投稿者 SP' 日時 2001 年 7 月 07 日 03:12:48:
回答先: A Mystery of UFO Secrecy & Invasion 投稿者 SP' 日時 2001 年 2 月 08 日 11:10:52:
『アウトゼア』(ハワード・ブラム著、南山宏訳、読売新聞社)第一章。
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宇宙には人工の物体が七千八十七個ある。その内訳は次の通りだ。直径八分の一インチのネジくぎ十本、これは一九八四年に任務飛行中のシャトルから廃棄されたもの。防寒手袋の片割れ、一九六五年にジェミニ四号から浮遊してしまったもの。ネジ回し一本、ソビエトのミール宇宙ステーション上で宇宙遊泳していた飛行士がうっかり落としてしまったもの。それから人工衛星が数千個。現役として地上のステーションと交信しているものもあるし、もはや過去の遺物、無用な二十世紀の骨董品となってしまったものもある。これらがみんな、何代にもわたってガシャガシャいいながら宇宙空間を暴走し続けるのだ。地球上空のこのてんてこ舞いの交通状況は、コロラド・スプリングズにほど近い、雪をかぶったシャイアン・マウンテンの内部に隠された合衆国宇宙司令部の宇宙監視センターによって常時監視されている。そして、その地下二分の一マイルにあるボックス・ナインと呼ばれる小さな地下室で、クリスマスを数週間後にひかえた凍てつくような一九八六年十二月のある夕刻、《UFO調査班》が組織される糸口となった最初の出来事が、徐々に始まりかけていた。というのは、この窓のない部屋にあるコンピューターの画面上で、宇宙における七千八十八番目の物体が発見されたからである。
合衆国宇宙監視センターで班長を勤めるシーラ・モンドラン海軍中佐は、勤務時間に遅れていた。その日の午後をコロラド・スプリングズでクリスマス用の買い物をして過ごし、うれしいことにはリストのずいぶん下まで済ませることができた。ふと気がつくと、どんよりしたねずみ色の雪雲が動いてくるところだった。時間も五時をまわっていたので、中佐はあまり迷うことなく、ショッピングセンターから急いで帰ったほうがよいと判断した。勤務表では午後六時から午前二時までの第二シフトに組まれていたし、山へ向かう帰りの道路は、雪が積もりだして少し運転しにくくなるかもしれない。
雪は予想以上に深かった。車はぬれた雪の上を横滑りし続けた。嵐が休みなく吹きつのり続け、一面の白の上にさらに白いものが吹きなぐる。ワイパーなどものの役にも立たなかった。右も左も見えない。シャイアン・マウンテンですら嵐に威圧されているようだった。いつもはのしかからんばかりのその頂が、今は小さくかすんだ存在にすぎなかった。
しかし、宇宙監視センターが近づき、中央ゲートの警備員に中佐の袖章を見せるために横の窓ガラスを巻きおろす距離まで来ると、彼女は突然、山がこの雪の夜に息をのむほど美しく変容しているのに気づいた。“水晶宮殿”とは、地下の司令部に備えつけられているという現実や空想上の“スタートレック”ふう小道具の噂に少々幻惑されて、地元の人々が冗談半分にこの施設につけたあだ名だった。しかし、中佐は初めてそのジョークを何よりもふさわしいと思った。
スポットライトを当てられたシャイアン・マウンテンは、この汚れなく優美な雪の粒子をまとってきらきらと輝くようだった。ただ、今が六時十五分でさえなかったら。
中佐は車を止めるなり、靴がスノーブーツでなかったのを悔やみながら、軍の往復運行バスへ足を急がせた。ドアからいちばん近い席に座ると、バスはごろごろと二車線道路を走りだした。車内は真っ暗だったが、スポットライトは山を照らし続けている。まるで映画の初日最大のアトラクションででもあるかのように。腕時計を確かめなおしたって無意味だわ。どうか何も起きていませんように。天候に怖じけづいた運転手は、相変わらず怒ったナメクジのスピードを守っている。やっとバスが司令所の入り口に着き、灰色の金属製両開き扉が開き始めた。これもまた無限の時間がかかるように思われた。扉は電柱四、五本を重ねたほどの厚みがあり、動きが緩慢だったのだ。ついにバスは、山の堅固な中心部へと乗り入れた。中佐はリアウインドーから巨大な扉が、あたかも外界そのもののように、じわじわと閉ざされていくのを眺めた。ずん、と音をとどろかせて、扉は隙間なく閉じた。彼女はこの山の中に閉じこめられてしまったのだ。
そこは蛍光灯の影に彩られた洞窟だった。不自然にぎらつく光線が二十四時間ぶっ通しで照りつけ、この人工的な世界をつねに白昼に保とうとがんばっていた。光線は磨きあげられたスチールのドアや壁に当たって跳ねかえり、少なくとも中佐には、焼き焦がすように思えた。この洞窟に入ったら誰でもたちまち焼き印を押されてしまう。肌の色が、隠そうとしても隠し切れない濁った青白みを帯びてしまうのだ。
さらにまた、と中佐はこれに関してもやはり確信を持っているのだが、どぎつい光線と人為的空気で作られたこの人造の気候に繰り返しさらされるために、精神に変調をきたすという結果が生じているのだ(熱帯雨林気候と北極圏ツンドラ気候、この二つの環境しか存在しないようなものなのである)。“洞窟”内を一巡すると、人はもう無関心でものうげな状態になる。“無気力感”というのが、彼女が能率報告書の記入時に使うようになった言葉である。
しかし、その晩のモンドラン中佐は、何が原因であれ監視センターを侵しつつあるらしい “洞窟熱”の暗い影など気にかけなかった。ぴかぴかのスチール製エレベーターに乗って第三レベルまで二千五百フィート近くも降りていきながら、中佐は自分に言い聞かせ始めていた。気をもむ必要なんかなかったのだわ。彼女が遅刻したにもかかわらず、クリスタル・パレス内の生活は彼女なしでいつものスローモーションもどきの進行を続けていた。彼女の不在が残念がられることさえなかった。
この認識がいっそう強まったのは、ボックス・ナインに出頭したときである。班の六人の軌道分析員は、すでに各自のコンピューター・スクリーンに向かって座を占めていた。誰ひとりとして彼女が入ってきたのに気づかなかった。少なくとも、それらの“スイッチ調整屋”たちはひと言も言葉を発しなかった。それどころか、彼らの顔は真ん前のコンピューターのディスプレー画面をにらんだままだった。それぞれの操作台には、目にしみるような鮮やかな緑色で地図が浮き出ている。この地勢の上に、宇宙はるかな物体の地上経路が弓なりに描かれるのである。コンピューターのボタンをポンと押すだけで、特定の物体、あるいは地球上の特定の地域を分離して見ることができるのだ。ひどく単調な仕事だった。交代制の八時間は永遠に終わりが来ないように思えた。
窓のないボックス・ナインに入って数分もたたないうちに、中佐は倦怠感に打ちひしがれた。班長のデスクに向かって腰をおろし、引き継ぎ前の班を監督していた空軍少佐がとじ込んだ状況報告書に目を通そうとした。報告書は三ページあった。すべて“極秘”扱いとされ、どれも午前十時から午後六時の間には大気圏外空間に異常事態はいっさい発生しなかったと確言してあった。やっと二ページ目まで読み進んだところで、どうにもコーヒーが飲みたくてたまらなくなった。
濃いコーヒーが効いた。贈り物用に包装をし
て車のトランクの中に置いてあるプレゼントのことを中佐が考えていると……。
「あのう、中佐殿」まだるっこしい口調で口を開いたのは、隅の操作台に向かっていた航空兵だった。
「すみませんがここまで来て、ちょっとこれを見てもらえませんか」その声は落ち着いていた。何ごとなのか全く見当もつかなかった。中佐はカップを置くと、部屋を横切った。
その夜の、そしてさらに言えばその翌日の状況は、シーラ・モンドラン海軍中佐がこれまでの合衆国宇宙監視センター奉職中に体験したいかなる状況とも、大いに様相を異にしていたのである。
遅刻した中佐が、気をもみながらボックス・ナインに降りて行こうとしていたちょうどそのころ、千マイル近く南方のテキサス州レイク・キカプーの上空で、フェンスをトリップするものがあった。“フェンス”とは、ボックス・ナインのスイッチ調整屋たちが《合衆国海軍宇宙監視システム》につけた呼び名である。ジョージア州からカリフォルニア州まで三千マイルにわたって合衆国南部を横切り、さらにその両岸からそれぞれ千マイル沖にまで延びるこの“フェンス”は、宇宙空間へ向かって一万五千マイル近くにも達する事実上の人工エネルギー場なのである。テキサス州南部の田舎町レイク・キカプーに設置してあるような送信機群が、絶えず扇型の放射性エネルギー波を放出している。どんな物体でもこの電波を通過すれば、“フェンス”はトリップされるのだ。
レイク・キカプーの送信機が正体不明の物体を探知したあとの最初の三十分間は、演習通りの手順を踏めばよかった。ミシシッピ州シルヴァー・レイクからジョージア州ホーキンズヴィルにかけての南部一帯に散在している受信ステーションは、その物体を“ロックイン”して自動追尾し始めた。数秒もかからずに、不明物体の速度と大きさを確定する計算が行われた。その情報がバージニア州ダルグレンにある監視システムの本部に伝送される。それらの信号はIBM一八〇〇型高速コンピューターで処理され、物体の正確な位置および予想地上経路が確定する。この処理が完了するやいなや、シャイアン・マウンテンの合衆国宇宙監視センターに情報が転送されたのである。
その段階でボックス・ナインのチームが引き継いだ。四十分以内には──これは“特別緊急トラフィック”ではなかった。つまり、アメリカ南部を西から東に移動中のこの未知の物体が何らかの懸念のもとになる、と信じる理由は皆無だった──十分な情報が収集され、数学的に表されたこの物体の軌道要素が監視センターのコンピューターにインプットされた。この計算値には、その物体が地球を完全に一周するのに要する時間、赤道に対する傾斜角、近地点つまり地球に最も近づく位置、軌道上の最高位置である遠地点、が含まれていた(チームの一員はのちに「この時点では、いわば封筒の裏側ばかり見ているわけです」と説明してくれた)。これで予備的なモデルが鮮明な緑色の線でコンピューター画面上の地図に描かれ、スイッチ調整屋たちは次の質問に立ち向かうことができるのだ──空の向こうに何がいるのか?
通常なら、ここが演習中でいちばん簡単な部分だ。地球の真上の空間にはさほどたくさんの秘密は存在しない。分析スタッフがほんの少々頭を悩ませれば、次の四つの部類のいずれかに当てはまるのである。すなわち、宇宙空間にある七千八十七個の物体としてすでに登録済みのもの。新しい観測任務のため、などの理由で軌道特性が突然変化した人工衛星。大気圏に再突入してきた崩壊中の物体(この場合はTIP班──追跡・衝突予測班──がその任に当たる)。さもなければ、登録番号をつける必要のある新たに打ち上げられた物体(ただしそのような場合は、事前にボックス・ナイン・チームに連絡がある。常時おびただしい数の電子監視センサーによる見張りが行われているので、どの国も何かをこっそり宇宙に持ち出したりはできないのである)。
しかし、この十二月の夕刻、ボックス・ナインの軌道分析員たちははたと頭を抱えた。たんに、最初レイク・キカプーの送信機に探知されたこの不明物体が、通常の四部類のどれにも該当しないというばかりではなく、その軌道特性に関して問題があったのである──既知の運行パターンのどれにも似ていないのだ。軍事上の観点からすれば、“鳥”がこの物体のような飛び方をする理由は全くなかった。
モンドラン中佐は立ったまま航空兵の肩ごしに見ていたが、目の前のコンピューター画面の映像は意味を成さないように思えた。画面上では、組になった鮮やかな緑色の航跡表示図が次々と移り変わっていた。最初、宙返りと逆戻り飛行特有のだらけた二重らせんのような図形が表れ、次に、急降下に続いてふいに度肝を抜くようなスピードで急上昇したことを示すスパイク型の線がいくつか並んだ。その物体は一連の複雑な機動飛行と急速な傾斜角変更をやってのけているのだが、その速度と高度たるや……とても現実とは思えなかったのだ。
だが、モンドラン中佐はこの結論を退けようとした。
「ELINT(電子偵察衛星)かしら?」彼女は航空兵に水を向けた。相手はうやうやしくこの可能性を考えた。一九八四年、ソ連は巨大電子偵察衛星コスモス一六〇三を打ち上げた。この衛星を追尾するために、シャイアン・マウンテンは数日の間てんやわんやの騒ぎになったのだが、そのときの軌道パターンも意味を成さないように思われたものだ。
「かもしれません」航空兵はしばらく熟考したのちにそう言った。
「あるいは、ASAT(対衛星攻撃兵器)かも?」と、助け舟を出す。中佐はこの考えが気に入った。ソ連がついに効果的な対衛星兵器を開発したという噂があったが、ひょっとするとこの独特の飛行パターンを示す物体は、熱線検知追尾装置やレーザージャイロ式誘導装置を備えた新兵器なのかもしれない。
「かもしれません」航空兵は抑揚のない調子で繰り返した。
煮え切らない態度に中佐はかっとなった。「それでは」と、中佐は少しばかり攻撃的な口調で迫った。「あなたは何だと考えているの?」
「ぼくは考えなくてもいいんです。下士官兵にすぎませんから」
「航空兵」すごみのきいた声だった。
「そうですね」相手はついに譲歩した。「ここだけの話ですが、どうも上のほうでおもしろ半分に乗り回しているやつがいるようですね」
ここでモンドラン中佐は自分のデスクに戻ると、緊急用電話を取った。
「こちらは宇宙監視センター。NORAD(北米航空宇宙防衛司令部)総司令官にフラッシュ・アラート(特別緊急警報)を報告します」
それはきわめて奇妙な警報だった。シーラ・モンドランは当番中にこれまで二度のフラッシュ状況を経験していたが、二度とも予断を許さぬ緊迫した時間を味わった。いよいよ第三次世界大戦だという身の引
き締まるような恐怖が激しく、絶え間なく続いたものだ。だがその晩、ボックス・ナインに中佐クラスの士官やほかの分析スタッフたちが詰めかけ始めたころには、部屋の空気は(中佐の見たところ)恐怖というより、むしろ当惑だった。言うなれば紛糾と謎の一夜だったのである。機動飛行や傾斜角度の変化が新たに画面に示されるたびに、困惑が広がった。軍事用宇宙船なら、こんなに行き当たりばったりの飛行パターンで飛びはしない──軍事用であろうとなかろうと、宇宙船ならだ! しかし、そのことをあえて口にする者は一人としていなかった。何ごとが進行しているのだろうか?
と、ふいに物体は、合衆国南部の上空に出現したときと同様、唐突に姿を消した。「いなくなった」「見つからないぞ」スイッチ調整屋たちの叫び声が次々に部屋のあちこちからあがった。予想外の成り行きに、彼らの声はすっかりうわずっていた。まるで早口の甲高いコーラスのようだった。
“行動開始指令”がシャイアン・マウンテンから送信された。全宇宙探知追尾システムに、当該物体の予測飛行パターンを自動追尾するようにとの命令が出された。これはレーダー、望遠鏡、カメラ、無線受信機による世界的な組織網である。
同時に、NORAD総司令官は“ティール・アンバー捜査”というのを発令した。つまり、フロリダ州マラバーにあるコンピューターで連結された望遠鏡網が、合衆国南東部上空の夜空を、地球の自転に正確に逆行する速度で監視し始めたのである。この技術が考案された目的は、恒星天を結果として固定させ、それを背景に横切っていく物体を目立たせることにある。リアルタイムの画像がシャイアン・マウンテンの宇宙監視センターに中継された。解像度はすばらしいものだ。この高性能望遠鏡はバスケットボール大の物体を二万二千三百マイル離れたところから見分けられるのだった。とはいえ、それを探すのは非常な手間と時間を要する作業である。
数時間が経過した。ボックス・ナインは、問題の成分の急速な変化にあぜんとしているように、ひっそりと静まり返った。壁際ではコンピューターの表示画面が光を放ちながらずらりと並び、夜がゆっくりと明けて朝になるまで、室内の人々の注意はその装置類にくぎ付けにされているようだった。あの物体はまた現れるだろう、そして、目前にあるものは合理的な現象なのだということが判明するだろうと。
宇宙探知追尾システムは何一つ発見できなかった。ティール・アンバー捜査でも何も発見できなかった。こうして、正午になるころには──モンドラン中佐は十八時間休みなしで任にあたっていたが──例の物体が実在していたことを立証する唯一の具体的証拠は、昨夜スイッチ調整屋たちが作ったハードコピーのプリントアウトだけになってしまった。警戒体制は依然として敷かれていたが、今では調査はたんに理論のための行為にすぎなかった。さまざまな推測のうちでも受けがよかったのは、あの物体はレーダー基地探索機ではないか、という意見だった。つまり、南部の航空防衛システムを探り、混乱させるために軌道上のソ連のコスモス衛星から特別に投下された、固形燃料使用・発動機付きの自動誘導航空機だ、と。しかし、クリスタル・パレスで最も好評を博したのは、モンドラン中佐が最初の段階で提案した考えの一つで、あの未確認飛行物体はソ連のASAT(対衛星攻撃兵器)の兵器実験だったのであり、戦闘機から発射されて西から東へと上昇するロケットだったのではないか、という説である。
しかし、どちらの仮説もそこで行き止まりだった。答えられない疑問がたくさんあった。どのようにしてソ連はあれほどのスピードで飛べ、あれほど正確な操縦ができ、しかもあれほどの高度まで昇れる宇宙船を設計できたのだろうか? いや、いっそう頭の痛い話になるが、ロシア人もすでにステルス技術を保有していて、それであの航空機が世界中に張りめぐらされた宇宙偵察システムのレーダースクリーンから姿を消すことができたのでは?
警戒警報が正式に解除になったその日の午後三時をいくらか過ぎたころには、ボックス・ナインのチームは決着のつかない出来事に思いをめぐらすよりも、やっとのことで洞窟から抜け出せるほうを気にしていた。モンドラン中佐は、雪をかぶった駐車場を重い足取りで自分の車に向かって歩きながら、ボックス・ナインでのこの二十四時間のことをとつおいつ考えていたが、やがて決断した。世の中ってほんとにむちゃくちゃで、先のことなどどうなるか分かりはしないんだから、今日できることをあしたまで延ばすことはないじゃないの? 彼女は、家に着いたらすぐボーイフレンドのジムにクリスマス・プレゼントを贈ることにしたのである。
それで、モンドラン中佐がジムにようやく警戒警報の話をする余裕ができたのは、プレゼントが開けられたあと、その夜も更けてからだった。しかし、今度は再び日常の世界に身をおいていたから、中佐は消息通の距離をおいた観点から例のエピソードの顛末をもっともらしい皮肉をきかせて物語った。クリスタル・パレスでのうんざりするような事件に関する話を、いつもの調子で作り上げた。話の聞かせどころ、すなわちジムと二人でビールのグラスを掲げたくだりは、彼女にしてみれば悪気のない決めつけにすぎなかったのだが、もし軍の関係者が耳にしたら、じだんだを踏んで悔しがったに違いない──「あれだけのお金を使って、あれだけの機械を備えていながら、地球の外でいったい何が起きているのか、あの人たちにはいまだに分かっていないのよ!」
しかし、シーラ・モンドランの世界ではその夜の出来事を乾杯とともに忘れ去ることができても、ほかの場所では重大な結果を生じていた。シャイアン・マウンテンのフラッシュ・アラートが見過ごされることはないのだ。すでにNORAD総司令官からペンタゴン内の国家軍事司令センターに通知が出されていた。正体不明の幽霊物体が北米大陸の合衆国領空に侵入し、技術的に不可能と思われる機動飛行を行ったうえ、あっさりと消えてしまった、という機密扱いの報告が、統合参謀本部ならびに多数の情報機関に配布された。
この事件は、推測がらみのおおげさな表現を排した、簡潔な事実報告文となって、大統領が毎日読む概況報告書の中にも登場した。この報告書は全十ページの最高機密文書で、ロナルド・レーガン大統領が毎日朝のコーヒーを飲みながら目を通す習慣だった。そしてこの一文が、空軍情報部が目撃者たちから伝えられた話によれば、大統領の注目を引いたのだ。レーガン大統領はページから目を上げると、まじめそのものの顔で、自分も一度UFOを見たことがある、と切り出したのである。カリフォルニア州知事選のキャンペーン中で飛行機に乗っていたんだが、ふいに、目の前の窓のすぐ向こうに、空飛ぶ円盤がいたんだ。この件を徹底的に追及しよう、大統領は考え深げにそう言った。しかし、部屋中の誰もが生返事をするばかりだったので、大統領はその件を打ち切りにしたのだった。
ところが、幸運と、十分に油を差されてよどみなく回転する役所仕事の歯車の
おかげで、当の正体不明の幽霊物体に関する報告は、ペンタゴンのEリングにある国防情報局(DIA)管理作戦理事会のオフィスにも届いていた。このオフィスで、無名の一陸軍大佐が一日がかりで懸命に沈思黙考したのちに、実地に試してみれば解明できるかもしれないと決断を下した。シャイアン・マウンテンでの不思議な観察報告について考えてくれるように、“アクエリアス計画”の関係者に頼んでみよう、と。
こうして、この大佐が実際に頼んだとき、離ればなれだった鎖の輪が突然ガラガラと音を立て始めたのである。
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偶然にも、当のDIA管理作戦理事会は、やはり窓のない部屋で発生した一連の小事件が起因となって、すでに独自に“アクエリアス計画”を発足させる決定を下していた。ただし、それらの出来事が生じた場所というのは、雪を戴いてそそり立つシャイアン・マウンテンとは目と鼻の先ならぬ、数千マイルの彼方のワシントン──ホワイトハウスの真向かいに建つ装飾的なオールド・エグゼクティブ・オフィス・ビルディング三階の、鉛で裏打ちを施した会議場だった。
大統領の科学顧問ジョージ・キーワース博士専用のその“丸天井”の部屋は、一九八五年秋のその日、すでに科学技術部の職員たちで満席になっていた──“熱心な、開会式の夜の聴衆だった”と、当夜の出席者の一人は回想する──そのときスタンフォード研究所(SRI)の科学者が二人、進行の準備が整ったと宣言した。部屋の正面の小さなテーブルには、科学者が今夜の“透視被験者”とだけ身元を明かした男が一人、座を占めていた。男がにこにこと屈託なさそうな笑みを浮かべている間に、年長の、特務曹長ふうのほえ声をした、体も大きいが態度も大きいといったタイプのほうの科学者が手短な説明をした。
これから、既知の感覚器官のいずれにも知らせずに隔離しておいた情報であっても、ある種の人々にはそれを感知し、表現できる新しい知覚経路が存在することを、実地に証明いたします。この新しい経路は、どうやら“遠隔透視術”と呼ばれる現象に関連があるようです。相違点は──しかしこの点になると、この科学者自身もいくぶん不安げな口調だった。まるで当人もこの突拍子もない主張を信じるのに苦労しているかのようだったと、少なくとも聴衆の一人は思った──すなわち、普通の遠隔透視術の場合は被験者が心の目の焦点を特定の個人に合わせる必要があるのに対して、この新しい経路は、特定の緯度と経度に関する情報に焦点を合わせて用いる点であります。
科学者は続いて大きな声で言った。「お願いします、中佐。始めてください」
暗い部屋の後ろのほうから、もったいぶった声が一連の精密な地理座標を高々と読み上げた。科学者は、今度は芝居っ気たっぷりな慇懃さで被験者に向かうと、今の座標を一つ一つ声に出して繰り返していただけませんでしょうか、と頼んだ。被験者はためらうことなく指示通りに行ったが、それ自体がすでに離れ業だと思った人もいた。
ふいに、新たな指示もないのに、被験者は──一瞬のうちに──トランス状態におちいった。
数分が経過した。被験者の頭が前に垂れた。今にもテーブルにつきそうだった。静まり返った部屋に緊張がみなぎった。ようやく頭を上げると、低い声で話しだした。「見える……家だ……。大きい。これは邸宅だ……柱が……」
被験者の声がしだいに消えていくと、SRIの科学者は見たものを描いてもらえまいかと提案した。被験者はしばし遠くを見つめたと思うと、すぐに鉛筆を手にとってスケッチを始めた。素早い、滑らかなその動きは、まるでアクション・ペインティングだった。初めは幾何学的な形、おもに長方形や正方形だったが、徐々に一つの形が現れてきた。
彼がスケッチしている間中、部屋はしんと鳴りをひそめていた。物音といえば、とがった鉛筆が分厚いスケッチブックの上を目まぐるしくこする音だけだった。と、だしぬけに鉛筆を置いた。座ったまま、彼は胸の前で腕組みをしていた。見ていた一人は、じっとご褒美を待っている柔順な子供を思い浮かべた。
「もう終わりましたか?」例の特務曹長の科学者が水を向けた。
だが、返事はなく、要領を得ない様子で小さく肩をすくめるだけだったので、ついに科学者はその絵を取ると、部屋中に回覧させた。どうぞどなたもよく見てください、と言葉を添えて。
書きなぐったようなスケッチが手から手へと渡されていく間に、もう一方の、比較的若そうな顔立ちの科学者が、後方で超然と控えていた先刻の海軍士官の制服を着た男を手招きした。それはいっさい言葉を発せずに行われた。縁なし眼鏡をかけ、大学院生ふうに金髪を長く伸ばしたこちらの科学者は、まるでタクシーでも止めようとしているみたいに片手を上げただけだった。
士官が立ち上がり、部屋の正面へと歩いてきたとき、誰の目にも明らかだったのは袖についた金色の三本線の中佐の階級章と、その手首に手錠でつないである黒革のブリーフケースだった。中佐は──あとで科学技術部の職員にメリーランド州スートランドにある海軍情報部の人間だと告げるが──手早く手首からブリーフケースをはずした。催促されるまでもなく、鞄の中を探して白黒写真を一枚取り出した。それを年長の科学者に渡すと、科学者はほんのちょっと目をやっただけで、きわめて事務的にその写真を参会者に回覧した。
写真に写っている柱のある家は、さっき描かれたばかりのスケッチと同じ形をしていた。
写真の説明をお願いします、と科学者はなおも平然とした態度で淡々とうながした。中佐の説明は簡にして要を得ていた。この写真は人工衛星から写したものです。彼はここでちょっと間をおいてから、室内に盛り上がる雰囲気を測ったような完璧なタイミングで、いかにも内気そうに短い説明を補足した──「ミハイル・ゴルバチョフの田舎の別荘であります」
このとき初めて、二人の科学者の顔に感情が表れた。被験者を見守る晴れ晴れとした二人の微笑には、手塩にかけたダービー優勝候補馬を品定めする調教師の得意満面さがあった。体格のいいほうの科学者は勝利感にはちきれんばかりになって、会衆に宣告した。
「ご覧になった通り、みなさん、われわれが“スキャネート法”と呼ぶ現象によって、このように情報が伝達されるのです」
実証の次の段階(というより第二幕だね、と事務所のひょうきん者はのちに冗談を言った。というのも全体が、明らかに意図的に、かなり芝居がかっていたからだ)は、対潜水艦戦争での超能力利用の可能性を中心に構成されていた。ここでもまた、中佐は魔法使いの弟子の役を演じた。ただ今回は、むろんショーの一部でではあるが、さっきのような外野席を引き受けさせられることはなかった。彼は二人のSRI科学者の間にはさまれて、そのまま部屋の正面に立った。透視被験者は以前と同様、小テーブルに向かって腰を下ろしていた。やはりにこやかに会衆にほほ笑みかけている。来客の全員に楽しんでもらいたいと気を配るホスト役
のようだった。
実験は、中佐がブリーフケースに手を入れて今度は写真の束を取り出すと、すぐに始まった。トランプの一人遊びをしている男のように、中佐は、それを一枚ずつ被験者のすぐ前に二段に並べた。写真は六枚ほどあったようだが、プリント面が上になっており、カラーも白黒もあった。みな潜水艦の写真だった──アメリカとソ連のもので、攻撃型潜水艦級と、陸上攻撃用型MIRV(複数個別目標誘導)核弾頭を搭載した大型潜水艦との両方だった。
「この写真をよく見ていただきたいのです」と年長の科学者が被験者に言った。追いかけるように、今度は言葉の音節ごとに強調しながら、付け加えた。「注─意─深─く」
被験者は指示に従った。上の段から始めて、左から右へと視線を移した。頭を写真のほうへ一枚ごとに深々と曲げながら、念入りに眺めている。しばらくして、右手を潜水艦の艦尾に当てると、その潜水艦の輪郭を余すところなく五本の指全部でなぞりだした。手はごくゆっくりと動いた。一度に一インチの数分の一ずつ。まるでその指は、潜水艦の鋼鉄そのものの上を、硬質で冷たい感触の変化を楽しみながらはっているかのようだった。
この過程にはいくらか時間がかかったが、その間、科学者はずっと参会者に話しかけていた。その説明によれば、この実験証明を行うのは、潜水艦探知を容易にするためにスキャネート法をどのように使えばよいのかを見てもらうためだという。被験者は(その話しぶりは当の被験者があたかも別の場所にいるかのようだった。あるいはその通りだったかもしれない。写真に取り組む被験者の様子はそれほど真剣だったのだ)いま地球上を探査し、これらの潜水艦の行方を知ろうと世界の海域を捜索しているところです。“見え”たら、被験者はその位置を述べてくれるでしょう。それぞれの位置の明確な地理座標をはっきり聞かせてくれるでしょう。しかし、わが被験者の答えが正しいかどうかは、どうすれば分かるでしょうか? 科学者は早々に手の内を明かした。中佐はたまたまブリーフケースの中に、二十四時間前の各潜水艦の所在地点を記した海図をお持ちになっています。
部屋の中にはちょっとした反応が生じた。科学者は辛抱強く静まるのを待ってから、帽子の中から最後のウサギを取り出した。
「もう一つあります。この実験をもう少し面白くするために、少々制約を加えてあるのです。必ずしもこのテーブルに写真が載っている潜水艦のすべてが航海中ではないのです。建造すらされていないものが一隻。乾ドックに入っているものが一隻。では、これがわが被験者を混乱させたかどうか、見ることにしましょう」
言い終わるや、またも単刀直入に、科学者は被験者のほうに向きなおって尋ねた。
「どうでしょう、上段左端の写真の潜水艦が見えるかどうか、教えていただけますか?」
なんとも驚いたのは、その被験者がいかに自分の才能を驚くほどのものではないと確信しているように見えたか、という点でした、と後日ある証人は述懐している。この傍観者の表現を借りれば、
「今何時かと聞かれたってちっともかまいませんよ、という感じだったんです」
科学者から指令を受けると、被験者はある特定の写真にしばし焦点を当て、それから次に移る。終わると、頭を上げて心の目に映る何か秘密の場所に注意を集中する(だが、その会場内に居合わせた者なら誰にでも、彼が目を凝らしている場所が後方の壁のどこかであるのは明白だった)。視線はこの的にじっと固定されているが、やがて、やおら被験者は旅に出る。壁のいちばん上のどこかから彼の視線は動きだし、壁と床の境目あたりの別の場所へと移っていく。それにつれて、頭が、まるで《ウォールストリート・ジャーナル》の株式相場欄でも読んでいるみたいに、ひょこひょこと軽く上下に動く。おそらく地球を“スキャネート”していたのだろう。が、それに関しては何の説明もなされなかった。
被験者は写真から写真へとよどみなく目を移していった。きわめて真摯な態度で、研究課題の一つ一つをほとんどロボットさながら能率よく処理していった。最初の写真の潜水艦は合衆国海軍の攻撃型潜水艦だったが、どこにも位置を特定できなかった。それでも当人も科学者も気に病むふうはなく、観客の多くはこの時点ですでに信者だったから、これはSRIチームがカードの中に紛れ込ませておいたジョーカーの一枚だろうと考えた。やがて写真の列を追ってゆくにつれて、被験者はどんどん調子が出てきた様子だった。ある潜水艦は、彼が発表した地理座標に従えば、アイスランドの北部海岸の沖にいた。次はソ連のブーマー。ブーマー(プレイボーイ)とは核弾道ミサイルを搭載した潜水艦の通称だが、この潜水艦が位置している緯度と経度はサウスカロライナ州沿岸から程遠くない公海上を指していた。これを聞いて動揺を見せた連中もいた。しかしそんな困惑は、被験者が四番目の写真に達した際に生じた出来事の、ほんの序曲にすぎなかったのである。それは下段のいちばん左端の写真だった。
はじめ、このソ連のデルタ級潜水艦の写真は、被験者にほとんど難題を呈するようには見えなかった。お決まりの頭を振る動作に入っていき、例によって座標を大声で発表し始めた。が、その顔が突然、驚きの表情でゆがんだ。路上で、些細とはいえ予想外の厄介ごとに出くわした人の表情だった。
科学者もこれに気づき、「どうしました?」と尋ねた。
被験者は一瞬考えていた。返事を決めかねていたのだろうか? 弁解するか? 真実を言うか? 再び自制を取り戻していつもの調子に帰ったときに彼が選んだのは、座標を発表することだった。その潜水艦はメイン州とカナダのノヴァスコシア州にはさまれた海域の一部を巡航中だった。
だが、次の写真を透視し始めたとたん、彼は実験を中断してしまったのである。トランス状態が破れた。たちまち彼は立て込んだ部屋の大勢の人々の中に戻ったが、明らかに動揺していた。いや違う、と証人の一人は判定した。あの男は怯えていましたよ。
「どうしました?」
こちらもやはり不安げに、科学者が繰り返した。
被験者は今度はちょっと当惑した様子で釈明した。最後の潜水艦を探しているときに、別のものが見えたのです。座標は同じなのですが、ただ──潜水艦の上空で停止していたんです。
「航空機だったのですか?」と科学者がほのめかした。
被験者はなんとか答えを見つけようとした。が結局、肩をすくめてみせるだけに終わった。
そこで、実験をそれ自体の流れにまかせてみようと考えた科学者は、見たものを描いてくださいと被験者に頼んだ。
被験者は承知した。いったんトランス状態を回復してしまえば、描くのは速かった。やはり今度も、スケッチには幾何学的図形のような特色があった。おもに円形が多かった。が、それを素早い手さばきで修正しながら自分の見た光景に合わせていく。大きな円が狭ま
り、だ円形になった。この大きい円に重なってもう一つ別の円があり、一本の線できれいに二分されていた。
それは翼のない飛行体の絵だった。会場にいる人々の多くにとって、その絵はきわめてなじみ深かった。
「ロケットですか?」
スケッチをしげしげと眺めたあとで、科学者は探りを入れた。
被験者は肩をそびやかした。その物思いにふけっているようなしぐさは、そうかもしれないと告げているようでもあり、あるいは、ばかを言うな、とほのめかしているようでもあった。
科学者はもう一度その絵を見つめた。念には念を入れて考察した。にもかかわらず、結局は挫折して、会場のほぼ全員の心に浮かんでいる考えを口に出す以外に選択の余地はなかった。
「ふうん、そうでなければ何でしょうね? まさか空飛ぶ円盤だとおっしゃるつもりではないでしょうな」
「そうです。そのまさかですよ」
被験者は答えた。
SRIチームの科学的客観性を称賛したいのは、DIA(国防情報局)の依頼によって準備されたこのオールド・エグゼクティブ・オフィス・ビルディングでの実証実験に関する機密扱いの報告書が、じつに完璧だったことである。単なる脚注にはすぎなかったが、あるページの一番下の、正確な回答の百分率(四六パーセントだ!)をどうやって表にまとめたかを説明する注の中に、「表に記載されなかった偶発ケース」として、報告書作成者が「未確認飛行物体」と呼んでいるものについての記述があったのである。
さらにまた、この脚注に書かれていた情報がいかに空想的だったにせよ、“スキャネート法”に対する意気込みに水をささなかったDIAは称賛に値すると確信をもって主張する人々も、ワシントンの内外に大勢いた。実際、キーワース博士の副官たちが、このおふざけとは言わないまでも作為的な実証実験のあと大いなる疑念にさいなまれ続けたのに、DIAのほうはいささかもくじけなかった。丸天井の部屋での実験から六か月とたたないうちに、DIAは海軍情報部と共同スポンサーとなって(しかも大統領府の科学技術部には知らせずに)透視被験者を使って、ソ連の潜水艦を探知するために地球をスキャネートするという機密計画を発足させたのである。この計画は──示唆的な含みがあってか、あるいはコンピューターの気まぐれからか──“アクエリアス計画”と名づけられた。
その後の十四か月の期間で、アクエリアス計画に参加した透視被験者による「滞空する未確認飛行物体」の目撃記録は、少なくとも十七件あった。それらの目撃を、アクエリアス計画の監督にあたっているDIA管理作戦理事会の面々は十分に承知していた。彼ら情報士官の一部の人たちにしてみれば、そういった目撃例は冷笑の格好の対象だった。潜水艦の探知に超能力者を利用するなどとは笑止千万の無意味な実験だという自分たちの主張を裏づけるものだ、というわけだった。それ以外の人々にとっては、ソ連の潜水艦の位置を突き止める一助になると確信する演習における、即座に退けていいよけいな統計値だった。つまらぬ、わけの分からぬ気まぐれだった。しかし、少なくとも一人の管理作戦部の士官にとっては、これらのアクエリアス計画における目撃例はそれ以上のもの──インスピレーションだったのである。
DIAのハロルド・E・フィリップス大佐は、自分がUFOを見たと確信していた。彼が何の疑念もなく大勢の同僚に打ち明けたといわれる話によると、四十年近くも前のある晴れた夏の夜、父親とアイオワ州のトウモロコシ畑を歩いていたときのことだったという。それは終生忘れ得ぬ光景だった。まるでグレイハウンド・バスのように大きく、まるでブロードウエーの劇場の電飾ひさしのようにまばゆいそのドーム型宇宙船の幻影は、以後いつまでも脳裏を離れなかった。あの不思議な時間以来、それが再び姿を見せるのをずっと待ち続けているのだ、と彼は憶面もなく友人たちに語った。彼は毎夜、半ば願いを込めて、半ばは習慣的な反応から、いつかは必ず見えるはずだと確信をもって暗い空を見上げるのである。そんな考えは常軌を逸しているとは分かっている。それでも、友人に語ったところでは、世の中にそれ以上に自然なことはないとも確信していたのだ。あまりに長く待たされすぎて、彼はものに憑かれたようになり、強迫観念にさいなまれるようになっていたが、それでもそれが戻ってくることを、決して疑うことはなかった。
DIAの局員たちに大佐が表明したところによれば、機密扱いのアクエリアス計画における「滞空する未確認飛行物体」の目撃のいずれもが、彼が子供時代からずっと抱いてきたもっと大きな、もっと目くるめくような知識のまたとない証拠だった──たしかに何かが空の向こうにいるのだという。だから、シャイアン・マウンテンでの事件に関する報告書が管理作戦部の彼のデスクに回ってきたとき、大佐はそれをむさぼり読んだ。おそらく大佐は信じたかったのだ、その瞬間は近い──彼らは自分たちの存在を公表しようとしているのだ、と。しかし、いくら日が過ぎても何ごとも起こらなかったので、しだいに落胆が深くなった。それ以上にしゃくなのは政府の、それも自国の政府の態度だった。大統領と統合参謀本部は目撃を確認されたケース──大佐にとっては、クリスタル・パレスで傍受したあの不明物体が地球外生物の乗り物以外の何ものでもないのは全く疑問の余地のない事実だった──を、不可解な宇宙の謎がもう一つ増えたにすぎない、として記録簿にしまい込んでしまおうとしているのだ。このような自己満足的態度はフィリップス大佐をいらだたせた。絶え間なくさいなんだ。が、やがて彼は妙案を思いついたのである。
大佐は、アクエリアス計画を運営している科学者たちを説得して、新しい実験を行わせることに成功した。フェンスがトリップされた地点の正確な緯度と経度が、アクエリアスで最も信頼のできる被験者三人に提供された。むろん、厳重な管理が強化された。被験者たちはそれぞれ別の孤立した三つの小部屋に入れられた。三人のうちの誰にも、あとの二人が受け取った座標を知る可能性は全くない。次に与えられた指示は、全く同じだった。つまり、その座標において過去四十八時間以内に何であれ異常なものが見えたら、それを描けと。
その日が終わるまでに、ペンタゴン内の大佐のオフィスに三つのスケッチがファックスで送られてきた。みな粗いタッチの、幾何学的形態を主とした鉛筆がきの絵だった。明らかにそれぞれ異なる描き手の作品なのに、しかし三つともみなよく似ていた。どれもみな丸みを帯びた翼のない飛行体だったのである。
大佐はそれらの絵を十分に活用した。その年の冬、ロナルド・レーガンの最後の任期の最後の冬、DIAはトップシークレットの調査班を招集する時機がついに到来したのだと説き伏せられた。その調査班の目的は、地球外生物がこの地球と接触をはかろうとしている可能性を調べることだった──それはとりもなおさず、過去四十年間政
府が公的に主張し続けてきたことは大間違いだという可能性を調べることだったのである。
3
一九八七年二月のその朝、まだ暗い中を政府公用車の青いフォードがペンタゴンのモール街側入り口に近づいていった。運転手は減速しながら、当然いつも通りにゲートが上がるものと待ちうけたが、今朝は違っていた。ゲートは下りたままだったので、フォードは仕方なく一時停車した。
腰にピストルをつけた兵士が一人、赤れんがの衛兵所から出てフォードに向かって歩いてきた。ペンタゴンの車だまりから任務でやってきた軍の運転手は苦情を言いかけたが、兵士は取り合わなかった。そうする代わりに、リアウインドーの中をのぞき込んだ。後部座席には乗客が一人いた。背広にネクタイ姿の中年男である。ひざにはブリーフケースが乗っている。
兵士は車の後尾に回った。手に持ったクリップボードに挟んだナンバーのリストとフォードの登録ナンバーとをゆっくり照合する。満足がいくと、兵士はゲートを上げるや、さっと敬礼した。運転手はそら見たことかと言わんばかりにフォードのエンジンをふかしたが、兵士は敬礼の姿勢を崩さず、やっと車は建物の正面の石段に通じるランプを速度を上げながら走り去った。
車が視界から消えると、衛兵は電話をかけた。急いで衛兵所に戻り、四けたの数字をたたいたのだ。ペンタゴン内にあるDIA管理作戦理事会のオフィスで、電話が鳴った。
「パーティーの時刻です」と衛兵は告げたが、明らかに少々当惑ぎみだった。たんに妥当な瞬間に打ち合わせ通りの暗号をおうむ返しに繰り返す、それが彼の仕事だった──理解することではなかったのである。
DIA局員は質問を返した。車には何人乗っていたのか?
一人だけです、この人物が一番乗りです、と衛兵は答えた。
DIA局員は思わず大声で毒づいた。が、たちまち悔やんだ。信号情報の専門家が早く来たのは、べつだん衛兵の落ち度ではないのだ。局員は回想してこう言っている。一瞬“すまなかった”と言おうかとも思ったんですがね。しかし、何も付け加えずに電話を切りましたよ。
国家安全保障局(NSA)の通称“シグニット(信号情報)の切れ者”が早く到着したのは、南フロリダから海軍のT─38に便乗させてもらえたからだった。それ以外の人々は依頼された通り、七時三十分にもっと近い時刻にモール街ゲートに到着した。全部で十七名。班の構成は陸軍将官一名、空軍将官三名、DIA科学者たち、陸軍大佐一名、NSA局員三名、CIA国内情報収集課から監督官一名、さらに同局科学技術理事会の技術チームだった。
いったん金属探知装置を通過して建物内部に入ったあとは、州旗がひだを作って並ぶ長い廊下を進み、カフェテリアを過ぎ、ショッピング・アーケードを通り抜けた。パン屋はチョコチップクッキーのようなにおいがしたので、すぐ見つかった。その近くに、聞いていた通りエレベーターがあった。
彼らはエレベーターに乗って一階下へ降りた。E─リングにあるこれらのオフィスは、ペンタゴン内でいちばん新しかった。一年前、この地下部分は観光バスやタクシー用の駐車場だったのだが、その後、陸軍の保安士官たちが自動車爆弾の脅威を無視するわけにはいかないと決定したのだ。そのスペースの大部分は、今では監視防止装置のついた大きな“丸天井の部屋”に作り替えられていた。
地下のエレベーター前には兵士が四名、一列にいすにかけた行儀のよい小学生よろしく、部署についていた。一行の要請で、ブザー音とともに二枚のガラス扉が開いた。赤いじゅうたん敷きの、ボウリング・レーン顔負けの細長い廊下が、一対の巨大な金属製扉まで伸びている。さらに二名の兵士が、開いた扉の両側に気をつけの姿勢で立っていた。その中が“タンク”と呼ばれるペンタゴン共同ビル全体の中で最も安全な会議施設である。十七人の男はぞろぞろと中に入っていった。
九日前、その男たち全員に、現在国防情報局に配属されている合衆国陸軍のハロルド・E・フィリップス大佐と称する人物から接触があった。大佐の招待の意図は漠然としていた。彼の説明によれば、“国家の安全に影響を及ぼす”問題を討議するために、諸機関にまたがる調査班を新たに招集しているのだという。もっと詳しい説明を求められると、大佐は「議論の範囲はおおまかに言えば、説明のつかない空中現象です」と補足した。参加は強制ではありませんが、ご出席いただければ幸甚です。さらに、おそらくは会合の重要性を強調するためだろうが、むろん政府の輸送機関を“国内のどこからでも優先的に”お使いになれます、と言った。メンバーの大多数は、大佐の招きに感謝するとともに、一日程度の猶予をもらってから確答したい、カレンダーをチェックする必要があるので、と答えたのである。
彼らがカレンダーのチェック以上に入念にチェックしたのは、謎めいたそのフィリップス大佐という人物のことだった。経歴はぱっとしなかった。一九四一年アイオワ州スー・シティー生まれ。サザン・イリノイ大学卒、工学士号および予備役将校訓練取得。中尉として陸軍に入隊し、職業軍人になることを決意。電子工学学士号。陸軍信号情報関係のさまざまな部署を歴任。その後一九八五年、DIA局員に転属。書類で見る限り、平凡な履歴書だった。しかし、DIAでの仕事を詳しく調べ始めると、彼らはたちまちフィリップス大佐を再評価しだしたのである。
大佐は初めDIAの管理作戦(M&O)理事会に任用された。DIAの組織図によると、管理作戦部は、同様に紛らわしい、さえない名称をもつ三つの情報班を指令・管理する部署である。だが、これはただの見せかけにすぎない。M&Oの士官は、同僚の秘密工作員仲間では、この国でも第一級の情報分析家として知られているのだ。しかも、そればかりではない。最も奥義に通じた連中に属しているとの評判もある。あるCIA局員は自嘲気味にこう評している。“最後のどたん場になればいつだってM&Oの連中が何とかしてくれるさ”。一説によれば、フィリップス大佐は悪名の高い(少なくとも機密情報に通じた社会では)専攻論文『精神薬理学による人間行動の強化──ソ連』の流布でひと騒動を引き起こしたチームに加担していた、と言われている。この極秘文書は、ある厳選された状況のもとでは、ソ連がすでに実証した通り、アメリカ兵は選定された薬物の影響を受ければより効果的に行動するだろう、と唱導していたのである。歩兵隊に一定量のコカインを吸引させればより攻撃的に戦うだろう、つまりこの薬物は“精神薬理学的な無敵感の強化剤”なのである、との仮説で大いに論議を呼んだのだった。
DIAでのフィリップス大佐の仕事には別の一面もあった。一九八六年、彼は新しい肩書をもらった。“宇宙偵察活動副コーディネーター”である。現在、大佐は国家外国情報会議の映像要件利用委員会(COMIREX)でDIA副代表をつとめていた。これは情報共
同体全体の中でも最も高度で強力な仕事の一つである。
COMIREXは合衆国のスパイ衛星が行う任務を決定する。委員会の席上で、例えば海軍が新しいチタン製船体の潜水艦の写真撮影のためKH(キーホール)─11衛星をポリヤルニー造船所の上空に配備してほしいと要請し、一方、陸軍がその衛星を進行中のワルシャワ条約機構の戦車演習の傍受に使いたいと主張したとする。どちらの要請が優先するかはCOMIREXが決定するのだ。さらに、この委員会は特定の衛星写真を、種々の情報機関のうちのどことどこに配布するべきかをも決定するのである。
とすれば、このフィリップス大佐という人物は明らかにえり抜きの頭脳を備えた男、業界用語で言う“人間の限界”を通り越した情報士官であり、そしておそらくこれが最も重要な要素だろうが、あまりに実力者なので知らん顔はできない役人である。四十八時間以内に、十七名全員がDIA内の大佐のオフィスに電話をよこし、明言した。なんとかスケジュールを調整できたので、大佐の調査班の一回目の会合に出席するのを楽しみにしている、と。
というわけで、厳寒の二月のある早朝、興味津々の十七名の男たちは“タンク”の中にあるクルミ材のダイヤモンド型会議テーブルを囲んで席についた。あいさつを交わしあい、輝く銀のポットから濃いコーヒーをついで飲みながら、彼らはこの謎の大佐がなぜ自分たちを呼んだのかについて、推測も交わしあった。一致した意見──数でまさる空軍士官と情報機関の科学者、および衛星計画における大佐の経歴に基づいた推論──は、こうだった。この調査班の任務は戦略防衛構想(SDI)の実行可能度調査を行うことだろう。きっとスター・ウォーズ計画に関連があるに違いない、というのが誰もの一致した意見のようだった。
予想はすっかりはずれた。
彼らがそれに気づいたのは、白いものが混じり始めた頭髪をクルーカットにし、薄く口ひげをたくわえた小柄な男が大股で部屋の正面の講演者用デスクに向かった直後だった。
「皆さん、わたしはハロルド・E・フィリップス大佐です。今朝はまず、当委員会を結成するきっかけとなった出来事を主題にして状況説明を行います。ついでですが、以後この委員会を“未確認飛行物体調査班”と呼ぶことにいたします」
次いで、当惑したようなつぶやきには構わず、フィリップス大佐は講演者用デスクに手を伸ばしてリモコン装置を手に取った。スイッチを押すと自動的に室内の照明が暗くなり、同時に天井から白い映写幕が下りてきた。
続く四十五分間、合衆国宇宙監視センターから提供された一連のスライドに焦点を当てながら、大佐は間断なく話を続けた。シャイアン・マウンテンの不可解な警報について詳しく説明し、アクエリアス計画の経緯を公表した。話の途中、アクエリアス計画の科学者がごく最近行った実験を発表するあたりにさしかかると、映写幕に三枚のスケッチが次々と素早く映しだされた。その鉛筆がきのスケッチは、フェンスがトリップされた正確な地点上に被験者たちが透視した、翼のないドーム状の飛行体の絵だった。
そのとき、空軍大将がふいに口をはさんだ。
「わが軍のものとは全く別物ですな」
大佐はうなずいて同意し、「ロシア人のものとも、です。少なくともわれわれの知るかぎりでは」といい足した。
だしぬけにある陸軍士官が、堰を切ったように話しだした。いらだたしげな様子で、声も大きいうえに攻撃的だったという。この男は、フィリップス大佐が宇宙軍の傍受したその物体を異星人の宇宙船だと考えるかどうか、ぜひとも教えてもらいたい、と迫ったのである。
大佐は答えようとする前にしばらく間をおいた。透明な光線がうつろなスクリーンを煌々と照らしていた。ようやく大佐の口が開いたとき、その一語一語はあたかも熟考の末であるかのように、丹念にはっきりと発音された。
「それが明白な可能性であることに、議論の余地はないと考えます」
4
口にすべきでないことがついに口にされてしまったとたん、“タンク”の中には新たな緊張感がみなぎった。静かではあったが、それは抑制された静けさだった。誰もが言動を控えていた。会議テーブルの回りに座を占めた男たちは神経をとぎすまし、ある者は興奮さえおぼえて(当人たちがのちにそう認めているのだ)、講演者用デスクについているその男に全身の注意を集中した。
フィリップス大佐は一同の注視にも全く動ずる気配がなかった。発言を終え、秘密を明かしたこのときの大佐は、ほとんど無関心のようにも見えた。わたしの話を信じようと、信じまいとご随意に。概説した二つの出来事を結びつけるこの論駁不可能な必然性を認めようと、無意味だと考えようと、ご随意です。選ぶのはみなさんなのですから。ようやくにして大佐は再び口を開いたが、その声は低かった。控え目な様子が──そして物静かで、人を得心させるような真摯さも──その態度全体からうかがわれた。大佐はまず軽い質問から始めた。どなたか、シャイアン・マウンテンでの目撃とアクエリアス計画の絵を違ったふうに説明できる方はいらっしゃいますか?
仮に誰かにできても、大佐はそれに与しはしなかった。にもかかわらず、その場の沈黙に大佐の気持ちが左右されることはないようだった。大佐はごくかすかに首をうなずかせて無言の状況を認め、すぐにあとを続けた。DIAはわたしの説得の結果、他の惑星に生命が存在する可能性によって生じる疑問のすべてを、合衆国政府の責任ある官吏が先入観や研究所間の拘束なしに調査する時がきたと決断したのです。
そしてこの調査班が、このような調査を指揮監督するのに同意していただけるとの希望のもとに、招集されたわけです。平静な口調で大佐はそう続けた。
このとき、テーブルについていた男たちの一人がさえぎった。“しょっちゅう空飛ぶ円盤を見た”と言っている“あのいかれた連中”についての質問だった。大佐がそのような報告を“信用できる”と考えているのかどうかを知りたいというのである。こういった民間の目撃報告も調査班が検証すべきだと、大佐は考えておられるのですか?
大佐は、参会者の少なくとも一人がびっくりしたことには、「火のないところに煙はめったに立ちません」と答えたのである。おまけにこの思いつきをさらに強調しようと、重ねてもう一つ、決まり文句を手ぎわよく披露したのだった。
「いずれにせよ、妄想症患者にも敵は存在するのです」
テーブルの周囲に賛同のうなずきが起きた。おそらくこれは大佐の予想通りだったに違いない──何といっても、大佐の話を聞いている部屋いっぱいの男たちは、みなそれぞれに疑惑の境界を探究することに半生を費やしてきた面々だったのだ。
しかし、突然のひと言がこの和気あいあいの雰囲気をぶち壊した。「ばかばかしい」とうなるような声でどなったのは、参会者の一人がのちに明かしたところでは、CIAの科学技術理事会で長年腕をふるってきた古強
者だった。いすから立ち上がりながら、彼は話を続けた。もしこの調査班がいやしくも何らかの成果をあげようとするならば、“科学小説ではなく、科学でもって”未確認飛行物体現象に取り組まねばならんのです。非現実的な輩や狂信的な輩からの報告に信をおくのはとうてい賢明とは言えない。信頼すべきは科学です。
“科学、科学、科学”とCIAの男は、まるで賛美せんばかりに唱えた。科学が答えを見つけてくれるでしょう。科学はかならず手掛かりを分析してくれます。この調査班が要請すれば、あらゆる分野における“最上かつ最先鋭の”知性を援用することが可能なのです。このような資源をわれわれは使いこなさねばなりません、不明の点を尋ね、比較検討しなければなりません、とこの男は、ハーフタイムにロッカー室でぶちあげる激励演説にふさわしい熱情をこめて主張したのである。やがて、ふいにばつが悪そうな表情を浮かべて腰をおろした。
フィリップス大佐は中央の演壇に戻った。指揮権に慣れた一座の男たちは、いっせいに大佐の回答を比較考量しようと待ちかまえた。
「ありがとうございます」大佐はCIAの男に、熱意と真剣さの感じられる声で応じた。「わたしも同感です」
そして、テーブルに臨んでいた何人かがまたまた驚いたことには、こう明言したのである。この調査班の最終目的は、わたしの考えるところ、たんにUFOの問題を調査するだけでなく、“人類は宇宙で唯一の知的生命体であるか否かという疑問”をも研究することなのです。
「われわれに課せられているのは科学的任務です──“地球外知的生命体が存在する証拠を探すことなのです」
しかし、参会者の一部がこのささやかな外交的手腕の勝利を無言のうちに称賛していたちょうどその瞬間、またもや異議ありの声があがった。静かな声がこう話し始めたのである。
「何も見つからんでしょうな」
声の主は黒っぽい背広に、同じくくすんだ色合いのネクタイをしめ、本人の説明によれば国家安全保障局(NSA)に属する以前は物理学者としての教育を受けていたという人物だった。その口調は落ち着いていて、無味乾燥といってもいいくらいだった。いわば、せっかく興奮が高まり始めていたところへ突然の気圧低下を予告したかのようだった。彼は言葉を継いだ。
「何ひとつ発見できはしませんよ。宇宙で生物が生存しているのは地球だけです」
フィリップス大佐が遮ろうとすると、相手はひと言でそれを制した──「待ってください」。すぐに大佐は謝り、NSAの官吏は、中断した個所から話を再開した。
しかし、と彼は続けた。今やその信念のバネがいっそうきつくたわんでいるのは明らかだった。
「わたしはこの調査班とその使命を百パーセント支持します」
その根本的理由は、彼の強調したところでは、情熱にあふれたものだった。もしもわれわれ人類がこの不毛の宇宙における唯一の住人であるときっぱりと実証されたならば、その結果、われわれの一人ひとりの存在がこれまで以上にどれほど貴重であるかが分かることになります。われわれの責任というものが、これまで以上にどれほど重大なものであるかが分かることになります。話の締めくくりは祈りにも似ていた。宇宙の唯一の探検者としての運命を引き受ける、それが地球に住む者の義務なのです。
そのあと、もう討論はなされなかった。仮に疑念があったとしても、それは保留にされた。《UFO調査班》のすばらしい責務は、満場一致で承認されたのである。室内の雰囲気は自己満足へと揺れた。われわれこそ全地球人の中の選ばれし民なのだ。
胸の躍るようなひと時だった。が、それは一日目の午前にすぎなかった。
昼食は“タンク”の中で供された。兵士が押してきたワゴンには盆が二つあり、サンドイッチと、いれたての濃いペンタゴン特製コーヒーのポットと、アメリカ合衆国の紋章を型押しした磁器の皿がひと重ね載っていた。フィリップス大佐は愛想よく、ご自由に召し上がってくださいと客たちに勧めた。それに加えて、心持ちきびきびした口調でもう一つ指示を出した。休憩時間の間は午前の状況説明の話を一切しないでいただきたい、と。その理由は、午後の部が確実に“自発的な”会合になるようにするためです、と大佐は説明した。“率直な討議・討論の時間はたっぷりと”昼食後に用意してありますから。
このような拘束があったので、食事はそそくさと済まされた。そして食器類が片づけられるが早いか、フィリップス大佐は開会を宣したのである。もう講演者用デスクは使っておらず、会議テーブルに席を占めていた。席の位置が変わったせいか、大佐は別人のようだった。もはやためらいがちでも、無表情でもなかった。他の参会者たちの近くに身をおいたことが、彼を大胆活発にさせていた。いやひょっとすると、情報活動にたずさわる多くの人間同様に、何であれ状況が必要としているものを補足するための雰囲気作りに徹しているだけだったのかもしれない。簡単な前置きさえも抜きで、大佐は“目的声明文”を読み上げ始めた。今度の語調は声量も大きく、とどろくようだった。明らかに大佐は、自分が担っている任務にいささかの疑念も残したくなかったのである。
声明文は簡潔な個条書きで書かれ、参会していた二人の政府役人の記憶とメモによれば、次のように宣言していた。
一、未確認飛行物体調査班は、公開非公開を問わず過去のあらゆるUFO現象調査から得られる情報を、再検討して評価するものとする。
二、調査班は、科学界における地球外生命体探索のあらゆる試みを再検討して評価するものとする。
三、調査班は、私的個人によるいわゆるUFO目撃例およびその他の証拠を選択し、再検討して評価するものとする。
四、調査班は、いかなるときもその存在を政府省庁ならびに一般国民のいずれにも秘密にしておくものとする。
五、その活動期間は無期限とし、地球外生命体の存在が肯定的に確定されるに必要なかぎり続くものとする。
この“目的声明文”──大胆かつ徹底的かつ絶対的に秘密裏の声明文──はその午後、発声投票により満場一致で承認された。
人類は宇宙で唯一の知的生命体であるか否かを判定する《UFO調査班》の任務が、いよいよ開始の運びとなったのである。
この秘密会合の六か月後、わたしは《UFO調査班》に関する最初の質問を慎重に発し始めた。が、出だし早々から難関が待ちかまえていた。誰一人として自分がその委員会のメンバーだと進んで認めようとはしなかったのである。わたしは委員会のメンバーに選ばれそうな人物の名前をぎっしりとリストに書きつらね──一般的に見て可能性のありそうな人物はかたっぱしから全部入れ、さらに多少つけ加えた──何時間も費やして面会予約をとりつけようと試みた。多くの官吏は話すこと自体を頭から拒否した。調査に応じた人々も、《UFO調査班》については全く知らないと頑として言い張るのだった。
しかし、わたしには彼らが嘘をついているのが分かっていた。
政府の意図
は、わたしは確信を持ち始めていたのだが、たんなる隠蔽にあるのではなかった。政府の狙いはむしろ、秘密裏に進行中の地球外生命体探索について質問しようとする調査者に揺さぶりをかけること、意気阻喪させ、誤解させたあげく混乱させておくことにあるのだった。半面の真理というゲーテの有名な知恵があったが、わたしもようやくそれを実感するようになった。知識とともに増していくのは単純な疑問ばかりではないのだ。疑惑もまたしかりである。わたしは信じる人間ではない。ネタを追いかけている一介の記者にすぎなかった。けれども、こう自問せずにはいられなかった──なぜなのか? なぜこれほど徹底して嘘をつくのか? 政府は何を隠そうとしているのか?
ようやく、わたしは調査班設立当日の会合に出た情報関係の官吏と接触させてもらった(“接触させてもらった”というこの用心深い表現が、話せば裏切りになってしまうもっと込み入った話を要約してくれるに違いない)。わたしの選んだジャーナリストという職業に特有のわざと持って回った表現を使えば、わたしたちは互いに役立つ関係を作り出したのである。やがて、別の情報提供者が重大情報をほんの少し教えてくれたのだが、ふいに騎士気どりで身を引く決心をしてしまった。が、わたしは根気よくねばった。嘘と欺瞞がわたしをさいなんだ。しかし、やがてこちらの頑張りが報いられた。調査班のもう一人のメンバーが、じかの見聞を自ら教えてくれることになったのだ。これで《UFO調査班》の内部に二人の情報提供者が得られたわけである。
しかし、彼らの協力には限界が──そして制約があった。二人の名前は絶対に使わせてもらえないのである。調査班の任務を果たすために選ばれた各メンバーの名前は、現にどうしても明かしてくれなかった。わたしは調査班という機構との密接なつながりだけで我慢しなければならなかった。しかも、もう一つ問答無用の制約は、調査班の刊行する議事録あるいは報告書をいっさい提供してもらえないことである。それは彼ら自身の主義にもとるばかりでなく、おそらくは連邦政府の諜報活動法規にも反することなのだろう。
それでもなお、この二人から別個に聞いた話は大変な筋書きになった。いったん協力する決意を固めてしまうと、二人は《UFO調査班》とその活動について話すのを楽しんでいるようだった。もしもわたしの運と才覚がこのまま持続すれば、調査班発足の由緒因縁を余すところなく明るみに出せるかもしれないと、わたしは自信を持ち始めた。だが、ハロルド・フィリップス大佐を捕まえようとする段になると、またもや通せんぼをされたのである──そして今度もまたわたしは不審の念を抱いた。
ペンタゴン内のDIAオフィスに電話をかけたその一回目のこと、有能そうな声がわたしにこう言った。
「フィリップス大佐は席をはずしております。伝言がおありでしたら承りますが?」
わたしは伝言を頼んだ。その後も何回となく頼んだ。どれにも返事は来なかった。それはゲームじみた様相を呈しだした。わたしは空いた時間に大佐のオフィスに電話を入れるようになった。夜の九時。朝の九時。ちょっとでも時間が空けば必ずかけた。
ついに、ある日の早朝、大佐その人が受話器を取った。
「わたしと連絡を取ろうとしておられるようですね」と、予想外に甲高い調子の声が決めつけるように言い放った。「で、どんなご用件でしょう?」
わたしは不意をつかれた。へどもどしたあげくに、《UFO調査班》についてお尋ねしたいのだと、口ごもりつつもどうにか伝えた。
「そうですか」
待つ間、わたしは手に持った鉛筆をぎゅっと握り締めていた。大佐の言葉をひと言も書きもらすまいと待ちかまえていた。
「まったく聞いたことがありません」大佐はようやくそう答えた。「では、これで失礼。仕事に戻らねばなりませんので」
その次にペンタゴンの同じ番号にかけると、おなじみの有能そうな声の主がのたもうた。
「あいにくですが、ハロルド・フィリップス大佐という方の記録はこちらにはございません」
しかしもうその時点では、そんなことはどうでもよかった。わたしはすでにフィリップス大佐と、そして《UFO調査班》と、接触していたのだから。