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回答先: アメリカで死刑執行論議 投稿者 ダミアン 日時 1999 年 11 月 13 日 01:41:01:
こりゃま・た・失礼〜いたし・ま・し・たっ!!
不要ペットのガス室行きが当たり前の、国家が崩壊段階のこの日本のご時世。
近頃の若いのは、教育制度で思春期前から生命を仕込む方法ばかり脳に焼き付けられて、もっと死ぬ事を、「死教育」が必要ではないの?
まず、捨てられたペットの死に様をビデオで鑑賞してから、
ペットを購入すべきだ。
飼い主も不要ペットと一緒に最後まで運命を共にすべきだ。(これは暴論)
それに、毎日、誰しも家畜の生命を飽食して大量に捨てているでしょ。
小中学生は屠殺場に行って、屠畜解体職員や哀れな家畜への感謝を学ぶべきだぞ。
しかも日本の家庭で食べるのは筋肉脂肪かせいぜいレバー、ソーセージくらい。
だってよ、ペットフード扱いの「鶏の頭の水煮」をお前さん、食えるかい?
(これ、栄養価は高いザマス。そのままかぶりつくカルシウムさくさくザマス。
お昼に目っテレ系で「お嬢さん!美容と老化防止にいい!」なんてザマス。)
生命の臨場感ってのが食生活から、ぜんぜーん欠落しているザマス。
これでは、自分自身の肉体のしくみも理解しようがない、ではないか。
人の死についても、そう。
80年代半ばくらいから、テレビでは人の死の瞬間の映像を避けているのか?
病や重傷で苦しんでいる人々の映像を見て、「かわいそー」「怖い」
「気持ち悪りぃ」以上の病態イメージを洞察する気は湧くのか?そこの若いの。
おぞましい仮想ゲームに見とれていないで、臨床法医学の図鑑でも見るか?
死刑論議では加害者の「人権」「人格の尊重」なんて建前のほかに、「見たくない、知りたくない、避けたい」という知覚的、情緒的論理をも多分に含むだろう?
だったら、死刑囚は長年未決囚として民衆に存在を見せつけるのではなくて、
外国に輸出して日本国民の見えないところで速やかに低コストで「清潔」に処置してくれる制度だったら、死刑廃止論は維持できたかな?最も苦しまない処刑方法は、例えばLSDで脳をピカピカにしておいてギロチンだとか?
今の若いのは、たとえそういう死刑囚の人肉バーガーでさえ、
理解できなければ喜んで食うだろう。どーせ味もわからないし。話が飛んだ。
そう言えば高校の時、「酵素の実験」用に先生が仕入れてきた屠殺場から直行の
殺したて、超新鮮レバーをメスに刺して実験用ガスバーナーで炙って食ったら、
細胞の劣化が全然なくてうまかったよ。ほかのアジア諸国では、殺したての肉も当たり前でしょう?なんでそんな機会すらこの飽食日本では難しいのか?
(何のためにここにレス投稿したんだろ?)