とができるらしい。
このような時は2から3カ所の発信源から座標を特定して目標を破壊する。
この座標決定は現在の携帯電話などに応用されているものでもともとはミサイル
の誘導システムから来ているものだ。(CCMA方式:訳者)
現在、パキスタンのハク大統領機墜落、スペースシャトルチャレンジャーの爆発、
TWA800墜落事故、北朝鮮の気象異常による農産物の激減、中国の地震や洪
水、アメリカ南東部の干ばつなどもこのシステムの影響ではないかと言われている。
(トルコと台湾の地震もか:訳者)とくにチャレンジャーの場合は電磁波に金属
軟化信号を変調混入し、推進部を軟化させて破壊したと言われている。
これと同じ実験は日本でも行われており、大阪大学と神戸製鋼のジョイントが極秘
扱いで進行している。
このセクションにいたのがオウムの村井秀夫であり、彼は早くからテスラの理論に
基づいた研究を行っていた。後にオウムに参加してからもテスラ波動の検知器など
を完成しており、オウムの電磁兵器開発はかなり実用的な段階まで至っていたらしい。
95年の阪神大地震の9日前には教祖麻原は神戸に人工地震が起こされるという「予
言」を行い実際に地震が起こったが、この震源地付近には神戸製鋼の中心施設があっ
た。
一方、早川清秀は特異な経歴を持ち、彼も同様に大阪大学にいたころには「緑化エン
ジニアリング」が専攻だった。これは砂漠の緑化操作から天候のコントロールを含む
研究で同様に政府の極秘扱いを受けたものであり、究極的には日本独自の電磁兵器開
発を示唆するものだった。(日本版スターウォーズ計画は、海外では明らかにあった
もしく
は今もあると認識されているようである。)
このような研究は筑波でも行われており、あの大槻教授もなんらかの関係があるの
かもしれない。
早川はその後、統一教会へ入り異例の早さで昇進するとともに短期間で20億円の資
金と教会のビジネスを維持しながらオウムへと「入信」した。
統一教会はその教祖が北朝鮮の「教祖」と友人であり、またジョージ・ブッシュとも
南アメリカで共同のビジネスを展開している。
ここで早川はまた異例の早さで昇進しオウム内に重層的な組織を作り、下部の信者が
彼のビジネスを関知しないようにした。
この間、彼はロシアへ22回も渡航し麻薬と兵器ビジネスを展開したと言われて
いる。
湾岸戦争当時イラクのフセイン大統領も早川の顧客となり、この兵器売買はロシアの
ウクライナと繋がるものだった。
このときのウクライナ側の窓口は通産貿易省のマセンコであり、この人物は1980
年あたりからロシアにおける統一教会と密接に活動を行ってきたものだ。
この1991年時点でロシアのオウム信者は5万人と推定され、日本国内の3万人よ
りも多かった。
同じ年にはゴルバチョフとヤコブレフが当時の外相であった石原慎太郎に900億円
でロシアの電磁兵器を買わないかと提言している。
日本政府は核を待てないことから、この電磁兵器の存在を確実に知っていて研究もし
ているということが言えるだろう。当時、石原はオウムに対して敵対的では無かった
のも傍証か。
また、同時にゴルバチョフと山口敏夫は「日本・ロシア大学」設立の合意を行ってお
り、その内容のなかにはロシアの電磁兵器に日本のマイクロチップ技術を合同させて
高性能化をはかるというものもあったようだ。
その後、妻が統一教会の信者である金丸信が別件で家宅捜索を受けた時点で、北朝鮮
経由の金塊が発見され、これと同じものがオウムの施設からも発見されることになっ
た。いまでは、金丸信、山口敏夫および村井秀夫は故人となっている。
そして、93年の3月ころ早川は前述の西オーストラリア、バンジャワン地域に姿を
現すことになる。
ここで彼はオウムの研究施設用地を買収する為に幾つかの羊牧場を回っているが、そ
の調査には一式の電子探査機器を携行し、数時間かけて地表面のなんらかの電気的特
性を計っているようであり、そのデータをまた一晩かけて解析するということを繰り
返した。
これはその後に発覚する核爆弾製造計画の一環のように思われたが、存在はしても純
度の低いウラン鉱石を探査するには必要のない作業と思われた。
その後にこのバンジャワーンに牧場を買うことになるのだが、このときに現地の代理
人を勤めたのは日本人女性であり、この人は真光教団の信者であった。
真光教団は信者数は少ないものの日本とオーストラリアにおいて、権力者やエリート
がメンバーに多くいると言われている。
その後、オウムはこの場所で95年に使われるサリンの実験を羊に対して行った。
また、早川の電気的な探査は村井の作ったテスラ波動測定器ではないかとの憶測があ
り、アメリカにおけるテスラの後継者と言われるトーマス・ベアデンによれば、その
地域の「感受性」を測定するには磁性テルリウム(土中の磁性?:訳者)を探査する
ことが有用であり、テスラ波の数時間の時間的変位の測定が必要である。
このようなデータがあれば電磁兵器の目標を補足する性能はより正確になるというこ
とらしい。しかし、なぜこのような場所をわざわざ選んで早川たちがやってきたのか
はいまだ不明である。
また、これに先立つ90年ころからは日本の三井関連の会社が「砂漠の調査の為」と
称して東大の大学院生を動員し、各種の電子機器を持ち込んで調査をしていたことが
報告されている。
また、彼らはバイクのライダーを雇いその地域の5万分の1の詳細な地図も作ってい
ったのだが、その時点ですでに「砂漠」とも言えないくらい植物層が出来上がってい
た辺境の地域になぜ詳細な調査を行ったのかは分からずじまいであった。
その間も海軍基地の上空では火の玉やテスラシールドと思われる半球状の光の爆発が
目撃され続け、93年から97年にかけてより頻繁に、また多様になっていった。
このような一連の事象の連鎖にはなんらかの円環が浮かび上がってくるが、それを述
べるのはもう少し踏み込んだ調査が必要かもしれない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(管理人代理投稿)