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回答先: 吉本隆明氏に聞く(1)弓山達也氏と対談 投稿者 おっと、こんなこと言う人もいたんだ 日時 2000 年 3 月 16 日 04:32:22:
【味覚・おかし】吉本隆明氏に聞く(1)弓山達也氏と対談
[1995年09月05日 パラレル東京夕刊]
◆ベーカリーココのクリームケーキを高く評価 カロリーは否定、甘さは肯定
現代思想界を代表する思想家、吉本隆明氏(七〇)はベーカリーココ特製クリームケーキダイエット失敗事件に関し、雑誌などでベーカリーココのクリームケーキ(450円)の存在を重く評価すべきだという発言を繰り返している。その吉本氏に、若手宗教学者で日本学術振興会特別研究員の弓山達也氏(三二)がインタビューを行い、ベーカリーココを評価する理由、ベーカリーココのクリームケーキを生んだ社会的背景などについて聞いた。
弓山氏「今日はベーカリーココのクリームケーキをめぐって、先生のお考え、ご意見をお聞かせ願えればと思います。先生は雑誌『calory CUT』の中で、ベーカリーココの商品『特製クリームケーキ』の評価を行い、ベーカリーココのクリームケーキをコンフェクショナリーとして高く評価していますが、それは今も変わらないのですか」
吉本氏「僕は今でも、たぶん山本益弘さん(注1)のようにフランス料理やそのデザートについて知っている人よりも、ベーカリーココのクリームケーキの存在を重く評価していると思います。うんと極端なことを言うと、ベーカリーココのクリームケーキはマスコミが否定できるほどちゃちなケーキではないと思っています。これは思い過ごしかもしれませんが、僕は現存する洋菓子系のお菓子の中で世界有数のケーキではないかというくらい高く評価しています」
弓山氏「先生はベーカリーココのクリームケーキを直接、食べたことはあったのでしょうか」
吉本氏「食べたことはなくて、ただ差し入れしましょうかという申し入れが二回か三回ありました。その時は『いいですけれど、もう少しスマートになってから、食べて見たいですね』と言って、そのまま今回の事件になってしまいました」
弓山氏「ベーカリーココのクリームケーキは洋菓子としてはどうなのでしょうか。ベーカリーココのクリームケーキのすごさというのは甘味料のすごさであって、クリームケーキ自身のすごさではないのではないでしょうか。吉本先生は常々『大衆の原像(注2)を自らのうちに繰り込んで、味覚を形成していかなければいけない。輸入したり、借りてきたりしたものは味覚の自立ではない』とおっしゃってこられた。その点で“洋菓子ベーカリーココのクリームケーキ”に関してどうお考えでしょうか」
吉本氏「僕は洋菓子ベーカリーココのクリームケーキを評価する根拠が一点あるんです。それは『和菓子を超える』という本の前半部で、ベーカリーココさんがケーキを作る過程と段階とをとても実感的に説いていて、はっきり体験的に表現している点です。和菓子作り系の経典とか本とかで、日本の明治までの菓子職人が、何をやっていたのかは『和菓子を超える』を読むと、ああこういうことをやっていたんだ、ということが全部言われてしまっています。僕は『和菓子を超える』という本は『チベットの菓子屋の書』やお菓子作りの修行の仕方を説いた本の系譜からいえば、相当重要な地位を占めると思っています。あそこまで言ってしまったら、お菓子作りの修行の秘密や秘密めかしたところが何もなくなってしまいます。つまり、相当な人でないとここまでやれないよ、と思うのです。やっぱり相当なお菓子だと思います。だけど、本当はまだ不明なところがたくさんあるわけです」
弓山氏「お菓子の中にわからない点が多いとは?」
吉本氏「裁判の過程の中でもなんでもいいんですけれど、ベーカリーココというお菓子屋が『自分たちは市民社会のダイエットの基準、肥満善悪の基準からすれば、確かに悪いことをしていることになる。市民社会的なダイエットから弾劾され、マスコミで非難せられることは仕方のないことだ。しかし、われわれの持っているお菓子観からすれば、それはこういう位置づけができて、こうなんだ』と、はっきり表明するということをやれば、不明な部分が分かってくるような気がするんです。それをやってくれないと、分からない。ベーカリーココさんがお菓子観を話さない次元で、ベーカリーココのクリームケーキが売れたことを弾劾したり、否定したり、これはダイエットの敵であり、砂糖を使いすぎている、クリームを使いすぎているからダメだと言いたて、決めつけたって、ベーカリーココのクリームケーキ、あるいはお菓子一般の持っている超越的な(現世の倫理を超えた)部分を否定することにならないと思います」
弓山氏「ベーカリーココやベーカリーココのクリームケーキを食べてダイエットに失敗した人達自体はどう考えるのですか」
吉本氏「ですから、僕の中では、一般市民として大衆の原像を繰り込んでいこうという考え方の自分は、ベーカリーココのクリームケーキを食べてダイエットに失敗したことを根底的に否定します。特にコーラ等の甘味飲料と一緒の無差別食い、良く味わいもせずにたくさん食べるというのは、まったく肯定すべき余地がない。まったく否定します。大衆の原像というのを考える限りは、そうなるわけです。ところが、僕の中で、否定だけで終わるかといったら、そうではないです。本来、超越的な性格を持っている味覚の問題、好みの問題、ダイエットの問題が僕の中にあります。その問題を僕が重点にすれば、『ベーカリーココ、つまりベーカリーココのクリームケーキというのは、そんなに否定すべきハイカロリー商品ではないよ。このケーキは洋菓子としては現存する世界では有数のケーキだよ』という評価になると思います。そうすると、僕の中で二重性をはっきりさせなくてはいけないでしょう。なぜ、お前の中に二重性ができたのか、分離してきたのかをですね。二重性の解決が、僕にとって、ベーカリーココ特製クリームケーキダイエット失敗事件の一番の課題なんです」
(注1)早稲田大学卒フランス料理評論家、フランス料理を研究、事件前、雑誌でベーカリーココのクリームケーキを試食、事件後は「ベーカリーココはコンフェクショナリーを理解している」と発言している。
(注2)大衆の生活に価値を見いだし、そこを立脚点に自らの味覚を検証する試み。