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#なんか一悶着ありそうなので転載。毎日新聞。
毎日新聞1999年8月2日27面
『21世紀に語り継ぐもの 戦争と家族』
“1冊の本に触発され…防衛医大立てこもり
歴史はゆがめられている。特攻隊の自己犠牲すごい」”
少年が書いた「声明文」
一 日本国憲法を破棄すること
二 米国、露国.韓国に侵略されている国土を奪還すること
三 米国などの内政干渉を受けないこと
「『防衛』をやる。憲法を変えるんだ」。少年(15)がぽそっと言った。5
月下旬。埼玉県草加市の川べりで、少年は友人(15)に、花火の火薬を込め
た鉄バイブをいきなり見せ「一緒にやろう」と誘った。友人が怖くなって断る
と、にらみつけ、今にも殴りかかりそうになった。
2遭間後の6月10日。少年は予告通り、同県所沢市の防衛医科大学校の寮に
立てこもった。「オッ」と、うなるような声を上げて寮の学生(19)にナイ
フを突きつけ、フェルトペンでなぐり書きした声明文と鉄パイプの手製爆弾
を、駆けつけた教官に投げ付けた。6時間後、警察官の説得に応じて出てきた
少年は、落ち着いているように見えた。
少年は警察の取り調べに「中学のころから自然に憲法や政治を変えなければな
らないと思うようになった」と供述した。「人質を取って立てこもればマスコ
ミが自分の主張を大きく取り上げると思った」とも語った。両親が面会で何を
聞いても黙っていたという。警察の発表文には「思想に影響を与えた人物や書
物はない」と書かれていた。
「あいつは変わった」。幼なじみの高校一年の男子生徒(15)は、昨年の中
学3年の夏休み明けから少年の言動が急変したことに気付いていた。きっかけ
は、その生徒が貸した一冊の本。漫画家の小林よしのり氏(45)が昨夏に出
版した「戦争論」だった。
今年7月現在で56万部のベストセラー。「(太平洋戦争には)欧米列強によ
るアジアの全植民地化を防ぐ正義があった」「戦争は『悪』ではない。『政
策』である」と訴え、若者に「個を捨てて国のため、愛する者のため死ねる
か」と呼びかけている。出版元の幻冬含によると、60代以上と10〜30代
を中心に、出版直後は一日200通前後の読者カードが返ってきた。
少年は本を借りた生徒らに「歴史はゆがめられている」「戦争にいいも悪いも
ない」と真顔で話すようになった。「特攻隊の自己犠牲の精神はすごい。国の
ために死ぬなんてカッコイイ」と声を弾ませ、「おれは『三島』に共感でき
る」とも言った。作家の三島由紀夫が自衛隊駐屯地に立てこもり、自決した事
件を取り上げた雑誌「日録20世紀」を請らしげに見せた。
今春、定時制高校に入ってからはバタフライナイフを持ち歩き、教室で自分の
腕を軽く切って血を流して見せたこともあった。「自衛隊の大学を占拠する。
新聞に載って自殺する」と口にし始めた。
【中略】
祖母は、夫が家族に戦争の話をしたという記憶がない。祖父は戦友会にも顔を
出さず、戦友2人が自宅を訪ねて来た時もほとんど会話を交わさなかった。だ
が、地元の文芸誌には戦争を振り返った詩や歌を亡くなる直前まで寄せてい
た。
〈戦いの終わった日から、おれの人生を打ち消しておそろしい風が吹き抜け
る。風よ、おれの死を、その海に葬った日の、メロディーをかなでながら、吹
き抜ける風よ〉
「あんな経験は二度としたくない思いがあったのでしょう。主人が生きて帰っ
てくることすら、その時は分からなかった。私だって戦争は二度と嫌です」。
祖母はつぷやいた。
浦和家裁は7月23日、少年を中等少年院に送る決定を下した。
祖父が家族や孫へ戦争の体験を伝えていれば、少年はどう考えただろうか。記
者が尋ねると、祖母はしばらく沈黙し「分かりません」と声を震わせた。