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週刊現代5/6号
田中康夫の「新聞私評」
「三国人」の語句解釈のみで不毛だった石原批判
12日付『産経』夕刊には〃驚嘆〃しました。100名以上の記者を前に、午前
11時過ぎから緊急開催された石原慎太郎東京都知事の記者会見を、他紙とは異
なり1行も報じなかったのです。「事実」が事実として紙面に存在しない。今後
は『産経』文化面の「斜断機」執筆陣も、『朝日』は軍部に不都合な戦況を隠蔽
の翼賛新聞、などと嗤えません。
而して『読売』は14日付社説で、「『不法入国した多くの』という部分をカッ
トして伝えられた」「言葉の〃つまみ食い〃が騒ぎを大きくした」、と〃訓話学
派〃的言説を展開しています。「仮に発言が正確に報道されていたとしても、石
原発言には不適切な要素が含まれている」と13日付社説で諌言(かんげん)し
た『日経』とは極めて対照的です。
問われるべきは、彼の歴史観や人間観、即ち〃心智(メンタリティ)〃なので
す。にも拘らず、批判派も擁護派も、弁証法からは凡そ程遠き、「三国人」なる
語句の解釈に拘泥し続けました。それは法曹界の会話にも似て、体温が感じられ
ぬ不毛な論議だったのです。
スーペリオリティとインフェリオリティなコンプレックスの狭間をアンビヴァレ
ントに揺蕩う、オポチュニストにしてポピュリスト。日和見で大衆迎合な「文学
者」に敬意を表して片仮名を多用すれば、それが彼の〃身上〃です。
「皆さんね、記者、記者って言うならね、東京の実情をこれから見てね、行って
ごらんよ。歌舞伎町とか池袋とか」、
と13,14の両日付で『毎日』が全文掲載した〃事情通〃な自分を衒った記者
会見が如実に物語る様に、彼の認識では「三国人」に白人や黒人は含まれていな
いのです。
「覚せい剤なり麻薬を販売しているのは、不法入国し不法滞在している外国
人」、「日本の子弟の若い人の体が」「精神がむしばまれている」。「私は看過
できませんな」、としたり顔で語る〃障子の息子〃改め〃徳育の知事〃に、もう
一つの実情を教えて差し上げねば。「行ってごらんよ。六本木とか福生とか。伸
縮自在な〃第三の男〃を武器に日本の子女をヒーヒー言わせてる、コカイン好き
な不法滞在の白ちゃんや黒ちゃんが一杯だ」と。
筋金入りの反米主義者を自任してきたにも拘らず、挑発するのは同じ肌の色した
アジア人に対して。相も変わらぬ欧米への劣等感と亜細亜への優越感。なんとも
気弱(インポ)な元祖・太陽族は記者会見翌日には、「私が言ったのは」「(偽
造)テレカや覚せい剤なんかを販売している外国人とかを言うんだ」(14日付
『産経』)と矛先をイラン人やパキスタン人に軌道修正しました。
可能性は精肉にも鮮魚にも青物にも存在したのに、JA未加盟の貝割れ大根業者
のみを犯人に仕立て上げた、詰まりは利権団体や圧力団体とは無縁の〃マイノリ
ティ〃が貶められたO−157事件を想起したのは僕だけでしょうか。
更には14日に至ると、「謝意を表明すべきである」と申し入れた都議会公明党
に、「本意ではなく遺憾。ご迷惑をかけて申し訳ない」(15日付『日経』)と
語り、それを受けて同党議員団幹事長は「事実上の謝罪と受け止めている」と発
言しました。共産党や社民党の動きには無視を決め込み、公明党へは即座に恭順
の意を表する。筋金入りの政教分離主義者を自任していた彼も実は御都合主義者
に過ぎぬ、何よりの証左です。
公的資金投入を求めるも一人として辞任しなかった銀行なるシャイロック集団の
頭取。ゲシュタポ的隠蔽主義が露呈した警察一家を喝破せぬ壗に居座る年収
2660万円の国家公安委員。恬として恥じず、誰も責任を取らぬ日本の閉塞状
況に、納税者は苛立っています。泡沫経済期にパチンコや不動産で浮利を得た面
杯よりも更に新参者な「三国人」に刃を向けた石原発言に溜飲を下げた人々の深
層心理は、より弱い存在を追い詰める校内イジメと同根です。
それはそうと、金の為なら有象無象な日本の「宗教家」とも記念写真に収まる節
操無きダライ・ラマ氏は今回、インド政府が特別発行の外国人旅券で入国しまし
た。中国政府からすれば、彼こそは「不法入国した三国人」でしょう。〃無二の
親友〃だと豪語する知事の見解を、次回の定例会見で記者諸氏はお聞きになって
は如何でしょう。