個人情報保護法案反対アピール その1

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投稿者 1984 日時 2001 年 5 月 31 日 18:55:57:

■青木雄二(漫画家)
「我帝国の軍艦だ。俺達国民の味方だろう」「いやいや……」学生は手を振った。余程のショックを受けたらしく、唇を震わせている。言葉が吃(ども)った。「国民の味方だって? ……いやいや……馬鹿な!――国民の味方でない帝国の軍艦、そんな理窟なんてある筈があるか!?」これは小説「蟹工船」の中のほぼラストの乗組員達の会話であります。ソヴェト領カムチャッカの領海に侵入して、蟹を取り、そして罐詰にするための蟹工船は、老朽化したボロ船。そこに季節労働者として雇われてゆく、百姓、抗夫、漁師、建設労働者、学生、貧民街の少年等が過酷な労働にたえかねついにストライキにまで発展。しかし蟹工船を護衛していた駆逐艦から銃剣を擬した水兵が乗り込んできて、自分達の味方だとばかり信じていた乗組員が逮捕され、駆逐艦に護送されてゆくまでの物語であります。このプロレタリア作家、小林多喜二は、昭和八年、東京築地で特高に検挙され、その日の内に拷問のすえ虐殺されました。「個人情報保護法案」は過去の暗い歴史に逆戻りする危険性を多分に含んでおり断乎反対しなければなりません。

■朝倉喬司(ノンフィクション作家)
個人の情報を保護するのだという。しかしいったい何から、どのような攻勢、侵犯から「保護」しようというのか。法がそこで標的とみなしているのは何なのか。そこのところがきわめてあいまいである。あいまいであることは恣意的な運用の余地が大きいということである。その点と、もうひとつ、法のいう「保護」の名のもとに、肥大化した権利主張が横行する“光景”なども遠望される。この法律はよろしくない。反対する。

つけ加えておくと、私は、基本的にはやはり法の「保護」を前提にしている「言論の自由」という概念より、書くという立場に純一に立脚した「自由な言論」という言葉の方が好きである。今は亡き竹中労のレトリックであるが。

■有田芳生(ジャーナリスト)
「あなたの個人情報を保護しましょう」と言われて「いや結構です」などという者は、そうはいないだろう。そこに落とし穴がある。「個人情報保護」という美名を梃子(てこ)に強権的に取材を押さえ込むことが可能となれば、一般的な「個人」の知る権利は実体として失われ、「巨悪」から「小悪」までが高笑いする社会が到来する。

そして、帰国してついた社会部の席、ここでは盗聴されている恐れもない。官憲がいきなり踏み込んでくる心配もない。思い切って伸びをしたものである。

私が危惧するのは、政治家との癒着がさらに深まることだ。都合の悪い事情を書かれそうになったとき、政治家を動かして取材者に規制をかけることが可能になるからだ。いまでもそんな事態はままあるが、それが常態化する社会は異常だ。

ことは政治や経済界だけの話ではない。芸能問題しかり。芸能タブーに犯されているマスコミの現状。大手芸能プロと政治家との関係も深い。ここに法的規制が動きはじめれば、さらにコントロールされた情報ばかりが流通する。大衆文化の世界にまで政治が介入するならば、社会の腐敗はさらに進行するだろう。ジョージ・オーエルが書いた『1984年』の世界は、いま私たちの眼前に訪れつつあるのではないか。

■岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
意識レベルの低い公権力にとって、メディアをコントロールしたいと願うのは、むしろ当然の欲求だろう。メディアさえコントロールできれば、国民に不利益をもたらす政策実現も容易だろうし、政権党のプロパガンダも自在におこなうことができる。

新聞、テレビといった大メディアは、事実上、すでに公権力のコントロール下におかれている。税金で運営される「記者クラブ」に寄りかからざるをえない彼らは、公権力の知らしめたい「事実を事実として提供する報道機関」以外の何者でもない。だからこそ、この時代に逆行する法律の規制対象とはなっていないのである。

一方、雑誌、フリー・ジャーナリスト、作家たちは、公権力にとって目障りな存在である。いつまた、大蔵スキャンダルや検察スキャンダルのような体制を揺るがす報道がなされるとも限らないからだ。だからこそ、なんとか規制したいと願うのだろう。

この法律が成立すれば、あらゆる人間の基本的自由である「情報収集」、「表現の自由」、「批判の権利」が奪われるに等しい。そして「真実を知る権利」を失うことにもなる。

■魚住昭(ジャーナリスト)
各分野の提携を

改めて言うまでもないことだろうが、今の日本は「鵺(ぬえ)のような全体主義」(辺見庸氏の言葉)に覆われようとしている。私は最近、司法の取材をしていて、それを痛感させられた。何とかしなくちゃ、この国の自由は窒息させられてしまう。
そう思うのだが、有効な手段がなかなか見つからない。何しろ撃つべき相手が「鵺」のようでとらえどころがないためだ。この際、いろんな分野の人が連携し「鵺」の正体について話し合ったり、情報交換したりしたらどうだろうか。メディアだけでなく司法や政治、教育、文化、各種の労働現場……。
実は知り合いの弁護士やライター仲間とそんなゆるやかな絆の抵抗運動の話を少しずつ進めている。主な通信手段はインターネットである。たぶん今回の「言論封殺法案」に象徴されるファシズムの潮流に危機感を持っている人は相当たくさんいるはずだ。案外大きな力になるのではないか。

■大谷昭宏(ジャーナリスト)
社会部記者時代、あちこちの国々に取材に入った。そんな中、一部の共産圏の国々、極端な独裁国家、軍事政権下の国では必ず現地の特派員から「本社に電話送稿はまず盗聴されていると思って下さい。それから、許可のない取材をした場合は拘束されたり、取材メモやフィルムの提出を求められることがあります」と、定番のように注意を受けたものである。

その後、私たちが訪れた国々では、日本のような自由さと、民主主義を求めて、どれほどの人々の血が流れ、命が奪われたことか。

なのにいま、なぜ、私たちはそんな不自由な国に逆戻りする道を選ぶのか。なにゆえに、子供たちに、孫にそんな息苦しい社会を残すのか。いま、この先、子供たちに誇れる国を残せるのか否か、そのことが問われている。

■岡本 厚(岩波書店編集者)
雑誌・出版ジャーナリズムの言論が封じられたら、新聞・放送ジャーナリズムが自由であり得る筈がありません。言論全体が封じられ、弱められ、歪められたら、この社会全体が自由であり得る筈がありません。私たちが守りたいのは多様性であり、公権力批判の自由です。公権力に対する批判は、ときに苛烈で“やり過ぎる”くらいでなければ、未来の社会を生み出す新しい力を育てられません。その意味で、私たちは弱すぎました。それぞれがより自由に、より闊達に、よりバラバラに、“一致団結”せず、しかしこの社会全体の自由を守るために、声を上げ、手をとりあって、協力していきたいと思います。

■乙骨正生(ジャーナリスト)
ドイツのプロテスタント牧師、マルティン・ニーメラーの詩に次のようなものがあります。

ナチスがコミュニストを弾圧した時 私は不安に駆られた
が、自分はコミュニストではなかったので 何の行動も起こさなかった
その次、ナチスはソーシャリストを弾圧した 私はさらに不安を感じたが
自分はソーシャリストではないので 何の抗議もしなかった
それからナチスは学生、新聞人、ユダヤ人と 順次弾圧の輪を広げていき
そのたびに私の不安は増大した が、それでも私は行動に出なかった
ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた そして私は牧師だった
だから行動に立ち上がった が、その時はすべてが あまりに遅過ぎた

独善的で排他的な体質を持つ特定の宗教団体が政治権力と結び付き、批判者、対立者を激しく攻撃している今日の日本。私は、個人情報保護基本法案の提出を受けて、いま、この詩を噛みしめています。

■桂 敬一(東京情報大学総合情報学部・教授)
多くの市民的な先進国と同様、日本でも市民社会の発展を目指して、情報公開法、個人情報保護法、データベース規制法、政府から独立した人権救済機関、性・暴力等の表現に関する倫理維持システムを、国民的合意のうえに急いで確立していく必要がある。それらは本来、行政に授権するのではなく責務を負わせる法制度として、あるいは市民の自律的な運営に委ねられる社会的規制システムとして、実現されるべきものである。ところが、いま日本では、これらの法制度や規制の仕組みが、名前こそ先進国のそれらと同じ表現をとるものの、実質は、学者の無節操、マスコミの不勉強、国民の市民性の欠如に乗じた狡猾な行政によって、政府の権限の無際限な肥大化を許す法制度として、なにごとも政府の有権解釈に委ねられる国家規制システム―「良民」をお上にすがらせるシステムとして、実現されようとしている。このままの事態の進行を許すことは、日本国民の名折れであり、恥辱である。私たちはとりあえず、政府が実現を画策する個人情報保護法なるものをうち砕き、その勢いをもって、情報公開法の大改革、真の人権救済機関や自律的メディア倫理制度の確立、さらには「電子政府」政策に対応した、情報・コミュニケーションの市民的な自由と安全を確保する法制度の構築へと、前進していく必要がある。

■北之口太(ノンフィクション作家)
国益より表現の自由が優先することは、先の戦争のときに大本営発表をオウムがえしに報道し続けた新聞・ラジオの失敗が教えてくれていると思っていました。敵国だったイギリスのBBCラジオは、作家ジョージ・オーウェルの働きもあってドイツ兵も信頼を置く「事実報道」を続けたようです。

今日、大本営発表システムは記者クラブが受け継いでいます。このことは、「人間回復」を果たしたとされるハンセン病元患者らに関する報道を約半世紀にわたり怠った官庁情報利権に寄生する大マスコミの姿勢にみることができるでしょう。今回の法案は、このシステムを市井の表現者にまで及ばせようとするものと、私は捉えています。

とすれば、法案成立後は90年に死亡したハンセン病朝鮮人歌人の川田順(兪順凡[ユスンボム])の『狂いたる磁石盤』のような本は、検閲なしには編むことができなくなるのだろうか、と心配しているところです。

■國貞陽一(マガジンハウス編集者)
個人情報保護法が編集現場にもたらすものとして危惧するのは、編集者とフリーランスライターの一体感が損なわれるという点である。例えば、私が「小泉純一郎の街の噂を追え!」とライターに指示しても、そんな危ない橋は渡りたくないだろう。誰だって懲役6カ月、罰金30万円なんかになりたくない。で、自主規制ムードが高まるなか、万が一迂闊なライターがパクられようものなら編集者は怨まれるだろうな。お前のせいでこうなった、と。で、この法案ではフリーランスはパクられるが、編集担当はパクられない。編集長も安全。危ないのは社長とフリーだけだ。

かくして、活気ある編集部は疑心暗鬼の集団と化し、逮捕者の出た現場は恨み節が流れる。取材者と取材対象者の信頼関係だって失われる。「お前は俺のプライバシーを暴こうとしているだろう!」という過剰反応も予測される。つまり、編集現場の人間関係がバラバラとなり、出版界に暗黒時代が到来する! 

■小林道雄(ノンフィクション作家)
私はこれまで、警察の腐敗や司法(裁判)のおかしさなど、権力が内包している歪みを市民生活への危険性として指摘する仕事を多くしてきました。この場合、警察や裁判所という権力機関の実態は秘密保持の壁にさえぎられて、直接取材しても得るところはありません。そこで、たとえば警察の不祥事が何によるかを明らかにするためには、警察内部の人たちからの匿名を条件とした証言が欠かせません。それは、政治家や官僚の不正や汚職を暴く場合も同じです。しかし、もし「個人情報保護法案」が成立したとしたら、このような仕事は取材源を明かすわけにはいかないという意味で、ほぼ確実にできなくなります。

この法案の狙いが何かは、適用外の対象に出版やフリーのライターが含まれていないことで明らかです。そうなれば、市民の「知る権利」は大幅に狭められ、権力側の腐敗は深まるばかりです。その点を、どうかよくお考えいただきたいと切にお願いする次第です。

■小板橋二郎(フリーライター)
羊頭狗肉の「情報統制法」

『個人情報保護法』とはよくいうぜ。
これだと善意の人々はIT化で続出する情報被害から自分を守ってくれる法律だと思いこむ(だから実体に気づかず安心してる)。
ところが、それがワナであることは条文を読めば一目瞭然だ(そこで気づいた者たちが慌てて反対運動に参加しはじめた)。
これは国家による情報統制法である。
保護の対象は、政治家など権力者だ。
法案が通れば、彼らの経歴取材も、データを網羅しての批判さえ困難になる。
それが目的だから、法案作成者は巾着切りのように早業で国会通過を目論んでいる。
しかも、言論・報道界からの反対を予期して、権力にとって安心な記者クラブ付報道機関だけ官許機関として法の一部を適用除外にする念の入りようだ。狡猾周到なのだ。
「言いたいことが言えなくなる社会に反対」
一匹狼の作家、ジャーナリストがめずらしく団結して反対に立ち上がった所以である。

■最相葉月(作家)
法案の目的には「高度情報通信社会の進展に伴い個人情報の利用が著しく拡大していることにかんがみ」、個人情報を適切に取り扱い、個人の権利を保護するためだとある。もっともである。ここ数年の電子商取引における個人情報の漏洩・濫用は多分に問題を引き起こしてきた。また、ヒトゲノムが解読されたことによって、個人だけではなくその血縁にも影響を及ぼす究極のプライバシーともいえる遺伝情報が医療現場で有用な価値をもつ時代に もなり、私は主にその角度から法案を見守っていた。個人情報が濫用された場合の被害は甚大であり、それを防ぐためには厳格な規制が必要なのは確かなのだ。

ところが、蓋をあけてみると、いつのまにか言論封殺の手段にもなりかねない悪法へと変貌している。目的と結果がこれほど乖離した法案があるだろうか。まずこのねじれの背景を明らかにすべきだ。憲法二十一条で保障された「表現の自由」の深刻な危機である。

■齋藤貴男(ジャーナリスト)
この法案の内容が審(つまび)らかになってからというもの、ふと立ちつくしてしまうことが幾度もあった。仕事をしている時。家族や友人と談笑している時。こんな自由な時間は、もう永遠に失われるのではないかという恐怖に囚われるのである。

だってそうだろう。要するに、権力に刃向かうジャーナリストは投獄するという法案なのだ。成立して施行されれば、政治家や官僚、大企業の経営者らに関する取材は大幅に制約される。メディアはやがて、一切の抵抗も諦めるようになっていく。

チェック機能が封殺されれば、権力は暴走する。この国に住む人々は、彼らに奉仕するためだけに生存を許される生き物に貶(おとし)められよう。国民総背番号化への計画や盗聴法など、ハイテク監視技術が伴う分だけ、戦前の治安維持法の下でよりも、表現や言論への介入が強まる危険なしとしない。

絶対に潰さなければならない。

■佐高 信(評論家)
権力者スキャンダル保護法をつぶせ

書かれたくなかったら、書かれるようなことはしなければいいのだ。森喜朗の買春疑惑、KSD事件、そして、則定スキャンダルと並べれば、暴かれるべくして暴かれたものばかりである。それに個人情報保護法はフタをしようとしている。個人情報保護などと言っているが、中身は権力者スキャンダル保護なのだ。盗聴法についても、法務省は通信傍受法と書けと言った。新聞などはすぐにそれに従ったが、やはり、盗聴法と書きつづけるべきだったのである。今度も私たちははっきりと言おう。個人情報保護法ならぬ権力者スキャンダル保護法をつぶせ、と。

■坂本 衛(ジャーナリスト/GALAC編集長)
最大規模の個人情報を独占的に持ち、その流出がもっとも懸念される組織とは、ほかならぬ国――日本国政府だ。ついで自治体(の全体)、さらに民間情報関連企業という順序であって、国の持つ個人情報の取り扱いの規制が緊急の課題である。これをスッ飛ばし、民間の個人情報だけを規制しようとする今回の法案は、そもそも話の前提が狂っている。政官優位・民間蔑視の時代錯誤の法案だ。

内閣官房は盛んに「立法意図」なる言葉を使い、立法に際してメディア規制の意図はないと主張する。だが、それをいうなら、日本国憲法の立法意図に「軍隊を持つ」意図はなく、実際しばらく持たなかった。それでも、憲法を変えずに世界有数の軍隊を持つことができたのだ。同じように、現行の法案が通れば、立法時の意図の有無にかかわらず、メディア規制はできる。そんな危ない法律をメディアは断じて黙認すべきでない。私は今回の個人情報保護法案に断固として反対する。

■佐野眞一(ノンフィクション作家)
「個人情報保護法」の“適用除外項目”にフリージャーナリストや雑誌を加えろという運動は、国家に土下座して「鑑札」を貰うに等しい奴隷行為なのでこれには組しない。私は次の三つの理由から「個人情報保護法」の廃案を求める。杜撰で悪辣で時代に逆行する法案の成立は、言論の危機にとどまらず、日本と日本人が国際的笑い物になることに等しい。

1.個人の言論を最も多く管理しているのは、いうまでもなく国家や行政機関である。これらに対する当然の開示請求権が明示されておらず、むしろ免責されている。

2.情報取り扱い業者についての明確な規程がなされていない。本格的なIT時代を迎え、この法案が一番の問題とする「情報取り扱い業者」になる可能性が誰にもある。

3.俗耳に入りやすい「報道被害」の問題を故意にないまぜにして、明らかにメディア規制を図ろうとしている。これは砂糖をまぶした巧妙な言論封殺法である。

■鈴木智之(講談社編集者)
近代民主主義の根本を平気で侵す平成ニッポンの政治家や官僚には、中学校や高校の教科書を読み直してもらいたいと思っている。が、自公保連立与党がどうしてもこの法案を成立させようというのなら、少なくとも次のような条項を付け加えていただきたい。

法案の第二条〈定義〉には、「この法律において『個人情報』とは、生存する個人に関する情報であって……」とあるが、ここに、「ただし、すべての公務員、および公務員・公職経験者はこれを除外する」なんていう文言を入れるのである。公共事業など政府や自治体関連で商売をしている事業者の代表を含めてもよい。すなわち、政治家、高級官僚をはじめ、国民の税金で禄を食んでいる者は個人情報保護の対象とはしない、むしろ個人情報を積極的に開示しますよ、と宣言するのである。もちろん罰則付き。

「公僕」として、こうした覚悟とモラルがあるのならば、あるいは納得できる国民が出てくるかもしれない。

■鈴木 哲(講談社編集者)
プライバシー保護の美名の下で、表現の自由が侵されようとしています。法案では、「報道目的の除外」をおためごかしに謳っていますが、何が「報道」で、何が「報道」ではないのか。「報道機関」の範囲を、なぜ、放送機関、新聞社、通信社などと限定するのか――誰も説明できない。

それはこの法案が、法律を運用する側が、いつでも、自分にとって都合の良い解釈をするためのものだからです。恣意的に、自分たちにとって都合の悪い報道を規制するための法律だからです。

規制の網は、まずフリージャーナリスト個人の活動からかけられ始めます。そして週刊誌、出版社へ。やがては新聞、放送へと広がっていく。権力の常套手段。こんなことは、歴史が証明しているじゃないですか。

かつての道が見えてきました。
絶対反対、です。

■芹沢俊介(評論家)
個人情報保護法案に反対する

「個人情報保護法案」のようなものが出されることに気持ちの悪さを感じます。そしてこういう法案が提出される背景に何があるのかが気になります。私には強い被害者意識があるように思えます。それを実感したのが先頃の少年法「改正」問題においてです。「改正」する根拠が薄弱であるのに、九〇%の「改正」賛成の世論があった。国家はこの草の根まで浸透した被害者意識を背に強引に「改正」にもっていったのです。被害者意識の意味するのは、民主主義社会に不可避的に存在するリスクを引き受けたくないという責任回避の姿勢であり、国家が自分を守ってくれることへの期待です。しかもマスメディアは被害者意識が草の根まで浸透するのを煽ったのです。このたびの「個人情報保護法案」に関して私は一個の書き手として反対します。それと同時に、草の根の被害者意 識を背にして行うマスコミの「正義」の論調にも警戒感をゆるめていません。

■田島泰彦(上智大学教授)
こんな悪法を作らせてはならない!

今回の法案はいんちきな代物以外の何ものでもない。私たちに関する膨大な個人情報を扱っている肝心な権力に対して規制を加えず、逆に規制を加えてはならない自由であるべき表現活動やメディアに広く厳しい網をかけ、官の監督下に置こうとしているからだ。
義務規定の除外が認められて満足しているメディア関係者たちも少なくない。しかし、免除されるのは「報道機関」が「報道の用に供する目的」で取り扱う個人情報だけで、これ以外の広範な情報について主務大臣の命令や罰則に裏打ちされた厳格な規制にメディアは服することになる。それに、本人情報の開示や訂正、適正な取得などを内容とする基本原則はジャーナリスト、メディアはもちろん、すべての市民に適用される。取材現場に萎縮をもたらし、悪い権力者たちに格好の武器を与えることは必定である。
「自分たちも免除の仲間に入れろ」などと権力におこぼれを求めるのは止めて、こんな悪法を断じてつくらせないために全力を注ぐことが求められていると思う。

■田島マナオ(フリーライター)
「ねぇねぇ奥様知ってらっしゃる、田中さん家の昨日の夕食、豚肉のショウガ焼きだったんですってよ。目白の大丸で100g300円の豚のロース……」。「あら、奥様、そんなこと言ったら個人情報規制法にひっかかちゃうんじゃございませんこと?」

100g300円の豚肉程度の奥様達の噂話なら別に知りたくもないけど、これが、公費や不正献金での購入だったら訳が違うでしょうよ。個人の情報の保護ってのは悪いことじゃないさ。プライバシーは大切だしね。でもさ、だからって何でもカンでも法規制するってのはどーよ?! それって『知る権利』の剥奪じゃん。『報道の自由』はどこいっちゃうわけよ?! そんなこと国がしちゃっていいわけ? この『個人情報保護法』ができちゃったら、ある意味悪いこともし放題だよね。「みんなにわかんなきゃ、いいじゃん」じゃないの? そんなのダメに決まってるじゃんよ。ねぇねぇ先生さん達さ、そんなことぐらいわかんないの?!

■竹内明彦(小学館編集者)
「個人情報保護法案に反対します」

政治家にぶら下がり取材して無意味な質問を投げかけるメディア、犯罪被害者やその家族の気持ちをかえりみずに取材合戦に奔走するメディア、あたかも自分たちが正義の代理人であるがごとき不遜な言動を吐く傲慢なメディア、権力者をチェックすると称して権力を振るうメディア、今批判にさらされる一員として国民の視線を痛切に感じます。私たちは正義を行っているのではない。ただこうして走り回っていることで社会のバランスを保ち、結果として、隠れて社会に害を成そうとしている者を牽制しています。すべての情報を開示していこうとする者がいることは、社会が健全な形でいるために必要不可欠な存在だとおもいます。だから個人情報保護法案に反対します。

■武田 徹(ジャーナリスト・評論家)
あらかじめ悪かったものが更に悪い方向に変わる――、そう感じる。個人情報漏洩で社会に被害を与える可能性が最も高いのは警察や自治体だ。が、法案はそれらを相手取らずむしろ報道を縛ろうとした。それでは権力に対する報道のチェック能力が殺がれ、警察や自治体が個人情報を流用・漏洩する動きに歯止めが効かなくなる。しかも報道の中でも新聞・放送をさっさと適用外にした。記者クラブや許認可権で制御できる報道機関のみ取材を認めるのは、報道が権力にすり寄る悪しき構図を今以上に強める結果にもなろう。

しかし出版社やライター主導の現状の法案反対運動には違和感を感じないでもない。出版系ジャーナリズムやフリーの仕事にも、いかなる社会性を持たない、単なる暴露趣味の報道が含まれていた。ただしこれも、振り返って自らの姿勢を正すことなく反対行動に走らせるほど、今回の法案に対する深い危機感があったということだろう。

http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2001_05_30/coment.html



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